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サーよし!2  作者: たらふく
407/413

407 点を取りに行く

                 



―――「和子ーーー!」



トミは叫んだ。

そこでサーブを出そうとしていた白坂も、レシーブの構えに入った和子も一旦背を伸ばした。

そして和子は観客席を見上げた。


「ば・・ばあちゃん・・」


和子は唖然とした。

なにを言うつもりなんだ、と。


「わーは、なにしに大阪まで行ったんなら!そこにおる日置先生に教えてもらうためじゃないんか!こんな年寄りのバアを放ってまで大阪を選んだんは、和子!自分自身じゃろうに!それがなんじゃ!念願のインターハイに出とるんじゃろ!バアはの、和子の情けない姿を観に、ここへ来たんじゃないんぞ!」


トミの言葉に館内の全員が驚いていた。

なんだ、このばあさんは、と。

すごいじゃないか、と。


「ばあちゃん・・」


和子は呆然としていた。


「ええか!たかが試合じゃ!取って食われりゃせんのじゃけに、しっかり向かって行かんか!」


トミはそう言って、平然と着席した。

すると近くの者らから、パチパチと拍手が挙がっていた。


「お孫さんですか」


一人の女性が声をかけた。


「そうですけに」


トミはニッコリと笑った。


「頑張ってほしいですね」

「そうじゃ。そのために大阪へ行ったんじゃけにの」

「私も応援しますね」

「ありがとうございます」


トミは丁寧に頭を下げてコートに目を向けた。



―――コートでは。



「あんたのおばあさんなんだ」


白坂が言った。


「え・・」

「おばあさんなんでしょ」

「はい・・」

「すごいね」


白坂は少し笑った。


「大阪へ行ったって言ってたけど、あんた、元々はどこなの?」

「か・・香川です・・」

「へぇー地元なんだ」

「はい・・」

「でも、大阪へ行くってすごいじゃん。それって頑張るため?」

「はい・・」

「別に後押しする気はないけど、ここは、おばあさんの気持ちを考えないとね」

「え・・」

「わざわざ孫の試合を観に来てくれたんでしょ」

「あ・・はい・・」

「でも私は遠慮しないよ」

「え・・」

「コートに立ってる限り、甘えは許されないってこと」


和子は思った。

白坂のいう通りじゃないか、と。

なんのために自分はここに立ってるんだ、と。

森上先輩に心配させてはいけないと思った。

でもそれは違うんじゃないか、と。


私は・・今まで・・

先輩の背中ばかり見よった・・

それでええと思いよった・・

ほなけんど・・

いつまでそうするつもりなんじゃ・・


ばあちゃん・・

そうじゃな・・

なんのために大阪へ行ったんなら・・

一人前の選手として・・

全国で優勝するためじゃないんか・・

それは・・先輩もそうじゃし・・

私もそうじゃなかろか・・

うん・・

そうじゃ・・

私も桐花の選手なんじゃけに・・

頑張らんといかんけに・・


「あの・・」


和子は主審に声をかけた。


「はい」

「時間を取らせてしもうて、すみませんでした」

「あ・・いえ・・」


そして和子は白坂を見た。


「すみませんでした」


和子は丁寧に頭を下げた。


「いいよ」


白坂は優しく微笑んだ。


「では、1―0から再開です。サーブは白坂さん」


主審がそう言った。

そして白坂はサーブの構えに入った。

方や和子もレシーブの構えに入った。

そして「1本!」と張りのある声を挙げたのだ。


「よーーし、郡司!ガンガン行けーーーー!」


中川は和子の心境を思いやり、大きな声を挙げた。


「さあーー1本やで!」

「まずは、1本取るよ!」

「郡司さぁん、強気やでぇ!」


彼女らも精一杯励ました。


そして白坂はバックコースに立ち、フォアの下回転サーブをバックに出した。

和子は緊張しつつもラケットを出し、ツッツキで返した。

バックに返ったボールを白坂は、全力でバックハンドドライブをかけた。


うっ・・

は・・速い・・


それでもなんとか頑張る気持ちを取り戻しつつあった和子は、バッククロスへ入ったボールをショートで返した。

そう、本来の和子なら、白坂レベルのドライブはなんなく返せるのだ。

なぜなら日置や森上のドライブを、嫌というほど受けてきたからである。


へぇー・・


意外だと思った白坂は、今度はバックハンドでミート打ちを放った。


ひゃあ・・

これも・・速い・・


取れないと思った和子だったが、バックコースのギリギリに入ったボールに一か八かでラケットを出した。

すると偶然にも抜群のタイミングで当たり、スピードの乗ったボールはバッククロスへ入った。


やるじゃんか・・


そう思った白坂はすぐさま回り込み、全力でスマッシュを打ちに行った。


パシーン!


