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サーよし!2  作者: たらふく
414/414

414 トラウマ




―――「洋子ーー大丈夫ですかー!」



トーマスが口に手を当てて叫んだ。

そう、景浦はタイムを取ったもののベンチに下がらず、その場に(かが)んで靴紐を整える姿勢を取っていた。


「景浦、大丈夫か!」


藤波は台にぶつけた体を心配した。

景浦はその言葉に小さく頷いた。


「つんのめった時に、靴紐が緩んだんだね」


時雨が言った。


「どんまい、どんまい」

「次、1本だよ!」


白坂と相馬はそのように励ました。

けれども当の本人は、けっして表情には出さないものの、明らかに心境の変化を感じ取っていた。


なんだ・・

なんなんだ・・


そしてチラリと桐花ベンチに目をやった。



―――桐花ベンチでは。



コートに下がった重富は日置の前に立ち、彼女たちに囲まれていた。


「おい、重富よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「おめーなに笑ってたんだよ」

「あはは、あれか」


重富は、また可笑しさが蘇ってきた。


「それやん、とみちゃん爆笑してたけど、なんやったん?」


阿部が訊いた。


「あははは!あかん、阿部さんやめて」


重富はまた爆笑しながら手で阿部を制した。


「重富さん、一体どうしたの?」


日置が訊いた。


「あははは・・先生」

「なに?」

「実は私 ――」


そこで重富は、簡単に理由を説明した。

すると日置と阿部と森上は呆気に取られて言葉が続かなった。

屁とはなんだ、と。

ところがここで爆笑したのが中川だった。


「ぎゃはは、おいおい、重富よ!おめーそんなこと考えてたのかよ」

「そやねん、あはは」

「ああーそうか。だから私が屁でもねぇって言ったことが可笑しかったってわけか」

「あはは、そうそう!」

「しっかしよー、おめーここで屁のこと考えるか?私でも思いつかねぇぜ」

「それより――」


日置は少々呆れながら制した。


「なんでぇ」

「景浦さんのタイム、どう思う?」

「どうって、台にケンカ売った時、靴紐がほどけたんだろうよ」

「ケンカって」


日置は呆れていた。


「そういえば・・」


阿部が口を開いた。


「なんでぇ」

「なんか・・景浦さん、ちょっとだけ呆然としてなかった?」

「あー、言われてみればそうだけどよ。別にどってことねぇよ」


そう、景浦が呆然としたのは、ほんの一瞬だけだったのだ。


「とみちゃん、どう思う?」

「うーん・・そうやなあ」


重富は大して気にしていなかった。

なぜならラッキーだったとはいえ、あの猛獣から1点を取ったことで気持ちは昂っていたからだ。


「まあ・・そやな」


阿部も思い過ごしだと自分を納得させた。


「とみちゃぁん、行けるよぉ、頑張ってなぁ」


森上は優しく微笑んだ。


「うん!」


重富もニッコリと微笑み力強いガッツボーズを見せた。



―――一方、景浦は。



なに笑ってんだよ・・

そんなに可笑しいか・・


その実、景浦は過去の嫌な経験を思い出していた。

遡ること、あれは彼女が小学三年生の時だった。

クラスの仲良しグループ五人で、地元の卓球場へ行ったことがあった。

無論、景浦も友人も卓球の経験などなく、単なる遊びで出かけたのだ。

そして暫くは交代しながら、和気あいあいと「温泉卓球」を楽しんでいた。



―――「洋子ちゃん~背が高いんだもん、ずるいよ~」


ネット前に入ったボールに手を伸ばした景浦に、直美(なおみ)が言った。

この頃の景浦は155cmもあり、平均身長より10cm以上も高かった。

一方で直美は背が低く、ネット前のボールには容易に手が届かなかった。


「関係ないもんね~」


景浦は意に介さず返球した。

そして何球かラリーが続いた時だった。

直美が返したボールがネットインしたのだ。

景浦はタイミングを外されつつもそのボールに手を出した。

すると体が台に当たり、その勢いで台は動き、足をくじいた影響で顎もぶつけてしまった。

その際、口を開けていた景浦は上の歯で下唇を噛んだ。

すると、みるみる血が流れ出し、台上にもポタポタと滴り落ちた。


その様子を見た友人たちは、心配するどころか「きゃ~」と悲鳴を挙げた声はすぐに爆笑に変わっていた。


