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サーよし!2  作者: たらふく
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411 後悔の念

                          



―――増江ベンチでは。



「白坂ちゃん、ほんとにラブゲームやっちゃったね」

「普通、最低でも5点くらいは取られるよね」


時雨、相馬は呑気にそんなことを言った。

その横で藤波は白坂の肩に手を置いて「今の調子だよ」と冷静に言った。


「白坂ちゃん」


景浦が呼んだ。


「ん?」

「向こうの監督が下がる前、なに言ってたの?」


和子になにを言ったのかを訊いた。


「ああ・・このまま下がったら、二度と卓球できなくなるよって」

「そうなんだ」


景浦はある意味、白坂の言葉が背中を押したんだな、と納得していた。

そしてニッコリと笑った。


「なるほどねー、これぞ敵に砂糖を送るでーす」


トーマスは自信満々に言った。


「監督・・それをいうなら敵に塩を送るです」


藤波は呆れつつも、半笑いだった。


「塩・・そうそう、そーでーす!ソルト、ソルトねー」

「まあ、今回は全くダメだけど、今後、あの子は強くなるよ」


景浦はトーマスを無視して和子のことを言った。


「そうかなあ。そこそこは強くなれたとしても、所詮並のレベルだよ」


時雨が答えた。


「ときちゃん、あんたがあの子の立場ならどうする?」

「え・・」

「このまま引き下がる?」

「いや・・そんなことないけど」

「あと1年あるんだ。それに白坂ちゃんとの試合、あの子にとっては地獄だよ」

「うん・・」

「地獄を体験した人間は、並では収まらないよ」

「そうだね・・」

「まあ、そんなことはいい。白坂ちゃん、コテンパに伸してやるんだよ」

「わかってる」


白坂は力強く頷いた。



―――観客席では。



「いやあ、日置くんも日置くんやが、郡司もすごいな」


上田はさっきのやり取りに感心していた。


「そうですけど・・私やったらとてもじゃないですが、ああは言えません」


柴田は和子の勇気に驚愕していた。

そう、よくこの場面で、と。

自分ならとっとと逃げ出すだろう、と。


「そら、館内の全員が見とるんやからな」

「はい・・」

「それにしても、あの日置くんがなあ・・」


上田は、優しさの権化のような日置の厳しい一面を見た。

いや、日置とて厳しい面があるのは当然だろう。

でなければインターハイの決勝戦までたどり着くなど、そもそも無理というもの。

けれども、その厳しさがここで、この場面で出るとは思いもしなかった。

いや、違う。

この場面だからこそ、試合を放棄する行為は最悪であり、日置の言動は当然だ、と。

この大会は、なにを隠そうインターハイなのだ、と。


「せやけど、やっぱり日置くんは名監督やな」

「え・・?」

「お前、考えてみぃ。怒り方を間違えたら、郡司は潰れるかもしれんのやぞ」

「・・・」

「というか、日置くん、ほんまに怒ったんやろな」

「そうでしたよ。めちゃくちゃ怒ってましたよ・・あんなに優しい先生が・・」

「アホか」

「え・・?」

「あのな、監督いうんはどの場面でどう怒るか、これが選手に影響するんや」

「はい・・」

「選手によっては上手くいく場合もあるし、あかんこともある。せやけど、そんなん関係なく選手がどんな性格であろうと、言うべき時はいう、怒らなあかん時は怒る。そんな時ってあるんや」