矢のようなボールがフォアストレートに入った。


うわあ・・


唖然としながらも和子は懸命に足を動かし、なんとボールに追いついたのだ。

これは単に当てただけだったが、また返球したのだ。

そしてボールはフォアの端でバウンドした。

なんでもないボールを白坂は、また全力でスマッシュを打ちに出た。

そしてスピードの乗ったボールはバックストレートに入った。

無理だと思いつつも、和子は懸命に追いかけたがボールは後ろへ飛んで行ったあとだった。


「よし」


白坂は軽くガッツポーズをした。


「どんまい」


和子は下を向かなかった。

そう、今のラリーで幾ばくか緊張が解れていたのだ。

やってやれないことはない、と。

頼りなくも、ラリーができた、と。


「郡司さん、それでいいよ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「よーーし、よう動いた!」

「さあ、ここから、ここからやで!」

「挽回1本やでぇ!」

「郡司よーーー!おめー、まだこんなもんじゃねぇはずだ!死に物狂いで食らいつけよ!」


彼女らの言葉に和子は振り向いてニッコリと笑った。


うん・・

それでいいよ・・

郡司さん・・

頑張れ・・

頑張れ・・


日置は心の中で願った―――



その後、和子は必死で食らいついたが、現実はそう甘くない。

あまりの実力差の前では、成す術がないのは当然のことだった。

試合は着々と進み、なんと和子はまだ1点も取れずに10―0と大差がついていた。

一旦は奮起した和子だったが、0点という不甲斐なさに、次第に気持ちは沈んで行った。


「おらあーーー郡司!下を向くんじゃねぇ!」

「郡司さん!まだまだここからやで!」

「点数なんか関係ないで!マイペースやで!」

「まず1点取るよぉ!」


彼女らの言葉に和子は頼りなく頷いた。


0点・・

どうすりゃ・・

1点取れるんなら・・

どうすりゃええんなら・・


「郡司さん!」


日置が呼んだ。

和子は無言のまま振り返った。


「タイム取って」

「はい・・」


そして和子はタイムを取りベンチに下がった。


「郡司さん」


和子は日置の前で小さくなっていた。


「ほら、こっち見て」


すると和子は情けない表情で顔を上げた。


「下を向いちゃダメだ」

「・・・」

「今のきみが持ってるものはなに?」

「え・・」

「今日まで必死で練習してきたよね」

「はい・・」

「それはなんのため?」

「なんのため・・」

「うん、なんのため?」

「試合に勝つためです・・」

「そうだよね」


日置はニッコリと笑った。


「勝つなら下を向いちゃいけない」

「・・・」

「なあ、郡司さん」


そこで重富が口を開いた。


「はい・・」

「あんた、0点がかっこ悪いと思てんねやろ」


和子は小さく頷いた。


「あのな、私さ、去年の12月にはまだ演劇部やったんやけど、試合に出たことがあってな」

「え・・?」


重富がかつて演劇部員だったことは知っていたが、試合に出たことを和子は知らなかった。


「ほんでな私、まったくの素人やんか。そやから大観衆の前で、私0点やったんやで」

「え・・」

「もう、どんだけかっこ悪かったか。途中で帰りたいと思たしな」

「そうですか・・」

「観衆も相手も笑とったけど、最後まで諦めることはせぇへんかった」

「・・・」

「これだけは言うとく。たとえ0点でも諦めんかったら後悔せぇへん。でも諦めたらあんたは一生悔やむで」

「・・・」

「おばあちゃんも言うてはったやん。取って食われるわけじゃないて」


重富先輩・・

0点の試合をしたことがあったんか・・

そうか・・

そんなことが・・


「郡司よ」


中川が呼んだ。


「はい・・」

「重富が試合に出たのは色々と理由があってよ、細けぇことは後で説明してやっから」

「はい・・」

「おめー、考えてみろって。ラケットも持ったことがねぇ、ボールを打ったこともねぇど素人の重富がよ、大勢の前でどんな気持ちで試合をしたかをよ」

「・・・」

「今のおめーとは比較にならねぇほど、ド緊張してたはずだぜ。わかるか?」

「・・・」

「それに比べりゃおめーは素人じゃねぇ。練習だって必死こいてやって来たよな」

「・・・」

「つまりだ!おめーには持ってるもんがあるっつってんだよ。それを使えっつってんだよ」

「・・・」

「点数なんかくそ食らえってもんよ。0点、上等じゃねぇか!」

「ほ・・ほんまに・・」

「あ?どうした」

「ほんまに・・0点でもええんですか・・」

「あはは、決まってんだろ!いいってことよ!」


中川は和子の肩をバーンと叩いた。

そこで日置は思った。


諦めずに一所懸命戦う・・

それなら・・たとえ0点でも構わない・・のか・・?

