84 先に備えて
―――ここは三神高校の体育館。
監督の皆藤は、一年の福田、菅原、馬場、須藤、関根を集めて話をしていた。
「まだ先の話ですが、十二月下旬になると、団体の一年生大会があります」
「はい」
彼女たちは声を揃えて、極めて冷静に返事をした。
「もちろん、きみたちには優勝してもらいますが、それも1セットも落とすことは許しません」
「はい」
「きみたちの先輩は、今年のインターハイでも優勝を果たしました」
そう、三神は圧倒的な力で連続優勝を果たしていた。
「しかも全試合、4-0という完璧な試合でした」
「はい」
「きみたち一年生も、いずれ主力選手になり、先輩たちの後を継ぐわけです」
「はい」
「ですので、十二月の団体戦は、その第一歩です」
「はい」
「そこでなんですが、他の強豪チームは例年と代わり映えがしません。ただ桐花学園だけは違います」
「はい」
「六月の大会では、桐花は二人だけの参加でしたが、現在は部員が増えているかもしれません。よって団体戦に出場してくる可能性を踏まえて考えなければなりません」
「はい」
「桐花には、菅原くんと対戦した阿部くん、須藤くんと対戦した森上くんがいます。特に森上くんは恐ろしいほどの身体能力を持った選手です。シングルでは須藤くんが圧勝しましたが、十二月はそうとは限りません」
「はい」
「いいですか、きみたち。桐花には日置監督という、とても優れた名将が着いています。森上くんのような逸材を、半年という時間がどれほどの選手に育て上げるか、想像に難くありません。そして阿部くんも日置くんの元で育てられている選手です。けして侮ってはなりません」
「はい」
「そこできみたちには、誰が森上くんとあたってもいいように、これから十二月まで、男子を相手に練習をしてもらいます」
「はい」
「関西明正大学へ出向いてもらいます」
関西明正大学とは、多田と三宅が通う大学である。
男子部員は十人、女子部員は六人いた。
監督の大崎と皆藤は、高校時代の同期であり、今でも交流があった。
それゆえ、皆藤が練習を依頼したところ、大崎は快く引き受けたというわけだ。
このように皆藤は、日置に一切の付け入る隙を与えるつもりはなく、着々と準備を進めていた。
例え一年生大会であろうと、力の差を突きつけるつもりでいた。
皆藤は思っていた。
十二月までには、おそらく森上はとんでもなく成長しているであろう、と。
そんな森上を、須藤のみならず、全員で叩き潰す、と。
そのためには、森上以上にパワーがある男子のボールを受け、どう足掻いても三神には勝てないと思わせる必要があるのだ、と。
一方では、こうも思っていた。
日置くん、私を驚かせてくれ、と。
私や選手たちが、体も震えんばかりの選手に、森上を成長させてくれ、と。
そう、皆藤は監督としてではなく、卓球人として森上に期待していた。
インターハイのみならず、将来、大学や実業団、果ては日本を代表する選手として世界で羽ばたく選手にと。
そんな皆藤の期待とは裏腹に、森上の現状といえば、一年生大会どころではないのである。
しかも部員は三人。
その内の一人は森上であり、事実上、森上は籍を置いているだけだ。
団体戦には少なくとも四人が必要だ。
阿部は、やっと応用に入ったばかりであり、中川といえばまだ素振りの段階である。
皆藤が桐花の現状を知れば、どんなに落胆するであろうか―――
―――ここは一年三組。
「よーう、森上」
登校してきた中川は、席に着きながら森上の肩を叩いた。
「中川さん、おはよぉ」
「おめー、愛と誠、読んだか?」
「うん~二巻も面白かったぁ」
「おおっ、そうか。んじゃ、明日、三巻持って来てやるよ」
「なんかぁ、お父さんも嵌ってぇ、二巻、まだ家なんよぉ」
「あはは!いい父ちゃんじゃねぇか。ゆっくり読んでもらってくれ」
「ありがとぉ」
「いや~しかし、素振り、きついぜ!」
中川はそう言いながら、ラケットを振る仕草をした。
「そうなんやぁ」
「おめー、他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ」
森上は、その身体能力のおかげで、500回素振りは経験していないのである。
「ああ・・ごめんなぁ」
「っていうか、おめーもやったんだろ?」
「私ぃ、やってないんよぉ」
「え・・そうなのか」
「うん~、素振りはやってなくてぇ、直ぐにフォア打ちから始めたんよぉ」
「ああ・・なるほど。おめー、運動神経いいんだもんな」
「うん~・・」
「こないだからさ、カットの素振り始めたんだけどよ、これさあ、動きも入れながらやらねぇとダメなんだぜ。だから、500回、長げぇのなんのって」
