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サーよし!2  作者: たらふく
62/413

62 森上の苦悩




そして試合が始まったが、戦況は言うに及ばず、日置が一方的に圧倒していた―――



日置のカッコよさに、中島と柳田は心の中で「きゃああああ~~」と叫んでいた。

秋川と水沢は、瀬戸の、あまりの不甲斐なさに「なにやっとんねん、勝ってくれな・・わしらどないしたらええねん」と思っていた。

日置は最初、どうしようかと悩んだが、こんな無意味な試合は一分でも早く終わらせたかったため、一切手を抜くことはなかった。

カウントは既に10-0と、瀬戸はまだ1点も取ることができないでいた。


そこに慶太郎を連れて森上が戻って来た。

森上は、中で試合をしている日置を見て、思わず扉を開ける手が止まった。


先生や・・

なんでここに・・

というか・・なんで試合なんか・・


「お姉ちゃん~入らへんの~」


慶太郎が森上を見上げた。


「いや・・入るけどぉ」

「あ~、あの男の人~前に家に来た人やな~」

「うん~お姉ちゃんの先生やでぇ」


どちらかというと、「鈍感」な森上にも、この場の雰囲気が良くないのを感じ取っていた。

秋川と水沢は、オロオロしているようにも見えるし、いつも「うるさい」中島と柳田が、何も言わずに黙っているからだ。

森上は、しばらく静観しようと、小屋には入らなかった。

いや、入れなかった。


「お姉ちゃん~なにしてんの~」

「うん~待ってなぁ」

「ほなら僕~あっちゃんとこ行って来る~」


あっちゃんとは、慶太郎の同級生だ。

家も近所で、二人は仲が良かった。


「そうかぁ。もうすぐ晩御飯やからぁ、はよ帰っておいでやぁ」

「わかった~」


そして慶太郎は走って行った。


瀬戸はカウントが15-0になったところで「もうええわ」と試合を止めた。

日置は何も言わずに黙っていた。


「瀬戸さん・・?」


秋川は、窺うように呼んだ。


「僕はもうコーチ辞めるわ」

「え・・そんな・・」

「この先生に教えてもろたらええんちゃいますか」

「瀬戸さん、それはないんとちゃいますの」


中島が言った。


「そうですよ。んで、まだ試合は終わってないし」


柳田もそう言った。


「まだ終わってないて、僕が0点で負けるん見たいんですか」

「先生、どうしはります?」


中島は日置に訊いた。


「瀬戸さん」


日置が呼んだ。

瀬戸は黙って日置を見た。


「コーチは辞めないと、約束されましたよね」

「きみな、ようそんなこと言えるな」

「なにがですか」

「逆の立場やってみぃ」

「だから僕は、試合はしないと申しました」

「あれか、結局、僕をからこうてたわけか」

「まさか、そんなはずありませんよ」

「よーうここまで、メンツを潰してくれたもんや。逆に気持ちええほどや」

「・・・」

「普通はな、僕がコーチやいうてるもんに、花を持たせるやろ」

「そうですか・・」

「僕ならそうするな。あれやな、学校の先生いうんは、社会勉強してへんから、斟酌しんしゃくすることを知らんのや」


日置は思わずカッとなったが、森上のために我慢をした。


「僕の勉強不足でした。それでは僕はこれで失礼します」


日置は丁寧に頭を下げて、ラケットをバッグに仕舞った。


「ちょっと瀬戸さん!」


中島が怒鳴った。


「なんですか」

「今の言いぶり、酷いんとちゃいますか」


瀬戸はソッポを向いた。


「そやで。先生、試合はせぇへん言うてはったのに、瀬戸さんが「逃げるんか」て挑発しましたやん」


柳田も怒っていた。


「ボロ負けしたんは、先生の方が強かっただけですやん。斟酌とか、なに言うてますの」

「もう私ら、瀬戸さんにコーチしてもらわんでもええですけど」


中島と柳田は、そうまで言った。


なんか・・

とんでもないことになってる・・

どうしたらええねや・・


「あのぅ・・」


そこで森上が扉を開けて入った。


「あ、森上さん。弟さんは大丈夫なの?」


日置が訊いた。


「はいぃ、大丈夫ですぅ」

「そっか。よかった」

「あのぅ・・先生ぇ」

「なに?」

「なんでここにぃ・・」

「ああ・・きみがお世話になってるからね。それでお礼に伺ったの」

「そうですかぁ・・」

「ほな!僕は今日限り、コーチを辞めますんで」


瀬戸は、森上に向けて言い放っていた。

そう、お前の先生は世間知らずだと言わんばかりに。


「瀬戸さん・・それほんまですか」


秋川が訊いた。


「ほんまです」

「そうでっか・・」

「なあ、秋川さん」


水沢が呼んだ。


「なんや」

「もう、ええんちゃいますか」

「え・・」

「辞めるいうもんは、辞めてもろたらどないですか」

「そ・・そやかて・・」

「いやもう、はっきり言いますけどな、わしら瀬戸さんに気を使い過ぎてましたで」

「・・・」

