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サーよし!2  作者: たらふく
53/413

53 すれ違う気持ち




―――そして翌日。



浅野は七時に小屋へ到着していた。


ガラガラ・・


扉を開けると、誰も来てなかった。


そらそうやな・・まだ七時やもんな・・


浅野はそう思いながら、靴を履き替えて中へ入った。


先生・・びっくりするやろな・・

怒るかな・・

でも・・怒って当然や・・

めげへんで!


浅野は床に座って、体を解し始めた。


それにしても・・あの早苗っちゅう女・・

どんならんやっちゃな・・

あんな女にだけは、なりたくない・・

自分が惨めやとか・・思わんのか・・


ガラガラ・・


そこで扉が開いた。


「森上さん――」


日置は「早いね」という言葉を、思わず呑み込んだ。


「あ・・」


浅野は日置を見て、直ぐに立ち上がり「おはようございます」と挨拶をした。


「きみ、なにやってるの」


日置の言葉は、まだ冷たかった。


「いやっ、そのですね、森上さんの相手をしようかと・・」

「え・・」

「森上さん、何時に来るんですかね・・」

「もうすぐ来ると思うよ」

「そっ・・そうですよね・・あはは・・」

「きみが相手するなら、僕は出て行く」

「え・・」

「まずは、フォア打ちからだよ。いきなりイボでカットはダメだからね」


そこで日置は小屋から出て行こうとした。

日置は、昨日の今日で、全く気持ちの整理がついてなかった。


「先生!」


日置は背中を向けたまま、立ち止まった。


「すぐに許してくれとは言いません。せやけど、森上さんは先生が教えんとあきませんやん」

「じゃ、きみが出て行けよ」


そこで日置は浅野へ向きを変えた。


「え・・」

「きみさ、昨日、あんなことがあったばかりで、よくも平気でいられるよね」

「いや・・その・・」

「僕を、よほどのバカだと思ってるんだね」

「そんなこと・・1ミリも思てません」

「まさか僕が、よく来てくれたね、とでも言うと思ったのか」

「・・・」

「僕は、さんざんきみに侮辱されたよ。おっさんで悪かったな」


先生・・めっちゃ怒ってはる・・

そらそうや・・

当然やん・・


「もうね、僕はきみたちに関わらないことにした」

「きみたちて・・彩華のこともですか」

「きみたちに関わると、ろくなことがない」

「そ・・そうですか・・」

「どうするんだよ。残るのか出て行くのか」

「わかりました・・」


浅野はそう言って、バッグを抱えて靴を履き替え、逃げるようにして小屋から出て行った。

日置はその場に立ち尽くしたまま、ため息をついた。


浅野さん・・

無神経すぎるよ・・

ほんとに、僕をバカにしてるよね・・

時間を置くってこと・・知らなさ過ぎる・・


日置は昨晩、西藤にアドバイスされたにもかかわらず、まさか浅野が来るとは思いもしなかったことで、西藤の言葉など、どこかへ消えていた。

浅野は学校を出て、最寄り駅に向かって歩いていた。


「ああ・・浅野先輩ぃ」


そこに、登校してきた森上が、浅野を見つけた。


「ああ・・森上さん」

「おはようございますぅ」

「おはよう」

「どうしはったんですかぁ」

「いや・・別に・・」

「浅野先輩てぇ、イボのカットマンなんですよねぇ」

「うん・・そうやけど・・」

「千賀ちゃんが言うてましたぁ」

「千賀ちゃん?」

「阿部さんですぅ」

「ああ・・そうなんや」

「私ぃ、三神のイボのカットマンにぃ、ボロ負けしたんですぅ」

「ああ・・そうらしいな」

「いつか、浅野先輩にぃ、相手してもらいたいと思てたんですぅ」


うん・・そやろな・・

だから私は・・来たんやけど・・


「ほなぁ、私ぃ、朝練なんでぇ、行きますぅ」

「うん、頑張ってな」

「はいぃ」


そして森上は、浅野の前から去って行った。

浅野は、森上の後姿をずっと見ていた。


そやな・・

私はある意味、先生の機嫌を取るために、小屋へ行った・・

それが、先生の喜ぶことやと思て・・

また私は・・自分の気持ちを先生に押し付けようとした・・

森上さんのことを思てとか・・ちゃうやん・・


せやけど・・実際、森上さんは相手がいてへん・・

イボいうたら・・私だけやん・・

そや・・めげたらあかん・・

先生のためやなくて・・森上さんのために小屋へ行く・・

