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サーよし!2  作者: たらふく
42/413

42 とんでもない誤解




―――府立の別館では。



森上は二回戦も順当に勝ち抜き、次は中井田の山岸やまぎしとの対戦が待っていた。

ロビーで休憩をとっている大久保ら三人は、次の作戦を練っていた。


「さっき、見たけどね~山岸ちゃんって、とても動きが速い子やったわ~」


大久保が二人に言った。


「そうなんですねぇ」

「小さくてね~チョロチョロと動く子やけど、森上ちゃんのドライブは、とられへんと思うよ~」

「そうですかぁ」

「とにかく森上ちゃんは~ドライブを打ちまくることよ~」

「わかりましたぁ」

「森上ちゃんのサーブて、下と横だけなん?」

「えっとぉ、ロングと下と横と斜めだけですぅ」

「そうなんやねぇ、それだけあればええし~長いので勝負したらええわね~」

「はいぃ」


するとそこに、山戸辺の監督である、平山ひらやま武史たけしが通りかかった。

平山の姿を見た大久保は、驚愕していた。


「武史ちゃん・・」


思わず大久保は呟いた。


「あっ!」


大久保に気が付いた平山も、驚愕していた。

この二人は、母校である滝本東たきもとひがし高校の卓球部で共に汗を流した仲間だった。

なにを隠そう平山は、大久保の初恋の相手でもあった。


「コタやないか!」


平山は大久保のことを「コタ」と呼んでいた。


「武史ちゃん・・なんでここにいてるの?」

「なんでて、僕な、山戸辺の監督になったんや」

「ええええ~~!なんで武史ちゃんが!」


平山は滝本東を卒業後、東京の大学へ進学し、卒業後、東京の高校で教師を務め、この春、山戸辺へ赴任したばかりであった。


「いや、知り合いから山戸辺の監督になれへんか、言われて、僕もそろそろこっちへ戻ろと思てたから、ええ機会やと思てな」

「そやけど・・山戸辺て・・」

「なんや、悪いんか」

「いや、そういうわけやないけど」

「コタは、どっかの監督やってるんか?」

「いや、私は今でも桂山よ」

「おお、頑張ってるんや」

「それにしても、武史ちゃん、変わらんね~」

「あはは、お前もな」


平山は細身でスラリと背が高く、けしてハンサムではないが、大久保の「事情」を知っても、偏見を持たずに大久保に接した。

当時、大久保は「事情」が理由で、変態扱いをされたこともしばしばあった。

そんな大久保は、徐々に「事情」を隠すようになっていた。


すると平山は「堂々としてたらええねや」と大久保を励ましたが、思春期の大久保にとって、それはとても勇気が要ることだった。

そんな二人はライバルでもあったが、親友でもあった。

優しい平山に惹かれた大久保だったが、自分の気持ちを伝えることはなかった。

そして二人は卒業後、自然と離れていった。


というより、大久保は連絡を取らずにいた。

そう、平山を忘れるためだ。

ちなみに大久保は、平山がきっかけで、のちにカミングアウトするようになっていった。


「でも、コタ」

「なに?」

「お前、なんでここにいてんねん」

「ああ~私はね~桐花学園のコーチなんよ~」

「へぇー、桐花」


平山は桐花の名前を知らないようだ。


「いやっ、武史ちゃん、桐花を知らんのか~」

「ああ・・僕、こっち来たばっかりやし」


それもそのはず、インターハイ予選には、桐花は出ていなかったからである。


「いやっ、桐花てね~去年、インターハイでベスト8よ~」

「えっ!そうなん?でも、今年、予選出てなかったで」

「せやけど、この子ら二人は、桐花の子よ~」


そこで平山は、森上と阿部を見た。


「ああっ!この子、どこの選手かと思てたんや」


平山は、森上をまじまじと見ていた。


「ふっふ~、うちの子よ~」

「きみ、どえらいドライブ持ってるな」


平山は森上に言った。


「そうですかぁ」


そこで平山は、カクッとこける仕草をした。

森上の、なんとも言えないのんびりした口調に、思わず反応したのだ。


「武史ちゃん、予選はどうやったんや~」


大久保は、インターハイ予選のことを訊いた。


「ああ、4入りで負けたんや」

「あら・・そうやったんやね」

「というか、一年生も、二人しかいてないねん」


平山は、今年赴任したばかりだ。

よって、引き抜きも間に合わず、その二人も中学からの経験者ではあったが、レベルは低かった。

山戸辺は、上田が辞めて以降、後を引き継いだ富坂もすぐに辞め、平山が赴任するまでは、学校の女性教師が名ばかりの監督を務めていた。

現在の二年三年生は、いわば上田の「置き土産」の選手であり、予選で8に入ったのもやっとだった。


「コタ、ほな僕行くわ。あの子らまだ勝ち抜いとるからな」


平山はニッコリと笑って、この場を去って行った。


「あの人、誰なんですか」


阿部が訊いた。


「高校の同級生よ~」

「へぇ~そうなんですね」

「さあさあ、森上ちゃん~そろそろコートへ行くわよ~」

「はいぃ」


そして三人はフロアの中へ入って行った。



―――その頃、商店街のパン屋では。



小島の働きぶりは、もう何年も勤めているかのような、大変しっかりとしたものだった。

小島は客の対応も、なんら臆することなく「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」とはきはきと言っていた。

