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サーよし!2  作者: たらふく
59/413

59 森上の練習相手




やがて期末テストも終わり、学校は夏休みに入ろうとしていた。

このかん、阿部は日置との特訓を重ね、ようやくフォア打ち、ショート、ツッツキ、カット打ちという最低限の基礎は身に着けていた。

ちなみにカットは日置がおこなっていた。


森上は月曜から金曜までの朝練を続け、家に帰ると慶太郎を連れて『よちよち卓球クラブ』で練習をしていた。

浅野も出来るだけ朝練に顔を出し、森上はイボのボールにも対処できるようになっていた。

それでも阿部も森上も、まだ何も始まっていないのだ。

そう、肝心の応用はこれからだった―――



終業式を終えた後、日置は二人を職員室に呼び出していた。


「それで、明日から夏休みなんだけど、森上さんは出て来れる日とかある?」

「慶太郎もぉ、夏休みなんでぇ、私はずっと家におらんとあきませぇん」

「そうだよね・・阿部さんは?」

「私はいつでも出て来られます」

「そっか。じゃ、阿部さん、一日中っていうのも大変だし、集中力が持続しないと練習の意味がなくなるから、午後から夕方まででいいかな」

「はい、もちろんです」

「問題は、森上さんだよね・・」


夏休みというのは、練習時間がたっぷりと取れる期間である。

どこの学校の選手も、驚くほど夏休みに成長する。

日置は、どうしたものかと頭を抱えた。


「朝練はできるよね?」

「それなんですけどぉ・・」


森上は、なんとも言いにくそうにした。


「なに?」

「お母さんがぁ・・夏休みの間は、早朝からスーパーへ行くことになってぇ・・」

「え・・」

「それでぇ、私が朝練に行ったらぁ、その間、慶太郎は一人になるんですぅ」

「そうなんだ・・」


日置は思った。

せめて朝練を続けられれば、けして十分とは言えないまでも、やらないよりは、はるかにマシだ。

その朝練でさえできなくなると、たとえ『よちよち』で練習したとしても、それは「練習」ではない。

年寄り相手のラリーは、むしろ森上が相手になってやるようなものだ。

森上は『よちよち』では、おそらくフルパワーでやってるはずがない。

相手が打ち返せないからだ。

ラリーを続けるためには、森上はセーブしているはずだ、と。


「なんかぁ、お母さんはぁ、少しでも稼いで、そのお金を慶太郎の塾代にしようと思てんるんですぅ」

「そうなんだね・・」

「ええ学校行かせてぇ、ええとこ就職させたいみたいですぅ」

「うん、わかった」

「なんかぁ・・すみませぇん」

「じゃ、夏休みは森上さんの練習は無理ってことで、阿部さんはできる、と」

「はい」

「森上さん」

「はいぃ」

「よちよち卓球クラブで、ボールを打つことだけは出来るよね」

「はいぃ」

「うん、じゃ、それは続けてね」

「わかりましたぁ」


日置は、自分が『よちよち』に出向きたいと思った。

けれどもそんな図々しいことなど、できるはずもない、と。

あくまでも『よちよち』は、あの人たちのための練習場なのだ、と。


そして森上は学校を後にし、阿部と日置は昼食を摂った後、小屋へ向かった。



―――ここは『よちよち卓球クラブ』。



家に帰った森上は、夕方になって慶太郎を連れて、小屋の中にいた。

慶太郎もすっかり中島と柳田といったおばさんたちにも慣れ、練習の邪魔をすることがなかった。

今も小屋の隅で、早速夏休みの宿題に取り組んでいた。


「けいちゃん、えらいね~」


中島も柳田も、慶太郎のことを「けいちゃん」と呼ぶようになっていた。


「僕な~勉強して、ええ学校に行くねん~」

「そうかそうか~」

「ほな、ご褒美あげよ」


柳田は、ポケットからチョコレートを取り出した。


「わあ~マーブルチョコや~」

「ええやろ~」

「ありがとう~」


慶太郎は嬉しそうに笑った。


「けいちゃん、ほんまお利口さんやな~」


中島はそう言いながら、慶太郎の頭を撫でた。

森上は、「すみませぇん」と言いながら、小屋の住人である秋川と打っていた。

すると慶太郎は、嬉しそうにマーブルチョコを森上に見せた。


「あっ、そういや明日な」


秋川が森上に話しかけた。


「はいぃ・・?」

「後藤はんの知り合いの知り合いで、えらい強い人がいてるんやけどな」

「そうですかぁ」

「その人、ここに来てくれることになったんや」

「よかったですねぇ」

「きみ、なにを他人事ひとごとみたいに言うてんねや」

「え・・」


そう、秋川は、森上が学校で練習できないことを、秋川なりに気にかけていたのだ。

自分たちでは森上の相手にもならないと考えていた秋川は、ある人物を紹介してもらったというわけだ。

秋川は、森上が来た当初は迷惑がっていたが、よちよちのエースである後藤が森上に目をかけているということと、森上の謙虚な姿勢と慶太郎が意外にも利口な子とわかって、いつしか二人を快く受け入れるようになっていた。


