80 友達だろ
それから三人は、漫画の話で盛り上がり、慶太郎も「愛子ちゃん」と呼ぶようになっていた。
森上も、久しぶりに声を挙げて笑っていた。
そして「中川さんて、ええ子やなあ」と思うのであった。
「お姉ちゃん、僕、あっちゃんとこ行って来る~」
「ああ、待ってぇ。一人はアカンよ~」
慶太郎が誘拐されて以降、篤裕の家へ行くにも、森上は必ず家まで送り届けるよう、恵子から言い渡されていた。
「あっちゃんって、友達の家か?」
「そうやねぇん」
「それって遠いのか」
「いやぁ・・すぐ近くやねぇん」
「え・・近くなのに、おめーが連れて行くのかよ」
「うん・・」
「そうか。よーし、慶太郎、お姉ちゃんも一緒に行ってやるよ」
「わあ~~愛子ちゃんもあっちゃんとこ行くん~」
「おーう、家の前までな」
「やったあ~~」
そして三人は外へ出て、篤裕の家に向かった。
といっても公園を挟んですぐのところだ。
三人は、あっという間に到着した。
「ほな行って来る~」
「帰る時は、電話しぃやぁ」
「わかってる~」
そう言って慶太郎は中へ入って行った。
「おい、森上よ」
「なにぃ」
「ちょっと訊くけどよ、この距離だぜ?子供の足でも五分・・いや、三分もかからねぇぜ」
「うん・・」
「おめー、もしかして、ずっと送って行ってるのか」
「うん・・」
「で、帰りは迎えに行くのか」
「うん・・」
「なんつーか・・ちょっと過保護すぎねぇか」
「仕方がないねぇん・・」
「なんでだよ」
そこで森上は、慶太郎が誘拐されたことを話した。
「そうか・・そんなことがあったのか」
「だからぁ・・仕方がないねぇん」
「まあ・・親にしてみれば心配はするだろうけどよ」
「・・・」
「ところで森上よ」
「なにぃ・・」
「先生と阿部だけど、この二人は、おめーの家の事情知ってんだろ?」
「うん、知ってるぅ」
「それが理由で練習もできねぇってこともか?」
「うん・・」
「なのにさ、なんでおめーに拘ってんだ?」
「え・・」
「いや、普通はさ、それなら仕方がねぇって思うだろ」
さすがに森上は、自分にはずば抜けた身体能力があるなどと、自慢するようなことは言えなかった。
「あら~森上さんやないの~」
そこに『よちよち』の中島が通りかかった。
「ああ・・中島さぁん」
中島は、中川を見て驚愕していた。
誰なんだ・・このスクリーンから出てきたような美少女は、と。
「こんにちは」
中川は、早乙女愛で挨拶をした。
「こんにちは~。森上さんのお友達?」
「はい。中川愛子と申します」
「いやあ~~めっちゃ綺麗やん!」
「おほほ・・」
「中川さん、転校して来てぇ~同じクラスなんですぅ」
「あらまあ~そうやったんやね。で、中川さんも卓球部なん?」
「いえぇ・・違いますぅ」
「あ・・ああ、そうやね・・」
中川は、中島の顔が少し曇ったことが引っかかった。
中島は、森上と阿部が学校へ行き、卓球をしたことで恵子が激怒したことを、田中から聞いていた。
そんな森上が卓球部員を連れてくるはずがない、と中島は咄嗟に悟ったのだ。
「今から、よちよちへ行くんよ~」
中島は慌ててそう言った。
「そうですかぁ」
「よちよちって、なんですか?」
中川が訊いた。
「年寄りがやってる、卓球部クラブなんよ~」
「へぇー卓球・・」
「ほな、またね~」
そう言って中島は、この場を去った。
「なあ、森上」
「なにぃ・・」
「中島さん、なんか変だったよな」
「別にぃ・・」
「おめー、その、よちよちってのにも関係してんのか」
「前にぃ・・そこで練習しとったんよぉ・・」
「え?」
「学校でぇ、練習できひんからぁ・・」
「あ・・ああ、そうか!慶太郎がいるもんな」
「そやねぇん」
「じゃさ、おめー、よちよちでやればいいじゃねぇか」
「だからぁ・・お母さんはぁ、また目を離すかもて・・」
「ああ・・なるほど。誘拐のことな」
「うん・・」
「おめーさ、卓球やりてぇんじゃねぇのか」
「別にぃ・・」
言いにくそうにする森上を見て、中川はそれ以上、なにも訊かなかった。
それから二人は家に戻り、学校のことや、他愛もない話を続けた。
「それでぇ・・中川さんのお父さんてぇ、仕事は何してるぅん?」
「サラリーマンだよ」
「へぇ・・」
「いきなり転勤でよ。そっれがさ~、左遷だぜ?左遷」
中川はそう言いながら「あはは」と笑った。
「え・・そうなんやぁ」
「父ちゃんさ、頑固なとこがあってよ、上司に逆らったんだぜ」
「へぇ・・」
