7 小島の考え
―――その頃、日置と小島は、天王寺の茶臼山公園にいた。
「彩ちゃん、寒くない?」
季節はもう五月に入っていたが、夜の風はまだ冷たかった。
二人は公園内を、手を繋いで散歩していた。
「はい、大丈夫です」
小島はそう言ったが、日置は自分のジャージの上着を小島にかけてやった。
「ああ、ええです。先生こそ、寒いですよ」
「いいの」
日置は優しく微笑んだ。
「すみません」
小島は日置の優しさに甘えた。
そして二人は、再び歩き出した。
「ああ、そう言えば、大久保さんと安住さんね」
「ん?」
「慎吾ちゃん、五月に入ったというのに結婚式の招待が来ぇへんけど、どないなってるんやろ~て、仰ってましたよ」
「ああ・・」
日置は、すっかり忘れていた。
「私から言うのもなんですし」
「わかった。僕から説明するよ。それで彩ちゃんと付き合ってることもね」
「そのこと、あの子らには、もう言うたんですけど、よかったですよね?」
「もちろんだよ。びっくりしてたでしょ」
「はい、そらもう、意味不明な叫び声を挙げてました」
「あはは、そうだよね」
「その後、森上さんはどうですか?」
小島は、入部したのかと訊きたかった。
「ああ・・それがさ、あの子、いじめを受けてるんだよ」
「え・・」
小島の顔は強張った。
自分でも、頭の中がピキッと音がするのがわかった。
そう、小島はいじめの類は、寒気がするほど嫌いなのだ。
「それって、クラスの子にですか?」
「そうなんだよ。パンを買いに行かせられててね」
「なんやねん・・それ」
「彩ちゃん、顔が怖いよ」
「え・・ああ・・すみません」
小島は指摘され、無理に笑った。
「それで、三日も学校、休んでるんだよ」
「ありゃ・・それって、相当悩んでると思いますよ」
「まあ、担任には報告したんだけどね、大丈夫かなと思ってるんだよ」
「担任て、誰ですか」
「加賀見っていう、新人の女性だよ」
「そうなんですか・・」
小島は、なんなら自分が乗り込んで、叩きのめしてやりたいと思った。
なぜなら、ただでさえ森上はバレー部に入り、森上に期待していた日置を気の毒に思っていたからだ。
「森上さんて、大柄な子なんですよね」
「うん」
「でも気は弱いんですね」
「どうなんだろう。いじめは誰でも弱くなるよ」
「ああ・・そうですね」
「でも優しい子だよ」
「なるほど。だから余計に逆らえないんですね」
「だと思う」
「明日は、来ますかね」
「わからないな」
小島は考えた。
明日は土曜日だ。
授業も半日しかないから、来るんじゃないかと。
―――そして翌日。
森上は、なんとか登校していた。
その実、森上は行きたくなかったが、母親に「具合がようなったんやったら、行きなさい」と言われた。
森上は、半日ということもあり、仕方なく登校したのだ。
「おい、森上」
早速、中尾が森上の席へ行き噛みついた。
中尾の横には、木元も石川もいた。
「なにぃ・・」
森上は、中尾の顔を見ずに俯いたまま返事をした。
「あんた、加賀見に告げ口したやろ」
「え・・」
そこで森上は、少しだけ中尾の顔を見た。
けれども直ぐに目を逸らして俯いた。
「私ら、呼び出されたんや」
「・・・」
「いじめてる?て訊かれたで」
「・・・」
「私ら、いじめてるんか?」
「・・・」
「いじめてないよな」
「・・・」
「あんたがパンを買いに行きたい、て言うたんやな」
「そ・・そんな・・」
「あんたが買いに行きたい、て言うたんやな!」
中尾の脅しに、森上は頷いた。
「他の先生から訊かれても、そう言いや」
「・・・」
「言わんかったら、パンどころやないで」
そこへ加賀見が「席についてください」と言いながら教室に入ってきた。
中尾らは、わざとらしく森上の肩に手を置き、ニコニコと笑った。
加賀見は、森上と中尾らが一緒にいることで、安堵していた。
そして、中尾らを、優しい子たちだ、とも思ったのだ。
やがて、生徒たちは席に着いた。
「森上さん」
加賀見が呼んだ。
「はいぃ・・」
「もう、体は大丈夫なんやね?」
「はいぃ・・」
「そうなんやね。先生も安心しました」
加賀見は、自分が森上の家へ行ったことが、功を奏したとまで自負していた。
やはり、教師は生徒に親身になることが、大事なことだ、と。
そして、いじめなど、日置の勘違いであったのだ、と。
―――その後、職員室では。
「日置先生」
一時間目の授業の後、加賀見は日置の席へ行った。
「はい」
「私、昨日、森上さんのお宅へ伺ったんです」
「あ、そうだったんですか。で、どうでした?」
「ご両親はお留守だったので、森上さんに話を訊いたんですが、中尾さんたちとは友達だったみたいです」
「え・・」
日置は唖然とした。
