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サーよし!2  作者: たらふく
58/413

58 結ばれた二人




日置と小島はスーパーで買い物を済ませ、マンションに向かって歩いていた。

小島は日置が許してくれたことで、もう死んでもいいと思えるほど幸せな気持ちに満たされていた。

そして、二度と、今度こそ、日置に隠し事はしない、何かあれば日置に訊く、と強く心に誓っていた。


やがて部屋に入った二人は、どこかしらぎこちなくはあったが、小島は直ぐに料理に取り掛かった。


「なにを作ってくれるのかな」


日置は小島の後ろに立って、覗き込んでいた。


「先生の好きな、肉じゃがと、具だくさんの味噌汁、それとほうれん草のお浸しに、野菜サラダです」

「おお~いいね」

「先生は、座って待っててください」

「彩ちゃん・・」


日置は後ろから小島を抱きしめた。

小島は心臓が破裂しそうになり、動きが止まった。


「ごめん・・辛かったよね・・」

「・・・」

「あんな子供みたいに泣いた彩ちゃん・・初めて見たよ」

「・・・」

「よほど辛かったんだろうなって・・胸が苦しくなったよ」

「・・・」

「浅野さんにも、謝らないとね」

「先生・・私・・」

「もうなにも言わなくていいよ」

「・・・」

「僕が好きなのは、彩ちゃんただ一人だけだよ」

「はい・・」


小島は小さく頷いた。


「じゃ、出来上がるの、楽しみに待ってるね」


日置は小島の頭をポンと叩いて、ソファへ移動した。

小島は、もう一度だけ謝ろう思ったが、何も言うまいと言葉を飲み込んだ。


そうやん・・

もうあの話を出すのはやめとこ・・

終わったことなんや・・


そして小島は、せっせと料理を作り始めた。


「手伝うことがあったら言ってね」


日置はソファに座りながら、小島を気遣った。


「いいえ~先生がいてたら邪魔ですから~」


小島は振り向いて、ベーッと舌を出した。


「言ったね」


日置は立ち上がろうとした。


「いやいや、先生は座って待っててください」


小島は、またくすぐり攻撃をされると思い、菜箸でけん制した。


「まったくもう・・かわいくないんだから」


日置は立ちかけたが、そのまま座った。

日置は、テーブルの上で組んだ腕に顔を乗せ、小島の後姿を目を細めて見ていた。


彩ちゃん・・なんてかわいいんだ・・


ほどなくして料理も出来上がり、二人は食事を摂った。

日置は「おいしい、おいしい」と、次から次へと箸を動かした。


「彩ちゃんの作るものは、ほんと美味しいよね」

「そうですか~嬉しいです~」

「きみは、いい奥さんになるよ」

「え・・」


小島は、思わぬ言葉に驚いていた。


「あ・・ああ・・えっと・・」


日置は、つい本音を言ったことで、自身も驚いていた。


「あああ~、おかわりは?」

「あああ~、お願いします」


日置は茶碗を差し出した。

そして二人は「あはは」と笑った。


「なんか、照れるよね」

「ほんまですね」


こうして、なんとも「ままごと」のような和やかな食事を終えた。

そして日置は「写真を撮ろう」と言って、引き出しからカメラを取り出した。

日置と小島はソファに並んで座り、顔をくっつけて写真を撮った。

後に写真が出来上がるが、日置の優しい笑顔と、小島のまだあどけなさが残る愛くるしい笑顔は、日置と小島の部屋に飾られることとなる。


「彩ちゃん、来てごらん」


日置はベランダに出て、夜空を見上げていた。

そして小島もベランダに出た。


「わあ~満天の星空ですね」

「そういえば、きみと夜空を見上げたことがあったよね」


日置と小島は、近畿大会で京都の旅館に泊まった際、二人で夜空を見上げたことがあった。


「はい」

「確か、二年連続で見たよね」

「そうでしたね」

「あはは」


日置は突然、思い出し笑いをした。


「どうしたんですか?」

「いや・・ちょっと・・」

「ええ~なんですか~」

「きみ・・おもしろかったよね」

「なにがですか?」

「ごわす・・」

「あっ・・あああ~~」


昨年のインターハイの際も、同じ京都の旅館に泊まり、日置と小島は同じ風呂に入るというアクシデントに見舞われていた。

その際、湯気が立ち込める中、小島は自分だと悟られないよう、低い声を出して西郷隆盛の真似をしたことがあった。


「あはは、あれはよかった」

「あの時、私、もうほんまにびっくりしたんですから~」

「そうでごわす」


日置は低い声を出して真似た。


「あはは、先生も上手いですやん~」

「そうでごわすか」

「あはは」

「彩どん、もう帰るでごわすよ」

「あ・・そう・・ですね・・」

「今日はありがとう。駅まで送って行くね」


日置はそう言って部屋へ戻った。


そうやんな・・

帰らなあかんな・・

でも・・帰りたくない・・

