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サーよし!2  作者: たらふく
81/413

81 中川の入部




―――そして翌日。



「よーう、森上。おはよー」


中川は席に着く際、森上の肩をポンと叩いた。


「中川さぁん、おはよぉ」

「昨日は、ありがとな。楽しかったぜ」

「私もぉ、楽しかったぁ」

「んーで、これな」


そこで中川は、『愛と誠』の第一巻を鞄から取り出した。


「おお・・これなんやなぁ」

「うちに全部あんだけどよ、重いだろ。だから一冊ずつな」

「ありがとぉ」

「早く仕舞えよ。先生に見つかると没収されんぞ」

「うん~わかったぁ」


森上は嬉しそうに、本を鞄に仕舞った。


「恵美ちゃん、おはよう」


そこに阿部がやって来た。


「千賀ちゃん、おはよぉ」

「よーう、阿部」


中川がそう言えども、阿部は無視して森上を見ていた。


「恵美ちゃん、さっき、鞄に仕舞ったん、なんやったん?」

「ああ・・中川さんがぁ『愛と誠』を貸してくれたんよぉ」

「ふーん・・」


そこで阿部はチラリと中川を見た。


「おめーも読みてぇのか」

「わ・・私は興味ないねん」

「ふーん、そっか。森上よ、それ、絶対に嵌るぜ」

「そうなぁん」

「一巻読み終えたら言えよ。続き、持って来てやっからよ」

「うん、わかったぁ」

「なあ、恵美ちゃん」


阿部は、まるで中川と争うように森上を呼んだ。


「なにぃ」

「バイト・・頑張ってる?」


阿部は、話す内容がなくて、無理にそう訊いた。


「頑張ってるよぉ・・」

「そうなんや」

「おい、森上」


中川が呼んだ。


「なにぃ」

「おめー、バイトって、なにやってんだ?」

「土日だけやねんけどぉ、パン屋でバイトしてるねぇん」

「ほーう、パン屋か。いいじゃねぇか」

「商店街、あったやんかぁ」

「おお、あったな」

「あの商店街の通りにあるねぇん」

「そうかー、近くていいな」

「恵美ちゃん・・」


また阿部が呼んだ。


「なにぃ」

「中川さん・・なんで商店街のこと知ってるん・・」

「ああー、昨日森上んち、行ったんだぜ」

「あんたに訊いてないねんけど」


中川さん・・恵美ちゃんの家、行ったんや・・

なんでやねん・・


「中川さんさ」

「なんだよ」

「この際やから言うとくけど、恵美ちゃんちは色々あって大変なんよ。だから、余計なことして波風立てんといてほしいねんけど」

「なんだよ、余計なことって」

「なんか・・いらんこと言いそうやし・・」

「阿部さあ、おめー、私のことが気に入らねぇのか」

「べ・・別に、そんなんちゃうけど」

「森上も楽しそうだったし、慶太郎も喜んでたんだぜ?」


なっ・・なによ・・

慶太郎って・・呼び捨てやん・・


「とっ・・とにかく、恵美ちゃんのことで口出しせんといてほしいねんけど」

「おいおい、ちょっと待てよ。私は森上と友達なんだよ。口出しって言い方、酷くねぇか」

「と・・友達・・?」


阿部は森上を見た。


「そうやねぇん。中川さん、めっちゃいい子で、私ぃ、友達になったんよぉ」

「そっ・・そうなんや・・」

「友達が友達んちへ行くっての、普通じゃねぇか」

「ほんでぇ、中川さんなぁ、同じ大正ねぇん」


阿部はそう聞いて、更に唖然とした。


「ああ、森上。それな、私、間違えてたんだよ。私の家は港区なんだよ」

「え・・そうなんやぁ。でもぉ、大正と港区、近いやぁん」

「おお、おおお、そうなんだよ。ちけーんだよ」


恵美ちゃん・・

先生も私も・・恵美ちゃんが戻って来るの待ってるのに・・

いつ戻って来てもええように・・私は必死で練習してんのに・・

大正区とか港区とか・・なんやねん・・


「ああ、それでぇ、千賀ちゃん」

「なに・・」

「私なぁ・・中川さんにぃ卓球部入ってって頼んだんよぉ」

「え・・」


恵美ちゃん・・

なんて余計なことを・・

嘘やろ・・


「千賀ちゃん、一人やしぃ・・」

「そ・・それで・・中川さん・・どうするん」

「それなんだよ。素振り500回だろ?ああ~あり得ねぇ~」

「そうやで。中川さんには無理やと思う」


阿部は、間髪入れずにそう言った。


「っんだよ。決めつけやがって」

