82 あの日の写真
―――ここは桂山の体育館。
「彩華ぁ~」
この日の練習を終え、小島や他の者が更衣室で着替えていると、蒲内がいつにも増して甘い声で呼んだ。
「なに?」
「フッフ~」
「ちょ・・蒲内、なんなんよ」
「これ・・」
そこで蒲内は、一枚の写真を小島に見せた。
「ああっ!」
小島は思わず叫んだ。
そしてすぐに蒲内から写真を引き取った。
「まだあるねん・・」
蒲内はもう一枚、写真を見せた。
「かっ・・蒲内!」
小島はその写真も奪い取った。
「まだあるねん・・」
「あんたは、マジシャンかっ!」
そう、この写真は、竹下通りでクレープを食べた時のものだった。
まさに、小島は大きく口を開け、日置が食べさせ、日置も大きく口を開け、小島が食べさせた「あれ」だ。
「ちょっと、なんなんよ」
そこに彼女たちも集まって来た。
「なっ・・なんもない」
「なあ、蒲ちゃん、どしたん?」
浅野が訊いた。
「フッフ~これ~」
蒲内はそう言って、浅野に写真を見せた。
「蒲内!やめい!」
小島は奪い取ろうとしたが、浅野は写真を持って上にあげた。
そして他の者も写真を見上げた。
「きゃ~~~なによこれ~~!」
「新婚さん、いらっしゃあ~い!」
「アツアツやんか~~!」
「まあまあ~嬉しそうに~~」
「蒲内・・やってくれたな・・」
小島は、蒲内の行動に呆れていた。
「ええやん~、こういう写真って、誰でも嬉しくなるよ~」
「っていうか、これ、どこなん?」
杉裏が訊いた。
「原宿のな~竹下通りやねん~」
「へぇーー!めっちええやん!」
「で、なんで、ここで先生と彩華の写真を蒲ちゃんが撮ったん?」
岩水が訊いた。
「実はな――」
そこで蒲内は、あの日、偶然会ったことを話した。
「でもれそれって、だいぶ前やん」
「そやねん~カメラのフィルムをな~こないだやっと、全部使い切ってん~」
「ああ、なるほど。それで今ってことか」
「そやねん~」
「んで、彩華はなんでここにいてたん?」
為所が訊いた。
「それはその・・なんちゅうか・・」
「いやあ~~婚前旅行~~?」
井ノ下が言った。
「ち・・ちゃうって。先生の家に行ったんや」
「おおおおお~~!」
浅野と蒲内以外の者は、大声で叫んだ。
そう、浅野は小島が東京へ行ったことは知っていた。
「で、蒲ちゃんは、なんでここに?」
外間が訊いた。
「直樹くんと会っててん~」
「ああ~直樹くん、東京やもんな」
「そやねん~」
「しっかしま~~、先生と彩華、羨まし過ぎるやろ!」
「というか、先生、外でこんなんしはんねや」
「それやん。あの先生がなあ~」
「ほんで、彩華さ、こんなんしたあと、先生、言うたか?」
為所が訊いた。
「なにをよ」
「そうでなくちゃ」
為所は、小島をからかった。
「なっ・・言うわけないやろ!」
為所の冗談と小島の慌てぶりに、みんなは大声を挙げて笑った。
「ほな彩華~、この写真、全部あげるから~先生にも渡したってな~」
蒲内はそう言って、五枚の写真を小島に渡した。
「ああ・・ありがとう・・」
小島は照れながらも、やはり嬉しかった。
そして日置もきっと喜ぶだろうと思った。
―――ここは日置のマンション。
小島はあの後、日置のマンションへ寄った。
「でね、これですよ」
小島は日置に写真を見せた。
「あはは、蒲内さん、写真撮ってたんだ」
「そうなんですよ。まったく、油断も隙もありませんよ」
「でもいい写真だね」
日置は嬉しそうに笑っていた。
「これ、一枚、僕にくれる?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ~、これがいいかな」
日置は、二人で嬉しそうに笑っている写真を選んだ。
「はい、どうぞ」
そして日置は写真を引き出しに仕舞った。
「明日、蒲内さんにお礼を言っといてね」
「はい」
「あ、そう言えばさ」
日置はそこで、台所へ行った。
「はい」
「部員、増えたんだよ」
日置は冷蔵庫から、缶チューハイを取り出した。
「彩ちゃんは、麦茶がいい?」