ずっと先生と離れて・・

もう別れたと思てた・・

この先・・どうやって生きて行けばええんか・・わからんくらいやった・・

今は・・離れたくない・・


小島は日置に駆け寄り、後ろから抱きついた。


「彩ちゃん、どうしたの?」


日置は前を向いたままだ。


「先生・・」

「なに?」

「帰りたくないです・・」

「彩ちゃん・・」

「お願い・・帰れと言わんといてください・・」

「・・・」

「今日だけ・・今日だけでいいですから・・」

「・・・」

「私・・ずっと淋しかった・・もう生きて行かれへんと思いました・・」

「・・・」

「だから・・今日は・・いさせてください・・」


そこで日置は向きを変えた。


「彩ちゃん・・」


小島は日置を見上げた。


「僕を困らせないでよ・・」


小島は首を横に振った。

帰りたくない、という仕草だ。


きみにそんな切ない顔されると・・

僕は・・どうすればいいんだ・・

僕だって・・きみといたい・・

帰したくないよ・・


「お願い・・先生・・」

「彩ちゃん・・」

「帰りたくない・・」


そう言って小島は、日置の胸に顔を埋めた。

日置は、小島が愛おしくてきつく抱きしめた。

そしてこの日、二人は初めて結ばれたのである―――



翌朝、日置は朝練に向かうため、先に出ることになった。


「彩ちゃん、これ、持っててね」


日置は、少し照れながら合鍵を渡した。


「はい」


小島の頬も、赤く染まっていた。


「じゃ、僕は先に行くけど、きみも会社に遅れないようにね」

「はい、いってらっしゃい」


そして日置は、手を振って部屋を後にした。

そこで小島は家に電話をかけた。


お母さん・・心配してるやろな・・


「もしもし、小島です」

「あ・・お母さん・・」

「あっ!彩華ああああ!今どこなんよっ!」

「先生の家・・」

「え・・先生の家て・・」

「ああ・・えっと・・仲直りしてん・・」

「なっ・・あんたさ!それならそうと、連絡せなあかんやん!」

「ごめん・・つい・・」

「せやけど、よう仲直りできたな・・」

「うん・・色々とあって。また帰ったら話するわ」

「ああああ~~先生の家でよかったああああ」


誠子は心底安堵していた。


「え・・」

「もう~~誘拐でもされたんかと思たやん!しかも、あんた死んだみたいになってたし、万が一のことがあると思うやろ!」

「ごめん・・」

「ほんで、先生は?」

「朝練、行きはった」

「そうなんや」

「私も、もうすぐしたら会社へ行く」

「っんもう~~帰って来てからも言うけど、先生とこ泊まるんやったら泊まるて、絶対に言うて!」

「え・・今後も・・泊まってもええの・・」

「今、そんな話してる場合か!ええか、今日は、帰って来ぃや!」

「あはは、帰るって」


そして小島は電話を切った後、朝食の後片付けをした。



―――桐花の小屋では。



日置が到着する前に、既に浅野は森上と練習をしていた。


ガラガラ・・


日置が扉を開けて中へ入ると、浅野は特に感情も出さずに「おはようございます」と言った。


「おはよう」

「先生ぇ、おはようございますぅ」

「森上さん、ちょっと待っててね」


そして日置は、「浅野さん」と言って手招きをした。

浅野は、また来なくていいと言われるのでは、との不安があったが、日置の元へ駆け寄り、二人は外へ出た。


「なんですか・・」

「僕、きみに悪いことをしたと反省してる」

「え・・」

「きみが、毎日森上の相手をしてくれたのに、僕はあんな態度を取り続けた。ほんとに悪かった」


日置はそう言って頭を下げた。


「え・・いや・・悪いんは私です・・」

「それで、今後は、無理のない程度にしてね」

「えっ・・いやっ・・せ・・せっかく・・イボに慣れつつありますから・・」

「それとね」


日置は小声になった。


「小島さんと仲直りしたから・・」

「えっ・・」

「心配かけたね・・」

「ほ・・ほんま・・ですか・・」

「うん」


日置がニッコリ微笑むと、浅野は「よ・・よかった・・」と涙を流した。

そしてその場に、ヘナヘナと座り込んだ。


「ううう・・ううっ・・」

「浅野さん・・」


日置はしゃがんで、浅野の肩に手を置いた。


「よかった・・ほんまに・・よかった・・うううう・・」

「もう泣かないで・・」


そして日置は浅野の頭を優しく撫でた。


ちなみにこの後、日置は小島家へ連絡するのを失念したことに気が付き、直ぐに詫びの電話を入れた。

母親の誠子は、小島から連絡があったことを話し、「先生の家でよかったですわ・・」と安堵の意を告げた。

そして誠子は、娘の幼さを詫びた。

誠子は、日置が連絡を失念し、慌ててかけて来たことにも、日置の誠実な人柄をしみじみと感じていた。

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