表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
76/413

76 刺されたくなかった釘




―――昨日のこと。



「なあ、森上さん」


恵子と同じスーパーで働く、坂上(さかがみ)が声をかけた。

恵子は陳列台に商品を補充していた。


「ああ、坂上さん、こんにちは」


坂上は、午後からの出勤だった。


「恵美ちゃんやけどさ」

「恵美子がどうかしたん?」

「確か・・卓球、辞めたて言うてたよね」

「そうやけど」

「そうか・・それならええねん」


そこで恵子は手を止めて、坂上を見た。


「ちょっと、なんやのよ」

「いや・・私な、ここに来る時、恵美ちゃんとすれ違ったんや」

「え・・」

「友達と一緒やったみたいやねんけど・・」

「そうなんや・・。まあ家には主人がいてるし、遊びにでも行ったんやろ」

「でもさ・・恵美ちゃん、ジャージ着てたんよ・・」

「えっ」

「この暑いのに、と思てな」

「友達は?その子もジャージ着てた?」

「うん」

「鞄は?スポーツバッグやった?」

「うん」


恵子は思った。

恵美子は友達と一緒に、卓球をしに行ったに違いない、と。

いや、ひょっとすると日置にそそのかされて、学校へ行ったのではないか、と。


そして夕方、恵子は仕事を終えて、一目散に家に帰った。

恵子は乱暴にドアを開けて、部屋の中へ入った。


「おう、おかえり」


慶三は呑気に夕刊新聞を読んでいた。


「おかえりぃ」


森上はちゃぶ台に、料理を運んでいた。


「お母さん~おかえりぃ~」


慶太郎は寝転んでテレビを観ていた。


「ちょっと!」


恵子はいきなり怒鳴った。

その声で、三人は驚いて恵子を見た。


「どないしたんや」

「どないしたて・・恵美子!あんた今日、どこ行ってたんよ」

「え・・」


森上は、とてもじゃないが口には出せなかった。


「お母さん~なに怒ってんの~」


慶太郎は不安げに訊いた。


「ああ、友達が来てやな、ほんで二人で遊びに行ったんや」

「ジャージ着て!?」


恵子にそう言われ、慶三は何も言い返せなかった。


「恵美子!どこ行ったんか、言いなさい!」

「恵子!わしが遊びに行かせたんや」

「あんたに聞いてないわ。恵美子、どこ行ったんか、言いなさい!」

「・・・」

「卓球しに行ったんとちゃうの!」

「・・・」

「言いなさい!」

「そうや!わしが行かせたんや!」


慶三は思わず怒鳴った。


「なんでなんよ!あれほど・・私があれほど反対してるん、あんた知ってるやないの!」

「今日は、わしがいてたんやから、一日くらいええやないか!」

「どうせ日置先生に、そそのかされたんやろ!」


恵子は森上に言った。


「先生はぁ・・そんなことせぇへん・・」

「そんなん、子供のあんたにわかるかいな!」

「恵子!ええ加減にせぇ!ちょっとは冷静になれよ!」

「うっ・・ううう・・うわあああ~~ん」


そこで慶太郎が泣きだした。

そして恵子の元へ行ってしがみついた。


「ほれみぃ、慶太郎かて不安になっとるがな」

「慶太郎、泣かんでもええよ。ごめん、ごめんな」


恵子はそう言って慶太郎を抱きしめた。


「私ぃ・・卓球しに行った・・」


森上は仕方なく本当のことを言った。


「なんでなんよ!」

「私なぁ・・やっぱり卓球したいねぇん・・」

「あんたは、何べん言うたらわかるんよ!あかんて言うてるやないの!」

「・・・」

「お母さんな、慶太郎が誘拐されてから、何回夢を見たか知ってる?泣きながら、助けて、助けて言うて、それでも慶太郎は誰かに連れて行かれるんよ!」

「・・・」

「ほんで目が覚めたら慶太郎が横で寝てて、どれだけホッとするか、あんたにわかるか!」

「・・・」

「それをあんたは、まだ卓球て・・ちょっとはお母さんの気持ちも考えてよ!」

「恵子、それは恵美子のせいとちゃうやろ」

「なに言うてんのよ!恵美子が目を離したから誘拐されたんやないの!」

「それをいつまで言うねや!」

「もうええ!」


森上は大声を挙げた。


「もう卓球せぇへん!ずっと慶太郎の面倒見るから、もうケンカは止めて!」

「恵美子・・」


慶三は辛そうに呟いた。

慶太郎は、この間、ずっと泣いていた。


「恵美子、わかったんやったらええんよ」

「・・・」

「あんたの言葉、今度こそ信じてええんやね」


森上は小さく頷いた。


「うん、わかった。お母さんも怒鳴ったりして悪かったわ。ごめんな」


森上は何も言わずに台所へ行き、食事の支度の続きをした。



―――そして翌日。