「きみのために来てもらうんやで」

「そうなんですかぁ・・なんかぁ、すみませぇん」

「わしもな、直接その人のこと知らんのやけどな、えらい強いらしいわ」

「そうですかぁ、ありがとうございますぅ」



―――そして翌日の夕方。



「こんにちは~」


よちよちの小屋に、男性二人が入って来た。


「おお、よう来てくれはりました」


秋川は、立ち上がって一礼した。


「よーう、兄ちゃん、久しぶりやなー」


後藤がそう言った。


「後藤さん、お久しぶりです」

「相沢くん、八代くん、よう来てくれた」


相沢とは、かつて日置が卓球台欲しさに、相沢の所属する『たまたまおっさん』というチームに臨時で参加し、試合に出たことがあった。

日置と相沢は、卓球センターで知り合った友人であり、相沢が日置に「参加してくれ」と頼んで出てもらった。

相沢は日置より五つ上で、トラックの運転手をしている。


秋川は後藤に「誰か強い人いてないんか」と相談したところ、後藤の知り合いである『っんなアホな』というチームの一人に声をかけた。

その人物は『ミツダクラブ』の三津田と知り合いで、その三津田は相沢と同級生だった。

三津田は相沢と八代に声をかけ、二人は出向いたというわけだ。

ちなみに八代は、日置と同級生であり親友だった。

八代は『ミツダクラブ』に所属している。


「お邪魔します」


八代が一礼した。


「八代くんも久しぶりやなあ~」

「はい、お久しぶりです」


後藤はかつて、日置とも対戦していたが、八代とも対戦していた。


慶太郎は、見知らぬ男性二人に「この人ら誰なん・・」と森上の後ろに隠れて訊いた。


「強い人らなんやでぇ・・」


森上は小声で答えた。


「森上さん」


秋川が呼んだ。


「はいぃ」


森上が秋川と後藤の元へ行こうとすると、「けいちゃん、おいで」と中島が慶太郎を引き受けた。


「こちらが、相沢さんと八代さんや」

「はじめましてぇ・・森上ですぅ」

「相沢です」

「八代です」

「きみ、背ぇたっかいなああ」


相沢が言った。


「はいぃ」

「何センチあるの?」


八代が訊いた。


「170ですぅ・・」

「へぇー高いね~」

「はいぃ」


この時点で相沢も八代も、まさか森上が日置の教え子だとは知らなかったのである。

そこで後藤は「ほな、わしはこれで帰るわ」と言った。

その実、後藤には予定が入っていて、相沢と八代を秋川に引き合わせるため、来ただけだった。


「後藤はん、おおきにな」

「ほな、この子のこと、よろしく頼みましたで」


後藤は、相沢と八代にそう言って小屋を後にした。


「ほな、相沢さん、八代さん、早速ですまんけど、相手してやってくれますか」


秋川が言った。


「わかりました。ほな、先にわしと打とか」


相沢は森上に言った。


「はいぃ、よろしくお願いしますぅ」


そして二人は台に着いた。


「フォア打ちから行こか」

「はいぃ」


そして相沢はサーブを出した。

森上は、よちよちでの「癖」で、力を抑えて打ち返した。

誰の目から見ても、普通のラリーだ。

けれども相沢も八代も「うまいな」と思った。

そう、打ち方がしっかりしてて完璧だからである。


「きみ、あんまり練習してないって聞いたけど、うまいな」

「そうですかぁ」

「めっちゃしっかりしとるで」

「そうですかぁ」

「きみ、何年生や?」

「高校一年ですぅ」

「ああ、ほな、中学からやっとったんやな」

「ああ・・ちょっとだけやってましたぁ」

「そうか。ほな、オールはいけるんやな」


オールとは、オールラウンドのことをいい、試合のような実戦形式の練習方法である。


「オールて・・なんですかぁ」

「え・・オールラウンド、知らんのか」

「はいぃ・・すみませぇん」

「そっか・・ほな、ショートできるか?」

「できますぅ」


そして相沢はバックコースに立ち、森上はショートで返した。


え・・この子、めっちゃうまいがな・・

ほんまはオールできるんとちゃうんか・・


相沢も驚いたが、八代も同じだった。


この子・・確実なところに返球してる・・

全然、ブレてない・・

中学の時・・相当やってたな・・


「相沢さん」


八代が声をかけた。


「なんや」

「オールやってみたらどうですかね」

「ああ・・確かに」

「ねぇ、きみ」


八代が森上を呼んだ。


「はいぃ」

「試合はやったことあるの?」

「ああ・・はいぃ」

「オールってそのことだよ」

「そうなんですねぇ」

「試合じゃないから点数は入れないけど、形は試合と同じだよ」

「そうですかぁ」


そして二人はオールラウンドを行うことにした。


「どんなサーブでもええで」


相沢が言った。


「はいぃ」


まだ下回転と横回転と斜めしか出せない森上は、下回転のサーブを出した。

バックに入ったボールを相沢は、とりあえずツッツキで返した。

しかもフォアコースの、打ちやすいところへだ。

そこで森上はドライブを放った。

けれどもこれも、力を抑えてのドライブだった。


驚いたのが相沢と八代だ。


なんだ・・このドライブは・・と。


相沢は思わずそのボールを見送っていた。


「ちょ・・きみ、ほんまに練習できてないんか?」

「はいぃ」

「今のドライブ・・すご過ぎるで・・」

「すみませぇん」


森上は力を抑えて打ったのだが、思わず詫びていた。

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