「ああ、はい」
小島はソファに座ったまま答えた。
「部員が増えたって、何人ですか」
「一人なんだけど、その子、独特な子でね」
「へぇー」
「はい、どうぞ」
日置は麦茶が入ったコップを、テーブルに置いた。
「ありがとうございます」
そして日置は小島の隣に座り、缶チューハイのプルタブを開けてゴクゴクと流し込んだ。
「転校生が来たこと、話したでしょ」
「はい」
「その子なんだよ」
「そうなんですね」
「その子さ、中川さんっていうんだけど、なかなか面白い子でね」
「へぇー」
「東京から来たんだけど、話し方がまるで男子なんだよ」
「へぇ・・男子」
「おめーよ、とか、なになにだぜっ、とか」
「あはは、そうなんですね」
「それで、見た目とのギャップがすごいんだよ」
「というと?」
「見た目は、超美人なの。だけど喋ったら男子」
「おおお、珍しいですね」
「彩ちゃん、愛と誠、好きだったよね」
「はい」
「中川は、早乙女愛、そのものなの」
「なっ・・なにいいいいい~~~!愛お嬢さんですか!」
小島は、コップを持つ手に思わず力が入った。
「あはは、すごい驚きようだね」
「わあ~~会ってみたい~~」
「まあ、中川も素人だけど、あの子はやる気があると見てるんだよ」
「そうなんですね!ぜひ、続けてほしいですね」
「これで、森上が戻って来れば、いいんだけどね」
「その後、森上さん、どうですか」
「うん、まだダメみたい」
「そうですか・・」
「またご両親に話を、と思ってるんだけど、なかなかいいタイミングが見つからなくてね」
「確かに・・難しいですよね」
そこで日置は缶チューハイを、ゴクゴクと飲んだ。
「ああ・・先生」
「ん?」
「それ・・美味しそうですね・・」
「え・・」
「いや・・美味しそうやなと・・」
「ダメだよ。きみはまだ未成年じゃないか」
「そうなんですけど・・」
「なんだよ」
「いや・・実は、この間、先輩に連れられて、お洒落なバーへ行ったんです」
「えっ!」
「でね・・そこで、なんやったかなぁ・・スクリュ・・ん?ドライブ・・」
「嘘・・まさかスクリュードライバー飲んだの?」
「あああ、それそれ。スクリュードライバーでした」
「彩ちゃん・・なにやってるの」
「ああ、いうても、一杯だけですよ」
その実、小島はアルコールには強く、初めて口にしたカクテルが美味し過ぎて、本当は三杯も飲んだのだ。
そこで日置の飲む缶チューハイに、興味を示したというわけだ。
「先輩って誰だよ」
「同じ部署の先輩ですけど」
「練習は?」
「休みの日です」
「それって、男性なの?」
「まさか!女の人ですよ」
「二人で行ったの?」
「三人です」
「二人とも女性?」
「そうですけど」
「そういうこと、僕に言ってくれないと」
「ああ・・すみません」
先生・・
焼きもち妬いてくれてる・・
あはは・・かわいいな・・
「それと、お酒はダメだからね」
「先生~、そう堅いこと言わんでも~」
「ダメダメ。それとまた行ったとしても、ジュースを飲むこと」
「はいはい、わかりました~」
「それにしても、残念だ・・」
「なにがですか?」
「そういうとこ、最初に僕が連れて行こうと思ってたのに」
「え・・」
「ああ~残念だ、残念、残念だ」
日置はそう言って小島に背中を向けた。
「先生・・怒らんといてください」
小島は日置の肩に触れた。
「・・・」
「先生・・」
すると日置はそこで振り返り「ベーッ」と舌を出した。
「なっ・・」
「あはは、いつも彩ちゃんがやってることだよ」
「もう~先生!」
そこで小島は日置から缶チューハイを奪い、ゴクゴクと飲んだ。
「ああっ!こら、ダメだよ!」
「あっああ~~!美味しかった」
小島はそう言って、カラになった缶をブラブラと振った。
「まったく、きみって子は!」
「あはは~」
「ほんとに悪い子だ」
日置はそう言って立ち上がり、冷蔵庫へ行った。
小島は、初めて日置が妬いてくれたことが、とても嬉しかった。
そして、幸せだな、としみじみ思うのであった。




