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サーよし!2  作者: たらふく
48/413

48 降りかかる苦悩




―――翌日。



ガラガラ・・


日置は朝練のため、小屋の扉を開けた。


森上さん・・まだ来てないんだ・・


日置は靴を履き替え、扉を閉めた。

日置は一刻も早く、試合の状況を聞きたかった。

中井田にどうやって勝ったのか、どんな選手だったのか、そして三神にどんな試合をしたのかが、気になって仕方がなかった。


それにしても森上さん・・

やっぱり僕が思った通りだ・・

殆ど練習してないにもかかわらず、中井田に勝つなんて・・すごいよ・・


日置はバッグからラケットを取り出し、ドライブの素振りをした。


どんなドライブ出したのかな・・

見たかったなあ・・


ガラガラ・・


そこで扉が開いた。


「先生ぇ・・」

「森上さん、おはよう」


日置はニッコリと笑った。


「森上さん、昨日はごめんね」

「いえぇ、先生ぇ、もう大丈夫なんですかぁ」

「うん、熱も下がったし、平気だよ」


森上は靴を履き替えて中へ入り、扉を閉めた。


「先生ぇ・・昨日は、わざわざ家まで来てくれはったんですねぇ」

「ああ、ご両親が心配されてね。きみがいなくなったって」

「すみませぇん」

「で、ご両親は、試合に出たこと、なんて仰ってたの?」

「黙って出たらあかん、言うてましたぁ」

「そりゃそうだよ」

「ほんでぇ、これからは試合に出てもええて、言うてましたぁ」

「そうなんだね。でも、バイトはどうするの?」

「それはぁ、これから店長と相談しますぅ」

「きみ、小島って子と交代したでしょ」


日置は訳知り風に訊いた。


「え・・なんで知ってはるんですかぁ」

「僕、帰りにパン屋へ寄ったんだよ」

「えぇ・・そうやったんですかぁ。私ぃ、小島先輩に口止めされてましてぇ」

「まったく・・いけない先輩だね」

「小島先輩はぁ、悪くないですぅ」

「うん、わかってるよ」


日置はニッコリと笑った。


「昨日、中井田に勝ったんだってね」

「はいぃ」

「どんな選手だったの?」

「裏の前陣タイプでしたぁ」

「そうなんだ。で、どんな試合だったの」

「サーブが取れなかったんですがぁ、向こうはドライブを返せませんでしたぁ」

「なるほど」


日置はレシーブの練習不足を痛感した。

そして、この点は今後、いくらでも改善できると思った。


「レシーブミスは、全く気にしなくていい。それより向こうはドライブが返せなかったんだね。これで十分だよ」

「はいぃ」

「それで三神は?」

「えっとぉ、裏とイボのカットマンでしたぁ」

「ああ・・イボだったんだ」

「向こうはぁ、殆どイボで返してきたんでぇ、私はミスばかりしてましたぁ」

「カウントは?」

「9点と7点で負けましたぁ」

「うん、わかった」

「すみませぇん」

「なに言ってるの。よく頑張ったよ。イボの対処はこれからだね」

「先生ぇ」

「なに?」

「私ぃ、もっと練習したいんですけどぉ、どうしたらええですかぁ」

「うん・・そこなんだよね」


こればっかりは、日置もどうすることも出来ない。


「また考えるよ」

「はいぃ」

「きみは、一個一個の技術は、教えたことはすぐに出来る。でもね、試合は応用だからね」

「はいぃ」

「まずは、基礎を全部マスターして、そこからが応用になるからね」

「はいぃ」

「焦っても仕方がない。やれることを全力でやろうね」

「わかりましたぁ」


そして練習が始まった。

日置は、森上を調整するため、フォア打ちだけを行った。

なぜなら、イボで手元が狂わされているに違いないからだ。

日置は、焦ってはいけない、と自分に強く言い聞かせた。

時間は流れている。

必ず光明が射す日が来ると信じていた。



―――そして放課後。



阿部は日置が来る前に、ボールを一つ手に取って、台の上で両手でクルクルと回していた。


これが・・右に回転する・・

ほんで・・これが左に回転する・・


そして阿部は、右手の人差し指でボールの上を手前に擦り、ピョンと転がしてみた。

するとボールは、前に転がったが手前に戻って来た。


なるほど・・これが下回転か・・


ガラガラ・・


そこで扉が開き、日置が入って来た。

阿部は、ボールを手にした。


「阿部さん、早いね」

「先生、もう大丈夫なんですか」

「うん、昨日はごめんね」


日置はそう言いながら靴を履き替え、中に入った。


「なんか昨日は、電話デーでした」

「あはは、そうだよね」

「恵美ちゃんの試合が終わった後でしたけど、先輩方も来てくださいました」

「そうなんだ。阿部さん、一回戦から三神だったんだってね」

「はい、すごく強かったです」

「カウントは?」

「3点と4点で負けました」

「そっか。タイプは?」

「ペンの裏で、前陣速攻でした」

「でも三神相手に、7点も取れたなんて大したもんだよ」

「もっと練習します」

「うん。じゃ準備体操してね」

「もう、しました」

「おお、さすがだね。じゃ、まずフォア打ちからね」


