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サーよし!2  作者: たらふく
44/413

44 「怪物」の卵




―――体育館では。



コートに着いた森上と山岸は、互いに一礼した。

山岸は、裏ペンの前陣速攻型の選手だ。

二人の体格は、大人と子供くらいの差があった。


「山岸、出だし1本な」


監督の日下部がそう言った。

山岸は、うんと頷き、サーブの構えに入った。

山岸の得意技は、サーブから三球目だ。

したがって、山岸のサーブは複雑な回転がかかり、森上は出だしからレシーブミスを連発した。

そう、回転が見抜けないのだ。


「森上ちゃん、落ち着いてよう見るんよ~」

「やっぱり、圧倒的に練習時間が足りてないですね・・」


阿部がポツリと呟いた。


「森上ちゃんの練習時間て、どのくらいなん?」

「朝練で一時間ほど・・この一週間は昼休みに二十分ほどです」

「え・・まさか、それだけなん・・?」


大久保は、練習時間までは知らなかった。


「そうなんです」

「それは・・いくらなんでも少なすぎるわ・・」

「私は放課後、なんぼでも出来るんですけど・・」

「森上ちゃん、はよ帰らなあかんらしいな」

「弟さんの世話をせんとあきませんので」

「あら・・そうなんやあ」


次から次へと点を重ねる山岸は「サーよし!」と気合の入った声を挙げていた。

なぜなら、森上のドライブを知っているからだ。

そのうち、森上は必ずドライブを打ってくる。

なるべく打たせないようにしても、打たれれば取れないとわかっていた。

それゆえ、前半で点差を広げることに徹していた。


「よしよし、それでええぞ」


日下部が手を叩きながらそう言った。

そして森上は、1点も取れずに5-0とリードされていた。


「森上ちゃん!こっから挽回よ~~!」

「恵美ちゃん、しっかり!」

「はいぃ」


森上は振り返って頷いた。

そして森上は、緊張を解すべく両肩を大きく回した。


こっからや・・

挽回せなな・・


そして森上はサーブの構えに入った。

森上はドライブを打つべく、長い下回転を出した。

山岸はそうはさせじと、バックに入ったボールを回りこんでミート打ちで返した。

ミドルに入ったボールを、森上は大きく腕を振りおろし、思い切りドライブをかけた。


ビュッ・・

スパーン!


