表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
43/413

43 解けた誤解




日置は電話を切った後、すぐに府立の別館へかけた。


「はい、府立体育館、別館です」


出たのは今朝、日置の電話を受けた女性事務員だった。


「あの、桐花学園の日置と申しますが、桂山化学の大久保さんを呼び出して頂けませんか」

「ああ・・日置さん、その後、お加減はどうですか」

「はい、まだ熱がありますが、心配いりません」

「そうですか。えっと、桂山化学の大久保さんですね、お待ちください」


そして女性は急いで本部席へ向かった。

本部席に到着した女性は、「桂山化学の大久保さんを呼び出してください。お電話がかかっております」と三善に言った。


「はい、わかりました」


女性は、先に事務室へ戻った。

そして三善は「桂山化学の大久保さん、お電話がかかっておりますので、至急、事務室へ行ってください」と二回放送をかけた。


「あら・・私に電話て・・あっ!安住やなっ」


森上は、コートの後ろでアップしていた。


「森上ちゃん、直ぐに戻って来るから、出だし大事にね」

「はいぃ」


そして大久保は走って事務所へ向かった。


「なんか、よう電話がかかって来る日やなあ」


阿部が、しみじみとそう言った。


「ほんまやなぁ」


森上は、まさか両親が、自分が誘拐されて、大騒ぎになっているとは、ゆめゆめ思わなかった。


「恵美ちゃん、しっかりな」

「うん~わかったぁ」


そして森上は、コートに向かってゆっくりと歩いた。



事務所に入った大久保に「そこですよ」と女性が言った。


「どうも~すみません~」


そして大久保は受話器を取った。


「安住っ!何の用やというのや!」

「ああ・・虎太郎、僕だよ」

「ええっ、慎吾ちゃん!今は家か~?」

「うん。それでね、森上、そこにいるよね」

「いてるけど、どないしたん?」

「ほんと?ほんとにいるんだよね」

「なに言うてんの~、今から試合よ~。それも中井田戦よ~」

「そうなんだ・・森上は勝ち上がってるんだね。阿部は?」

「阿部ちゃんは、一回戦で三神とあたってね~負けたわ~」

「そっか・・三神だったんだ・・」

「それより慎吾ちゃん、具合はどうなんや~?」

「うん、まだ熱はあるけど、よく眠ったし、今朝よりはマシになったよ」

「そうか~それはよかったわ~。でも、ここへ来たらあかんよ~」

「うん・・」

「来たら~しばき倒すからね~」

「あはは、怖いな」

「ほな私~、森上ちゃんの試合を見んといかんから、行くわね~」

「ありがとう。ほんと恩に着ます」

「ではね~」


そして大久保は電話を切り、急いでフロアへ戻った。



やっぱり・・森上は体育館にいた・・

でも・・母親の慌てぶりは普通じゃなかった・・

一体、どうしたんだろう・・


そこで日置は放っておけないと判断し、電話より直接会って話すことを決め、森上家へ向かったのだった。



日置は、だいぶマシになったとはいえ、それでも体は辛かった。

けれども森上の母親が、なにかの勘違いにせよ、酷く心配していたことを思いやると、辛さを気力で押し切っていた。

やがて森上家に到着した日置は「こんにちは、日置です」と言いながら、ドアを叩いた。

すると恵子は直ぐに出てきた。

その後を、慶三も続いた。


「先生、わざわざ来てくれはったんですか」

「はい、それで森上なんですが、どこへも連れ去られてはいませんでした」

「えっ!娘に会うたんですか!」

「いえ、会ってませんが、僕の代わりに監督を担ってくれてる者が、森上と一緒にいます」

「え・・どういうことですか・・」

「どういうこととは・・?」


日置は不思議に思った。

母親は、体育館へ行ったんじゃないのか、と。


「監督とか・・なんですか・・」

「え・・お母さん、体育館へ行かれたんじゃないんですか」

「体育館?」

「いえ・・今日は、森上は試合に出てるんですが・・」

「し・・試合ぃぃ?」

「ちょっと、先生、それどういうことですか」


慶三が訊いた。

そこで日置は、今日は一年生大会であることと、森上はバイトを休んで出ていることを説明した。


「あの子・・私らに黙ってたんです」


恵子が言った。


「そうなんですか・・?」

「話せば、反対されると思たんやと思います」

「そうだったんですか・・」

「でも・・いじめやなくて・・ほんま・・よかった・・」


恵子は安心したのか、ポロポロと涙を流した。


「ほんまや・・誘拐されたんやなかったんやな・・」


慶三は泣きはしなかったが、その顔色は安堵に満ちていた。


「先生・・熱があったんとちゃいますの・・」


恵子は涙を拭いながら訊いた。


「いえ、もう大丈夫です」

「そうですか・・それで恵美子は、試合中なんですね・・」

「はい、勝ち抜いていますよ」

「そう・・ですか・・」

