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サーよし!2  作者: たらふく
74/413

74 日置家




―――そして翌日。



日置と小島は新幹線の座席に座っていた。

そして日置は、昨日のことを小島に話し終えたところだった。


「もう僕ね・・切なくて・・胸が張りさけそうになったよ」

「そうですね・・なんか・・私かて・・めっちゃ切ないです・・」

「泣きながら打ってたんだよ・・あの子たち」

「そうですか・・」


小島も泣きそうになっていた。


「だから僕、もう一度ご両親と話してみるよ」

「そうですか・・」


小島はまた、日置が傷つくのではないかと心配した。


「かわいそう過ぎるよ・・」

「でも先生」

「なに?」

「あまり焦らん方がええと思います」

「うん・・」

「気持ちは痛いほどわかります。わかりますけど、まだあまり日が経ってないし、もう少し時間を置いた方がええと思います・・」

「うん・・」

「きっと、ご両親の気持ちも変わる時が来ます。それを待ちましょう」

「そうだね・・」


先生・・

またそんな切ない顔して・・

私はどうしたらええねや・・


小島は日置を抱きしめて、背中を擦ってやりたい心境になっていた。


「大丈夫。大丈夫ですから」


小島はそう言って日置の手を握った。


「彩ちゃん・・」


日置はまた、なんとも切ない表情を見せた。


先生・・その顔、あきませんて・・

私・・めっちゃ辛いですやん・・


「あっ!先生」


そこで小島は車窓を見た。


「ほら、富士山!富士山ですよ!」

「ああ・・今日は綺麗に見えるね」

「きゃ~~私、富士山見るん、これで二回目ですよ!」

「そうなんだ」

「きゃ~~雄大~~」

「彩ちゃん、子供みたいだね」

「せやかて富士山ですよ!日本一の山ですよっ」

「わかった、わかったから、少しボリューム下げて」

「あ・・ああ、すみません。あはは」


すると日置はニッコリと笑った。


よかった・・

先生・・

やっと笑ってくれはった・・


「先生」

「なに?」

「私、この服装でええと思います?」


小島は、紺色で白の水玉模様の清楚なワンピースを着ていた。


「素敵だよ」

「化粧はどうですか」


小島は薄化粧を施していた。


「とても綺麗だよ」

「そうですか。よかった」

「緊張しなくていいからね」

「はい」

「父は大人しい人だけど、母は、ちょっとうるさいけど気にしなくていいから」

「お母さんには、試合場で一度お目にかかったことがあります」

「ああ・・そういや、そんなことあったね」


佳代子は昨年、当時の日置の見合いの相手として柿沼貴理子を連れて、試合場に来ていたことがあった。

その時、小島は佳代子に挨拶をしていた。

やがて新幹線は東京駅へ到着し、日置と小島はタクシーで家へ向かった。

小島は手みやげとして、大阪名物の岩おこしを持参していた。

現在では、手土産といえば、お洒落なものを選ぶ人が多いが、当時、岩おこしは、いわば手土産の定番だった。


ほどなくしてタクシーは、日置家の前に到着した。

小島はタクシーから降りて、門扉の前で立ち止まっていた。


「彩ちゃん?」

「え・・はい・・」

「緊張しなくていいからね」

「は・・はい・・」

「さ、行くよ」


そして日置は小島の手を握って玄関まで歩いた。


「ただいまあー」


日置は玄関を開けた。


「まあまあ~どうもいらっしゃい」


佳代子は慌てて迎えに出て、小島にそう言った。


「どうも・・初めまして・・あ、いや・初めまして。小島彩華と申します。この度はお招き、ありがとうございます」


小島は丁寧に頭を下げた。


「いやっ、もう慎吾。手なんて繋いで~まあ~」

「あ・・ああ・・」


そこで日置は慌てて手を離した。

小島は思わず下を向いた。


「慎吾の母です。今日はよく来てくださいました。どうぞ上がってください」

「じゃ、上がろうか」

「はい・・お邪魔します」


そして小島は日置の後を着いて行った。

和室の六畳には、佳代子の手料理が並べられていた。

そこには父親の孝蔵(こうぞう)が、座っていた。


「父さん、こちらが小島さんだよ」

「おお、これはどうも。慎吾の父で、孝蔵です」

「小島彩華と申します」


そして日置と小島は、孝蔵の正面に座った。


「お盆ですから、混んでたでしょう」


孝蔵が小島に訊いた。


「ああ・・はい。でも先生が予約を取ってくださいましたので、座って来れました」

「あはは、先生って呼んでるの?」

「ああ・・すみません・・」

「教え子さんだもんね」


孝蔵は優しく微笑んだ。

小島は思った。

日置は孝蔵にそっくりだ、と。

顔も似ているが、温厚な感じが、日置そのものだ、と。


「まあまあ~なにもありませんが、遠慮なく食べてね」


佳代子はそう言いながら、湯飲みと急須を運んできた。