いや・・違うぞ・・

それは違う・・

勝てないとわかってても・・

勝つ、という向かって行く気持ちを持たないとダメだ・・

重富さんの場合は・・全くの素人だったから・・

0点でも全然よかった・・

でも・・

郡司さんは・・桐花の選手なんだ・・

人数合わせで居るわけじゃないんだ・・

それに・・

今の郡司さんには・・決定的に足りないものがある・・


「違うよ」


日置がポツリと呟いた。


「なんだよ」


彼女らは、なにが違うんだ、と日置を見た。


「いいかい、郡司さん」

「はい・・」

「結果的に0点だったとしても、それはいい」

「はい・・」

「だけど、ここは点を取りに行くんだ」

「えっ・・」


和子のみならず、彼女ら全員が驚いた。

今の郡司に、どうやって点を取れというんだ、と。


「今のきみは、下を向かずに頑張れるだけ頑張ろうって気持ちだよね」

「は・・い・・」

「それじゃ、点は取れない」

「・・・」

「運よく、向こうがサーブミスしたりの点もあるよね」

「はい・・」

「でもそれは、きみが取った点じゃない」

「・・・」

「ここは、取りに行くんだ」

「取りに行く・・いうても・・どげにして・・」

「そこだよ。いいかい、よく聞いて」

「はい・・」

「まず、レシーブは絶対に厳しいところ。ミスしてもいいから、これは意識して」

「はい・・」

「それと白坂さんより先に打ちに行くこと。これはレシーブも含めてね」

「えっ」

「常に先手を取ること」

「そ・・そがな・・」


あまりの要求に和子の顔は引きつっていた。

同時に彼女らも驚いていた。

なぜなら、白坂と和子が互角だといわんばかりのアドバイスだからである。


「先生・・」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「郡司さんには・・無理やと・・」

「なに言ってるの」

「え・・」

「僕は無理なことは言わない」

「そ・・そやかて・・」

「できるよね、郡司さん」


日置は和子を見た。


「え・・」

「できるよね」


和子は到底頷くことなどできなかった。


「おい、郡司よ」


中川が呼んだ。


「はい・・」

「先生のいう通りにしな」

「えっ」

「私もさ、0点上等なんて言ったけどよ、先生の話を聞いてちげーとわかったぜ」

「・・・」

「おめー、勝つために試合すんだよな」

「・・・」

「だったらよ、点を取りに行け」

「・・・」

「このまま舐められて引き下がるつもりかよ」

「そっ・・そがな・・」

「いいな、点を取りに行くんでぇ」


和子は思った。

今の自分はどう足掻いても点など取れない、と。

けれども、それでいいのか、と。

いや、まだまだ恐怖心はある。

本音を言えばここで止めたい、と。


ほなけんど・・

ほなけんど・・

もう・・負けることは決まっとるんじゃ・・

決まっとるんじゃけど・・


点を取りに行く・・

できるだけ頑張る・・


二つの選択じゃけど・・

同じ負けるんなら・・

点を取りに行く方がええに決まっとる・・

私に・・

できるんじゃろうか・・

できるんじゃろうか・・


ばあちゃんが言いよったけに・・

取って食われりゃせんのじゃけに・・

頑張るしかないんじゃないんか・・

勇気を出せ・・自分・・

勇気を出すんじゃ・・


「先生・・」


和子が頼りなく呼んだ。


「なに?」


日置は優しく微笑んだ。


「わっ・・私・・」

「うん」

「て・・点を取りに行きますけに・・」

「うん。きみならできる」

「よーーし、郡司よ。おめーー死に物狂いでフランク白坂から点をもぎ取れ!」

「そやな、郡司さん。点を取りに行こ!」

「まず1点や。1点な」

「郡司さぁん、1本大事になあ。焦ったらあかんよぉ」

「はっ・・はいっ」


和子は精一杯声を張った―――

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