「っんな、勝てへんからいうて、途中で投げ出すやなんて、情けないですわ」


瀬戸はバツが悪そうに水沢を見た。


「しかも、自分からやろうて言い出したんやないですか」


その実、秋川も辟易とする気持ちだった。


「わかりました!ほな、みなさんこれで失礼します」


瀬戸は、ラケットを乱暴にバッグに仕舞い、小屋を後にした。

この場に残った者たちは、しばらく黙ったままだった。


「なんか・・先生、すんません」


秋川が詫びた。


「いえ・・僕の方こそ・・なんと申し上げればいいのか・・」

「先生、気にすることなんかないですよ」


中島が言った。


「そうそう。あんなコーチ、こっちから願い下げですわ」


柳田が言った。


「けいちゃんは?」


中島が森上に訊いた。


「ああ・・友達のとこへ行きましたぁ」

「そうなんや。ほな、先生と打ったら?」

「え・・」

「学校で練習できひんのやし、こうして先生、来てくれはったんやからな」

「ああ・・」

「ああっ!そうやん!」


柳田が突然叫んだ。


「なによ」

「先生にコーチになってもろたらええんちゃうの」

「いやっ、柳田さん、ええこと言うやないの~!」

「なあなあ、先生、どうです?」

「え・・ぼ・・僕が、よちよちさんのコーチに?」

「そうですよ~~!ほなら、森上さんの練習もできますやんか~」


日置は思った。

自分がここへ出向けば、森上を教えられる。

それは当初、自分が望んでいたことだ、と。


「なあなあ、秋川さん、それでええんちゃいますの」


中島が訊いた。


「ああ・・いや、先生にも都合があるやろし・・」


秋川は、日置ほどの実力者にコーチになってもらうなど、気が引けていた。


「ないない~先生かて、夏休みですやん。ね?先生」


僕にも・・都合はあるんだけど・・


日置は思わず苦笑した。


「先生、どうですか」


水沢が訊いた。


「ああ・・僕は、みなさんさえよければ」

「ほら~~~!やっぱりそうやん~~」

「きゃ~~~!」


中島と柳田は、願ってもない展開に大喜びしていた。


「ほな、先生」


秋川が呼んだ。


「はい」

「先生の都合のええときでよろしいでっさかい、ここへ出向いてくれはりますか」

「わかりました」


こうして日置は、よちよちのコーチを引き受けることとなった。

但し、条件を付けた。

森上を相手する時には、台を一台にすること。

使用時間は、最低でも一時間は欲しい、と。

この条件を秋川らは、全面的に受け入れたのだった―――



この日の夜、森上は机に向かって夏休みの宿題をしていた。

けれども一向に捗らない。

なぜなら、日置はああまで侮辱されてでも、そしてよちよちのコーチを引き受けたのも、全部自分のためなのだ、と。

それに浅野が朝練に付き合ってくれたのも、相沢と八代がよちよちに来てくれたもの、全部自分が練習できないせいである、と。


「なあ、お父さぁん」


森上は背を向けたまま、慶三を呼んだ。


「なんや」


慶三は寝ころびながら、テレビを観ていた。


「私なぁ・・みんなに迷惑かけて・・」

「なんや、どないしたんや」


そこで慶三は起き上がった。


「私ぃ、練習できひんやん・・」

「ああ・・」

「慶太郎・・見んといかんしぃ」

「お姉ちゃん~なに~」


慶太郎は宿題をしながら、話を聞いていた。


「慶太郎、お前はええねや」


慶三はそう言って、慶太郎の頭を撫でた。


「恵美子、どないしたんや」


そこに、台所から部屋に戻った恵子が訊いた。


「私ぃ――」


森上は椅子から下りて、慶三と恵子の前に座り、現状を説明した。


「そやかて、それはしゃあないやん・・」


恵子が言った。


「学校で練習できさえすればぁ・・先生かて、わざわざここへ来んでもええしぃ・・」

「ほな、慶太郎、どないすんのよ」

「うん・・」

「恵美子、うちの事情を先生は承知したうえで、あんたに続けさせてるんやろ」

「そうなんやけどぉ・・」

「慶太郎は、まだ六歳よ。放っておけるはずがないやろ」

「僕が~どないしたん~」

「あんたはええのよ」


恵子は慶太郎の頭を撫でた。


「そやかて・・私ぃ・・先生や先輩や・・よちよちの人にも申し訳なくてぇ」

「そらそうやけど」

「それにぃ・・私ぃ、もっと練習したいねん・・」

「だから、それは無理やて言うてるやろ」

「僕がいてたら、お姉ちゃん、練習できひんの~」

「そんなことないんよ」


恵子は慶太郎を心配した。


「よし、慶太郎、お父さんと風呂入ろ」


慶三は慶太郎を抱っこして、浴室へ行った。


「ちょっと、恵美子」

「なにぃ」

「慶太郎の前で、あんなん言うの止めて」

「・・・」

「あの子、まだ小さいけど、話は聞いてるんやからね」

「わかったぁ・・」


けれどもこの後、とんでもない事件が起ころうとは、まだ誰も知る由がなかったのである。

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