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サーよし!2  作者: たらふく
55/413

55 浅野の涙




「話ってなに?」


日置が訊いた。


「これからも、森上さんの相手をしたいんですけど、ええですか」

「そうしてくれると助かるよ」

「そうですか」


二人の間に流れる空気は、一種独特だった。

いわば、二人にしかわからない、負のような空気が漂っていた。


「それと・・彩華のことなんですけど」

「浅野さん」


日置は、浅野の言葉を制するように強い口調で言った。

浅野は一瞬、気持ちが引いた。


「はい・・」

「もう小島のことには触れないでくれ」

「え・・」

「もし、触れるのであれば、来てもらわなくていい」

「・・・」

「いいね、同じことを二度は言わせないでくれ」

「わかりました・・」

「それと、森上の朝練は、土曜日はやってないから」

「そうなんですか・・」

「あの子、昼からバイトだからね、疲れるといけないから」

「わかりました」

「きみも、仕事が大変なのに、済まないね」

「いいえ」


浅野は一礼して、学校を後にした。


浅野は思った。

日置の気持ちは、幾分か解けたように感じたが、小島のことについては以前と変わりがない。

日置のいう「別れ」は、つまり本気なんだ、と。

そして自分に対しても、まだまだわだかまりを持っている。

よほど日置は、あの「事件」で傷ついていたのだ・・と。



―――ここは桂山の社食。



小島と浅野は一緒に昼食を摂っていた。


「彩華さ・・」

「なに?」

「先生から連絡とか・・ないん?」

「うん」

「彩華も、してへんの?」

「うん」

「そうか・・」


浅野はため息をついて、箸をテーブルに置いた。


「内匠頭、どしたんや」

「いや、今朝な、やっと先生が小屋に来たんよ」

「そう・・」

「ほんで一緒に練習はしたんやけど、なんか・・いつもの先生と違うかったわ・・」

「そうなんや・・」

「練習中は、まあ、先生やったわ」

「・・・」

「せやけど・・終わった後の先生の雰囲気な・・私を寄せ付けへんというんか・・」

「・・・」

「壁みたいなもん、すごく感じたわ・・」

「そうか・・」

「なんかもう・・ほんまに終わりって感じやな・・彩華と先生」

「私のこと・・なんか言うてはったん・・?」

「私がな、彩華のこと、て言いかけたら、小島のことに触れるんだったら、もう来なくていい、て言わはったんや・・」

「・・・」

「二度と触れるな・・て」

「そらまあ・・別れたんやし・・先生がそう言うんも・・仕方がない・・」

「ああ~・・なんで私は早苗なんかに話を訊いたんやろ・・」

「・・・」

「時間って・・戻されへんもんなんかなあ・・」


そう言って浅野の目から涙がこぼれた。


「内匠頭・・泣かんといて・・」


小島の胸は締め付けられた。


「後悔て・・後で悔やむって書くんやな・・」

「・・・」

「ううっ・・ううう・・」


浅野は手で顔を覆った。


「いやっ・・浅野ちゃん~どないしたんや~」


そこに大久保と安住がやって来た。


「浅野さん・・なんかあったんか」


安住も心配していた。


「いえ・・すみません」


浅野はハンカチを出し、涙を拭った。

そして大久保と安住は、小島らと同じテーブルについた。


「なんかあったら言うてよ~」

「そやで。いやもう・・浅野さんが泣くやなんて・・」


安住は、大久保よりも唖然としていた。


「心配かけてすみません。なんでもありませんから」

「いやっ・・それに、食べてへんやないの~」


浅野は食が進まず、ほとんど手をつけていなかった。


「ああ・・食べます」


そして浅野は箸を手にした。


「小島さん、浅野さんどうしたんや」


小島の横に座る安住が訊いた。


「いえ・・」

「ちょっと~小島ちゃんも元気がないやないの~」

「ほんまに二人とも、どしたんや」

「ちょっと、家でもめ事がありまして。すみません」


浅野が答えた。


「そうなんか~」

「それで、彩華に相談してたんです」

