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サーよし!2  作者: たらふく
72/413

72 それぞれの想い




―――昨夜のこと。



後藤の家を後にした日置は、直ぐに家に帰り、相沢に電話をかけた。


「もしもしぃ~」


出たのは三才の息子だった。


「ああ・・えっと、お父さんいるかな」

「もしもしぃ~」

「もしもし・・あのね・・」

「ぼくぅ~しゃんしゃい~」

「あはは・・そうなんだね、三才なんだね」

「みちゅお~」

「ん?みちゅ・・」

「みちゅお~」

「そうか、みつおくんなんだね」

「こらこら。光男(みつお)


そこで相沢の声が聴こえた。


「もしもし、すみません、相沢ですが」

「あ、もしもし日置です」

「おお~!日置くんか。久しぶりやなあ!」

「はい、ご無沙汰してます」

「今のな、三才の息子やねん」

「光男くんって言うんですね。かわいいですね」

「さっきまで寝とったんやけど、急に起きてきよってな」

「そうなんですね」

「で、どないしたんや」

「ああ――」


日置はまず、森上の相手をしてくれたことの礼を言った。


「え・・もしかして、森上さんて、日置くんの教え子やったんか?」

「そうなんです」

「おおおおおお~~~!それほんまかっ!」

「はい」

「いや、森上さんが蒼樺高校や言うとったから、惜しいなあ~と思てたんや」

「きっと森上が言い間違えたんだと思います」

「そうか~そうか~日置くんとこやったんか。それはなによりや」

「それで、相沢さん」

「なんや」

「慶太郎くんを助けてくださって、本当にありがとうございました」

「ああ~その話かいな」

「僕、今日の今日まで知らなくて。遅くなりましたが、お礼を言わなければと思い、お電話しました」

「っんなもん~ええっちゅうねん」

「相沢さんが助けてくださったおかげで、慶太郎くんも無事でしたし、森上も親御さんも、心から感謝していると思います」

「いや、もうそんなんええねや。それより日置くんが教えてるんやったら、森上さんは大物になるなあ」

「ああ・・はい・・」

「なんや、えらい元気ないがな」


そこで日置は、森上家の事情と、森上が部を辞めたことを丁寧に話した。


相沢は思った。

森上夫婦が会社へ訪れた時、卓球の話になると妻は「帰ろう」と言った。

なるほど、そういうことか、と。


「なあ、日置くん」

「はい」

「きみはこれまでも、苦労続きやったな」


相沢は、小島ら八人のことを言った。

日置もそのことだと理解した。


「ああ・・はい」

「素人を一から育て上げる苦労は、並大抵やなかったはずや」

「はい・・」

「あの子らのために、たまたまおっさんとして試合にも出たがな」

「はい・・」

「小屋もボロボロで、卓球台も、増えたいうたかて、二台やった」

「そうでした・・」

「そのうち小屋も新しなって、四台になったな」

「はい」

「言うたら、そっからがほんまのスタートやったやろ?」

「確かに・・」

「インターハイ出るまでに、わしらにはわからん苦労が、山ほどあったはずや」

「・・・」

「ええか、日置くん」

「はい・・?」

「あの時の苦労に比べたら、今の悩みなんか屁でもないで」

「・・・」

「森上さんが戻って来たら、問題解決や」

「戻って来るでしょうか・・」

「っんなもん、決まっとるがな」

「え・・」

「あの日、わしがあそこを走ってたんは、偶然とは思われへんのや」


相沢は、慶太郎が誘拐された日のことを言った。


「ほんで森上さんは、日置くんの教え子やと知って、やっぱり偶然やなかったんやと確信したで」

「そうなんです、僕も偶然じゃなくて運命的なものを感じたんです」

「そやろ?」

「相沢さんだったからこそ、慶太郎くんは助かったんだと思ってます」

「そういうこっちゃがな」

「え・・」

「え、やあらへんがな。神様は、きみに「やれ」言うてんねや」

「やれ・・」

「察しの悪いやっちゃなあ~。森上を教えろて、言うてんねや」

「・・・」

「だから、必ず森上さんは戻って来る。そう決まっとんねや」

「そ・・そうですよね・・そうですよね!」


日置は相沢の言葉で、光を見た気がした。


「でもな」

「はい」

「焦ったらあかん」

「はい」

「親御さんの思い、これを拗らせたら、難儀やで」

「そうですね・・」

「森上さんは、類稀なる逸材や。少々、練習でけへんかったって、大丈夫や」

「はい」

「わしかて協力するし、いつでも話も聞くで」

「相沢さん・・ほんとうに何とお礼を申し上げればいいのか・・」

「なに言うとんねん。きみに世話になったんは、わしの方やがな」

「相沢さん、ありがとうございました。それから今後もよろしくお願いします」

「こっちこそやで!」

「遅くにすみませんでした。奥様にもよろしくお伝えください」

「こっちこそや。わざわざありがとうな」