日置は阿部とフォア打ちを三十分行った。

次はショートだ。

阿部のショートは、まだ定着していない。

日置は、ひたすらボールを打ち続けた。


「ボールは、僕が立ってるところに必ず返すこと」


日置は打ちながらそう言った。


「はいっ」


阿部は小さな体でチョコチョコと動きながら、懸命に返していた。


「それっそれっ」


日置は声を出しながら打っていた。

やがてショートも終わり、五分休憩することにした。


「ずいぶん、よくなったね」


日置と阿部は、向かい合って座っていた。


「そうですか!」

「フォア打ちもそうだけど、ショートもツッツキも、必ずラリーを続けることが大事だよ」

「はいっ」

「それでね、阿部さん」

「はい」

「基本をマスターしたら、きみを卓球センターへ連れて行くつもりなんだけど、それはいいかな」

「ああ、先輩方もよく行ってはったところですね」

「よく知ってるね」

「はい、日誌を読みましたから」

「きみは、勉強家だね」


日置はそう言いながら、阿部の頭を撫でた。

すると阿部は嬉しそうに笑った。


「センターへ行くとね、いろんなタイプの人がいるから、練習になるよ」

「そうなんですね」

「試合になると、それこそ多種多様な選手だらけ。勝つためには、必ずそれらを克服しないとね」

「わかりました!」

「ああ、それと、きみに頼みがあるの」

「なんですか」

「毎日の練習の記録を書いてほしいんだよ」

「ああ、日誌ですね」

「うん。それときみがキャプテンね」

「ええ~恵美ちゃんの方が強いですよ」

「いや、キャプテンはきみ。いい?」

「はいっ!わかりました」


日置は森上だけでなく、阿部も必ず強い選手に育てると決意していた。

阿部も素人だが、なによりやる気がある。

そしてマンツーマンだけに、練習時間もたっぷりと取れる。

けれども、タイプの異なる者と打たなければ、試合では勝てない。

それで日置は、まだ先になるが阿部をセンターへ連れて行くと決めていた。


日置は、こうも思っていた。

イボのカットマンだ。

それなら浅野に来てもらい、森上のドライブを受けてほしいと考えたが、それは、はなから無理というもの。

そもそも森上は、放課後の練習はできない。

まさか浅野に、出勤前に来てもらうなど、頼めるはずもない。

自分がイボでカットしたところで、森上の練習にはならない。

どうしたものか、と。



―――そしてこの日の夜。



日置は帰宅してから、小島に電話をかけようと思った。

昨日のお礼を言うためと、浅野との話が何だったのかを聞くためだ。

そして日置は受話器を取り、ボタンを押した。


「はい、小島です」


出たのは母親の誠子だった。


「どうも、ご無沙汰しております、日置です」

「ああ、先生。こちらこそ、ご無沙汰しております」

「彩華さんは、ご在宅でしょうか」

「ああ・・それがですね、まだ帰っておりませんで・・」

「そうなんですか。練習ですよね」

「ああ・・はい、そうです・・」


その実、小島は自宅にいた。

小島は、日置から電話がかかって来ても「いない」と言ってくれと誠子に頼んでいた。

誠子はソファに座る小島をチラチラと気にしながら、日置に対応していた。


「そうですか。では、また日を改めて連絡しますので、彩華さんによろしくお伝えください」

「はい・・どうも、すみません」

「では、失礼します」

「失礼します・・」


そして誠子は受話器を置いた。


「ちょっと、彩華」


誠子はそう言いながら、小島の正面に座った。


「あんた、先生とケンカでもしたんか?」

「いや、してへんよ」


小島はテレビ画面を見ていた。


「ほなら、なんで、いてないなんて嘘を言うんよ」

「まあ、色々とありまして」

「やっぱりケンカやないの」

「そやな。そんなもんかな」

「あんた、先生にわがまま言うてんのとちゃうの」

「そうそう。私のわがままです」


小島は少々、辟易としながら「寝るわ」と言って二階へ上がった。


その実、小島は日置と話をするのが怖かった。

おそらく日置は、いつものように「彩ちゃん」と言いながら、優しく話すに違いない。

けれども今の小島にとって、その「優しさ」は、自分を騙すための「芝居」としか思えない。

そうなると、自分は感情を抑えられなくなる。

きっと、日置を責めるであろう、と。


日置は当然、気分を害するだろう。

吉岡とのことを隠すためにも、きっとそうするであろう、と。

その先に待っているのは何だ。

「別れ」しかないではないか、と。


小島は、日置と別れたくなかった。

なんなら、二股のままでもいいから、日置の傍にいたかった。

とはいえ、小島にもプライドがある。

実際、二股など、耐えられるはずがないのだ。


色々と考えを巡らせた結果、浅野の進言通り、電話に出ない、こっちからも連絡しない、という「策」を取ったのだ。

そしてこの「策」は、何日も続いた。

さすがにおかしいと思った日置は、浅野に訊いてみることにしたのだ。

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