「あの・・なにかお手伝いできることがあれば、仰ってください」

「まあ~なに言ってるの。お客さんにそんなことさせられないわよ」

「いえ・・」

「彩ちゃん」

「はい・・」

「きみは座ってていいよ」

「あらまっ、彩ちゃんって。まあ~慎吾ったら~」

「なんだよ」

「もうアツアツぶり、全開なのね~」

「なんだよ、全開って。普通に名前を呼んだだけだろ」

「もう~こんな男のどこがいいのよ~小島さん」

「え・・」

「親に対してこの言いぶりよっ」

「いえ・・先生は、とてもいい人です」

「あら~そんなこと言ってくれるの~」

「ああ・・はい・・」

「まあまあ、佳代子」


そこで孝蔵がたしなめた。


「小島さん、どうぞ召し上がってね」


孝蔵が言った。


「はい、では頂きます」


そして四人で和やかな昼食が始まった。


「ねえねえ、小島さん」


佳代子が呼んだ。


「はい」

「慎吾って、どんな監督だった?」

「なに訊いてるんだよ」


日置が口を挟んだ。


「いいじゃないの。ね、どんな監督だった?」

「えっと・・とても厳しかったですが、私たち選手のことを一番に考えてくださって、素人だった私たちを懸命に引っ張ってくれました」

「でもさ~この子、真面目すぎない?」

「ああ・・確かにそうですが・・それは先生のお人柄の良さやと思います」

「そうなんだけとさ~、もうちょっとなんていうかさ~」

「私はそんな先生から、多くを学びました」

「あら~そうなんだ」

「母さん、もういいから」

「なによ~慎吾っ」

「彩ちゃん、気にしないで」

「それで、小島さん」


孝蔵が呼んだ。


「はい」

「慎吾と付き合ってること、ご両親は知ってらっしゃるの?」

「はい、知ってます」

「それで、なんと仰ってるの?」

「これは、私はぜひ、お父さんやお母さんにも聞いていただきたいことです」

「はい」

「私の両親は、先生に全幅の信頼を寄せています。これは私が卓球部員だったころからそうでした。それで・・卒業を機にお付き合いが始まったわけですが、先生なら安心や、というて、快く付き合いを認めてくれました」

「そうですか」


孝蔵は嬉しそうに微笑んだ。


「いやっ、私はね、まだ十八の大事な娘さんを、こんな年行のおっさんとなんか、と気にしててね。それは小島さんのご両親もそうだと思ってたのよ」


佳代子が言った。


「年行ってなんだよ」


日置はむくれ顔になった。


「ほらほら、こうやってすぐにムキになるのよ」

「でも、小島さんのご両親が納得されているのなら、僕たちも何も言うことはないですよ」


孝蔵は、また優しく微笑んだ。


「ありがとうございます」


小島は深々と頭を下げた。


「ねぇ、小島さん」


佳代子が呼んだ。


「はい」

「こんな子だけど、よろしくお願いしますね」

「そんな・・こちらこそ、よろしくお願いします」

「もうさ~、後がないのよ、後がっ」

「え・・」

「佳代子、失礼なこと言わないの」

「それにしてもまあ~小島さん、若いってのもあるけど、とてもかわいいわ~」


佳代子は孝蔵を無視して続けた。


「いえ・・そんな・・」

「まるで私の若い頃を見てるようだわ~」

「母さん・・」


日置は唖然としていた。

どこが似ているんだ、と。

けれども小島は、とても嬉しそうに笑っていた。


「いいっ、慎吾っ」

「なんだよ」

「小島さんを大事にしなさいよ」

「わかってるよ」

「泣かせたりしたら、承知しないからねっ」


こうして日置と小島は、両家ともども交際を認められた。

ちなみに小島が岩おこしを渡した際、佳代子は「懐かしい~これ好きやのよ~」と思わず関西弁で喋っていた。

ほどなくして日置と小島は家を後にした。


「彩ちゃん、疲れたでしょ」


歩きながら日置が訊いた。


「いえ、とても楽しかったです」

「母さん、いつもああなんだよ」

「なんか、西藤さんと話してるみたいでした」

「あはは、そうだよね。そっくりだよね」

「とてもいいお母さんです。それとお父さんも」

「ありがとう」


日置は小島の頭を優しく撫でた。


「彩ちゃんて、東京へ来たことあるの?」

「いえ、初めてなんです」

「え・・そうだったんだ」

「なんか都会って感じですよね」

「じゃ、せっかくだから、行きたいとこ連れてってあげるよ」

「ええ~ほんまですか!」

「どこがいい?」

「じゃあ・・竹下通り!」

「さすが、若者」

「テレビで見たんです~ええなあ~と思いました」

「よーし、じゃ、行こうか」


そして二人は原宿へ向かったのだった。


小島は思っていた。

大阪へ戻れば、「現実」が待ち受けている。

そして日置はまた、辛い思いをするに違いない、と。

せめて今日だけは、束の間の幸せを感じていたい、と。

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