「では、失礼します」


そして日置は受話器を置いた。


そうだよ・・

森上は、戻って来る・・

きっと・・きっと・・戻って来る・・



―――そして翌日。



日置と阿部は、小屋で練習をしていた。

この頃になると阿部は、十分とは言えないまでも、基本の殆どをマスターしていた。

阿部は、森上が辞めたことを残念に思っていたが、それなら自分も、という気は全くなかった。

そう、一人でも続ける気でいた。

それは日置を気の毒に思っていたことも、もちろん理由の一つだったが、阿部自身が卓球の魅力に憑りつかれていたからである。


「先生」


阿部が球拾いをしながら呼んだ。


「なに?」


日置も球拾いをしていた。


「私の基本て、まだまだ足りないですか?」

「ああ・・ずいぶん上達はしたんだけど、まだ定着してないからね」

「そうですよね」


阿部は残念そうに苦笑した。


「早く、応用をやりたい?」

「ああ・・まあ、そうですかね」

「基本練習ってね、とても退屈なの」

「はい」

「上達すればするほど退屈で、つい応用をやりたくなるものなの」

「はい」

「フォア打ちなんて、特にそうだよね。延々とラリーを続けて、何が面白いのって話だよね」

「はい」

「慌てなくていい。きみには時間がたっぷりとある」

「はい」

「僕は、この夏休みは、徹底的に基本をやるつもりだよ」

「そうですか・・」

「基本を疎かにすると、必ず後で自分に跳ね返って来る」

「はい」

「いいかい?基本は我慢、忍耐なの。これしかないんだよ」

「はい、わかりました」

「よし。じゃ、今度はバッククロスと、フォアストレートへ、交互にスマッシュね」


このように、スマッシュ以外にも日置は基本練習を徹底して続けた。

日置の言うように、基本練習は慣れれば慣れるほど、とても退屈なのである。

日置も阿部が、そろそろ退屈だと感じる頃であるとわかっていた。

けれども、その退屈さを乗り越えるのは、阿部自身である。


一方で、退屈さに加えて、そうとうな体力を消耗する。

暑さの厳しいこの時期は特にそうだ。

「退屈」「疲れる」の前では集中力が持続しないのは当然のことで、ミスも連発する。

ミスをすると、また退屈感が襲う。


小島ら八人の場合も同じではあったが、彼女らの場合は少なくとも八人いたし、そこに日置も加わっていた。

つまり、タイプの異なるものと交代しながら打つことができた。

これで退屈感も多少は乗り越えられた。

けれども阿部の場合は、相手は日置だけである。

即ち、「変化」のない練習を日々、繰り返さなければならないのである。


やがてこの日の練習を終えた。


「ありがとうございました」


阿部は丁寧に頭を下げた。


「お疲れさま。それでね、阿部さん」

「はい」

「明日から三日間、お盆休みにするね」

「え・・そうなんですか」

「うん。僕も用事があるし、きみも休養をとった方がいいからね」

「そうなんですね、わかりました」

「じゃ、次は十七日ね」

「はい」


そして日置は先に小屋を出て行った。

阿部は、この休みを利用して森上に会いに行こうと決めていた―――



その頃、『よちよち』の小屋では、秋川らが日置のことについて話し合っていた。


「だから、さっきも言うたけど、これ以上、先生にコーチしてもらうんは気の毒やで」


秋川が言った。


「ほなら、誰にコーチしてもらうんよ」


中島が訊いた。


「誰か、あてがあれへんのか」


秋川が後藤に訊いた。


「あて、言うたかてなあ。相沢くんと八代くんは知り合い伝いで来てもろただけやし、そもそもあの二人かて、わしらをコーチするレベルやないしな」

「相沢さんと八代さんなんか、ムリムリ」


柳田もそう言った。


「とにかくコーチの話は後でええとして、先生に辞めてもらうにはどうしたらええかや」


水沢が言った。


「あれちゃいますの。追い出す作戦は?」


武田が言った。


「追い出すて、なんやねん」


秋川が訊いた。


「もう新しいコーチ、見つかりましたから、とか言うて」

「なるほど。それはええ案かもしれん」

「でもさ、森上さんが戻って来たらどないすんのよ」


中島が言った。


「戻って来たら、先生に声をかければええんとちゃうの」


柳田が答えた。


「でもさ、あの先生の気性やで。コーチがいてるん知ってて、来るかいな」

「ああ・・瀬戸さんの件があったしな」

「そんなに急がんでも、ええんちゃうかな」


田中がポツリと呟いた。


「どういうこと?」


中島が訊いた。


「焦って変なコーチに来られても、かなんし、辞めてもらうんは、いつでもできるし、森上さんのことかてあるしな」

「そやな。また考えたらええ。で、明日から盆やし、練習は休みな」


こうしてみな、それぞれのお盆を迎えるのである―――

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