許してもらうとか・・もうそんなん関係ない・・


浅野はこんなことを考えながら、最寄り駅に向かった―――



その頃、小島は日置の部屋の前に来ていた。

昨晩、小島は自室で色々と考えた。

母親の誠子は「誠心誠意、謝ること」「何もせぇへんつもりなん」と励ましたが、小島は日置の怒りが尋常ではないことを思った。


すぐに日置に会って謝ったところで、逆効果になるのではとの不安があった。

そこで小島は、距離を置くべく、手紙を書いた。


『先生へ――


以前、同じようなことがあったたにもかかわらず、また私は同じ過ちを繰り返しました。先生が一番嫌がることをしてしまいました。今回は、簡単に許してもらえるとは思っていません。なのでもう、先生に会いに行く資格も、会いたいと思う資格も失くしたと思っています。でも、謝ります。本当に申し訳ありませんでした。そこで私は先生と距離を置こうと考えました。それと、ちゃんとした食事をして下さい。余計なことだとわかっていますが、少しですが作りましたので、どうぞ召し上がってください。先生・・今までありがとうございました。どうぞお身体だけは大事になさってください。彩華――』


そして小島は今朝、日置のために料理を作った。

保存用のパックに、おにぎり、肉じゃが、クリームシチュー、野菜サラダを詰めて、紙袋にそれらと手紙を入れた。

そして、その中には合鍵も入っていた。

小島はドアノブに紙袋を引っかけた。


先生・・さようなら・・


そう、小島の「距離を置く」は、「別れ」を意味した。



―――そして昼休み。ここは桂山の社食。



小島と浅野は一緒に昼食を摂っていた。


「私さ」


浅野が口を開いた。


「うん」

「今朝な、森上さんの朝練の相手するために、小屋へ行ったんや」

「え・・そうなん?」

「ほんなら、先生、めっちゃ怒っててな・・」

「そらそうやわ・・」

「出て行け、て言われたで・・」

「えっ・・」


小島は思った。

昨日ならまだしも、卓球に関すること、ましてや練習不足の森上のこととなると、日置なら許可するはずだ、と。

けれども「出て行け」と日置は言った。

よほど日置の気持ちが頑なであるかを、思い知った。


「でも私な、森上さんの相手するつもりやで」

「え・・また行くん?」

「もうさ、許してもらおうとか違うと思たんや」

「・・・」

「森上さんは実際、練習不足やん。イボにしてやられたしな」

「うん・・」

「だから私は、森上さんのために行くことにしたんや」

「そうか・・」

「その結果、先生が許す気になったら、それはそれでええし」

「なあ、内匠頭・・」

「ん?」

「私、先生に手紙書いて、今朝、玄関のドアに置いてきたんよ」

「えっ、そうなんや」

「うん。それと料理も作ってな」

「なんて書いたんよ」


そして小島は内容を説明した。


「距離を置くて・・普通は別れる時に言うと思うけど」

「うん・・」

「え・・まさか、あんた先生と別れるんか」

「もうそれしかないと思てんねん・・」

「ほんまか・・」

「同じことがあったら無理やて、言われてたしな。んで実際、昨日、先生は別れるて言うてたし」

「そらそうやけど・・」

「うん、もうええねん。ほんで合鍵も返したし」

「あんたさ・・ほんまにそれでええんか」

「仕方がない。私と先生は、結局こうなる運命やったんや」



―――そしてこの日の夜。



日置は305号室に向かって廊下を歩いていた。


あれ・・


日置は紙袋に気が付いた。


なんだ・・これ・・


日置は紙袋を取って、中を覗いてみた。

するとパックの上に乗った合鍵を見つけた。


彩ちゃんだ・・


日置はドアを開けて中へ入った。

日置はバッグをソファに放り投げ、立ったまますぐに手紙を読んだ。


彩ちゃん・・

そっか・・きみも別れる決意をしたんだ・・

でも・・こんな料理まで作って・・

ほんとにきみは・・僕の心配ばかりして・・


日置は胸が苦しくなったが、一方では、小島の「幼さ」に複雑な思いを抱いていた。

日置とて、別れたいはずがなかった。

けれども、また同じことがあれば、小島のことを嫌いになる不安があった。

日置は、それだけは避けたいと思った。


そして日置も、小島と連絡を取るのはやめようと決めたのだった。

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