70 先生を笑顔にしたい
―――そして週末の土曜日の夜。
「先生~来ました~」
彼女らは練習が終わった後、スーパーで買い物を済ませて日置のマンションに到着していた。
日置は直ぐにドアを開けて「いらっしゃい」と、彼女らを歓迎した。
「お邪魔しま~~~す!」
小島以外の者は、さっさと中へ入って行った。
「彩ちゃん」
日置が小声で小島を呼んだ。
「はい」
「今日は・・何の集まりなの?」
小島は日置に「みんなで遊びに行く」としか話してなかった。
励ます会などと言うと、日置は気を使うと思ったからだ。
「普通に、先生を囲んでのパーチーです」
「パーチー・・」
「そ、パーチーです」
「あはは、なんか面白いね」
「先生、やっとお笑いというものを理解しつつありますね」
「へぇ・・」
「パーチーで笑うとは、及第点ものです」
この日のことを彼女らは、事前に話し合っていた。
そう、森上のことには一切触れない、と。
とにかく日置を笑顔にさせよう、と。
それから彼女らは手分けして、たくさんの料理を作った。
和食、洋食、中華と、なんでもござれだ。
「うわあ~~この回鍋肉、美味しい~~」
「こらこら、蒲ちゃん、つまみ食いは違反やで」
「この煮込みハンバーグも最高やん!」
「また~そとちゃんも、ルール違反やで」
「やっぱり今は、素麺やな」
「このさ、何本か入ってる色のん、よう取り合ったで」
と、このように、出来上がる前から彼女らは、つまみ食いをしていた。
日置はソファに座って、彼女らの様子をニコニコと笑いながら見ていた。
なんだか・・懐かしいな・・
ちょうど去年の今頃だったな・・
インターハイで・・必死に戦ってベスト8に入ったんだよな・・
あれからもう・・一年も経つのか・・
「ああ~~!この写真、素敵やわ~~」
蒲内が、日置と小島のツーショット写真を見つけた。
「なになに~」
そこに杉裏が加わった。
「いっやあ~~まるで恋人やん!」
「あはは~杉ちゃん、なにいうてんの~」
「あ・・ああ、そうか。先生と彩華は恋人やったな」
杉裏が日置を見ると、日置は照れくさそうに笑っていた。
「先生、幸せそうですね」
「あ・・まあ・・そだね」
「まあて。めっちゃ幸せやんかいさ~でしょ」
「あはは」
蒲内と杉裏は顔を見合わせて「フフッ」と笑った。
そう、日置を笑わせたぞ、ということだ。
「ジャジャーーン!はい、ちゅーーもーーく!」
為所は、日置の前で腰に手を当ててそう言った。
「なに?」
「先生!今からクイズを出しますので、答えてくださいよ」
「え・・クイズ?」
「ささっ、品をこれへ」
為所がそう言うと、外間が皿に乗った回鍋肉を日置に出した。
「これ、彩華が作ったかどうか、当ててください!」
「ええ~そんなのわかんないよ」
「いやっ、いつも彩華の手料理を食べている先生なら、わかるはずですっ」
「ひえ~」
「どうぞ」
岩水が箸を渡した。
「うん・・」
日置は全員が注目する中、一口含んだ。
「モグモグ・・」
「先生、どうですかっ」
「うーん・・小島さんのじゃないかも・・」
「ブッブー!残念っ。彩華でした!」
「えええ~~」
そこで日置は小島を見て、申し訳なさそうな表情を見せた。
小島は、ニコニコと笑っていた。
「だって僕、まだ回鍋肉は、食べたことないもん」
「ではここで、バツゲェェーームっ」
「えええ~~なにするの?」
「誰でもいいですから、物まねをしてくださいっ」
「えええ~~物まね?」
「そうですっ。誰でもいいですっ」
物まねって・・なにすればいいんだよ・・
誰かのって・・うーん・・
「そうでなくちゃ」
日置はそう言ってニッコリと笑った。
彼女らは、全員唖然としていた。
「先生・・それって先生ですやん」
井ノ下が言った。
「うん、僕の真似をしたの」
「いやっ、参った。さすが先生ですわ。自分の真似をするとか、その発想がすごいですわ」
浅野が言った。
「一本取れらたな」
小島はそう言いながら、料理を運んだ。
そして彼女らも手伝い、やがて居間のテーブルには、たくさんの料理が並べられ、みんなで食事を摂った。
日置は彼女らの笑顔を見て、とても癒されていた。
ほんと・・いい子たちばかりだ・・
僕は・・なんて幸せ者なんだろう・・
「先生て、お酒は好きなんですか」
井ノ下が訊いた。
「うん、好きだよ」
「やっぱりビールですか」
「なんでも飲むよ。日本酒でも焼酎でも」
「私らまだ未成年ですやん。どんな味がすんのかな~て、興味津々です」
「それは二十歳になってからのお楽しみだね」
「でもね、私らと同期の子ら、もう社会人や~とか言うて、先輩らと飲みに行ってるんですよ」
杉裏が言った。
「ああ・・そういうこともあるよね」
「先生て、どんな店に行きますの?」
岩水が訊いた。
「まあ、居酒屋かな」