「・・・」

「その結果、選手は潰れるかもしれん。せやけど今の郡司、見たやろ」

「はい」

「あの子は潰れん。よう耐えたと思うで」

「そうですね・・」

「お前、わかっとるんか?」

「え・・?」


柴田は少し驚いて上田を見た。


「ちゃうねん、郡司が耐えれたんは、日置くんの日頃の指導の賜物や」

「ほぅ・・」

「ほぅ、て。っんな、日頃からあんなんやってみぃ、そもそも誰も付いて来んし、この場面でダメ押しってなもんや」

「なるほど・・」

「お前、わかっとらんな」


上田は自分がかつてそうであっただけに、監督と選手の信頼関係がいかに大事かを知っている。

山戸辺高校時代の自分は、まさに「独裁」だった。

叩く蹴るは日常茶飯事で、怒って成長させる、という指導方針を頑として貫いた。

けれどもその方針は間違っていたとやがて気付き、その後、山戸辺を後にした。

一方で日置は自分と真逆の指導をし、選手との信頼関係を構築した。

それは今でも変わらない。

けれども今しがたの郡司のような、途中で放り出す行為は、まじめな日置にとっては卓球に対する裏切り行為と感じたに違いない、と―――



その後、第2セットが始まったが、戦況が変わることは全くなかった。

和子の気持ちは前を向いていたが、先手を取るなど所詮無理なことであり、実力の差は歴然だった。

白坂は当然のごとく手を抜くどころか、1セット目よりさらに厳しいサーブ、レシーブと、どれも厳しいコースへ送り、和子は成す術がなかった。

空振りも1度や2度ではない。

途中、転びもした。

それでも和子は決して下を向かず、「1本じゃけに!」とどこまでも向かって行った。

試合も終盤に差し掛かり、19―0と大差がつき、和子はまだ1点も取れずにいた―――



「1本!」


和子はレシーブの構えに入りながら、大きな声を発した。


「1本!」


ここにきて白坂は、初めて気合いの入った声を発した。

そう、絶対に1点もやるもんか、と。


「おらーーー負けんな、郡司!フランク野郎から1点取りやがれーーー!」

「踏ん張れーーー!」

「1本、1本やで!」

「頑張るよぉ~~~!」


彼女らは、まるで競った試合かのようにずっと励まし続けた。

2セット目が始まったころにはブーイングも続いたが、和子の向かって行く姿勢を見て、やがて館内には「日常」が戻っていた。

それでも和子を応援する声は無く、観客の多くは冷ややかな目で見ていた。


白坂はバックコースに立ち、ボールをポーンと上げた。

そう、あの取りにくい変化球サーブである。


来たっ・・

ミスだけはせんけに・・


和子はボールを凝視した。


バックコースに食い込んで来たボールを、和子は無理をせずに丁寧に返そうとした。


どっちでもええけに・・

とにかく入ってほしい・・


祈るようにレシーブしたものの、変化に負けたボールはフォアコースの中途半端な位置で高くバウンドした。

このようなレシーブは、これまで何度も返していた。

そのたびにスマッシュを打たれ続け、和子は空振りをする始末だった。


ああ・・また同じじゃ・・

でも・・諦めんけに・・

ボールに食らいつくんじゃ・・!


白坂は平然とスマッシュを打つ構えに入った。

そして全力でフォアクロスへ強打した。


パシーン!


フォアの厳しいコースに入ったボールだったが、和子は諦めなかった。


取る・・

取るんじゃ・・


懸命に走る和子に「行け行けーーー!諦めんじゃねぇぞ!」と中川が声を挙げた。


「取れる!取れるで!」

「走れーーーーー!」

「打ち返すよぉ~~~!」


森上が言った瞬間、和子は「そうか」と思った。


打ち返すんじゃ・・

そうじゃ・・

当てるだけじゃいかんけに・・

打ち返すんじゃ・・!


転びそうになりながらも諦めずに追った。

するとなんと、ギリギリのところでボールを捉え、和子は思い切り振り抜いた。


スパーン!


体勢が崩れつつも、和子のフォームは抜群に美しかった。

それゆえボールは、スーッと白坂のフォアコースの端でバウンドした。


「やるじゃん」


こう言ったのは景浦だった。


「よーーーし!郡司!いいぞーーー!」

「戻って、戻って!」

「走れーーーーー!」

「返ってくるよぉ~~~!」


彼女らが必死で叫ぶ中、和子はコートに向かって走った。


諦めんけに・・

諦めんけに・・!


