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サーよし!2  作者: たらふく
46/413

46 練習不足




第1セットはまだ始まったばかりだ。

現在は5-5の同点となっていた。

須藤は、裏とイボのカットマンだった。

須藤は当初、森上のパワードライブを返せずにいたが、それはあくまでも「様子見」のミスだった。

そう、威力がどれほどのものか確かめていたのだ。


方や森上は、裏でのカットはミスも少なかったが、イボの対処に徐々にペースを狂わされつつあった。

そもそも森上は、日置の裏以外は対峙したことがない。

それがイボともなると、その複雑な回転など見極められるはずもないのだ。


つまり森上がパワードライブを打てば打つほど、とんでもない下回転のかかったボールが返って来る。

逆に、ツッツキなど、下回転で返すと、須藤のボールはナックルで返ってくるのだ。


いつもは選手に任せてベンチにつくことがない皆藤も、さすがに森上戦にはついていた。


「須藤くん」


皆藤は、ボールを拾いに来た須藤に声をかけた。


「はい」

「ここから一気に離しなしい」

「はい」


須藤は、なんら焦りもなかった。

そう、もう森上の弱点を見抜いていたからだ。

それは皆藤もわかっていた。


なんか・・ラケットをクルクル回してる・・

打ちにくい・・


「森上ちゃん、タイムよ~」


大久保がそう言うと、森上はタイムを取りベンチに下がった。


「森上ちゃんのドライブね、すごくいいんやけど、威力があればあるほど、恐ろしい下回転で返って来るのよ」

「そうですかぁ」

「せやから、狙うラバーは裏がええんやけど、相手はラケットを回してイボで対処してくる。ここから先は、全部イボで返って来ると思たほうがええわ」

「イボて・・なんですかぁ」

「特殊なラバーなんよ。こっちが下回転で返すとナックルで返って来るんよ。つまり回転が逆になるんよ」

「そうなんですかぁ」

「ここは、緩めのドライブ送ろか。そしたらあまり切れてないからね」

「はいぃ」

「さあ~リードするわよ~」


そして森上も須藤もコートに着いた。

サーブは森上だ。

森上は下回転の長いサーブを出した。

フォアへ入ったボールに、須藤はラケットをクルッと回し、イボで返した。


えっと・・切れてないんやな・・


そこで森上は、ドライブではなくスマッシュを打った。

これはいくらなんでも無謀だった。

なぜなら須藤の返球は、ネットスレスレで、とてもスマッシュを打てるボールではないからだ。

ところが、である。


偶然にも角度がバッチリと合ったボールは、矢のように須藤のバッククロスへ入ったのだ。


「うわああああ~~」


館内から驚きの声が挙がった。

あれを入れるか、と。

けれども須藤は、ボールに追いついた。

その際、ラケットも回していた。

大久保が言ったように、須藤は全部イボで返す算段だったのだ。


抜群の切れ味を維持したまま、ボールは森上のフォアへ入った。

森上は大きく腕を振りおろし、ブンッという音が聴こえそうなドライブを放った。

けれどもボールはネットにかかり、ミスをした。


「サーよし」


須藤は、当然だといった風に小さく声を挙げた。


振りが足らんかったんかな・・


森上は単にそう思っていた。

その後、ラリーが続くも、須藤は常に際どいコースへ送り続けた。

それでも森上は着いて行った。

そして森上は、緩めのドライブ・・と頭で繰り返し、そのパワーを封印した。

けれども、それがあだとなった。


須藤は「並」のドライブと化した森上のボールを、悉くカウンターで返した。

森上も着いては行ったが、スマッシュを打つ際にも須藤はイボで打っていたため、ミスをするのは森上だった。

いくら抜群の身体能力を持つ森上とはいえ、ボールの回転、特にイボのような、回転が逆になる返球など、取れるはずもなかった。

これは、まさしく練習不足の弊害だった。

この種の対処は、体で覚える以外に方法は無いのだ。


そして森上は1セット目、21-9で負けた。

ベンチに戻った森上に、大久保もアドバイスのしようがなかった。


「ええか~森上ちゃん」

「はいぃ」

「この試合は負けてもしゃあないわ」

「はいぃ」

「せやけど、負けを無駄にせんことよ」

「え・・」

「あんたのドライブ、打ちまくったらええわ」

「どんだけ通用するか、で、返球がどれくらいの変化で返って来るのか、それを覚えることよ~」

「なるほどぉ」

「よーーし、あんたの恐ろしさ、見せつけてやるのよ~」

「はいぃ」

「恵美ちゃん、頑張って!」


阿部は森上の体をパンパンと叩いた。


「うん~わかったぁ」


そして森上は、なんとも愛くるしい笑顔を見せた。


ほどなくして2セット目が始まった。

森上は大久保の指示通り、ドライブを打ち続けた。

一球目は入るものの、イボの返球には、ミスを連発した。


重たいなぁ・・

こんなに回転がかかってるんやなぁ・・

よーし・・もっと擦る瞬間に力を入れなな・・


そしてラリーが始まった。

すると須藤は、イボで対処するも、一球だけ裏を入れた。

ラバーなど見てない森上は、大きく振りかぶりビュッと腕を振った。

当然のようにボールは大きくオーバミスをした。


え・・なんでや・・

軽かった・・


そう、須藤はナックルで返したのだ。


「サーよし」


須藤はまた小さく声を発した。

この須藤の、イボの返球の中に裏を一球入れる「作戦」に、森上は翻弄された。

また須藤は、逆の手も使った。

裏で返球し続け、一球だけイボで返す、と。

こうなると森上は、ますます混乱をきたし憐れなほどミスを連発した。


とにかくボールの回転を見極めるには、反復練習、これ以外ないのだ。