店長の毛利も、他の従業員も小島を気にかけることなく、仕事に集中できていた。


そしてまた一人、客が入って来た。


「いらっしゃいませ」


小島は出来上がったパンを、トレーに並べてながら客を迎えた。

小島に微笑まれた若い男性は、通りすがりの客だった。


「ああ・・どうも」

「そこのトレーとトングで、どうぞお好きなパンをお選びください」

「あ・・そうなんですね」


男性は、トレーとトングを手にした。


「当店の商品は、全てオリジナルです。とても美味しいですよ」

「お薦めはどれですか」

「そうですねー、このフルーツサンドも、ミックスサンドも大変おいしいですし、こちらは中にチーズが入っておりまして、歯ごたえも十分ですが、中からトロリとチーズが出てきます。もう絶品ですよ」

「へぇー」


男性は珍しそうに、チーズパンをトレーに乗せた。

そして次から次へと客が入って来た。


「いらっしゃいませ」


小島はパンを並べた後、また出来上がったパンを持って、トレーに並べ始めた。


「とうぞ、お好きなパンをお選びください」


小島はパンを並べながらそう言った。


「こちらは、ただいま出来たてでございます」


小島がそう言うと、客らはそこへ集中した。


「あんた、新人さん?」


そこで一人の中年女性が声をかけた。


「はい、そうです」

「森上さんは、いてないの?」


女性は店内を見回していた。


「ああ・・私は彼女のピンチヒッターなんです」

「え・・」


この女性は、森上の隣人である田中だった。


「森上さん、どうしたん?」

「えぇ・・ちょっと用事がありまして」

「用事・・」


田中は怪訝な表情を浮かべた。


「というか・・あんた、森上さんの知り合いなん?」

「えぇ・・まあ・・」


なんや・・このおばちゃん・・

地元のうるさ型って感じやな・・


「そうなんや・・」


田中は小島から離れ、パンを選び始めた。

ほどなくして田中はパンを買って、店を後にした―――



「森上さん」


田中は森上家のドアをドンドンと叩いた。


「はあーい」


森上の母親、恵子がドアを開けた。


「ああ、田中さん、どうも」

「恵美ちゃんさ、今日はバイトやんな」

「そうやけど、どないしたん?」

「パン屋にいてへんかったで」

「え・・?」

「恵美ちゃんの代わりに知らん子がおってな、なんやピンチヒッターとか言うとったで」

「代わりって・・どういうことなん」

「若い女の子やったけどな、その子、恵美ちゃんの知り合いらしいで」

「いや、待ってよ。恵美子、パン屋にいてないってこと?」

「そうやねん」


田中は、いかにも心配そうに言った。


「で、その子、恵美子がどこへ行ったとか言うてた?」

「いや、それが言わへんねや。用事があるとだけしか」

「用事て・・なんなんよ・・」

「やっぱり、あんた聞いてへんかったんやな」

「聞いてへんわよ」

「ちょっと、これ、あかんのとちゃう?」


恵子は、まさか森上が試合へ行っているなどと、想像も及ばなかった。

それより、またいじめられているのでは、と心配した。

ピンチヒッターというその子も、いじめ集団に無理やり働かされ、当の娘はどこかへ連れ去られたのでは、と。


「ちょっと私、行って来るわ」

「うんうん、それがええで」


そして恵子はそのまま、急いでパン屋に向かった。

パン屋に到着した恵子は、外から中を覗いた。


いや・・ほんまにあの子、いてへんわ・・

どこへ行ったんよ・・


次第に恵子の体は震え出した。


恵美子・・

今頃・・なんかされてるんと違うやろか・・

あ・・あの若い子が・・脅迫されて働いてるんやわ・・

まあ・・健気にも笑ろてるやんか・・


恵子は小島に声をかけずに、家へ戻った。

そして学校の教師名簿を取り出した。


ええっと・・日置・・日置・・

あっ、あった!


「おい、恵子、どないしたんや」


夫の慶三が心配して声をかけた。


「ちゃうんよ・・恵美子、またいじめられてるみたいなんよ・・」

「ええっ!それほんまか!」

「田中さんが言うてはったんよ・・」


田中はいじめのことなど言ってないにもかかわらず、恵子はそう思い込むほど気が動転していた。


「日置先生に、報せなあかんと思て・・」

「そ・・そうか」


慶三も、半ば気が動転していた。

そして恵子は日置に電話をかけた。


ルルルル・・


何度コールしても日置は出ない。

それもそのはず、日置は眠っているのだ。


「あかんわ・・出ぇへんわ・・」

「もっかい、かけたらどないや」

「うん、そうやね」


そして恵子はもう一度かけた。


ルルルル・・


恵子は十回コールしたところで切ろうと思った時だった。


「はい・・」

「あっ!日置先生ですか!」

「はい・・そうですが・・」

「私、森上です!」

「ああ・・森上さん・・」

「先生・・どうされたんですか・・」


元気のない声に、恵子は思わずそう訊いた。


「すみません・・ちょっと熱がありまして・・」

「ええっ・・」

「森上さん・・ご用件は・・」

「いえ・・その、恵美子がまたいじめられてるんです」

「えっ!」

「どこにもいてないんです・・きっと連れ去られたんです・・」


連れ去られた・・?

いや・・森上は試合に出ているはずだ・・


「あの・・お母さん・・」

「は・・はい」

「娘さんは・・いつ、いなくなったんですか・・」

「わ・・わかりません・・」

「お母さん・・現地へ向かわれたんですか・・」

「はい・・確かめました。でも、恵美子の姿は見当たりませんでした・・」

「そうですか・・お母さん、応援に・・」


日置はこの時点で、両親が後押ししてくれていると思った。


「応援・・まあ、応援と言えばそうでしょうか・・」

「わかりました。僕が連絡を取ってみます」

「よ・・よろしくお願いします・・」


電話を切った恵子は「どうしょう・・」とその場に泣き崩れた。

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