「恵美子・・わしらに隠してまで、試合に出たかったんか・・」


慶三が、しみじみとそう言った。


「なあ、あんた」

「なんや」

「試合くらいはええんとちゃうの・・」

「まあなあ・・」

「もう、こんな心配すんの・・命がなんぼあっても足りひんよ・・」

「そやな・・」

「森上には、もういじめはありません」


日置が言った。


「そうですか・・」

「クラスでも、友達とよく話していますし、よく笑っています」

「そうですか・・」

「卓球部にもう一人、阿部という子がいまして、その子も同じクラスです。二人はとても仲がいいですよ」


日置がそう言うと、二人は心底安心していた。


「先生、体がえらい時に、わざわざ来てくれはって、ほんまにすみません」


恵子は深々と頭を下げた。


「ほんまですわ。ありがとうございました」


慶三も深々と頭を下げた。


「いえ、とんでもないです。誤解が解けて安心しました」

「これからも恵美子のこと、よろしくお願いします」

「こちらこそ、至らぬことが多いですが、よろしくお願いします。それと何かあればいつでもご連絡ください」


そして日置は、森上家を後にした―――



日置はその足で、性懲りもなく菓子パンを買おうと、小島のいるパン屋へ向かった。


わあ~今日もたくさんのお客さんだ・・


パン屋に到着した日置は、中を覗いた。

その際、小島は日置に背を向けてパンを陳列していた。

そして日置は中へ入り、トレーとトングを手にした。


どれがいいかな・・


日置は店内を見て回った。


「あの、すみません」


日置は小島に声をかけた。


「はい、いらっしゃいませ」


小島は振り向いた。


「え・・」


日置は驚愕した。


「うわっ・・」


そして小島は、なぜここにいるんだ、と慌てた。


「彩ちゃん・・きみ、なにしてるの?」

「先生こそ・・試合やないんですか」

「僕が訊いてるの」

「そ・・それは・・」

「ちょっと話があるから、僕は外で待ってる」


日置はトレーとトングを置いて、外に出て行った。


嘘やん・・先生・・試合はどうしたんや・・

それと・・なんでここでパンを買おうとしたんや・・


「あの、今井さん」


小島が今井を呼んだ。


「なに?」

「ちょっと・・五分だけ外に出てもいいですか」

「どしたん?」

「ちょっと知り合いが用があるみたいで・・」

「うん、かまへんよ」


今井は優しく微笑んで、許可した。

そして小島は外で待つ日置の元へ行った。


「先生・・」

「きみ、ここで何やってるの」

「なにて・・」

「もしかして、森上の代わりにここで働いてるの?」

「はい・・そうです・・」

「それでか・・どうも変だと思ったんだよ」

「え・・」

「森上のご両親、森上がバイト休んでること知らなかったんだよ」

「そう・・ですか・・」

「きみが買って出たんだね」

「だって、試合に出られへんのは、本末転倒です。練習の意味がありません」

「彩ちゃん」

「はい・・」

「そういうこと、僕に相談してくれないかな」

「せやけど・・先生、反対すると思て・・」

「だからと言って、僕に黙ってっていうのは、納得できないよ」

「すみません・・」

「きみは桂山でも働き、その後、練習もしてるんだよね。今日だって練習があるでしょ」

「はい・・」


小島は小さくなって頷いた。


「でも、森上のことを思ってくれたんだよね。それは感謝するよ。ありがとう」

「それはええんですけど、先生こそなんでここにいてはるんですか」

「ああ・・実は僕・・」


日置は今朝からの事の経緯を説明した。


「ええええ~~!救急車!それ、ほんまですか!」

「うん、すごく熱があってね」

「で、今はどうなんですか」

「だいぶ楽になったよ」

「あかんあかん、はよ帰って寝てください」

「そう急かさなくても」

「あきませんて。ああ、私、ここが終わったら行きます」

「いいよ。彩ちゃんこそ、帰って体を休めないと」

「私は若いんです!平気です」

「それより・・パンを買って帰ろうかな・・」

「あ・・ああ、はい、どうぞ」


そして小島は、日置を店へ招き入れた。

日置は再びトレーとトングを持ち、パンを見て回った。


「小島さん」


今井が呼んだ。


「はい」

「知り合いて、あの人のことなん?」

「そうですけど」

「あの人ね、こないだもここでパン買うてくれはったんよ。男前やから憶えてるんよ、私」


今井は嬉しそうに笑った。


「あの人ね、菓子パン命なんです」

「あはは、そうなんやね~」


そして日置はトレーをレジへ持って行き、小島が対応した。

その際、日置は小声で「彩ちゃん、とても似合ってるよ」と制服のことを言った。

小島は思わず頬を赤くしたが「じゃね」と日置はニッコリと笑って店から出て行った。


っんもう・・先生・・好きっ!


こんな風に思う小島であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