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サーよし!2  作者: たらふく
78/413

78 クラブの選択




―――「ただいまあー」



中川は、帰宅した。


「おかえりー」


中から母親の元気な声がした。

中川は、リビングのソファに鞄をポーンと放り投げた。


「愛子、学校どうだった?」

「まあまあってとこよ」

「あんたさ、まさかその話し方、学校でしてないよね」

「したに決まってんだろ」


中川はそう言いながら、ソファに座った。


「ええ~~!初日から?」

「っんな~飾ってられっかよ」

「もう~ここは大阪なのよ。そんな喋り方したら、リンチに遭うわよ」

「ああ~それ、ないない」

「なんでよ」

「見たところ、そりゃあ、不良じみたやつもいたぜ?」

「ほらぁ~」

「ちったぁ~期待したんだけどよ」

「またぁ~愛と誠~」


そう、中川は『愛と誠』という漫画が大好きだった。

中川の見た目は、まさに『愛と誠』の主人公の一人である、早乙女愛、そのものだった。

当初、中川は早乙女愛に憧れ、髪形も似せたつもりだったが、いつしかもう一人の主人公である太賀誠に心を奪われ、話し方を真似るようになり、すっかり定着してしまったというわけだ。

したがって中川の見た目は早乙女愛、中身は太賀誠なのである。

中川が言った「期待」とは、作中に登場する『花園実業高校』という、超不良学校を少しイメージしていたのだ。


母親の亜希子(あきこ)は、それこそ早乙女愛のようなお嬢さんに娘を育てたかった。

けれども中川家は、いわゆる「普通」の家庭である。

早乙女愛に、なれようはずもなかったのだ。


「それでさ、今日、先生から説明受けたんだけどよ」

「なんの?」

「クラブ活動っての、入らないといけねぇらしいんだ」

「入ればいいじゃない」

「クラブっつったってよ~」

「華道部か茶道部、ないの?」

「知らねぇよ」

「もしあるんだったら、この二つのどちらかにしなさいよ」

「まあなあ」

「あんたね、もうそろそろ、その話し方、止めなさい」

「なんでだよ」

「もう高校生なんだし、心機一転、早乙女愛を目指しなさいよ」

「っていうかさ、この髪、切りてぇんだわ」

「ダメダメ。それだけはやめて」


亜希子は、せめて見た目だけでも「お嬢さん」でいてほしかった。


「ねぇ、愛子」

「なんだよ」

「ちょっと・・早乙女愛の真似、してみてよ」

「えぇ~~またかよ」

「いいから、ちょっとだけ」

「ったくよ~、しょうがねぇなあ」


亜希子は時々、このように「おねだり」していた。


「お母さま・・愛は・・愛は・・誠さんと離れたくないの・・」


中川は胸に手を当て、しおらしく振る舞った。


「それよ、それっ!」

「やってられっかよ」

「あ~あ・・どうして誠なのよ・・」

「さってと。母ちゃん、めし、めし~」


そう言って中川は立ち上がった。

亜希子は「はぁ・・」とため息をつきながら、台所へ行った。



―――そして翌日。



「よう、森上」


中川は席について、森上に声をかけた。

森上は黙ったまま、中川を見た。


「ここさ、茶道部か華道部って、あんのかよ」

「あるけどぉ・・」

「ちっ・・あんのかよ」


中川は舌打ちをした。


「おめーは、何部なんだ?」

「なんも・・入ってないぃ・・」

「でもよ、校則で決められてんだろ?部に入らねぇといけねぇって」

「そうやけどぉ・・」

「おめー、背がたけぇーんだし、バレーかバスケに入ればいいだろ」

「私ぃ・・弟の世話せんといかんからぁ・・」

「へぇー」


そこへ阿部が気にかけて二人の元へ来た。


「ようー、阿部」

「ああ・・うん・・」


阿部はどうにも、中川が気に入らないようだ。


「おめー、小せぇから、卓球部だよな」

「背なんか、関係ないよ」

「ふーん、そうなのか」

「恵美ちゃんと、なんの話してたん?」

「なにってよ、クラブの話だよ」

「そうなんや」

「卓球部って、部員は何人いんだよ」

「二人」

「ふっ・・二人ぃぃ?」


中川は呆れていた。

いくら人気がない卓球とはいえ、二人はあり得ないだろ、と。


「で、もう一人は?」

「恵美ちゃん」

「え・・」

「この子」


阿部はそう言って森上の肩に手を置いた。


「でもよ、森上は入ってねぇって言ってたぜ」

「入ってる!恵美ちゃんも部員やねん」