目にもとまらぬ速いボールが、山岸のバッククロスに突き刺さった。

山岸がラケットを出す前に、ボールは横を通り好き、後方へ転がって行った。


「サーよし」


森上の低い声が響いた。


「ナイスボールよ~~それよ、それ~~」

「恵美ちゃん、ナイス~~!」


山岸は唖然としたまま、森上を見ていた。

なんだ・・あのボールは、と。

山岸は、森上の試合を見ていたが、実際、自分が対峙してみると、その威力たるや想像以上だったのである。


「山岸、気にせんでもええ。1点取られたら取り返す」


日下部も、ドライブは取れないと諦めていた。

ドライブを止めることよりも、勝つことが大事だと言いたかった。


「はいっ」


山岸は振り向いて、力強く頷いた。


「もう1本」


森上は、また低い声でそう言いながら構えた。

そして森上は、長いフォアの横回転サーブをバックへ出した。

日置に教えられたのは、横なのか斜めなのか相手にわからないように、と言われていた。

森上も練習段階ではマスターしてたが、リードされているこの時点で、挽回しなければという焦りの気持ちが、手元を狂わせていた。


はなから横回転と見破った山岸は、絶妙のタイミングでプッシュをかけた。

フォアへ入ったボールを、森上はフットワークを駆使してすぐさま動き、フォアクロスへドライブを放った。

山岸はなんとか追いつき、ラケットにあたりはしたものの、ボールの勢いに押され、なんとボールは前に飛ばずに後ろへ飛んで行ったのだ。

そう、ボールがラケットにあたった際、角度を狂わせられるほど回転がかかっていたのだ。


「おおおおお~~!」


思わず大久保は声を挙げた。


「ひゃあ~~!恵美ちゃんのボールの威力、すごいなあ!」


阿部もいたく感心していた。

日下部も、唖然としたまま、言葉を失っていた。



―――別のコートでは。



中澤は、本多ほんだのコートについていた。

本多は小谷田の選手である。


「なんやねん・・あれ・・」


中澤も、今しがたの森上のドライブを見ていた。


「先生!」


ベンチにいる小谷田の選手、安達あだちが、中澤を呼んだ。


「え・・?」

「どこ見てはるんですか」

「ああ・・そやった・・」

「そやったて・・」

「せやけどな、森上は、いずれはあたる。あれはもはや・・人間のレベルを超えてるで・・」

「そうやとしても、本ちゃんの試合ですやんか」

「わ・・わかってる。わかってるがな~安達ぃ」


中澤らに限らず、館内では森上の試合に注目が集まっていた。

それこそ、なんなんだ・・あの「怪物」は、と―――



須藤すどうくん」


皆藤は、三神チームが集まっている場所へ行き、須藤に声をかけた。


「はい」

「きみ、次はあの森上くんですね」

「はい」

「森上くんは、少しばかり手強いですが、わかっていますね」

「はい」

「今のうちに叩き潰しなさい」

「わかりました」


須藤は一年生のエースだった。

この須藤は昨年、全国中学生大会で優勝している強者だ。

須藤は森上の試合を見ても、なんら動じることはなかった。


皆藤も、今試合では須藤が圧倒するとわかっていた。

けれども、来年、再来年は、その限りではない、と。

しかも監督が、あの日置だ。

絶対に、今よりもっと大物に育てることがわかっていた。


まだ先の話ではあるが、森上と須藤は生涯のライバルとして互いに切磋琢磨するのである。



―――5コートでは。



森上と山岸は、一進一退のゲームを繰り広げていた。

山岸が取る点といえば、その殆どがサーブだった。

一方で森上は、ドライブで点を取っていた。

現在カウントは、15-15の同点となっていた。


サーブは山岸だ。


よし・・5点連続で取る・・

そしたら、向こうがドライブ打って来ても、1本くらいは必ずミスする・・


「山岸!ここは押せよ!」


日下部はサーブのことを言った。


「はいっ!」


一方で大久保は。


うーん・・ここのサーブチェンジはきついわね・・


「森上ちゃん!」


大久保が呼んだ。

森上は黙って振り向いた。


「タイムよ~」

「はいぃ」


森上はタイムを取ってベンチに下がった。


「いいわね、森上ちゃん」

「はいぃ」

「レシーブやけどね、それドライブかけに行こか~」

「ドライブですかぁ」

「そうよ~、あんたのドライブやったら、回転に負けへんわよ~」

「ミスしそうですぅ」

「かまへんのよ。普通にレシーブしたかてミスするやろ。それやったらドライブでミスした方がええのよ」

「そうですかぁ」

「相手は必ず、あれ?て思うわよ。ドライブのことよ~」

「はいぃ」

「そう思わせたら、出すサーブも狂うってものよ~」

「わかりましたぁ」

「ほな、徹底的に叩きのめしておいで~」


そして森上はコートに着いた。

山岸は「1本!」と言いながらサーブの構えに入った。

そして山岸は、バックからバックの斜め回転のサーブを出した。


バックに入ったボールを、森上はすぐさま回り込み、思い切りドライブをかけに行った。

まさかと思った山岸は、返球に警戒した。

けれども森上は、ネットミスをしたのだ。


「サーよし!」


山岸は、森上のミスでホッとした。


「いいのよ~森上ちゃん、それでいいのよ~」


大久保の言葉に、山岸は少し不安を覚えた。


「山岸!」


日下部が呼んだ。

山岸は黙って振り向いた。

すると日下部は、小さいのを出せ、というサインを送った。

そう、小さいサーブなら、ドライブはかけられないからだ。

山岸は「うん」と頷いて、下回転の小さなサーブを出した。


そこで大久保は「ふふふ」と笑った。


「どうしたんですか」


阿部が訊いた。


「これでええのよ~」


阿部は意味がわからなかったが、「そうですか」と答えた。


森上はネット前に入ったサーブを、ツッツキでバックへ返した。

山岸は、すぐさま回り込み、ミート打ちを放った。

森上は反射的に、それを抜群のカウンターで打ち返した。

ボールは山岸が追いつくどころか、フォアクロスへ無情に抜けて行った。


「サーよし」


森上は小さくガッツポーズをした。


「それよ~森上ちゃん~!」

「ナイスボール!」


大久保が笑った意味は、こうだ。

相手はレシーブのドライブを警戒して、必ず小さいサーブを出してくるはずだ、と。

それなら森上もミスせずに返球できる。

するとそこからラリー展開に持っていける。

そうなると、森上の方が有利だとわかっていたからである。


「タイム!」


日下部がタイムを要求した。

ベンチに下がった山岸は、日下部の前に立った。


「サーブは、小さいのでええ。三球目の打つコースや。バックの際どい所へ送ろか」

「はいっ」

「まだ同点や。お前なら大丈夫や」

「はいっ」

「よし、頑張れ」


そして森上と山岸はコートに着いた。

山岸は、小さいナックルサーブを出した。

山岸は、森上が回転を見誤るであろうと踏んだのだ。


まさに山岸の読み通り、森上のレシーブは高く返ってしまった。

待ってましたと言わんばかりに、山岸は満身の力を込めてスマッシュを打った。

フォアへスピードの乗ったボールが入った。

誰もが抜けたと思った。


ところが、である。

森上はいつ動いたんだ、というくらい直ぐにボールに追いつき、その勢いで後方から音がするほどのドライブを放った。


「おおおおお~~~!」


大久保のみならず、観戦者らの声が、大きく館内に響き渡った。

ボールは山岸のコートを叩くようにバウンドし、山岸がラケットを振った時には既にボールは後ろで転がっていた。


「サーよし」


森上の声もかき消されるような「うおおおおお~~」という歓声が、再び響き渡った。


「きゃ~~恵美ちゃん!すごい~~」


阿部も興奮していた。


「ナイスボールよ~~森上ちゃ~~ん」


大久保も大きな拍手を送っていた。

焦った山岸は、この後、1点も挽回できずに1セット目を森上が取ったのである。

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