「それで、パンを買いに行ってるのも、自分から言い出したことだと」
「先生、それは違いますよ」
「いえ、私、中尾さんたちからも話を訊いたんですよ」
「・・・」
「あの子たちも、そう言ってましたよ。だから、今回のことは日置先生の勘違いですよ」
加賀見は、とても満足げにそう言った。
「それは違う。森上の様子は、明らかにおかしい」
「どうしてですか?」
「森上は、中尾らのパンを買った後、食堂に戻って食べてたんですよ」
「だから、それは買って戻っただけのことじゃないですか」
「そんなこと、あり得ない。そもそもなんで森上がパンを買うことを、買って出ないといけないんですか」
「だからそれは、友達がいないからでしょう?」
「先生・・」
日置は完全に呆れていた。
「はい?」
「先生なら、どうしますか」
「どうって・・」
「友達欲しさに、行きたくもないのに、毎日のように買いに行きますか?」
「それは・・」
「友達なら、一緒に買いに行きませんか」
「まあ・・そう言われれば、そうですけど・・」
「とにかく、あの四人は、なにかあります。僕はいじめだと思ってます」
「・・・」
「今後も、よく注視しててください」
「わかりました・・」
そして加賀見は自分の席へ戻った。
そこへ「ああ~遅れた」と言いながら、堤が戻って来た。
「まったく、一組の動作が遅いときたら」
そう言いながら、堤は席に座った。
「堤先生」
日置が呼んだ。
「ん?」
「その後、森上は復帰しました?」
日置は、練習のことを言った。
「それやがな。まだあかんみたいでな」
「そうなんですか・・」
「僕な、もうあの子は諦めようと思てるんや」
「そうですか・・」
「無理にやらせたところで、本人にやる気がなかったら、どないもしゃあないしな」
「そうですね・・」
「ええもん持っとるんやけどなあ。ああ~もったいない」
日置は思った。
今は無理としても、時間を置いて、森上に声をかけよう、と。
卓球に打ち込めば、いじめもなくなるのではないか、と。
なにより、卓球の魅力に憑りつかれ、森上自身が変われるのではないか、と。
―――そして、放課後。
小島は学校に来ていた。
そして校門の前で、森上が出てくるのを待っていた。
小島は森上を見たことがないが、日置から「大柄な女子」と聞いていたので、見ればわかると思っていた。
ほどなくして、森上と中尾ら四人が、校門に向かって歩いてきた。
あ・・あの子やな・・
小島はすぐにわかった。
けれども、直ぐには声をかけなかった。
そして小島は、四人の後をつけた。
「森上」
中尾が呼んだ。
「なにぃ・・」
森上は俯きながら返事をした。
「逃げたら承知せんぞ」
「・・・」
「ほら、笑え」
「・・・」
「笑え、言うとるやろが」
木元もそう言った。
森上の横では、石川が森上の体を突いていた。
小島は、今にも怒鳴り散らしたかったが、なんとか堪えた。
そして四人は最寄り駅に着き、天王寺へ向かった。
小島も当然、後をついて行った。
四人は天王寺に到着すると、商店街の本屋に入った。
「ほら、万引きしてこい」
中尾が言った。
「・・・」
「行け、言うとるやろ」
森上は、仕方なく本棚を見ていた。
そして一冊の本を取り出し、周りを気にしながら鞄へ入れようとした。
「ああ、その本、私が買いたかってん。ごめんな」
小島は、森上から本を引き取った。
「え・・」
森上は、唖然としながら小島を見た。
中尾らは、誰や・・という表情で小島を見ていた。
「高校生は、寄り道なんかしたらあかん。さっさと帰り」
小島は森上に本屋から出るよう促した。
そして小島は、本を棚へ戻した。
その際、森上は、中尾らを気にするように見ていた。
中尾らも、慌てて外に出た。
「あんたら、友達なんか」
店を出たところで小島が訊いた。
「そうですけど」
中尾が答えた。
「なんか、妙なことさせようとしてた気がするんやけど」
「妙なことて・・」
「まあええ。ほんで、この子、私が送って行くから、あんたらは帰り」
「え・・」
「え、やあらへんがな。さっさと帰り」
小島は、なんとか怒りを抑えていた。
なぜなら、ここで問い詰めてしまうと、森上に、さっき以上のいじめが行われると心配したからだ。
中尾らはそう言われ、森上を睨みつつもこの場を去った。
「あのぅ・・」
森上が小島を呼んだ。
「なに?」
「なんかぁ・・すみませぇん」
「ええねや。それよりあんた、万引きさせられようとしてたな」
「えっ・・」
「いや、私、見てたんや」
「そ・・そうなんですかぁ」
「あのな、私、桐花の卒業生で、日置先生の教え子や」
「えっ・・日置先生の・・」
「そや。卓球部やったんやで」
「ええっ!卓球部・・」
森上は、この人がインターハイへ行ったのだと、驚いていた。