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サーよし!2  作者: たらふく
54/413

54 浅野と森上の朝練




そして次の日も浅野は小屋へ行った。

昨日と同じ、午前七時だ。

小屋の前に到着すると、ボールの音が聴こえた。


来てる・・

よーし・・思い切り戸を開けるぞ・・


ガラガラ・・


「おはようございます!」


すると振り向いた森上が「浅野先輩ぃ~」と、ニッコリと笑った。


「あれ・・森上さん一人なん?」

「はいぃ、サーブ練習してましたぁ」

「先生は?」

「もうすぐ来ると思いますぅ」

「そっか・・」


そして浅野は靴を履き替えて中へ入った。


「私と打つ?」

「えぇ~~いいんですかぁ」

「あはは、ええに決まってるやん。そのために来たんやで」

「わあ~ありがとうございますぅ」


そして浅野はラケットを持って台に着いた。


「お願いしますぅ」

「ほな、フォア打ちからな」

「はいぃ」


そして浅野はサーブを出した。


スパーン!


男のようなボールが浅野のコートに入った。


うひぇ~すごいパワーや・・

そらそやな・・

練習相手といえば・・先生だけなんやから・・

こんなボールを毎日打ってるんやな・・


それでも浅野はなんなく返球し続けた。

浅野とて、日置や大久保や安住という男性のボールを相手にして来たのだ。

今では、桂山の男性陣とも打っている。

したがってフォア打ちは、造作もないことだった。


小屋の外では、日置が今しがた到着していた。


え・・ラリーの音だ・・

まさか・・また浅野さんが・・?


日置は少しだけ扉を開けた。

すると浅野と森上が打っているではないか。


やっぱり・・


そこで日置は扉を静かに閉めた。

そしてその場で座った。


浅野さん・・毎日来るつもりだな・・

まったく・・どうしようもないな・・


それから十分ほどが過ぎた頃、「カット、受けてみる?」と浅野が言った。


「はいぃ、お願いしますぅ」

「私のバックはイボやけど、フォアとバックどっちがええ?」


浅野は送るコースを言った。


「ああ・・じゃあ、フォアのコースでぇ・・」

「よし、わかった」


そしてラリーが始まった。

森上のドライブを初めて受ける浅野は、驚愕していた。


なんや・・このパワーとスピード・・

めっちゃ押されるやん・・


けれども森上は、イボの変化に対応できずにミスを繰り返した。


「もうちょっと、ゆっくり打とか」

「はいぃ」


そして森上は半分の力で打った。

浅野はイボでカットした。


「当たった瞬間、擦り上げる」


浅野は返球しながらそう言った。


ビュッ!


森上は変化に負けないパワーで返球した。


「そうそう、それやで」

「はいぃ」


何球かラリーが続いたあと、森上がミスをした。


「すみませぇん」

「いや、ええんやけど、今はパワーより、ミスせんと続けることが大事やで」

「はいぃ」

「あんた自身の威力が、ボールにどんな変化をきたすんかを覚えるために、まずは続けて、それを体で覚えることや」

「はいぃ」

「ほな、続けるで」


こうしてドライブとカットのラリーが続けられた。

森上はミスを連発したが、「かめへん。続ける」と浅野は励ました。


「えっとな・・回数を決めよか」

「はいぃ」

「あんたやったら・・そやな、50回で行こか」

「はいぃ」


浅野がそう言ったものの、既に時間は八時を過ぎていた。


「いやっ・・もう時間ないやん」

「ああ・・ほんまですねぇ」


浅野は時間の足りなさを痛感した。


これは難儀やな・・

ドライブだけでも、直ぐに時間が経つ・・

やることは山ほどあるのに・・


そう、単にイボのカットだけを返せばいいというものではない。

裏とイボを混ぜて、その変化にも対応しなければならないのだ。

しかも、ツッツキからのドライブ、ドライブからのスマッシュ、といった具合に、それらをフルコートでやることも不可欠だ。

そしてカットマン相手のフットワークだ。

浅野は日置の苦労を思いやった。

これは大変だ、と。


「ほなら、残りの時間はまたフォア打ちな」

「そうですかぁ」

「調整や」

「はいぃ」


日置はこの間、ずっと二人のやり取りを聞いていた。

そして浅野の的確なアドバイスに、さすがだな・・と思う日置であった。

日置はそのまま、職員室へ向かった。


やがて練習を終え、森上が「先生ぇ、どうしたんでしょうねぇ」と言った。


「さあな・・」


浅野はわかっていた。

おそらく日置は、ラリーの音を聴いて、入って来なかったのだ、と。


「まあ、ええわ。明日も来るからな」

「え・・そうなんですかぁ」

「うん」

「せやけど先輩ぃ・・仕事とちゃうんですかぁ」

「桂山は近いし、仕事は九時からや」

「ああ・・そうなんですねぇ」

「三神に勝たなな」

「なんかぁ、私のために、すみませぇん」

「あんたと阿部さんに、頑張ってもらわなあかんからな」



―――そして浅野の朝練は、毎日続いた。



金曜日の朝、日置はまたラリーの音を小屋の外で聴いていた。


「そうそう、だいぶ、ようなってきてるで」


浅野はカットしながらそう言った。


「はいぃ」

「もっと力込めよか」

「はいぃ」


すると森上はフルパワーでドライブを放った。


ビューン!


