77 転校生
そして翌日、学校は新学期を迎えていた。
一年三組の教室に入った阿部は、森上の姿を探した。
森上は席に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
「恵美ちゃん」
阿部は森上の席へ行った。
「ああ・・千賀ちゃん・・」
「おはよ。久しぶりやね」
「うん・・久しぶりぃ」
阿部は、卓球の話は持ち出すつもりはなかった。
訊かれれば、森上は辛いだろうと思ったからだ。
「宿題、全部できた?」
「ああ・・うん、できたよぉ」
「私もな、なんとか間に合ったで」
「そうなんやぁ」
「また今日から、勉強、頑張ろな」
「うん・・」
そこでクラスメイトたちは、廊下へ移動していた。
「ああ、恵美ちゃん、私らも行こか」
始業式があるため、全校生徒は校庭へ行かなければならない。
「そやなぁ」
そして二人は校庭へ向かった。
恵美ちゃん・・なんか魂が抜けたみたいになってる・・
うん・・なんとなくわかってたけど・・
大丈夫なんやろか・・
「森上さん、阿部さん、おはよう」
校庭に向かう途中、日置とすれ違った。
「先生、おはようございます」
「おはようございますぅ・・」
「今日から新学期だね」
「はい」
「はいぃ・・」
「森上さん?」
森上の目には、全く光がなかった。
「はいぃ・・」
「どうしたの?」
「なにがですかぁ・・」
「元気がないみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫ですぅ・・」
「そっか・・」
「先生、ほな校庭へ行きます」
「うん」
そして阿部は森上の腕に手を回し、校庭へ歩いて行った。
日置も森上の様子を見て、とても心配したが、昨日、恵子に釘を刺されたことで、あまり多くは訊けなかったのである。
やがて始業式も終わり、全校生徒は各教室へ戻った。
「はい、みなさん。今日から二学期です。まだ暑いですが、勉強に運動に、そして行事にと、頑張りましょう」
加賀見が教壇に立ってそう言った。
「えー、それと、今日は転校生を紹介します」
加賀見がそう言うと、「おおお~」とクラス中から声が挙がった。
阿部も転校生に興味を持ったが、森上は加賀見の話すら耳に入ってなかった。
「じゃ、入りなさい」
加賀見が転校生に入るよう、促した。
すると教室に入って来たその女子は、まるでスローモーション映像を見たような錯覚に陥るほど、ゆっくりと歩を進めた。
髪は長くサラサラとし、そして美人を絵に描いたような美しい顔立ち、細身のその体は今にも折れそうだ。
彼女を見たクラスの者は、しばらく呆然としたまま口も利けないほどだ。
「では紹介します。中川愛子さんです」
「中川です、よろしくお願いします」
中川はそう言って、特に笑顔を見せるでもなくペコッと頭を下げた。
「中川さんは、お父さんの仕事の都合で、東京からこちらへ引っ越してきました。みんな、仲良くしてあげてね」
「はーーい」
クラスの者は、あまりの美しさに驚いていたが、すぐに快く返事をした。
「そしたら、中川さんの席は、ええっと、森上さんの横やね。森上さん、明日から教科書見せてあげてね」
森上の席は、一番後ろだった。
そして中川は、森上の右横の窓側の席へ移動した。
「よろしく」
中川はそう言って、席に着いた。
「よろしくぅ・・」
森上は力のない声で、返事をした。
そしてこの日は、宿題の提出や、連絡事項などで終わり、みな帰り支度を始めた。
けれども中川に興味津々のクラスの者たちは、早速、中川の周りに集まっていた。
「中川さんて、東京のどこなん?」
「仕事の都合ってなに?」
「それにしても中川さんて、美人やなあ~」
