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サーよし!2  作者: たらふく
69/413

69 愛されている日置




―――ここは桂山の体育館。



彼女らは練習を終えて、更衣室で着替えていた。


「彩華」


浅野が呼んだ。


「なに?」

「慶太郎くん、もう大丈夫なんか?」

「ああ・・そのことなんやけどな・・」

「どしたんよ」


小島の言いぶりに、他の者も何かあったのかと、心配した。


「いや・・実はさ、森上さんな、もう卓球辞めるらしいねん・・」

「ええええええ~~~!」


そこで彼女らは一斉に叫んだ。


「辞めるて、どういうことなん?」


浅野が訊いた。


「実はな――」


小島は昨日、日置から聞いた内容を彼女らに話した。


「た・・だぶらかすて・・」

「そらさ・・誘拐なんて、もうあってはならんことやけど・・」

「あれやろ?森上さんは公園で慶太郎くんをみてたんやろ?」

「いやあ~先生~かわいそう~たぶらかすやなんて~あんまりやわあ~」


彼女らは口々にそう言った。


「まあ・・親の気持ちもわかるけどさ、いや、なんちゅうんか、先生さ、よちよちみたいな年寄りクラブのコーチ引き受けてまで、森上さんをなんとか練習させようとしてたんやろ?」


為所が訊いた。


「そやねん・・」

「こんなん言うたらあれやけど・・誘拐は先生のせいとちゃうやん」

「うん・・」

「それを、たぶらかすやなんて、あまりに侮辱が過ぎへんか」

「うん・・」

「それにさ、内匠頭かて毎日、朝練に付き合ってたし。それは森上さんのためやん」

「いや、私はええねや」


浅野は直ぐにそう答えた。


「それで、彩華」


為所が呼んだ。


「なに?」

「先生、元気ないんとちゃうの」

「ああ・・まあな・・」

「なあなあ~」


そこで蒲内が口を開いた。


「先生を~励ます会、しような~」

「どうやって励ますん?」


外間が訊いた。


「みんなで集まって~ほんで~励ますねん~」

「だからどうやってよ」


井ノ下が訊いた。


「それは~あっ!パーティーとかどうなん~」

「パーチーか」

「あはは~いのちゃん~パーチーて~」

「いや、二人とも。そこは彼女である彩華に訊くべきやろ」


杉裏が言った。

するとみんなは小島を見た。


「うん、ええんとちゃうかな。先生かて喜ぶと思うし、私もそうしてほしいし」

「わ~~い、決まりやな~」

「で、いつにするんよ」

「場所は?」

「先生の家でええんちゃう」

「またまたあんたらは。そこも彩華に訊くべきやで」


岩水が言った。

そしてまた、みんなは小島を見た。


「いや、別に私が決めんでもええし。みんなの意見は?」

「場所、いうたってやな」

「練習との兼ね合いかてあるしなあ」

「やっぱり、先生のマンションでええんとちゃう?」

「ほなら、週末に先生のマンションってことで」


小島がそう言った。

そして彼女らは全員で、日置を励ます会を行うことになった―――



その後も日置は、阿部の練習を終えた後、毎日『よちよち』へ出向いていた。

森上が辞めたという事情を知った秋川らは、日置のコーチに気が引けていた。

そこはさすがに中島らおばさん連中も同じで、複雑な心境になっていた。


「なあ、先生」


中島が声をかけた。


「はい」

「もうさぁ・・森上さん辞めたのに、私らのことは、もうええですよ」

「でも、瀬戸さん辞めてしまわれたし、コーチがいないとダメでしょ」

「まあそうですけど・・あまりにも先生に気の毒で」

「僕は構いませんよ」


日置は優しく微笑んだ。


「ああ~~・・それよ、それやのよ」

「え・・」

「そんな顔して微笑まれたら、辞めてくださいて言われへんわあ」

「あはは」

「ああ~~・・その青年のような笑顔もよ・・心臓に悪いわあ」

「ちょっと~中島さん、独り占めはあかんで~」


柳田が言った。


「ほんまよ~中島さん、ずるいわあ~」


新入部員の武田(たけだ)もそう言った。

武田も五十代の中年女性だった。


「あんたらな、先生を、あまり困らせなや」


秋川がたしなめた。


「ほなら、秋川さんかて、先生みたいに微笑んでみぃさ」


中島が言った。


「なんでわしが、そんなんせなあかんのや」