うわっ・・きつい・・

でも私がミスしたら、森上さんの練習にならへん・・

くそっ・・


浅野は懸命にカットした。

そして森上のコートにボールが入った。


「それ、ミスしたらあかんで!」

「はいぃ」


とんでもない切れ味のボールだ。

森上は全力で振った。

するとボールは浅野のコートを叩きつけるように入った。


「ぎゃあ~~!」


ボールは浅野のラケットを弾き飛ばすように、後方へ飛んだ。


「ごめん、ミスしてしもた~」

「なんかぁ、すみませぇん」

「なに言うてんねん。ナイスボールや!」

「はいぃ」

「今の、忘れたらあかんで」

「あの・・先輩ぃ」

「なに?」

「私ぃ、先生に訊いたんですぅ」

「なにを?」

「なんでぇ、朝練来ないんですかぁて」

「そ・・そうなんや・・」

「ほならぁ、先生ぇ、なにも言わへんのですぅ」

「そうか・・」

「私ぃ、なんか悪いことでもしたんかと思てぇ」

「それはちゃう。なんか用事でもあるんとちゃうかな」


この会話を外で聞いていた日置は、これ以上、森上を心配させてはいけないと思った。


ガラガラ・・


そこで扉が開いた。


「ああ~先生ぇ」


まるで図ったようなタイミングで現れた日置に、森上は驚いた。


「森上さん、ごめんね」


日置はそう言いながら靴を履き替えて中へ入った。

浅野は黙ったまま、日置を見ていた。


「先生ぇ・・なんか、すみませぇん」

「きみには言ってなかったけど、ここんとこね、ちょっと忙しかったの」

「そうなんですかぁ」

「僕も今日から参加するから、頑張ろうね」

「はいぃ」

「じゃ、私はこれで帰ります」


浅野はそう言いながら、バッグが置いてあるところへ行こうとした。


「浅野さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「次は、バックカットで返してやって」

「え・・」

「森上さん、バックに立って」

「はいぃ」


先生・・

私のこと・・

もう・・許してくれたんやろか・・


「浅野さん、頼むよ」

「ああ・・はい」


そして浅野と森上のラリーが再び開始された。


「よし。ストップ」


十分ほど過ぎたところで日置が止めた。


「森上さん、僕のドライブの返球を、きみが返すんだよ」

「え・・」

「浅野さん、フォアでカットしてね。イボだよ」

「はい」

「まず僕が、ここで打つから、その後、きみは僕の立ってる位置へ移動してね」


そして日置は、森上をバックに立たせ、自身はフォアの位置で立った。


「行くよ」


日置がサーブを送り、浅野はカットで返した。

それを日置は、全力でドライブをかけた。


ひいぃ~~・・先生・・殺生な・・

こんなボール・・きつ過ぎる・・


浅野は勢いに押されて後逸した。


「ミスしたら練習にならないんだけど」

「はいっ」


そして同じことが繰り返された。

浅野は懸命になってカットした。

そしてボールはフォアへ入った。


そこに森上が日置と交代する形で、スッと入った。

森上は、全力で振り抜いたが、ネットミスをした。


「すみませぇん」

「ボールが重いでしょ」

「はいぃ」

「でもきみなら、必ず返せる。回転に負けちゃダメだよ」

「わかりましたぁ」


日置の考えはこうだ。

いくら森上にパワーがあるとはいえ、自分ほどではない、と。

そこで自分のドライブの返球であれば、回転の掛かり具合は森上以上だ。

そのボールを返せるようになると、森上自身が放つドライブの返球は、今より楽になるというわけだ。


この練習は、約十分続いた。

たったの十分だ。

あまりにも少なすぎたが、とにかくやれることをやる、と日置は思っていた。


やがて練習を終え、森上は着替えのため部室へ入った。


「先生」


小屋を出て行こうとする日置を、浅野が呼んだ。


「なに?」


日置は立ち止まって振り返った。


「お話があります」

「そう」


そして二人は小屋を出て、校庭に立った。

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