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サーよし!2  作者: たらふく
60/413

60 八代と相沢




―――「じゃ、相沢さん交代しましょう」



相沢と森上のオールがしばらく続いたあと、八代がラケットを持って立った。

八代は思っていた。

この子はひょっとして、力を抑えているんじゃないのか、と。

振りは完璧だが、どうも遠慮している気がする。

その理由も八代にはわかっていた。

このメンツだ、あんなボールをここの人たちが返せるはずがない、と。


「わかった」


そして相沢は八代にコートを譲った。


「ありがとうございましたぁ」


森上は相沢に丁寧に頭を下げた。


「あとで、もっかいな」


相沢は優しく微笑んだ。


「きみ、カットボールをドライブできる?」

「ああ・・ミスもしますけどぉ・・できると思いますぅ」

「じゃ、僕フォアカットするから、それをドライブしてね」

「わかりましたぁ」


八代のラバーは裏と一枚だ。

八代はまず、裏だけでカットすることにした。

森上は八代のカットをなんなく返し続けた。


うーん・・やっぱりフルパワーじゃないよね・・この子・・


「きみ」


八代はラリーを止めた。


「はいぃ」

「全力で打ってみて」

「ああ・・はいぃ」

「遠慮しなくていいからね」

「わかりましたぁ」


そして森上は、八代のボールを全力でドライブをかけた。

するとどうだ。

これまでと全く違う、抜群のスピードと威力のあるボールが返ったではないか。


えっ・・


八代は思わず唖然とした。

八代は後ろへ下がったが、下がりきれなかった。

そう、壁があるのだ。

これでは八代といえども、拾い切れない。


「なんか・・すみませぇん」

「いや、全然いいよ」


秋川は思った。

ここじゃ狭すぎる、と。

せっかく来てもらったのに、これでは練習にならない、と。


「ちょっと秋川さん」


中島が呼んだ。


「なんや」

「この台さ、二台畳んで縦に置いたらどうよ」


小屋では、入口から横に並んで三台置かれている。

けれども後ろへ下がる余裕がない。

そもそも年寄りのラリーは、後ろへ下がることなどないので、彼らにとってはこれで十分なのだ。

中島の言った、一台だけにして縦に置くと、多少の余裕ができるというわけだ。


「ああ、そうやな」

「よし。ほなら畳みましょか」


相沢はそう言って、八代と二人で台を畳み始めた。

そこに森上も手伝った。


「なんかぁ、すみませぇん」

「きみ、謝ってばっかりやな」


相沢が笑った。


「そ・・そうですかぁ・・」

「きみ、なんも悪ないで」

「はいぃ・・」


やがて台は一台になり、八代も後ろへ下がれる広さが確保できた。


「じゃ、行くよ」


八代はサーブを出し、森上は返した。

そして八代はフォアでカットした。

森上の体は、瞬時に右後方へ捻られ、そのまま振り下されたた右腕は、ビュンと素早くボールを擦り上げた。


「おおお~~」


相沢は思わず声を挙げた。

そう、森上が放った全力のドライブは、八代のラケットをめがけてフルスピードでコートに入った。


ほっ・・ほんとか?