ペン相手でもそうだが、特にカットマンの変化球に慣れるためには、絶対的な練習量が不可欠なのだ。

森上は、そんなこと知るはずもなかった。

須藤は、森上の意外なほどの対処の下手さに、肩透かしを食らっていた。


森上は、パワーだけでは通用しないことを、この試合で思い知った。

そして自分は、圧倒的に練習不足であることも。

結局、2セット目も、21-7と森上は完敗した。


「森上ちゃん~よう頑張ったわ~」


大久保は拍手をしながら森上を迎えた。


「そうそう、これからや、これから」


阿部もそう言って励ました。


「ありがとうございましたぁ」


森上は二人に頭を下げた。

その後、森上は敗者として審判もこなし、森上と阿部の一年生大会は終わった。

そして三人はロビーに出た。

するとそこには、たった今到着した安住一行とバッタリ出くわした。


「安住~ええタイミングで来たやないの~」

「あれ、もう試合は終わったんですか」

「さっき、終わったわよ~」

「どうやったんですか」

「三神ちゃんに負けたわよ~」

「ありゃ~・・三神か・・」


大久保と安住が話す横では、彼女らは初めて会う森上を見上げていた。


「ひゃあ~大きいなあ~」


杉裏と蒲内は、同時にそう言った。


「あんたが森上さんか~」

「ええ体してんなあ~」

「阿部さん、久しぶり~」


森上は、初めて会う先輩に、少し戸惑っていた。


「お久しぶりです」


阿部はニコッと笑いながら一礼した。


「森上ですぅ。初めましてぇ」

「結局二人は、何回戦まで行ったんや?」


為所が訊いた。


「私は一回戦で三神とあたって負けました。恵美ちゃんは、さっきの8入りで三神に負けました」

「へぇー森上さん、16に入ったんか。すごいやん」

「為所ちゃん~、森上ちゃんね、中井田に勝ったのよ~」

「へぇーー!中井田に!」

「ろくに練習もしてないのに、これは快挙よ~」

「ほんまですね!」

「あら?浅野ちゃんは~」

「ああ・・内匠頭、ここからすぐに桂山へ戻って来たんですけど・・」


為所は、少し言いにくそうにしていた。


「え・・確か浅野ちゃん、慎吾ちゃんとこへ行く言うてたんよ~」

「え・・そうなんですか?」

「桂山へ戻った時、そう言うてなかった~?」

「言うてません」

「あらら・・ほな、寄らんと戻ったんやね~」

「でも・・なんか内匠頭の様子がおかしかったんですよ」

「おかしいて?」

「なんか・・怒ってるいうんか・・なあ?」


為所は他の者に訊いた。


「そうなんですよ。それで練習中も、ずっと怒ってるみたいで」


岩水が答えた。


「あらら、なんかあったんかしらね~」



―――その頃、小島は。



「ほな、小島さん。そろそろあがってな」


店長の毛利がそう言った。


「はい、今日はほんとにありがとうございました」

「いや、こっちこそ、大変助かりました」

「それで、今日のバイト代は、森上さんにつけといてくださいね」

「え・・それはあかんやろ」

「いえいえ、私、桂山に勤めてまして、バイトは違反になるんです」

「ああ・・そういうことか・・」

「はい、だからそうしてくださいね」

「うん、わかった」


そして小島は着替えを済ませて他の従業員にも丁寧に挨拶をし、店を後にした。

小島は当然のように、その足で日置のマンションへ向かった。

その際、途中で食材も購入し、やがて305号室に到着した。


ピンポーン


呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてから日置がドアを開けた。


「来ました~」


小島は嬉しそうに、スーパーの袋を見せた。


「彩ちゃん・・帰りなさいって言ったのに」

「先生、どうせ食べてないんでしょ。私が作りますからね~」


小島はそう言いながら、強引に部屋へ入った。

日置はそのままドアを閉めた。


「先生、明日、学校があるんですから、寝ててくださいよ」


小島はダイニングのテーブルに袋を置いて、中から食材を取り出していた。


「彩ちゃん、気持ちはすごく嬉しいんだけどね、きみも体を休めないと」

「あのね。先生」


小島は手を止めて日置を見た。


「なんだよ」

「私は、若いんです。先生と違うて・・」

「言ったね。もう許さないよ」


そこで日置は、小島の体をくすぐった。


「あはは、先生、止めてくださいよ~」


小島は逃げながら手で制した。

そして日置は小島を掴まえて抱きしめた。


「彩ちゃん、今日はほんとにありがとう。おかげで森上も試合に出られたよ」

「どんな結果なんでしょうね」

「なんでも、中井田には勝ったらしいよ。で、次は三神だって」

「大久保さんから報せがあったんですか?」

「うん、それもそうだけど、おばあちやんが体育館に行っててね。それで」

「そうでしたか~」


そこで小島は日置から離れ、再び食材を袋から出し始めた。


「彩ちゃん、無理しなくてもいいよ」

「無理なんてしてません~あれ?」


小島は、おかゆの入ったコンロの鍋に気が付いた。


「これ・・先生が作ったんですか?」

「いや、おばあちゃんが心配して・・」


日置は吉岡とのことを、都合が悪くて隠すつもりはなかった。

単に、小島にいらぬ心配をかけたくなかっただけなのだ。

なぜなら、ついこの間も、勘違いとはいえ、自分に彼女がいるんじゃないかと疑う「事件」があったばかりだ。

もう二度と、あんな不毛なもめ事は避けたいと思っていた。

実際、自分と吉岡は、もうなんでもないのだから、日置はあえてそう言った。


「そうやったんですね~、そら心配になりますよね。でも、こんなに残して。食べんとあきませんよ」


小島は優しく微笑んだ。

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