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サーよし!2  作者: たらふく
65/413

65 誘拐事件




―――その頃、車中では。



「おっちゃんの家て~どこなん~」


慶太郎は、助手席から外を眺めていた。


「もうすぐやで」

「うわあ~ようさん車が走ってるな~」

「そやろ」

「ああ~あっちに高速道路がある~」


慶太郎は珍しい光景に、身を乗り出さんばかりだ。


「ちゃんと座っとかな、危ないで」


車にはエアコンなどついておらず、窓は全開にされていた。

それでも慶太郎は、男性の言うことを聞かず、顔や手を出していた。


「危ないから座っとけ!」


男性は突然怒鳴り声を挙げた。

慶太郎は男性の変貌ぶりに、黙ったまま男性を見た。


「な、危ないやろ」


男性は慶太郎をチラリと見た。


「う・・うん・・」


慶太郎は小さくなって頷いた。


「慶太郎くんて、どんなお菓子が好きなんや?」

「・・・」

「どんなお菓子が好きなんや」

「チ・・チョコレート・・」

「そうか。チョコレートが好きなんか」

「・・・」

「他には?」

「・・・」

「他には!」


慶太郎の体は思わずビクッとした。


「他には」

「えっと・・あ・・あめちゃん・・」

「そうか。あめちゃんが好きなんやな」

「おっちゃん・・」

「なんや」

「もう・・帰りたい・・」

「なに言うてんねや。おっちゃんの家でレコード聴くんやろ」

「・・・」

「うっ・・ううう・・」


そこで慶太郎は泣き出した。


「ほらほら、泣かんでもええ」

「帰りたい・・帰りたい~~うわ~~ん」

「よしよし、お菓子、いっぱい食べさしたるから、泣かんでもええ」


男性は、窓を閉めようと思っても無理だった。

窓を閉めるには、車を停車させ、助手席のレバーを回さなければならないからだ。

そのことに男性は焦っていた。


そこで車は赤信号で停車した。

男性は、今だとばかりに必死に助手席のレバーに手を伸ばした。

隣の車線に、トラックが停車した。

運転手は、ふと慶太郎が泣いているのを見下ろした。


あれ・・あの子、森上さんの弟とちゃうんか・・


そう、運転手は相沢だった。

男性は汗をタラタラ流しながら、レバーを回していた。

やがて窓は締められたが、慶太郎は窓を叩いて泣き叫んでいた。


ちょっと待てよ・・

この暑いのに窓を閉めるて・・おかいしいやないか・・

ほんであの子・・泣いとるやないか・・


「おい、浩介(こうすけ)


