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サーよし!2  作者: たらふく
57/413

57 痴漢騒動




―――そして日曜の夕方。



日置は午後からの阿部との練習を終え、家に帰るため地下鉄に乗っていた。

この地下鉄御堂筋線は、平日は無論、日曜日もいつも混雑している路線だった。

日置は立ったまま、つり革を持っていた。

窓に映る自分の姿を、日置はぼんやりと見ながら小島と浅野のことを考えていた。


朱花ママも・・ああ言ってたし・・

今回のことは・・彼女たちが早とちりしたとはいえ、悪いのは彼女らじゃない・・

僕もちょっと・・大人げなかったな・・

浅野は・・毎日来て森上の相手をしてくれたのに・・

僕はあんな態度をとってしまった・・


「ちょっと!なんやこの手は!」


突然、同じ車両に乗っている女性が大きな声を挙げた。


え・・今の声・・彩ちゃんじゃないの・・


日置は小島の姿を探したが、混雑しててなかなか見つけられなかった。


「おい、おっさん!次の駅で降りぃよ!」


車内は次第に騒がしくなっていた。


「あんたや、あんた!このスケベジジイ!高校生の尻を触るとは言語道断!許せん!」

「おい、姉ちゃん、えらい言いがかりつけてくれるやないか」

「言いがかりやない!私はこの目で見た!」


彩ちゃんだ・・なにやってるんだよ・・


「ちょっと・・すみません・・」


日置は人を掻き分けて、声のする方へ歩いた。

けれども小島の周りでは、男性と小島のやり取りを興味津々で見る者で塞がれ、日置は到達できないでいた。


「かわいそうに、この子、泣いてるがな」


そう、女子高生は、男性に痴漢をされ、下を向いて泣いていた。

日置は背伸びして、何とか小島の姿を見つけた。

すると小島は女子高生の肩を抱いて、守っていた。


「問答無用や!次の駅で降りろ」

「なんでやねん、わしは梅田まで行くんや!」

「あかん!」

「次は~難波~難波でございます~」


車内アナウンスが流れた。

そこで男性は、小島から逃げようと、日置の方へ向かって来た。

乗客たちは、誰も止めることなく、男性から一歩下がった。


「待て」


日置が男性を止めた。


「なんや、お前」


男性は日置を見上げた。


「僕は警察官だ」

「えっ!」

「事情を聞こうか」

「ああっ!」


男性を追いかけて来た小島が、日置を見つけて驚いた。


「僕は警察官だ」


日置は念を押した。

そう、小島にだ。


「日置巡査!ご苦労様です!」

「うむ」


そして電車は駅に到着し、停車した。


「ほら、降りるぞ」


日置は男性を引っ張って電車から降りた。

その後を、小島と女子高生も続いた。

日置は男性をホームの端に連れて行った。


「どうだ、痴漢をしたのか」

「し・・してません・・」


男性は、日置が警察官だと知り、小さくなっていた。


「きみ、見たのか」


日置は小島に訊いた。


「見ました!巡査!」

「そうか。目撃者がいるなら署まで同行してもらうぞ」

「もっ・・もうしません・・すんまへん」

「きみ・・訴えるかい?」


日置は女子高生に訊いた。


「あ・・謝ってくれたら・・それでええです・・」

「そうか。おい、どうなんだ」


日置は男性を睨んだ。


「謝ります、謝ります、すみませんでした」


男性は、女子高生に何度も頭を下げた。


「おい、お前。今度見つけたら問答無用だぞ」

「はい・・はい、わかりました」

「よし、行け」


すると男性は逃げるようにして、この場を去った。


「きみ、大丈夫?」


日置は女子高生に優しく問いかけた。


「はい・・ありがとうございました」

「気を付けて帰りなさい」

「あの・・ありがとうございました」


女子高生は、小島にも礼を言った。


「ええねや。ほんまスケベジジイがおるからな、気ぃつけや。ほんでまた痴漢されたら、黙ってたらあかんで」

「はい」

「うん、気ぃつけて帰るんやで」


そして女子高生は、ホームの中央へ戻って行った。

この場に残された日置と小島は、黙ったまま違う方向を見ていた。


「彩ちゃん」