「強がり言うて、素振りに挑戦しても無理やとわかる。恥をかかん前に言うたってんねや」

「ちょっとぉ・・千賀ちゃん・・そんな言い方ぁ・・」


森上はオロオロしだした。


「よーーし、わかった!やってやろうじゃねぇか」

「え・・嘘やろ・・」

「嘘じゃねぇよ」

「いやっ、私は恵美ちゃんが戻ってくるまで一人でええ」

「っんなこたぁ、関係ねぇぜ。私がやるっつてんだから、やるんだよ」

「迷惑やねん!」

「うるせぇ!おい、阿部。おめーには負けねぇからな」


こうして中川は、ひょんなことから卓球部への入部を決意したのだった。



―――そして放課後。



中川が小屋へ行くと、もうボールの音が聴こえていた。


おおっ、やってるな・・


ガラガラ・・


扉を開けると、阿部が一人でサーブ練習をしていた。


「よーう、阿部」


阿部は無視して、サーブを出し続けた。


「ったくよ・・」


中川はそう言いながら中へ入った。


「先生は?」


それでも阿部は無視していた。


「それ、なんの練習やってんだ」

「・・・」

「ふんっ」


中川はそう言って部室へ行った。


「ここで着替えるんだな。にしても、狭すぎだろよ」


へぇ・・ラケットも、あるんだ・・

どれどれ・・


中川はペンのラケットを持って、戻った。

そして遊び半分で振ってみた。


こうか?

いや・・こうかな・・


「あんた、なにやってんのよ!」


阿部が怒鳴った。


「なんだよ」

「まだ先生も来てへんし、入部は先生が決めるんやけど」

「別に、ラケットくれぇ持ってもいいじゃねぇかよ」

「勝手なことせんといて」

「うるせぇよ」

「私、キャプテンなんやけど」

「へぇーおめーがキャプテンか」

「なによ」

「キャプテンだったらよ、もっとこう、気持ちを広く持つとか、あんだろうがよ」


ガラガラ・・


そこで扉が開いて日置が入って来た。


「ああ、中川さん」

「よーう、先生」

「きみ、また見学?」

「ちげーんすよ」

「え・・?」

「私、入部したいんす」

「そうなんだ」


日置はそう言いながら、靴を履き替えて中へ入った。


「でもね、ここでやるからには、遊びじゃないんだよ」

「はい、わかってるっす。インターハイっすよね」

「うん」

「じゃ、入部を許可してくれるっすか」

「素振りからのスタートだよ」

「はい、500回っすね」

「あはは、知ってるんだね」


先生・・

なに笑ろてんねん・・

まさか・・入部を認めるんやないやろな・・


阿部はハラハラしていた。


「練習するには、制服じゃ無理だし、卓球シューズも必要だよ」

「ああ・・なるほど。なに着ればいいんすか」

「Tシャツでいいよ」

「んじゃ、明日持って来るっす」

「先に言っとくけど、素振りができなければ、僕はそれ以上は教えないからね」

「はいっ」

「それでなんだけど。きみの持ってるラケットね、それは使わないよ」

「ああ・・そうなんすね」

「きみにはカットマンをやってもらう」


日置は異なるタイプの選手を作りたかった。

そして中川の体格を見て、すでにカットマンだと決めていた。

体は細いが、いかにもしなやかそうな長い手足、これはカットマンに持って来いだと。


「先生!」


たまらず阿部が呼んだ。


「なに?」

「カットマンとか・・まだ素振りもやってないのに、決めてもええんですか」

「ペンとカットマンの素振りは違うの」

「・・・」

「カットマンとして素振りを教える。だからそう言っただけだよ」

「・・・」

「やり熟すことができなければ、入部は認めないよ」

「・・・」

「それと阿部さん」

「はい・・」

「個人的な感情は出さないで」

「え・・」

「僕が教えることや、僕の方針に逆らうのであれば、僕は監督を辞める」

「そんな・・」

「きみたちの先輩にも、そうやって指導してきた」

「私は、逆らわないっすよ」


中川がそう言った。


「阿部さん、きみはどうなの?」

「わかりました・・」


日置は思っていた。

阿部は賢い子だ。

若さゆえの個人的なぶつかり合いがあったとしても、阿部ならすぐに乗り越えるはずだ、と。

そして森上が戻って来れば、余計な感情などすぐに消えてしまうだろう、と。

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