相沢は、助手席に座る後輩の浩介を呼んだ。


「はい」

「ちょっと予定変更や」

「え?」

「得意先、行くん、後回しや」

「どこ行くんですか」

「責任はわしが取る」


そして相沢は、男性の車の後をつけた。

やがて車は幹線道路から外れ、閑静な住宅地へ入って行った。


「相沢さん、どこ行くんですか。ここ住宅地ですよ」

「ええから」

「ああ~お得意さんとの約束・・とっくに過ぎてる・・」


浩介は時計を見ながら心配をした。

そして相沢は、トラックで追いかけるのを無理だと判断し、「降りるぞ」と言った。

相沢と浩介はトラックから降りて、走って車を追いかけた。


「ちょっと、相沢さん、なにしてるんですか」

「あの車、怪しいんや」

「え・・」

「ええから、黙って着いて来い」


幸いにも車は、ほどなくしてある家の前で停車した。

そして運転席から男性が降り、助手席へ回って慶太郎に何かをしていた。


「あの車ですか」


浩介が訊いた。


「車に知ってる子が乗っとるんやけど、どうも怪しいんや」

「え・・」

「えらい泣き叫んどったんや」

「親に怒られたんとちゃいますか」

「いや、あの子の家はここやない」

「そうなんですか」


そして男性は慶太郎を降ろそうとした。

すると慶太郎には猿ぐつわが嵌められていた。

男性は、辺りをキョロキョロと見回しながら、慶太郎をヒョイと抱き上げた。


「猿ぐつわや・・」


相沢は愕然としていた。


「げ・・」


浩介も同じだった。


「これは誘拐やな」

「みたいですね・・」

「よし、行くぞ」


相沢がそう言うと、二人は家まで走った。

そして男性が、まさに玄関のドアを開けようとした時だった。


「ちょっと待て!」


相沢が叫んだ。

驚いた男性は、少しだけ振り向き、慌てて中へ入り鍵を閉めた。


「しもた!」


相沢はドアノブをガチャガチャと捻った。


「おい!出て来い!」


男性は、慶太郎をすぐにローブで縛り上げて、和室に放り込んだ。


「警察やな」


相沢が浩介に言った。


「ほなら、僕、電話してきます!」

「待て!」


中から男性の声がした。


「警察に言うたら、子供は殺すぞ」

「なっ・・なんやと・・」

「ええか、子供は殺す」

「浩介・・ちょっと待て・・」


相沢が引き止めた。


「せやけど・・このままやったら・・」

「わかった!言わへん。言わへんから、子供を返してくれ」

「お前らに関係ない。立ち去れ」

「・・・」

「相沢さん・・どうするんですか・・」


浩介は小声で囁いた。

相沢は、早まったと思った。

もっと様子を見て、犯人に知られないよう警察に届けるべきだったと―――



一方で、田中から報せを受けた恵子は、すぐに自宅へ戻った。

その際、田中も部屋に上がった。


「恵美子!」


森上は、呆然と部屋で座っていた。


「あんた、なにしてたんよ!」

「まあまあ、奥さん、ここは落ち着いて」

「田中さん、車のナンバー、覚えてる?」

「いや・・見てないねん・・」

「男の特徴は!」

「小太りで・・背も低くて・・なんか気持ち悪い感じやったわ・・」

「け・・警察・・警察に電話・・」


恵子の手は震えて、ダイヤルの穴に指が入らなかった。


「ちょっと待って」


田中が止めた。


「なによ!」

「警察に報せたら・・けいちゃん・・」


田中は「殺される」と言いそうになったが、呑み込んだ。


「せやかて、警察に報せんかったら、どないしたらええんよ!」

「誘拐やん・・身代金とか、要求してくるんとちゃうやろか・・」

「そんなお金なんか、どこにもあらへんわよ!」


そこで恵子は泣き崩れた。


「とりあえず、旦那さんに報せんと」

「慶太郎~~!わああああ~~!」


田中は恵子の様子を見て無理だと判断し、自分が慶三に電話をかけることにした。

報せを受けた慶三は愕然としたが、「すぐに帰る!」と言って工場を後にした。



その頃、日置は練習のため『よちよち』に出向いていた。


「先生~、今日は私からね~」

「いや~~私よ~~」

「昨日、あんたやったやん。私、私よ~」

「田中さん、来てないな」


この時点で、女性部員は五人に増えていた。


「それじゃ、ジャンケンで決めてください」


日置がそう言うと「はぁ~~い!」と、おばさん連中はジャンケンを始めた。

この様子を、秋川と水沢は呆れて見ていた。

そして日置を気の毒に思っていた。


森上さん・・どうしたのかな・・


日置は小屋の外を見ていた。


「先生、毎日、すんまへんなあ」


秋川が言った。


「いいえ、とんでもないです」

「それにしても、森上さん来ぇへんな」

「どうしたんですかね」

「いつもやったら、とっくに来てるはずやのなになぁ」


日置もそう思っていた。

森上は日置が来る前に、必ず先に来ていたからだ。


「先生~、順番、決まりました~」


中島がそう言った。


「あ・・はい、じゃ、始めましょうか」

「お願いします~~」


そして台には、日置と中島が着いた。


「じゃ、フォア打ちから行きますね」

「はぁ~~い」


中島もそうだが、おばさんたちの基礎など、まったくなってなかった。

いわゆる「ピンポン」ばかりやっていたおばさんたちを「改造」するのは、並大抵ではなかった。

そこで日置は中島の後ろへ回り、「いいですか」と中島の右手を持った。


「きゃあ~~」


他の者たちは、それだけで叫び声を挙げていた。


「いつも言ってますけど、こう、こうやって振ってください」

「はぁ~~い」

「そして左手は、ここね」


日置は中島の左手も持った。


「きゃあ~~~」


また叫び声が上がった。


「じゃ、素振りやってみてください」


日置は中島から離れてそう言った。


まったく・・この人たち上達する気があるのかな・・

それにしても・・森上はどうしたんだろう・・

日置はまた入口を見ていたのだった。

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