「ふーん。ま、いいさ。それにしても二人ってさ、少な過ぎねぇか」

「先生の入部条件は厳しいねん」

「先生って、日置先生か」

「そや」

「厳しいって、どんくらい厳しいんだよ」

「素振り500回」

「ひぇ~~500回っ」

「ほんで、目標はインターハイ」

「あはは、二人でインターハイかよ」


中川は呆れて笑い飛ばしていた。


「ちょっと中川さん、失礼とちゃう?」

「ああ、わりぃわりぃ」


「なあなあ、中川さん」


そこに一人の女子が話しかけてきた。


「なんだよ」

「私な、演劇部やねんけど、中川さん入らへん?」

「演劇部ねぇ・・」


阿部は心の中で「入れ、演劇部に入れ」と願った。

そう、阿部は、もしかすると中川は卓球部に入るのでは、と不安を抱いていたのだ。


「中川さん、めっちゃ美人やし、お姫様役なんて、ぴったりやと思うねん」

「お姫様ねぇ・・」

「もうな、演劇部の間でも、中川さんのこと噂になってるんよ」

「ふーん」

「なあ、演劇部に入ってよ~」

「ま、考えとくよ」


考えんでもええ!

即刻、入るべき!


「演劇部、ええんちゃうかな」


阿部が言った。


「なんでだよ」

「とみちゃんが言うように、中川さん美人やし」


とみちゃんとは、声をかけてきた重富(しげとみ)という女子だ。


「な~阿部さんもそう思うやんな~」

「うんうん、めっちゃ思う」


そこに加賀見が入って来た。


「はいはい、席について~」


加賀見がそう言うと、みんなは慌てて席に着いた。

森上は、阿部らが話をしていたことを、ただぼんやりと聞いていただけだった。

誰がどのクラブへ入ろうが、自分には何の関係もないことだ、と。



―――そして放課後。



中川は、演劇部へ向かった。


ガラガラ・・


中川は何のためらいもなく、部室のドアを開けた。


「ああっ、中川さん、来てくれたんやね!」


重富は嬉しそうだった。

他の部員も、とんでもなく美しい中川を唖然として見ていた。


「あんたが中川さんなんやね」


部長の掛井(かけい)が訊いた。

この掛井は三年生だ。


「そうっす」

「えっ・・」


重富以外の部員たちは、中川の話しぶりに唖然とした。


「ああ・・部長、中川さん、こんな話し方なんです」


重富は慌ててそう言った。


「そ・・そうなんや」

「誘われたから来たんすけど」

「あ・・ああ・・それで、入部する気はあるん?」

「まあ~色々と確かめてみねぇーとな」

「そ・・そうなんや・・」

「ちょっと・・部長・・」


そこで副部長の木村(きむら)が小声で囁いた。


「なに・・」

「確かに綺麗やけどさ・・この喋り方・・どうなん・・」

「ああ・・まあな・・」

「おい、部長さんとやら」


中川が呼んだ。


「なに?」

「部員は何人いるんすか」

「八人やけど」


部室にいるのは、四人だけだった。


「ふーん」

「なにか・・?」

「それで、演劇って、なにすんすか」

「なにて・・古典もやるし・・オリジナルもやるよ」

「へぇー、例えば?」

「古典やと・・竹取物語とか・・」

「ふーん、かぐや姫か」

「オリジナルやと・・去年文化祭で披露したんは、女子高生物語り」

「それ、なんすか」

「女子高生の日常を描いた作品やで」

「つまんね~」


そこで中川は「プププ」と笑った。


「なっ・・なによ・・」

「ああ、わりぃわりぃ」

「・・・」

「そんなんじゃなくてよ、もっとさあ、刺激の強いのとかどうなんだよ」

「刺激・・?」

「不良のケンカとか」

「え・・」

「鞭でしばいて、傷口に塩を塗りこむんだよ」

「げ・・」

「それ・・愛と誠ちゃう・・?」


木村が訊いた。


「そーそー、わかってんじゃねぇか」

「そんなん・・うちの部には相応しくないわ」


掛井が言った。


「そうかねぇ。いいと思うぜ?」

「あんた・・早乙女愛・・やりたいんやろ」

「はっ。バカか」

「なによ」

「やるんだったら太賀誠に決まってんだろ」

「と・・とにかく・・入部はこっちで決めるから。それで・・重富さんに結果を伝えるから」

「そうっすか。じゃお邪魔しました」


中川はそう言って、とっとと部室を出て行った。


真面目すぎる・・

あんな部・・

こっちからお断りだっ・・


そして中川は、その足で小屋へ向かったのである。

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