八代は唖然としたが、簡単にカットで返した。

森上はまた、全力でドライブをかけた。

しかも八代のフォアクロスに、確実に返球されていた。


こうして何ラリーが続いたあと、八代はラケットを反転させ、一枚でカットした。

すると森上は、ボールの変化を見極められずにオーバーミスをした。


「すみませぇん」

「いや、きみ、すごいよ」

「ほんまや!こんなドライブ打つ女子なんか、見たことないで!」


相沢は、早く自分も打ちたいと言わんばかりだ。


「そうですかぁ」

「きみ、練習してなくて、これなの?」

「はいぃ」


これはすごい・・

この子・・まだ高1なんだよね・・

いいコーチが着くと、必ず大成する・・


そこで八代は、当然のように日置のことが頭をよぎった。


「お姉ちゃん~これあげる~」


そこで慶太郎は、今日も貰ったマーブルチョコを五つ手に持って、森上の口に入れようとした。

森上は口を開けて、チョコを口に含んだ。


「けんらろう・・座っときひやぁ。モゴモゴ」

「きみ、どこの学校に通ってるの?」


八代が訊いた。


「そうか高校でふぅ」

「そうなんか・・」


相沢は蒼樺(そうか)高校を知っていた。

蒼樺高校は、大阪市内にある女子高だ。

森上は言い間違えたとは思わず、「はいぃ」と答えた。

八代は相沢の答えで、そのまま蒼樺高校なんだと信じた。


「学校の卓球部って、何人いるの?」

「二人ですぅ」

「そうなんだ・・」


この時点で、弱小卓球部だと八代は思った。


もったいない・・

慎吾が教えれば・・

きっと・・全国トップレベルの選手になるのに・・


「さっ、続けようか」


そして二人は再びラリーを始めた。

この後、森上は相沢とも打ち、さすがに互角までとはいかなかったが、森上の実力は本物だと相沢もいたく感心していた。



―――この日の夜。



八代は日置に電話をかけた。


「もしもし、日置ですが」

「おお、慎吾、久しぶりだな」

「おお~~秀幸じゃないか。ほんと久しぶりだね」

「小島さんと、うまくやってるのか」

「おかげさまで」


そして日置は「フフフ」と笑った。


「なんだよ、それ」

「まあ、いいじゃん。お前こそ、白鳥さんとどうなんだよ」

「おかげさまで。フフフ」

「あはは、お互いなに言ってんだか」

「僕さ、おそらくだけど、来年には結婚するかも」

「おおお~~おめでとう」

「いや、まだ決まってないんだけどね。多分ね」

「もうご両親に挨拶に行ったの?」

「それはまだ。でも近々行こうと思ってる」

「そっか。なによりだね」

「お前こそ、小島さんとどうなんだよ」

「どうって?」

「結婚だよ、結婚」

「彼女、まだ十八でしょ。ちょっと早いかな」

「でも時期を逃すと、ズルズルってこともあるし、決める時は勢いでパッと」

「まあね」

「それよりさ」


八代は森上のことを話そうと思った。


「なに?」

「今日さ、ある卓球場へ行ったんだけど、すごい子がいてね」

「へぇー」

「その子、蒼樺高校に通ってるらしいんだけど」


日置も蒼樺の存在は知っていた。


「そうなんだ」

「もう、はちゃめちゃなドライブ打つ子でね」

「へぇー」

「あの子をちゃんと教えたら、絶対に全国トップレベルだよ」

「監督、いないの?」

「いるだろうけど、なんか弱小部みたいだから、大したことないんじゃないかな」

「そうなんだ」

「慎吾が教えられたらなあって、思ったよ」

「なんで僕が、他校の子を」

「お前にも見せたいよ」

「そんなにすごいんだ」


日置は、八代ほどの者がここまで言うには、そうとうな選手なんだろうと思った。

そして、森上以外にもいるんだ、と。


「でも蒼樺って、試合に出てたかな・・」


日置は思った。

そんなすごい選手なら、蒼樺という「普通」の高校へ行くだろうか。

きっと中学から引き抜きがあり、強豪校へ入っているはずだ。

蒼樺は、自分の記憶では試合で見たことがなかった。

いや、出ていたかもしれないが、少なくとも勝ち抜くようなチームではないはずだ、と。


「でもさ、弱小なんだろうし、練習もやってないって言ってたから、ほんと残念だよ」

「秀幸は打ったの?」

「打ったよ」

「で、どうだったの?」

「そりゃね、相手は女子高生だから、ちゃんと返したけど、あれは女子では取れないドライブだったよ」

「へぇ・・」

「ああ、相沢さんも一緒だったんだよ」

「おお、そうなんだ」

「相沢さんも、仰天してたよ。すごい!って」

「そうなんだ・・相沢さんも・・」

「まあ、あの子は日の目を見ないんだろうな」

「いや、実はさ、僕が今、教えてる子もすごいんだよ」

「へぇーそうなんだ」

「あんなドライブ打つ子、初めて見たよ」

「おおっ、慎吾がそう言うからには、そうとうだね」

「でもさ・・その子も練習できないんだよ」

「え・・」

「お家の事情があってね、夏休みだって一日も、だよ」

「ありゃ・・」

「でも僕は絶対に何とかする」

「っていうか、部員は何人いるの?」

「二人・・」

「え・・」


八代は思った。

確かあの子も二人って言ってたな、と。


「あのさ、慎吾」

「なに?」

「お前が教えてるすごい子って、背が高い?」

「うん。170あるよ」

「えっ・・」

「どうかしたの?」

「その子・・森上さん・・」

「え・・なんで知ってるの」

「ええええええ~~ほんとかよ!」

「ちょっと、どうしたんだよ」

「あははは、僕、今日、森上さんと打ったんだよ」

「ええええええ~~~~!」


日置は「らしくない」叫び声を挙げた。


「ちょ・・打ったって、どういうこと!?」


日置は森上がセンターへ行ったのかと、勘違いした。

そして、なぜ行けたんだ、と。

練習できないんじゃなかったのか、と。


「落ち着け、落ち着け、慎吾」

「っていうか、なんで秀幸や相沢さんが森上と!」

「だーかーらー」


そこで八代は事の経緯を説明した。


「そ・・そうだったんだ・・よちよちに・・」

「そうだよ」

「勘違いしてごめん。秀幸、ありがとう。よく相手してくれたね」

「そうだったんだ。慎吾が教えてるなら、間違いない。ああ~よかったあ」

「ね、森上、すごいでしょ」

「うん、すごいなんてもんじゃない。あの子なら三神にも勝てるよ」


日置は思った。

『よちよち』に出向いて、改めて礼を言うことと、自分も練習させてくれないかと頼んでみようと。

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