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サーよし!2  作者: たらふく
64/413

64 不審な男




―――「篤裕~!」



篤裕の母親、久絵(ひさえ)が、遠くから篤裕を呼んだ。


「なに~!」

「出かけるから、帰っておいで~!」

「どこ行くん~!」

「お父さんがね~、ご飯食べに連れてってくれるて~!」

「わああ~そうなんや~!」

「ほらほら、はよ~!」

「けいちゃん、僕、帰るわ~」


篤裕は、砂場の砂をパタパタと払った。


「ええな~ご飯かぁ~」


慶太郎は、トンネルを作っていた。


「また明日な~」

「うん~またな~」


そして篤裕は久絵の元へ走って行った。


「けいちゃん~!ごめんね~!」


久絵がそう言った。

慶太郎は立ち上がって、バイバイと手を振った。

そして慶太郎はまた座って、続きを作り始めた。

その時、公園の外で慶太郎を見ていた男性が、ゆっくりと慶太郎に近づいて行った。

公園には、他に誰もいなかった。


「ぼく」


男性はニッコリと優しく微笑み、慶太郎に声をかけた。


「なに~」


慶太郎は座ったまま男性を見上げた。


「なに作ってるん?」


男性は砂場のヘリで中腰になった。


「トンネルやねん~」

「へぇーうまいな」

「難しいねんで~」

「そうなんや」

「すぐに崩れるねん~」

「おっちゃんも手伝ったろか?」

「ほんま~」


慶太郎は、優しそうな男性を見て、全く警戒心を抱いてなかった。

そして男性はトンネルを作り始めた。

男性の大きな手は、砂を固めて盛り上げ、下の部分を手で掘っていった。


「わあ~おっちゃんすごいな~」

「そうか。ほら、ぼくもここに手を入れて掘ってみ」

「わかった~」


慶太郎は男性に言われるがまま、どんどん穴を掘っていった。


「おお、うまいな」


男性は小さく拍手をした。

慶太郎は男性を見て、嬉しそうに笑った。


「ぼく、一人なんか?」

「そうやねん~あっちゃんご飯食べに行くて~」

「そうなんや」


慶太郎は『天才バカボン』のテーマ曲を歌い始めた。


「それ、バカボンの歌やな」

「そうやねん~」

「おっちゃんも知ってるで」

「そうなんや~」


そして二人は一緒に歌い始めた。

慶太郎は、恵子に『バカボン』を観ることを咎められていた。

ましてや一緒に歌うなど、なかったことだった。


「他にも知ってる歌、あるか?」

「ある~。えっとな~タイムボカン!」

「おお~おっちゃん、それも知ってるで」

「えええ~~ほんまなん~」

「よーし、ほなら、一緒に歌おか」


そして二人は、また一緒に歌った。

慶太郎は嬉しそうに、「ボカーン!」というフレーズを強調して歌った。


「おっちゃんの家な、漫画のレコード、ようさんあるし、お菓子もいっぱいあるねんで」


男性は歌い終えてそう言った。


「ええ~ほんまなん~」

「行くか?」


慶太郎は、レコードのことはわからなかったが、お菓子という言葉に気持ちがなびいた。


「ほんなら~お姉ちゃんに言うて来る~」

「お姉ちゃんにはな、おっちゃんから言うてあるねんで」

「ええ~」

「さっき、言うて来たんや」

「そうなんや~ほんなら行く~」


慶太郎はそう言って立ち上がった。

そして男性は、慶太郎の半ズボンの砂を優しく落としてやった。


「あそこで手、洗おか」


男性は水道を指した。


「わかった~」


そして二人は水道で手を洗い、男性はハンカチで慶太郎の手を拭いてやった。


「ぼく、名前はなんていうんや」

「森上慶太郎~」


男性は、また優しく微笑んだ。


「よし、ほな行こか」


男性は慶太郎の手を握り、公園の外へ出た。

しばらく歩くと、白い乗用車が停められてあった。


「これな、おっちゃんの車や」

「わあ~僕んとこ、車なんてないねん~」


慶太郎は、珍しそうに車を眺めていた。


「かっこええか?」

「うん~かっこええ~」

「よし、ほなら乗したろ」


そして男性は助手席のドアを開け、慶太郎を乗せようとした時だった。


「あらま、けいちゃんやないの」


そこに田中が通りかかった。


「おばちゃん~」

「どこ行くん?」


田中は怪訝な表情で男性を見た。


「こんにちは。私は慶太郎くんの叔父です」

「ああ・・叔父さんなんですか」

「夏休みでしょ。それで慶太郎くんを迎えに来たんですよ」

「へぇ・・」


それでも田中は、どこかしら不信感を抱いていた。

慶太郎は、二人の会話など聞いてなかったし、聞いていたとしても意味などわかるはずもなかった。