「なあなあ、大阪て、初めてなん?」
このように、矢継ぎ早に中川に質問が浴びせられた。
すると中川は突然立ち上がり、「ああ~うっぜ~」と下していた髪をゴムで括った。
クラスの者は、あまりの「イメージダウン」に驚愕した。
「あ、わりぃな」
中川は目が点になっている女子たちに、頭を掻きながら詫びた。
「ったくよー、初日だかなんだか知らねぇけどさ、うちの母ちゃんったらさ、大人しくしてなさい、なんてよ」
クラスの者たちは、口をあんぐりと開けたまま、中川を見ていた。
「ああ、気にしねぇでいいから。私、こんな喋り方だから」
「そ・・そうなんや・・」
「なんか・・イメージが・・」
「まあ・・ええんちゃうかな・・」
「ちょっと、どいてくれ」
中川はそう言って、森上の前に立った。
「よう、森上よ」
「え・・」
森上は唖然として、中川を見上げていた。
「明日から、よろしくな」
「よ・・よろしくぅ・・」
「っんだよ。しけたツラしてんじゃねーよ」
そう言って中川は、森上の肩をポーンと叩いた。
「んじゃ、帰るわ」
そして中川は、教室を後にした。
「森上さん・・明日から大変やな・・」
一人の女子がそう言った。
「でも、悪い子ではなさそうやん?」
「せやけど・・見た目とあんなに違うて・・ちょっと驚きやな」
「そうそう、すっかりどこぞの令嬢かと思たで」
森上は中川に驚いたが、それは一時のことであった。
中川を気にする余裕など、森上にはなかったのである。
「恵美ちゃん」
阿部が呼んだ。
「なにぃ・・」
「もう帰るん?」
「うん・・」
「そっか、慶太郎くんも帰って来るもんな」
「そやねぇん」
「ほな、私は小屋へ行くわな」
そして二人は一緒に教室を出た。
「なあ・・千賀ちゃん・・」
「なに?」
「ごめんなぁ・・」
「え・・」
「一緒にやりたいて思てたけどぉ・・」
「ああ・・うん・・」
「千賀ちゃん・・」
「・・ん?」
「頑張ってなぁ・・」
「うん・・」
「一人にしてぇ・・ごめん・・」
「なあ、恵美ちゃん」
「なにぃ・・」
「今、決めんでも、ええんちゃうかな」
「え・・」
「私らまだ一年やし。二年だって三年だってあるんやし」
「・・・」
「元気出してな」
「うん・・ありがとぉ」
そして森上は学校を後にした。
阿部は、肩を落として歩く森上の後姿をずっと見ていた。
いつもはとても大きく見える森上だが、まるで小さな子供のように阿部には映った。
そして阿部は、小屋へ向かった。
すると小屋の前では、日置と中川が話をしているではないか。
阿部は、何事かと、走って小屋の前へ行った。
「先生、モテんだろ」
中川は笑いながら話していた。
「きみ、転校生だよね」
「いや~それにしてもよ、っんなとこで卓球やってんのかよ」
「そうだよ」
「私もさ、卓球やったことあんだよ」
「そうなんだ」
「だけどさ~、父ちゃんも母ちゃんも、女は華道だ茶道だと言いやがるんだよ」
「まあ、そうだろうね」
日置は中川の見た目を言った。
「先生」
そこで阿部が声をかけた。
「ああ、阿部さん」
「あれっ、おめー、同じクラスだよな」
「ああ・・うん」
「へぇーおめー、阿部ってのか」
「うん」
「ちっちぇえ~。何センチ?」
中川は阿部の背丈を言った。
「150・・」
「あはは、子供かよ」
「別に・・ええやん・・」
「わりぃわりぃ」
「で、中川さんだっけ。もういいかな」
日置が言った。
「ああ、わりぃ。んじゃ、練習やってくれ」
そう言って中川は手を振りながら、校庭から出て行った。
「阿部さん、あの子と同じクラスなんだ」
「はい」
「口は悪いけど、根は良さそうだよね」
「まあ・・」
「じゃ、練習しようか」
「はい」
そして二人は小屋の中へ入った。