「やだ~洋子ちゃん、フランケンシュタインみたい~」

「あはは、洋子ちゃん、大丈夫~?」

「さっちゃん、違うよ~吸血鬼だよ~ねー?」


そして相手の直美は手を叩きながら爆笑していた。

景浦はとてもショックを受けたが、気持ちを悟られないように笑って返した。


「やだ~洋子ちゃん、笑うと怖いぃぃ~」

「ほんとだ~襲わないで~」

「逃げろ~」


彼女らが騒いでいる中、女性の店主がやって来た。


「ちょっとちょっと、あなたたち」


店主は強い口調でそう言った。

彼女らは一旦口を閉じ、店主を見た。

その際、景浦は手で口を隠していた。


「きったないねぇ」


雑巾を手にしていた店主はとても面倒臭そうに台を拭いた。


「あ・・ごめんなさい・・」


景浦は小声でそう言った。


「あなたさ、笑ってる場合?早く台を元通りにしなさいよ」


店主は怒りを露わにした。


「はい・・」


口から手を離した景浦を見た店主は「あはは、なにそれ!」と嘲笑した。

そう、景浦の下唇は少し腫れていたのだ。


「おばさん、ごめんなさい~」


店主が笑ったことで安心した彼女らは台に駆け寄り、端を持って元通りにした。

このように、友人にも店主にも嘲笑された景浦は、酷くショックを受けた。

そして暫くは学校でも嗤われ続けたのだ。

いじめではないが、今でいう「いじられた」のだ。

とはいえ、この「事件」はすぐに忘れ去られ景浦自身も気にすることが無くなった。


そう、今しがた景浦が呆然としたのは、当時の状況と重なったからだった。

台に体をぶつけることなど、いわばよくあることだ。

それだけなら何でもないことだった。

けれども重富が1点取った際、自分を見て蔑むように笑っていた。

いや、重富はけして蔑んではないが、景浦にはそう見えた。

その後、ベンチでは重富も中川も爆笑していた。

その様子が景浦にとって、当時の友人とも重なったのだ。


ふん・・

なんでもないさ・・


景浦はようやく立ち上がり、ラケットを手にした。

方や重富も台に着き、ボールを手にした。

景浦の心境など知る由もない重富は、少し微笑みながら彼女を見た。

すると景浦の心臓はチクリと痛んだ。


まだ笑ってる・・


景浦は忘れたつもりだった。

いや、つもりというより本当に忘れていた。

けれども実際は、本人の潜在意識には深く刻み込まれていたのだ。

それがこの場で蘇り、自身も気持ちの動揺に戸惑った。


「ちょっと待って」


たまらず景浦は左手を挙げて示した。


「え・・?」


重富は不思議に思った。

そしてサーブを出す構えから一旦背を伸ばした。


なんなんや・・

なんか・・景浦、おかしいで・・

私のサーブを警戒してる・・?

いや、この猛獣はそんなタマやない・・


「おいおい、フランク景浦よ!おめーなにやってんでぇ!もったいぶんじゃねぇぞ!」


中川が叫んだ。


「とみちゃん、1本な、1本!」

「締まって行くよぉ~」


阿部と森上は手を叩きながらそう言った。



―――増江ベンチでは。



「景浦、どうした!」


不思議に感じた藤波が口を開いた。


「かげちゃん、1本だよ!」

「あれかな・・どこか痛めたのかな」


白坂は台にぶつけた際のことを言った。


「うーん、どうなんだろ」


相馬も少し戸惑いを見せた。


「洋子ーー!」


トーマスが叫んだ。

すると景浦は振り向いてベンチを見た。


「体のどこか、痛いですかー!」


トーマスも白坂同様、体調を心配した。


「いいえ」


景浦は至極冷静にそう答えた。


「ほんとか?」


藤波が言った。


「どこも痛めてないよ。心配ご無用」


景浦は笑って答えた。


「それならいいでーす。さあ1本でーす!」


トーマスは手をパンパンと叩いた。



―――コートでは。



重富は改めてサーブを出す構えに入った。


よし・・

ここはなにがなんでも・・

フォア前や・・


重富は決めていた。

サーブはフルコートで出すとしても、ラリーは徹底的にフォア前に返す、と。

無論、どこまで通用するかわからない。

景浦相手に返す場所がわかってしまえば、なおさらだ。

危険な賭けだと理解しつつも、突破口はフォア前しかないのだと、改めて自分に言い聞かせていた。


なんでもない・・

さっきのは・・

たまたま思い出しただけだ・・

よし・・

来いっ・・!


