78 クラブの選択
―――「ただいまあー」
中川は、帰宅した。
「おかえりー」
中から母親の元気な声がした。
中川は、リビングのソファに鞄をポーンと放り投げた。
「愛子、学校どうだった?」
「まあまあってとこよ」
「あんたさ、まさかその話し方、学校でしてないよね」
「したに決まってんだろ」
中川はそう言いながら、ソファに座った。
「ええ~~!初日から?」
「っんな~飾ってられっかよ」
「もう~ここは大阪なのよ。そんな喋り方したら、リンチに遭うわよ」
「ああ~それ、ないない」
「なんでよ」
「見たところ、そりゃあ、不良じみたやつもいたぜ?」
「ほらぁ~」
「ちったぁ~期待したんだけどよ」
「またぁ~愛と誠~」
そう、中川は『愛と誠』という漫画が大好きだった。
中川の見た目は、まさに『愛と誠』の主人公の一人である、早乙女愛、そのものだった。
当初、中川は早乙女愛に憧れ、髪形も似せたつもりだったが、いつしかもう一人の主人公である太賀誠に心を奪われ、話し方を真似るようになり、すっかり定着してしまったというわけだ。
したがって中川の見た目は早乙女愛、中身は太賀誠なのである。
中川が言った「期待」とは、作中に登場する『花園実業高校』という、超不良学校を少しイメージしていたのだ。
母親の亜希子は、それこそ早乙女愛のようなお嬢さんに娘を育てたかった。
けれども中川家は、いわゆる「普通」の家庭である。
早乙女愛に、なれようはずもなかったのだ。
「それでさ、今日、先生から説明受けたんだけどよ」
「なんの?」
「クラブ活動っての、入らないといけねぇらしいんだ」
「入ればいいじゃない」
「クラブっつったってよ~」
「華道部か茶道部、ないの?」
「知らねぇよ」
「もしあるんだったら、この二つのどちらかにしなさいよ」
「まあなあ」
「あんたね、もうそろそろ、その話し方、止めなさい」
「なんでだよ」
「もう高校生なんだし、心機一転、早乙女愛を目指しなさいよ」
「っていうかさ、この髪、切りてぇんだわ」
「ダメダメ。それだけはやめて」
亜希子は、せめて見た目だけでも「お嬢さん」でいてほしかった。
「ねぇ、愛子」
「なんだよ」
「ちょっと・・早乙女愛の真似、してみてよ」
「えぇ~~またかよ」
「いいから、ちょっとだけ」
「ったくよ~、しょうがねぇなあ」
亜希子は時々、このように「おねだり」していた。
「お母さま・・愛は・・愛は・・誠さんと離れたくないの・・」
中川は胸に手を当て、しおらしく振る舞った。
「それよ、それっ!」
「やってられっかよ」
「あ~あ・・どうして誠なのよ・・」
「さってと。母ちゃん、めし、めし~」
そう言って中川は立ち上がった。
亜希子は「はぁ・・」とため息をつきながら、台所へ行った。
―――そして翌日。
「よう、森上」
中川は席について、森上に声をかけた。
森上は黙ったまま、中川を見た。
「ここさ、茶道部か華道部って、あんのかよ」
「あるけどぉ・・」
「ちっ・・あんのかよ」
中川は舌打ちをした。
「おめーは、何部なんだ?」
「なんも・・入ってないぃ・・」
「でもよ、校則で決められてんだろ?部に入らねぇといけねぇって」
「そうやけどぉ・・」
「おめー、背がたけぇーんだし、バレーかバスケに入ればいいだろ」
「私ぃ・・弟の世話せんといかんからぁ・・」
「へぇー」
そこへ阿部が気にかけて二人の元へ来た。
「ようー、阿部」
「ああ・・うん・・」
阿部はどうにも、中川が気に入らないようだ。
「おめー、小せぇから、卓球部だよな」
「背なんか、関係ないよ」
「ふーん、そうなのか」
「恵美ちゃんと、なんの話してたん?」
「なにってよ、クラブの話だよ」
「そうなんや」
「卓球部って、部員は何人いんだよ」
「二人」
「ふっ・・二人ぃぃ?」
中川は呆れていた。
いくら人気がない卓球とはいえ、二人はあり得ないだろ、と。
「で、もう一人は?」
「恵美ちゃん」
「え・・」
「この子」
阿部はそう言って森上の肩に手を置いた。
「でもよ、森上は入ってねぇって言ってたぜ」
「入ってる!恵美ちゃんも部員やねん」
「ふーん。ま、いいさ。それにしても二人ってさ、少な過ぎねぇか」
「先生の入部条件は厳しいねん」
「先生って、日置先生か」
「そや」
「厳しいって、どんくらい厳しいんだよ」
「素振り500回」
「ひぇ~~500回っ」
「ほんで、目標はインターハイ」
「あはは、二人でインターハイかよ」
中川は呆れて笑い飛ばしていた。
「ちょっと中川さん、失礼とちゃう?」
「ああ、わりぃわりぃ」
「なあなあ、中川さん」
そこに一人の女子が話しかけてきた。
「なんだよ」
「私な、演劇部やねんけど、中川さん入らへん?」
「演劇部ねぇ・・」
阿部は心の中で「入れ、演劇部に入れ」と願った。
そう、阿部は、もしかすると中川は卓球部に入るのでは、と不安を抱いていたのだ。
「中川さん、めっちゃ美人やし、お姫様役なんて、ぴったりやと思うねん」
「お姫様ねぇ・・」
「もうな、演劇部の間でも、中川さんのこと噂になってるんよ」
「ふーん」
「なあ、演劇部に入ってよ~」
「ま、考えとくよ」
考えんでもええ!