森上は日置の家へ電話をかけたが、日置は留守だった。

そう、日置と小島は東京へ行っていたからである。

そして森上は、翌日も日置へ電話をかけた。


「もしもし、日置ですが」

「あ・・先生ぇ」

「ああ、森上さん?」

「はいぃ・・」


森上の声は、全く元気がなかった。


「どうしたの?なにかあったの?」

「あのぅ・・やっぱり私ぃ・・卓球は続けられませぇん」

「え・・」

「あの日ぃ、続けたい言いましたけどぉ・・あれ、嘘やったんですぅ」

「えっ・・ちょっと待って、森上さん、なにがあったのか話してくれる?」

「なにもないですぅ」

「嘘だ・・きみはあの日、泣いていた。あの涙は嘘なんかじゃない」

「久しぶりにぃ・・打てたんでぇ、ちょっと嬉しかっただけですぅ」

「家でなにかあったんだね。僕、またご両親と話をするから」

「もうええんですぅ」

「じゃ、なぜ僕に電話をして来たの?話があるからなんじゃないの?」

「いえぇ・・続けたい言うたんはぁ・・嘘やったということをぉ・・言わんとあかんかったんでぇ」

「森上さん!僕がなんとかする!だから辞めるなんて言わないで」

「先生ぇ・・」

「なに?」

「もう・・私ぃ・・疲れましたぁ・・」

「え・・」

「なんかぁ・・疲れましたぁ・・」


そこへ外出していた慶三と慶太郎が帰って来た。

森上は慌てて電話を切った。


「おかえりぃ」


森上は何事もなかったように、明るく振る舞った。


「外は、暑いわあ。恵美子、水一杯くれ」

「わかったぁ」


森上はコップに水を注いだ。


先生・・

すみません・・

千賀ちゃん・・

ごめん・・


その実、森上は本当に疲れていた。

精神的な影響で、体に疲れをきたしていたのだ。



―――一方で日置は。



受話器を持ったまま、呆然としていた。


森上・・

きみの涙は嘘じゃない・・

きみは、心から卓球を続けたいはずなんだ・・

どうすれば・・

どうすればいいんだ・・


そこで日置は静かに受話器を置いた。

日置にはわかっていた。

きっとまた、家で揉めたに違いない、と。

だから森上は、あんな嘘まで言って電話をしてきたんだ、と。

嘘を言うために、かけてきたんだ、と。


けれども日置は、森上家へ出向くのは今じゃないと思った。

小島の言ったように、時間を置くべきだと。

一方で日置の脳裏には、阿部と森上のあの日の姿が焼き付いていた。

それゆえ日置は、森上を諦めるつもりは一切なかった。


けれどもそれは、自分のためではない。

森上自身、阿部自身のためである、と―――



それから後半の夏休み、日置は阿部に徹底して基本を教え込んだ。

小屋での練習以外にも、度々センターへ通い、阿部は様々なタイプの者と打っていた。

その中には、蒼樺高校の監督、有本もいた。

こうして夏休みを終える頃には、阿部はようやく基本をマスターしていた。


日置が阿部に森上のことを話すと、阿部はある程度予測していたのか、「そうですか・・」とだけ言った。

けれども阿部も、時間が経てばきっと変わるだろうと信じ、いつ森上が戻ってきてもいいように、自分の実力を上げることに集中していた。


一方で日置は、『よちよち』にも通い続け、コーチをしていた。

『よちよち』の年寄り連中は、日置の誠実な態度の前では、嘘をついてまで「辞めてくれ」と言い出せないでいた。

日置は、何度も森上家へ寄ろうかと考えたが、焦って事を仕損じれば、今後こそ、全てが終わる気がしていた。


そして八月も最終日、『よちよち』の練習を終えた後、日置は駅に向かって歩いていた。

そこに、仕事帰りの恵子と出くわした。

思わず二人は立ち止まり、しばらくは互いを見たままだった。


「ああ、どうもご無沙汰してます」


日置はそう言うのがやっとだった。


「どうも」


恵子は冷たく対応した。


「森上さん、どうしてますか・・」

「先生」

「はい・・」

「明日から学校ですけど、恵美子にいらんこと言わんといてくださいよ」

「・・・」

「ええですか。恵美子は勉強をしに学校へ行くんです」

「はい・・」

「それと、まだよちよちでコーチしてはるみたいですけど、恵美子は絶対に行かせませんから」

「・・・」

「恵美子が卓球を続けたら、家庭が崩壊するんです」

「・・・」

「それ、よーう肝に銘じてといてくださいね」


恵子はそう言い残して、日置の前から去った。

さすがの日置も、ここに来て恵子に釘を刺され、これは話をするレベルにはないと思った。

そして日置は肩を落として駅へ向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