「でも、私も母ちゃんも、全然、気にしてねぇし」
「そうなんやぁ・・」
「おめーの父ちゃんは、なにやってんだ」
「工場で働いてるぅ」
「へぇーいいじゃねぇか」
「そやなぁ・・」
「まあ~あれだな。おめーとこうやって、腹割って話して、よかったぜ」
「うん~私もぉ」
「今度は、私んち、遊びに来いよ」
「えぇ~・・無理やと思うぅ」
「なんでだよ」
「慶太郎、いてるしぃ・・」
「あはは!連れてくりゃいいだろ」
「えぇ~・・そんなん、悪いしぃ・・」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
中川はそう言って、森上の肩をバーンと叩いた。
「もう、おめーとは友達だ」
「え・・」
「おめーは違うのか」
「そんなことないけどぉ・・」
「それなら、いいじゃねぇか」
「うん、ありがとぉ」
「いいってことよ!」
そして二人は大声で「あははは」と笑った。
森上は思った。
家でのもめ事や、日置や阿部の気遣いを心苦しく思い、塞ぎ込んでいたところに、まるで太陽のような中川が現れた。
その中川は、美人にもかかわらず、全くお高く留まるところがない。
慶太郎のことも可愛がってくれ、中川になら自分の気持ちを話してもいいのでは、と。
「あのぅ・・中川さぁん」
「なんだよ」
「実はぁ・・私ぃ・・」
「うん」
「ほんまはぁ・・卓球したいねぇん」
「おう、そうだろうよ」
「せやけどぉ・・お母さんが大反対しててぇ・・」
それから森上は、日置が『よちよち』でコーチしていること、その理由は、自分と練習するためであることも話した。
中川は、ますます不思議に思った。
なぜ、そこまでして森上を引き止めたいのか、と。
森上に、なにがあるんだ、と。
「おめーよ、一体、なにがあるんだ」
「え・・」
「おめー自身のことだよ」
「うん・・それやねんけどぉ・・」
そして森上は、自分の能力のことを話した。
「なるほどっ。それでか!」
「先生はぁ・・インターハイが目標でぇ」
「ああ、阿部が言ってたぜ」
「うん・・それでぇ・・私と千賀ちゃんを強くしようとしてくれてるねぇん」
「でもよ、二人だけでインターハイってよ、少な過ぎねぇか」
「ようわからんのやけどぉ・・」
「で、おめーは、部に戻れるかどうかもわかんねぇ、と」
「うん・・」
「もし戻れなかったら、阿部一人じゃねぇか」
「そうやねぇん・・」
「ったくよ~貧乏所帯だな」
中川は気の毒そうに苦笑した。
「中川さぁん・・」
「なんだよ」
「卓球部・・入らへぇん?」
「ええっ!私がかよ!」
「うん」
「だけどよ、素振り500回だぜ?」
「うん」
「っんな~~私には無理だ」
「そうかぁ・・」
「っていうか、おめーが戻るのが先だろ」
「そうなんやけどぉ・・」
「私のことはかまわねぇから、おめーが戻れることを考えようぜ」
そして中川は、ほどなくして森上家を後にした。
中川は、その足で『よちよち』へ向かった。
ほーう、なるほど、ここか・・
中川は『よちよち』の入口に立ち、中を覗いた。
すると、年寄り連中が頼りなく打っているではないか。
先生・・
こんな連中の相手してるのか・・
阿部との練習とは、全く別もんじゃねぇか・・
「あれ・・中川さん」
そこに日置がやって来た。
「ああっ!先生じゃねぇか」
「きみ、ここでなにやってるの?」
「ああ・・さっきまで森上んち、いたんすよ」
「そうなんだ・・」
「コーチっすよね」
中川は『よちよち』の中を指した。
「きみ、そんなことも知ってるの?」
「森上から聞いたんすよ」
「そうなんだ」
「しかしまあ・・」
中川は、また中を覗いた。
「よかったら、見学していく?」
「ええ・・」
「みんな、いい人だよ」
「先生さ・・」
「うん」
「ここでのコーチって、森上のためなんすよね」
「ああ・・まあ・・」
「阿部との練習を終えて、ここに来てるんすよね」
「そうだよ」
「そうか・・」
「それが、どうかしたの?」
「いやっ・・いいっす」
先生・・
なんて涼しい顔して・・
こんな年寄り相手にしてまで・・
森上を待ってんだな・・
「先生、私は帰るっす」
「そっか」
「頑張ってください」
「ありがとう」
日置はニッコリと微笑んだ。
そして中川は、この場を後にした。
うーん・・先生って・・普通にあんなことできるんだな・・
でもなぁ・・
素振り500回だろ・・
いやいや・・無理だって・・
こんなことを考えながら、中川は駅に向かったのである。