白坂は少しだけ驚いたが、この返球とてなんでもないボールだ。

そして和子の逆を突くべく、またフォアクロスの端へ強打したのだ。


あっ・・逆じゃ・・

しまった・・


時すでに遅し、和子は慌ててボールを追いかけたが、すでに後ろへ飛んで行ったあとだった。


「よし!」


白坂はまた気合いの入った声を挙げた。


「ナイスボール!」

「ラスト1本だよ!」

「さあさあ、締まって行くよ!」

「1本、1本!」


彼女らもやんやの声を挙げた。

すると桐花ベンチも負けじと声が挙がった。


「試合はまだ終わってねぇ!1点取れ!この1本、もぎ取るんでぇ!」

「そやそや、サーブはこっちや!」

「今から、今から!」

「サーブ、考えるよぉ~~~!」


和子はベンチに向かって力強く頷いた。


今まで出してないサーブは・・

なんじゃろか・・

うーんと・・

下も・・斜めも・・横も・・ナックルも出した・・

全部・・上手くいかなんだ・・

考えろ・・考えろ・・

三球目するためには・・

なにがええんか・・

阿部先輩の・・必殺サーブ・・

私も習うたけんど・・上手くできんままじゃ・・

ほなけんど・・

ここは・・試してみる価値はあるんじゃなかろか・・


そう、和子は阿部にサーブを習っていたが、何度練習しても習得できず、いまだ未完成のままだ。

ここでそれを出すと、ミスをする確率は高い。

けれども万が一成功すれば、先手を取ることができるかもしれない。


よし・・


和子は必殺サーブを出すと決意した。


「1本!」


そしてボールを手にして構えに入った。


「1本!」


白坂もレシーブの構えに入った。

バックコースに立った和子は、ボールをポーンと上げた。


えっ・・


思わず白坂は手に力が入った。

投げ上げサーブを持っていたのか、と。

そう、白坂はまだ必殺サーブとは思ってなかった。


「おおおおおお!」


声が挙がったのは桐花ベンチだった。

まさか、必殺サーブを出すのか、と。

いや、出すに違いない。

なぜなら投げ上げサーブの場合、和子が出すなら必殺サーブだからである。


ボールは和子のラケットへ、真っすぐ落ちてきた。


手首を・・動かして・・

逆回転をかけるんじゃ・・

入ってくれ・・

頼むけに・・入ってくれ・・


ボールが当たった瞬間、和子は複雑な回転をかけた。


なにっ・・!


まさかと思った白坂は、ボールを凝視した。


え・・これって・・普通のサーブ・・?


そう、必殺サーブはやはり失敗したのだ。

けれども迷った分だけレシーブに隙が出た。

そう、白坂は打つのではなく、ツッツいたのだ。


ええっ・・!


そのレシーブに驚いたのは和子自身だった。


失敗したと思うたけんど・・

ツッツキで返すとは思わなんだ・・

よーーし!


バックコースでバウンドしたボールに、和子は迷わず回り込んだ。


打つ・・

絶対に三球目・・

決めるけに・・!


そして和子は、全力で打つべく思い切り前に踏み込んだ。


打つなら打ってみなよ・・

絶対に返してやる・・!


白坂に動揺はなく、泰然として構えた。

そして和子はバッククロスへ見事に打ち込んだ。


スパーン!


や・・やった・・入った・・!


と思った瞬間、白坂はバックハンドの抜群のカウンターで、フォアストレートへ返した。


スパーン!


追いかけるもなにも、和子はまだバックコースに立ったままだ。


まだじゃ・・

諦めんけに・・!


けれども走ろうとした瞬間、ボールはすでに床に落ちていた。


あ・・

ああ・・


和子はこれで終わったと思った。

けれどもその気持ちは安堵ではなく、なぜか悔しさが込み上げていた。

それは負けたからではない。

なぜ、最初から立ち向かわなかったんだ、という後悔の念だ。

なぜ、こんな試合をしてしまったんだ、と。


和子は泣きそうになったが、今の自分には泣く資格もないと思った。

そして懸命に堪えた。


「2―0で白坂さんの勝ちです」


主審がそう言うと和子は小さな声で「ありがとうございました・・」と一礼した。

そしてコートを下がろうとすると「郡司さん」と、白坂に呼び止められた。


「はい・・」


和子は立ち止まった。

そして何を言われるのかと不安になった。


「私、今二年生なんだよ」

「え・・」

「来年、待ってるからね」


白坂はニッコリと笑ってベンチに向かった。

和子は意外な言葉に胸を打たれた。


来年・・待ってる・・と・・

待ってる・・と・・

白坂さん・・

こげな・・情けない私に・・

ありがとう・・

ありがとう・・


そして和子は必死で涙をこらえ、ベンチへ向かった―――

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