「道路が混むとあきませんので」


男性は慌てて慶太郎を助手席へ座らせた。

田中は慶太郎を見た。

すると慶太郎は、とても嬉しそうにしているではないか。

そしてニコニコと笑いながら、車内を見回しているではないか。


田中は、男性が誘拐犯だと一瞬疑ったが、慶太郎の様子と、もし男性が本当に叔父であれば、誘拐犯などと訊くのは失礼になると思い、何も言わずに黙っていた。


「ほな、失礼します」


男性はそう言いながら、運転席に座ってドアを閉めた。

慶太郎は、「バイバイ~」と田中に手を振っていた。

そして車はこの場を後にした。


そうか・・叔父さんなんやな・・


田中は、走り去っていく車を眺めながら、自分にそう納得させ、自宅へと向かった―――



それから十分ほどが過ぎた頃、森上は田中と入れ替わるように公園へ向かった。

ほどなくして公園に着いた森上は、慶太郎の姿が見当たらないことに驚いた。


「慶太郎~~慶太郎~~」


森上は公園内の、あちこちを走って探した。


ええ・・どこ行ったんや・・


「慶太郎~~!」


森上の声は次第に大きくなっていた。


もしかして・・あっちゃんとこかも・・


そして森上は、堂前家に向かった。

堂前家は、森上家から、徒歩五分ほどの位置に居を構えていた。

堂前家は比較的裕福で、家も二階建ての一軒家だった。


森上はインターホンを鳴らしたが、一向に誰も出てこない。


あれ・・おかしいな・・


森上は何度もインターホンを鳴らした。


「ああ、堂前さん?」


そこに隣人の主婦が玄関から出てきた。


「はいぃ」

「さっきな、ご飯食べに行くいうて、出掛けたで」

「えっ・・」

「あっちゃんな、嬉しそうにして、なんばへ行くねん~いうてな」

「あのぅ・・あっちゃんだけですかぁ」

「え・・」

「もう一人、子供がいてませんでしたかぁ」

「ご家族での食事やからね、奥さんとあっちゃんだけやったで」

「そ・・そうですかぁ・・」

「どないしたん?」

「あのぅ・・あっちゃんと同じくらいの子、見ませんでしたかぁ」

「ああ、いつも遊んでるあの子か?」


主婦は慶太郎のことをいった。


「はいぃ・・」

「いや、見てへんよ」

「そ・・そうですかぁ・・」


そして主婦は、「今からスーパーへ行くねん」と言いながら、森上の前から立ち去った。


慶太郎・・どこ行ったんや・・

ど・・どうしょう・・


そして森上は、再び公園に戻った。


やっぱりいてへん・・

嘘やん・・

どこや・・慶太郎・・どこ行ったんや・・


そして森上は『よちよち』ではないかと、そっちに向かった。

やがて『よちよち』の入口に立った森上は中を覗いたが、まだ誰もいなかった。

ましてや、慶太郎の姿など、どこにもなかった。


その後、森上は商店街の隅から隅まで捜して歩いた。

けれどもどこにも慶太郎の姿はなかった。


あの子・・自分がいてるからあんかねや・・て言うてたな・・

ま・・まさか・・そんなこと・・


森上は、慶太郎が家出をしたのではないかと思った。

そして、「もっと練習したい」といった言葉を、死ぬほど後悔していた。


慶太郎・・慶太郎・・

お姉ちゃん・・もう練習できひんでもええ・・

お願いやから・・戻って来て・・


森上はそう思いながら、トボトボと自宅へ向かった。


「ああ、恵美ちゃん」


森上が玄関を開けようとすると、慌てて田中が声をかけて来た。

森上は、黙って田中を見た。


「けいちゃんて・・叔父さんの家に行った・・?」

「え・・」

「いや・・叔父さんが夏休みやからいうて、けいちゃんを迎えに来とったんやけど・・」


田中は願った。

「そうや」と言うてくれ、と。


「叔父さん・・?」


田中は森上の返答で、不安が頭をよぎった。


「叔父さん、迎えに来たんやろ?な、そうなんやろ?」


田中は念を押すように言った。


「そんなん・・聞いてませんけどぉ」


田中は愕然とした。

そして、なぜ止めなかったのかと、身が震えた。


「た・・大変やわ・・これは大変や・・」

「どうしたんですかぁ」

「けいちゃんな・・男の人の車に乗って・・」

「・・・」

「ゆ・・誘拐された・・」


森上は失神しそうになり、その場にへたり込んだ。


「しっ・・しっかり・・しっかりしぃや!」

「慶太郎・・」


森上は茫然としたまま、動けなかった。

そして田中は、恵子が勤めるスーパーまで走って行ったのだった。

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