「いやっ、年寄りでも微笑むことくらいはできるやろ~」

「だから、なんでせなあんかねん」


すると話を聞いていた水沢は、なぜか微笑んでいた。

けれども、それは微笑んでいるというより、引きつっていた。


「あはは、水沢さん~なにやってるんよ~」

「えっ・・いや・・別に・・」

「ああ~わかった」

「なんやねん・・」

「奥さんに・・やろ」

「あっ・・あほなこと言いなや」


その実、水沢は妻を驚かせようと思っていたのだ。


「先生、どうやったら、そんなにきれいに微笑めるんでっか」


水沢が訊いた。


「どうやったらって・・特に意識はしたことないですけど」

「そうか・・意識したらアカンのやな」

「自然な感じが一番じゃないですかね」

「水沢さん。先生とは、ここが違いますねん、ここが」


柳田は、自分の頬を叩いた。


「そうそう。先生は俳優みたいにハンサム」


武田もそう言った。


「かぁ~っ、持ってるもんが違うと損やなあ」


日置は答えようがなかった。


「さて、練習を始めますか」


日置がそう言うと、おばさん連中はジャンケンを始めた。

そして勝った柳田が「私からです~」と嬉しそうに言った。


「いえ、今日は、男性からですよ」

「えええ~~そんなあ~」

「昨日は女性から始めたでしょ。だから順番です」

「はぁ~い」


「先生~~!」


そこへパン屋でアルバイトをしている今井が、慌てて入って来た。


「ああ、どうも」

「これ、持って帰ってくださいね」


今井は、パンの袋を日置に渡した。


「ああ・・なんか、いつもすみません」


そう、今井は、度々日置にパンを持って来ていた。


「わしらには、ないんかい」


秋川は冗談めいて言った。


「秋川さんは買うてね~」

「酷い扱いやな」

「ほな、先生、頑張ってくださいね~」


今井はそう言って、パン屋へ戻って行った。


「先生~、それ、私らのおやつね~」


中島が言った。


「え・・ああ、はい。みなさんで食べましょう」


このように日置は『よちよち』のメンバーにとても愛されていた。

その後、女性新入部員の一人である大倉(おおくら)も遅れて到着し、魔法瓶にコーヒーを淹れて持って来た。

いつしか新入部員となっていた田中も到着し、芋の煮っ転がしをパックに詰めて、「先生、食べてください」と言って日置に渡していた。


田中は、誘拐事件で日置のことを気にかけていた。

日置のせいではないのに、まるで日置が悪かったかのように、事が決まってしまった。

自分があの時、慶太郎を引き止めてさえいれば、こんなことにはならなかったはずだ、と。

入部を決めたのも、惣菜を日置に渡すのも、田中なりの「せめてもの」という気持ちだった。


そして日置は、男性、女性、それぞれにコーチをした。


「そう言えば、最近、後藤さん来られないですね」


休憩時間、日置は秋川に訊いた。


「そやねん。なんか後藤はんな、仕事で足をくじいてな」

「え・・大丈夫なんですか」

「うん、大したことはないみたいや」

「そうですか・・」

「そのうち、また元気になって来ると思うで」

「後藤さんのご自宅、どこですか」

「え・・まさか先生、見舞いに行くつもりなんか?」

「いや・・見舞いというほど大袈裟なのもではなく、ちょっと様子を・・」

「先生~ほんま、真面目というか、ええ人やなあ」


中島は、しみじみとそう言った。


「ほんまやわ。私らなんか、そのうち来るやろと思てたけど、やっぱり先生はちゃうわ」


柳田もそう言った。


「いえ・・そうじゃなくて、気になっただけなので」


日置は、後藤が森上の相手をしてくれたことを忘れてはいなかった。


「えっとな、ここの通りを右へ行くやろ。三つ目の角を曲がって突き当りが後藤はんとこや」


秋川が教えた。


「そうですか。また日を改めて伺ってみます」


田中は思った。

日置は、芯から誠実な人物だ、と。

邪険にされても森上家へ足を運び、頭を下げて入部を頼んでいた。

そして森上が辞めたのに『よちよち』のコーチは続けている、と。

年寄り相手にも、けして嫌な顔をせず、真剣に教えている。

なんとかして日置の苦労が報われる方法がないものか、と。

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