そして景浦もようやくレシーブの構えに入った。

重富はバックコースから下回転の小さなサーブを、景浦のバック前に出した。

ラケットは裏面だ。


えっ・・


迷いが生じ始めている景浦は、フォア前に来ると思い込んでいた。

そのため、万全ではないバックハンドで軽くフォアコースへ返した。


えっ・・

なんなん・・

嘘やろ・・


ごく普通の、当たり前のボールに重富は戸惑いすら見せた。

そう、重富は当然のように厳しいレシーブを予想していた。

驚いたのは重富だけではない。

両ベンチも観戦者も同じだ。

なんだ、あの返球は、と。


なめとんのか・・!


重富はチャンスとばかりに、思い切り打ちに出た。


いや・・待てよ・・

スマッシュを打ったとしても・・

猛獣なら・・きっと倍の力で返すはずや・・

それやったらここは・・

フォア前しかないやん・・!


そう、重富は打つ格好からネット前に落とそうととっさに切り替えた。


コーン・・!


重富は寸ででネット前に落とした。


なにっ・・!


当然打ってくるものだと思っていた景浦は、慌てて前に出ようとした。

が、その時だった。

そう、足が動かないのだ。


なんだ・・これは・・

足が・・

足が動かない・・


けれども景浦がそう思ったのは一瞬の事だった。

結局一歩出遅れて前に走り寄った景浦は、懸命にラケットを出した。

するとあろうことか、ツッツキで対応したのだ。

しかもそのツッツキは、森上と対戦した時よりもとても甘いものだった。


「えええーーー!」


観衆からこのような驚きの声が挙がった。

そう、なにをやってるんだ、とばかりに。

それは重富と両チームも同じだったが、桐花にとっては絶好のチャンスボールだ。


よーーし・・

今度こそ打つ!


重富は絶好のタイミングでボールを捉え、がら空きになった景浦のバックコースへ満身の力を込めて打った。


スパーン!


裏ラバーで放ったボールは、それほど威力はないものの、さすがの景浦も見送るしかできなかった。

戸惑いを抱えたままの今の彼女なら尚更だ。


「サーよし!」


重富は渾身のガッツポーズをした。


「ナイスボール!」


日置はパーンと一拍手した。


「よっしゃーー!ナイスコース!」

「とみちゃん~~もう1本やでぇ~~!」

「っしゃあーーー!重富よ!やっぱりおめーは神がかってらあな!どうやらフランク景浦は、おめーに惑わされているようだぜ!」


中川は景浦のチグハグな対応を言った。

この言葉を聴いて日置は思った。


うーん・・

確かに中川さんのいう通り・・

景浦さんは何か迷っている気がする・・

だけど・・

裏と板のボールの変化・・

送るコースなど・・

彼女にとっては・・何でもないはずだ・・

だけど・・それにしては・・

足の動きがどうもおかしい・・


こう考えつつも「もう1本だよ!押して行こう!」と声を挙げた。



―――増江ベンチでは。



「景浦!」


たまらず藤波が声を挙げた。

すると景浦はチラリと振り向いた。


「どうした!足が止まってるぞ!」


いわれた景浦は小さく頷いた。


「かげちゃん、1本だよ!」

「どんまい、どんまい!」

「挽回だよ!」


彼女らも妙に思いつつも、懸命に励ました。


「監督」


藤波が呼んだ。


「なんですか」


いつになくトーマスは、厳しい表情でコートを見ていた。


「景浦、おかしくないですか」

「・・・」

「あの返球はあり得ないですよ」

「由美子・・」

「なんですか・・」


深刻な言いぶりに、藤波は不安を抱いた。


「こんな洋子・・初めてです・・」

「え・・」

「洋子はいつも強かった。これからもそれは変わらない・・」


その実、トーマスは足の動きよりも景浦の表情を見て感じ取っていた。

そう、何かが違う、と。

こんな表情、見たことないぞ、と。

景浦自身はポーカーフェイスを保っているつもりでも、一瞬の変化は隠せなかったのである。


「タイム、取りますか?」


藤波は覗うように訊いた―――

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