即刻、入るべき!
「演劇部、ええんちゃうかな」
阿部が言った。
「なんでだよ」
「とみちゃんが言うように、中川さん美人やし」
とみちゃんとは、声をかけてきた重富という女子だ。
「な~阿部さんもそう思うやんな~」
「うんうん、めっちゃ思う」
そこに加賀見が入って来た。
「はいはい、席について~」
加賀見がそう言うと、みんなは慌てて席に着いた。
森上は、阿部らが話をしていたことを、ただぼんやりと聞いていただけだった。
誰がどのクラブへ入ろうが、自分には何の関係もないことだ、と。
―――そして放課後。
中川は、演劇部へ向かった。
ガラガラ・・
中川は何のためらいもなく、部室のドアを開けた。
「ああっ、中川さん、来てくれたんやね!」
重富は嬉しそうだった。
他の部員も、とんでもなく美しい中川を唖然として見ていた。
「あんたが中川さんなんやね」
部長の掛井が訊いた。
この掛井は三年生だ。
「そうっす」
「えっ・・」
重富以外の部員たちは、中川の話しぶりに唖然とした。
「ああ・・部長、中川さん、こんな話し方なんです」
重富は慌ててそう言った。
「そ・・そうなんや」
「誘われたから来たんすけど」
「あ・・ああ・・それで、入部する気はあるん?」
「まあ~色々と確かめてみねぇーとな」
「そ・・そうなんや・・」
「ちょっと・・部長・・」
そこで副部長の木村が小声で囁いた。
「なに・・」
「確かに綺麗やけどさ・・この喋り方・・どうなん・・」
「ああ・・まあな・・」
「おい、部長さんとやら」
中川が呼んだ。
「なに?」
「部員は何人いるんすか」
「八人やけど」
部室にいるのは、四人だけだった。
「ふーん」
「なにか・・?」
「それで、演劇って、なにすんすか」
「なにて・・古典もやるし・・オリジナルもやるよ」
「へぇー、例えば?」
「古典やと・・竹取物語とか・・」
「ふーん、かぐや姫か」
「オリジナルやと・・去年文化祭で披露したんは、女子高生物語り」
「それ、なんすか」
「女子高生の日常を描いた作品やで」
「つまんね~」
そこで中川は「プププ」と笑った。
「なっ・・なによ・・」
「ああ、わりぃわりぃ」
「・・・」
「そんなんじゃなくてよ、もっとさあ、刺激の強いのとかどうなんだよ」
「刺激・・?」
「不良のケンカとか」
「え・・」
「鞭でしばいて、傷口に塩を塗りこむんだよ」
「げ・・」
「それ・・愛と誠ちゃう・・?」
木村が訊いた。
「そーそー、わかってんじゃねぇか」
「そんなん・・うちの部には相応しくないわ」
掛井が言った。
「そうかねぇ。いいと思うぜ?」
「あんた・・早乙女愛・・やりたいんやろ」
「はっ。バカか」
「なによ」
「やるんだったら太賀誠に決まってんだろ」
「と・・とにかく・・入部はこっちで決めるから。それで・・重富さんに結果を伝えるから」
「そうっすか。じゃお邪魔しました」
中川はそう言って、とっとと部室を出て行った。
真面目すぎる・・
あんな部・・
こっちからお断りだっ・・
そして中川は、その足で小屋へ向かったのである。