「高級バーとか、行ったことあります?」
「ああ・・前に虎太郎たちと一緒に行ったよ」
「へぇーー!どんなんですか」
「とても落ち着いた雰囲気で、綺麗な女性が着いてくれるの」
「先生・・」
そこで小島が小声で呟いた。
「なに?」
「先生・・そんな店、行ってはるんですね・・」
「あ・・ああっ、行ったっていっても、一回だけだよ」
日置は、しまったと思った。
「綺麗な女性、ですか・・。そう・・そうですか・・」
「いやっ・・違うんだってば。ほんとに一回だけなの」
「先生・・私というものがありながら・・そんな店へ・・ううっ・・」
その実、小島も彼女らも、日置が『安永』へ行ったことを大久保から聞いて、とっくに知っていた。
小島は、日置をからかったのだ。
そして日置が「行ったことがある」と隠さなかったことを、とても嬉しく思っていた。
「彩華、泣かんといて」
「そうやで彩華」
「先生かて男やしな・・」
彼女らも芝居に乗った。
「いや・・あの、小島さん、違うんだよ」
「ううっ・・ううう」
「ごめん。というか・・もう行かないし」
「ベーッ」
そこで小島は舌を出して笑った。
「えっ・・」
「知ってました~」
「なっ・・」
日置は唖然としていた。
「先生、私らも知ってます~」
杉裏が言った。
「きみたちは・・まったく・・高校生か」
日置はむくれ顔になった。
「まあまあ~先生。そこは突っ込むなら、おおーい、知っとったんかぁ~~い、ほんまにきみらは、高校生かっ、ですよ」
「えっ・・」
「真面目に突っ込んだら、険悪になるでしょ。そこは、やんわりと突っ込まんと」
「・・・」
「ほら、先生、今後のこともあるし、練習練習」
為所が言った。
「練習って、今、杉裏さんが言ったのを僕が言うの?」
「そうやんかいさ~」
「やんかいさ・・って」
「では、先生、行きますよ」
杉裏がそう言って「私らも知ってます~」と「ボケ」た。
「おおーい、知っとったんかぁ~い。ほんまにきみらは高校生か」
「いやいやいや・・弱いです」
「え・・」
「もっと声を張って」
「おおーーい!知っとったんかぁぁぁ~~い!ほんまにきみらは高校生かっ!」
すると彼女らは「ごうかーーーく」と言って大声で笑った。
「先生~うまいですよ~」
蒲内は拍手をしていた。
「そうなんだ・・」
日置は、何が面白いのかわからずにいた。
そこで彼女たちは「日置を笑わせる作戦」が逆転していると思った。
そう、自分たちが笑っているではないか、と。
「ああ、そうそう」
そこで浅野が口を開いた。
「先生、聞いてくれます?」
「なに?」
「こないだね、スーパーに買い物に行ったんですよ」
「そうなんだ」
「私ね、カゴを持って店内を見て回ってたんです」
「うん」
「そしたらね、数馬・・いや、三宅くんが、あれも買う、これも買ういうて、次から次へと商品をカゴの中へ入れたんですよ」
「え・・三宅くんと買い物に?」
「ああ・・まあ、そうです」
「きみたち、付き合ってるの?」
先生・・
そんなこと、どうでもええんですよ・・
話の腰が折れるやないですか・・
「それでね――」
「ねぇ、きみたち付き合ってるの?」
「ああ・・はい、そうです・・」
「えええ~~いつの間に?」
「いや・・それでですね」
「そうかあ~。あっ、そういえば、三宅くん、きみのこと好きだったような・・」
「あの・・先生」
「なに?」
「話を聞いてもらえます?」
「ああ・・うん、いいよ」
「どこまで話したんかいな・・」
「おおーーい!忘れたんかぁぁーーい!ほんまにきみは高校生かっ!」
日置は、どうだと言わんばかりに「ドヤ顔」を見せた。
「え・・」
浅野も、彼女らも、また唖然とした。
そこは「高校生」の下りはいらんやろ、と。
日置は彼女らの表情を見て、「外したんだ・・」と思った。
「で、続きは?」
日置は気を取り直して訊いた。
「あ・・ああ・・それでですね、三宅くんがカゴの中へ次から次へと入れたんですよ」
「うん」
「そしたらですね、隣のおばちゃんのカゴやったんです」
「え・・間違って入れたってこと?」
「そうなんです」
「あははは、三宅くん、慌てん坊だね。あははは」
日置は浅野の思惑通り、腹を抱えて笑っていた。
「それで浅野さんは、おおーい、間違ってるやないかぁぁ~いって、言ったの?」
「プッ・・」
浅野は思わず吹き出した。
そして彼女らも爆笑していた。
「言うわけないやないですか」
「どうして?」
「そんなん言うたら、おばちゃん、怒りますって」
「怒るんだ・・うーん」
「まあ・・とにかく、先生が一番面白いってことですね・・」
そしてこの後も、日置と彼女らは「笑い」について語り合ったのだ。
束の間の日置の笑顔に、小島も彼女らも、来てよかったと、しみじみ感じていた。