「先生」


二人は同時にそう言った。


「練習の帰り?」


日置が訊いた。


「はい・・」

「僕もだよ」

「そうですか・・」


小島はさっきの勢いはどこへやら、急に小さくなっていた。


「それにしてもきみ、さすがだね」

「え・・」

「よくあの子を助けたよね」

「あ・・ああ・・」

「きみ、婦人警官に向いてると思うな」

「そう・・ですか・・」

「彩ちゃん」

「はい・・」

「まっすぐ家に帰るの・・?」

「え・・」

「よかったら、僕んちでご飯作ってくれないかな」

「・・・」


小島は驚きのあまり、声も出なかった。


「僕さ、やっぱり料理って苦手でね。また菓子パンばかり食べてるの」

「いや・・あの・・」

「ダメ?」

「いっ・・その・・えっ・・」

「あはは、なに言ってるんだよ」

「そ・・そんなん・・ええん・・ですか・・」

「いいに決まってるでしょ」

「そう・・ですか・・」

「だって、僕の大事な人だよ」


小島は一瞬、自分の耳を疑った。

そして夢ではないのかと思った。


「うっ・・ううう・・うえええん~」


小島は人目もはばからず、大泣きした。


「彩ちゃん、泣かないで」


日置は優しく小島の肩を抱いた。


「うええ~~・・うええ~~・・うっ・・うう」


二人の横を通り過ぎる者たちは、何事かと二人を見ていた。


「行こうか」

「うっ・・ううっ・・」


小島は泣きながら、何度も頷いていた。


「もしもし」


そこで駅員が日置に声をかけた。


「はい」


日置は振り向いて答えた。


「さっき、通報があったんですが、あなたですね」

「え・・」


駅員は、小さくなって泣いている小島を気の毒そうに見ていた。


「こんな若い子に、痴漢やなんて、なにを考えてるんですか。しかも肩を抱いて」


日置はそう言われ、咄嗟に小島から離れた。


「え・・いやっ・・あの・・僕じゃないんですけど」

「とりあえず駅長室まで来て頂けますか。事と次第によっては、警察へ突き出しますからね」

「いや、僕は痴漢じゃなくて、捕まえた方なんですよ」

「あなたの言い訳は、駅長室で聞きます」

「ううっ・・ううう」


小島は、まだ泣いていた。


「ほら、この子、震えて泣いてるやないですか」


そう、小島はあまりの「ショック」に震えていたのだ。


「彩ちゃん・・なんとか言って」

「え・・?」


そこで小島は顔を上げた。

そう、小島は二人のやり取りなど耳に入ってなかったのだ。


「どうしたんですか・・ううっ・・」

「きみ、辛かったやろ・・」

「え・・ううっ・・はい・・辛くてもう・・死にそうでした・・ううっ・・」

「そうかそうか・・かわいそうにな」

「え・・あなた誰ですか・・」

「僕は、見ての通りの駅員やで」

「駅員さんが・・なんで知ってはるんですか・・」

「通報があったんや」


日置は二人のやり取りを見ていて、そのうち解決するだろうと、「高みの見物」をしていた。


「つ・・通報・・?」

「そやで」

「ええ~~そんなに私らって有名なんですか」

「有名・・というか・・まあそうなるかな」

「げぇ~~・・誰が言うたんですか」

「誰て・・乗客やけど」

「乗客・・?はて・・意味がわかりません」

「きみ、この人に痴漢されたんとちゃうの?」

「ええええ~~!先生にっ?」

「せ・・先生・・?」

「先生は、痴漢を捕まえてくれたんです」

「え・・」

「先生は、私の大事な人なんです」

「せやかて・・きみ、泣いてたやん」

「嬉し泣きですぅぅぅ~~ううっ・・」


小島はそう言って、また泣きだした。

そして小島は、車内でのことを詳しく説明した。


「あらら・・そやったんですか。失礼しました」


駅員は最敬礼して、この場を去った。


「彩ちゃん、きみって、相変わらずおっちょこちょいだね」

「せやかて・・もう胸が一杯で・・話なんか聞いてませんでした」

「さてと、スーパーに寄って買い物しないとね」


そして日置は左手を出した。

小島は、気絶しそうなくらい嬉しくて、日置の手を強く握った。

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