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サーよし!2  作者: たらふく
83/413

83 中川の挑戦




―――そして翌日の放課後。



「さて、今日から中川さんも、部員として練習することになりました」


練習前に日置がそう言った。

阿部は相変わらず不満げな様子だったが、中川は「おす!」と言って張り切っていた。


「それで中川さん」

「はいっ」

「きみには、このラケットを使ってもらうからね」


日置は、自分の持ち物である、シェイクのラケットを見せた。


「おす!」

「持ち方と素振りはあとで教えるね」

「はいっ」

「それと、卓球シューズだけどね」

「はいっ」

「これは素振り500回、やり終えてからでいいから」

「なんでですか」

「出来なかった場合、先に買ってしまうと無駄になるでしょ」

「なるほど!おす!」

「ラケットもそう。これはあくまでも仮のラケットだからね」

「はいっ」

「じゃ、二人とも準備体操、始めて」


そして二人は間隔を開け、準備体操を始めた。

中川は、長い髪を後ろで括り、前髪もピンで留めていた。

日置は正直、ボールを打つようになると、邪魔になると思っていた。

けれどもそこは、中川自身が、邪魔だと思えば切るだろうと、本人に任せることにした。


やがて体操も終わり、日置は「中川さん」と呼んだ。

そしてラケットを持たせて、正しく握らせた。


「阿部さん、僕は中川さんを見るから、きみ、サーブ練習やってて」

「はい」


阿部は、部室からボールの入った籠を持ち出して台に置いた。


「まずは基本的な素振りを教えるね」


日置は中川の正面に立った。

そして中川の右手を持って「ここ」と構える位置に合わせた。

「左手はこうね」とフリーハンドも、正しい位置に合わせた。


「そしてこうやって振る」


日置は右手を円を描くように、中川の頭の中心に持って行った。


「やってみて」

「はいっ」


そして中川は日置に言われた通りに振った。


「少し力を抜いて」

「はいっ」


小島と浅野の場合、日置はあえてカットの素振りから教えた。

そう、ペンのようなフォアの素振りより、とにかく時間を有効に使いたかったためだ。

けれども、今は中川一人だ。

つまり、時間はたっぷりとある。

カットマンでも攻撃は不可欠だ。

いずれスマッシュに繋がる、フォア打ちも習得しなければならないのだ。

それを日置は先に教えようと決めたのだった。


「振ってみて」

「はいっ」

「うん、そんな感じ。それで腰を落として体は前かがみ。振るに合わせて腰を捻る。僕を見て」


日置はそう言って、見本を見せた。


「ひゃ~先生、うまいっすね」

「あはは」


日置は思わず笑った。


「スムーズっすね!慣れたら私もそう出来るんすね!」

「うん、出来るよ」

「おす!」


そして中川はラケットを振り続けた。


「そうそう、そんな感じ」


シュッ、シュッ・・


「変な振りをした時点で一からやり直しだからね」

「おーす!」


こうして日置はアドバイスをしながら、しばらく素振りが続いた。


「はい、ストップ」

「え・・もう終わりっすか」

「あはは、まさか」

「え・・」

「さて、今から500回ね」

「うげぇ~~マジっすか!」

「できそうもない?」

「なに言ってんすか!やるに決まってんじゃねぇか!あっ・・決まってるっすよ!」

「あはは、その意気だよ」

「おーーす!」


そして中川は、必死でラケットを振り続けた。

その間、日置は中川の前に立ち、振りをチェックしていた。


うへぇ・・

これは・・きつい・・

今・・何回だ?

いや・・考えると辛くなるぜ・・

誠さんだって、愛お嬢さんを助けるために、浪の花に耐え抜いたんだ・・

くそっ・・負けてたまるかよ!


「浪の花」とは、『愛と誠』の作中に登場する、「バンドしぶきと浪の花」と言われるリンチの技だ。

鉄棒に吊るされた太賀誠は、皮のバンドで体をしばかれた挙句、傷口に塩を振り掛けられるのだ。


阿部はサーブ練習をしながらも、「へばれ・・へばれ・・」と念じていた。


「阿部さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「打とうか」


日置はラケットを持って台に着いた。


「あ、はいっ」


阿部は、急いで球拾いをした。


「中川さん」


日置が呼んだ。


「はいっ」

「僕は阿部さんと打つけど、きみのことも見てるからね。だから手を抜かないように」

「見くびってもらっちゃあ困る。手なんか、抜きませんぜっ!」

「あはは」


日置は、なぜか中川の「男子喋り」が可笑しかった。

やはり見た目とのギャップであろうか。

一方で阿部は、馴れ馴れしい「男子喋り」が気に入らなかった。

そして日置が笑うのにも、気分を害していた。


「一通り基礎をやった後、今日から応用を始めるからね」


ボール拾いを終えて、台に着いた阿部にそう言った。


「おおっ、そうなんですか」

「嬉しそうだね」

「はいっ!」

「じゃ、フォア打ちからね」


そして日置と阿部はラリーを続けた。

二人の後ろで中川は、ひたすらラケットを振り続けていた。


301・・

302・・

うげ・・腰と腕が痛いぜっ・・


シュッ・・シュッ・・


これを・・このチビ助もやったんだな・・


チビ助とは、阿部のことである。


うーん・・チビ助め・・根性はあるんだな・・

負けねぇぜっ!


そして時間をかけて、ようやく中川は500回を終えた。


「ひいぃ~~・・」


思わず中川は、その場に座り込んだ。


「中川さん」


日置が呼んだ。


「はっ・・はいっ」

「よくやったね。休んでていいよ」

「こ・・これで・・合格なんすよね!」

「まだだよ」

「え・・」

「明日からもずっと、500回ね」

「げぇーー」

「僕がいいと言うまで、素振りを続ける」

「ひえぇぇ~~」

「それに、きみはカットの素振りもある」

「え・・」

「そっちの方が、本番だよ」

「そっ・・それも500回っすか!」

「うん。しかもフォアカットとバックカットがあるから、今の三倍だね」

「うへぇ~~」


中川はそう言って床に寝そべり、大の字になった。


辛い・・

辛いですわ・・誠さん・・

私に・・愛子に・・出来るとお思いですか・・


なに言ってやがる・・愛子・・

おめーに出来ねぇことなんてねぇぜ・・

俺が着いてんだ・・

へこたれるんじゃねぇ・・


そんなこと仰っても・・

腕も腰も痛いんですの・・

愛子は・・耐えられそうにございませんわ・・


バカっ!

お嬢さんは、これだからいけねぇ・・

ブルジョア育ちの・・弱っちい愛子お嬢さんよ・・


「私はっ!弱くはございませんわ!きっとやり遂げて見せますわっ!」


中川は、突然、声に出してそう言った。

ボールを打っていた日置と阿部は、思わず中川を見た。


「中川さん、どうしたの?」


日置が訊いた。


「あ・・あっあ~~、なんでもござんせん」

「あはは、きみって、ほんとに面白いよね」


阿部は唖然として中川を見ていた。


「いやっ、私のことは気にしないで、続けておくんなせぇ」

「中川さん」


阿部が呼んだ。


「なんだよ」

「練習の邪魔、せんとってくれる?」

「わりぃわりぃ」

「まったくもう・・」


そして中川は、しばらく休憩した後、また素振りを続けたのであった。

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