「家のもめ事て~、結構きついわ~。私にも話してくれたら、相談に乗るわよ~」

「ありがとうございます」

「そやで。僕かて話くらいは聞くで」

「うっ・・ううう・・」


浅野は大久保と安住の優しさが、身に染みるように嬉しかった。


「あらあら~浅野ちゃん~よしよし」


浅野の横に座る大久保は、浅野の頭を撫でた。


「こんな浅野ちゃん見たら~慎吾ちゃんかて心配するわ~」


そこで浅野は、首を強く横に振った。


「せ・・先生には・・先生には・・言わんといてください・・」

「え・・」

「お願いですから、先生には言わんといてください・・」


そこで大久保と安住は顔を見合わせて、困惑した表情を浮かべていた。


「うん、わかったわ~言わへんわよ~」

「私からもお願いします。先生には言わんといてください」


小島が言った。

大久保は、当然二人を放って置けるはずもなかった。

そして大久保は、翌日、日置を誘って飲みに行くことになった。



―――翌日の夕方。



大久保は練習を終えた後、安住を従えて体育館を出ようとした。


「大久保さん、安住さん、どこか寄るんですか」


高岡が後を追いかけて来た。


「ああ~ちょっと行くところがあってね~」

「飲みに行くんですか」

「坊やはいいのよ~ん」

「なんか最近、二人ともわしに冷とうねぇですか」

「なに言うてんのよ~」

「連れてってくださいよ~。わし、寮に帰ってもすることがありゃせんのじゃけぇ」

「若者は~映画にでもお行き~」

「まあ、ええんちゃいますか」


安住が大久保に言った。


「っんもう~しゃあないな~」

「わーい、ほんで、どこへ行くんですか」

「慎吾ちゃんと待ち合わせしてるのよ~」

「おおっ、日置監督ですかあ」


そして三人は、日置との待ち合わせ場所へ向かった。

ほどなくして顔を合わせた四人は、梅田の繁華街へ向かった。


「さて、どこへ行こうか」


日置が言った。


「うふっ、私の行きつけの店へ行くわよ~」

「虎太郎の行きつけの店って、どこなの?」

「大人の店よ~大人の」

「えええええ~~」


高岡が叫んだ。


「それって、いやらしいバーとかじゃねぇんですか」

「坊や~失礼なことをお言いでないよ~」

「大久保さん、みんなジャージですよ。大丈夫なんですか」


安住はその店を知っていた。


「大丈夫よ~ん。私は上客やからね~」

「宗介、知ってるの?」

「はい。高級クラブですよ」

「ええ~」


日置も驚いていた。

やがて四人は北新地という場所に辿り着いた。

北新地は、梅田でも指折りの高級料理店やバーやクラブなどが立ち並ぶ「夜の繁華街」だった。

大久保が案内したのは『安永やすなが』という店だった。

店名は、オーナーの苗字だった。


「さあさあ~入るわよ~」


薄暗い店内には、上品なクラシック音楽が流され、数々のボックス席は客で埋まっていた。


「いらっしゃいませ」


黒服のボーイが丁重に四人を迎えた。


「大久保です~」

「これは大久保様。お待ち申し上げておりました」

「安永ちゃん、いてる~?」

「はい、少々お待ちくださいませ」


ほどなくしてボーイは、オーナーの安永を連れて、大久保らのところへ戻って来た。


「いやあ~大久保ちゃんやないの~」

「安永ちゃん~久しぶりやんかいさ~」

「あらまっ、こちら~いつぞやのハンサムボーイやないの~」


安永は、約二年前に、大久保に頼まれて桐花の小屋に弁当を届けたことがあった。

ちょうど、日置と大久保が出会ったほんの少しあとのことである。

大久保と安永は、いわゆる「オネエ」仲間であった。


「ああ・・どうも」


日置は、おぼろげに憶えていた。


「今日は、派手に飲むから~お願いするわね~安永ちゃん」

「っんもう~合点承知の助やんかいさ~」


高岡は店内をキョロキョロと見回し、「へぇ~~」と驚嘆の声を挙げていた。

安住は大久保に連れられ、過去に何度か来ていた。

そして四人は個室に案内され、やがて「宴」が始まったのである。

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