「大変やなぁ・・」
「それより、おめーだよ、おめー」
「え・・」
「早く戻って来いよ」
「うん~・・そうなんやけどぉ・・」
「父ちゃんに言ってやれ。おめーを戻さねぇと、三巻、貸してやんねぇぞって」
中川はそう言って「あははは」と大声で笑った。
「恵美ちゃん」
そこに阿部がやって来た。
「千賀ちゃん、おはよぉ」
「よーう、チビ助」
「中川さん!その呼び方、止めてって言うたよね」
中川は、この間から阿部のことを「チビ助」と呼ぶようになっていた。
その度に阿部は、怒りをあらわにしていた。
「っんな、いいじゃねぇかよ」
「私は嫌やねん」
「堅てぇー、堅てぇよ」
「ほんま、中川さんて、無神経なんやから!」
「うるせぇよ。おめーが真面目すぎんだよ」
「まあまあ・・」
森上は、この二人が顔を合わせると、いつも言い合いになるので、その度にハラハラしっ放しだった。
―――それから一週間後。
夜、浅野家に電話がかかって来た。
「もしもし、浅野です」
浅野は受話器を取った。
「ああ、もしもし、くみちゃん?」
相手は三宅だった。
「ああ、数馬くん。どしたん」
「明日、土曜日やんか」
「うん」
「練習、あんの?」
「あることはあるけど、なによ」
「いや~久しぶりにデートでも、と思てな。へへ・・」
「へへ、て。気持ち悪いねん」
「なあ~練習終わってからでええからさあ~」
「あんたこそ、練習あるんとちゃうの」
「あるけどさぁ・・」
「なによ」
「いや・・こないだからな、三神の一年生が俺らとこに練習来てんねや」
「えっ・・」
「なんかさ、もう必死やで。あの子ら」
「一年生だけなん?」
「うん」
「そうなんや・・」
「もう俺さ、ドライブばっかりさせられて、腕がちぎれそうや」
ドライブばっかり・・
しかも男子相手に・・
なんでなんや・・
「しかもさあ、俺の苦手なイボ相手やで」
「それって、須藤っていう子?」
「そやで」
須藤さんは確か・・一年生大会で森上さんと対戦したはずや・・
完敗したとは聞いたけど・・
だからイボの私は、森上さんにイボを克服させるために練習したんや・・
そうか・・
森上さん以上の、男子のボールを受けさせるための練習なんや・・
うーん・・皆藤監督・・さすがやな・・
「あんた、全力で打ってるんか」
「当然やん」
「そ・・そらそうやな・・」
「なんでなん?」
「いや・・なんでもない」
「でさ~明日、どう?」
「ああ・・まあええけど」
「やった~!ほな、何時にする?」
「いやっ、デートは中止や」
「えええええ~~!」
「私も、あんたのとこへ行く!」
「え・・学校に?」
「そやっ!」
「えええ・・」
三宅は練習ではなく、外で会いたかった。
「あっそ。断るんやったら、もう一生会わへんで」
「ひぃぃ~~!それはあかん」
「で、練習、何時からなんよ」
「昼からやけど・・」
「よし、わかった」
「ほんならさ、練習の後、どっか行こうや」
「うん、ええで」
「おっしゃ~~!」
こうして浅野は「偵察」のため、翌日、明正大学へ向かおうと決めた。
―――そして翌日。
「彩華」
練習を終えた後、浅野が小島を呼んだ。
「なに?」
「今から、昼食べて、ちょっと一緒に行ってほしいとこがあるんやけど」
「どこよ」
「関西明正大学」
「え・・それって、多田くんと三宅くんの大学やん」
「そや」
「なにしに行くんよ」
「実はさ――」
浅野は、三神の一年が大学で練習していることを説明した。
「へぇ・・」
「私、思うんやけど、森上さん対策なんちゃうかなと」
「ああ・・確かにな」
「それで、どんな練習やってるんか、見に行こと思てんねや」
「でもさぁ・・三神が森上さんを警戒してるんは、わかるんやけど、実際なぁ・・」
「まあ、現状はそうやとしても、森上さんかて、ずっとこのままっちゅうわけでもないやろし」
「それより、学校行った方がええんちゃうか」
「桐花か?」
「なんかさ、先生、言うてはったんやけど、めっちゃおもろい子が入部したって」
「ああ・・一人増えたらしいな」
「その子さ、超美人なんやけど、まるで男子みたいな喋り方なんやて」
「そうなんや」
「まあ、今は素振り段階らしいけど、一回、見てみたいねん」
「そやなあ・・」
浅野は中川より、三神の方が気になっていた。
「いや、私は数馬くんと約束したし、大学へ行くわ」
「そうか」
「彩華は、桐花へ行ったらええんちゃうか」
「うん。ちょっと寄ってみるわ。で、阿部さんの相手も出来るしな」
こうして浅野は大学へ、小島は桐花へ出向くことになった。




