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サーよし!2  作者: たらふく
406/413

406 和子の緊張

                   



―――コートでは。



阿部は「ラスト1本!」と声を挙げ、レシーブの構えに入った。

方や相馬は「挽回!」と言いながら、サーブの構えに入った。


まだ終わってない・・

絶対に挽回して・・

デュースに持ち込む・・!


そして相馬はバックコースに立ち、バックのロングサーブを出した。

これもなかなか速いサーブだ。

けれども阿部はなんなくショートで返した。

バッククロスに入ったボールを、相馬は全力でバックハンドドライブをかけた。

バックに入ったボールに阿部はすぐさま回り込み、カウンターでフォアストレートに返した。

少し下がった相馬は、そのボールをフォアドライブで返した。


ここは・・

もう一球・・フォアや・・


バックストレートに入ったボールを、阿部は再びフォアストレートに返した。

これもバウンドしてすぐに打った、絶妙のミート打ちだ。

相馬も負けじと再びフォアドライブを放った。

フォアクロスに入ったボールに阿部はすぐさま移動し、全力でスマッシュを打った。

これは相馬の体をめがけて飛んで行った。


くそっ・・

抜かせてなるものかっ・・!


相馬はすぐさま左へ足を動かし、全力でドライブをかけた。

ボールはフォアクロスへ入った。


ここは・・

もう一発やっ・・!


阿部は再び相馬の体をめがけてスマッシュを打った。

すると相馬は少し慌てたため、左足を捻らせてしまった。


「あっ・・」


その勢いで相馬は転んでしまった。

当然のようにボールは床に落ちていた。


「サーよし!」


阿部はホッとした表情を見せてガッツポーズをした。

そう、やっと1セットが終わったぞ、と。


「よーーし、よーーし!」


日置はパンパンと手を叩いていた。


「よっしゃーーー!1セット取ったあああーー!」

「千賀ちゃぁん、ナイスぅ!」

「っしゃあーーーチビ助!よく我慢した。よく取ったぜ!」

「あああ・・先輩・・よかった・・」


和子はホッとしていた。


「あれ・・」


中川が呟いた。

それもそのはず、相馬は転んだまま立てないでいたからだ。


「相馬!」


藤波が慌ててコートへ走った。

そして相馬の横で腰をかがめた。


「相馬、立てるか」

「ああ・・うん、ごめん」


藤波は相馬に肩を貸し、やっとのことで立ち上がった。

けれども捻った左足を痛そうにかばっているではないか。


「相馬、動けるか?」


藤波は試合続行が可能なのかを訊いた。


「うん、多分大丈夫」


そこへ白坂と時雨と景浦もやって来た。


「相馬ちゃん、大丈夫?」

「歩けるの・・?」

「相馬ちゃん」


景浦が呼ぶと相馬は見上げた。


「無理だよね」

「え・・」

「この足じゃ動けないよね」

「・・・」

「無理はダメ。ここは途中放棄だよ」

「そ・・そんな・・」

「心配しなくていい。白坂ちゃんは絶対に勝つし、私も勝つ」

「うん・・」

「なみちゃん」


景浦が呼んだ。


「なに」

「審判に報告だよ」

「わかった」


藤波は思った。

景浦の的確な判断、そして決断に至るまでの迅速な言動を。


でも・・

監督に相談しなくても・・いいのか・・


そこで藤波はトーマスを見た。

するとトーマスは「オーケー」と両手で丸を描いていた。

その様子を見た藤波は、相馬を時雨に任せて主審のもとへ行き、試合続行は不可能な旨を告げた。



―――桐花ベンチでは。



「相馬さんには気の毒だったけど、これでうちがまたリードした」


日置は彼女らにそう言った。


「たとえ2セット目を戦っていたとしても、阿部さんが勝ってたと思うよ」

「っんなこたぁ、先刻ご承知ってもんよ!」

「はい、私は勝つ自信がありました」

「うん、そうだよね」

「千賀ちゃぁん、なんか変な試合やったけどぉ、頑張ったと思うよぉ」

「うん!」

「ほんま、試合って何があるかわからんよなあ」


重富はネットインとエッジボールの多さを言った。

彼女らの横では和子がラケットを握りしめて、一点を見つめていた。


とうとう・・回って来た・・

ああ・・

どうしよう・・

足が・・動かんけに・・

でも・・

先生が言いよったが・・

ここは・・

私が取り返す・・くらい言えと・・

でも・・

そげなことやこ・・

言えりゃせんが・・

ああ・・

でも・・

先輩に辛い思いをさせたらいかんけに・・

森上先輩・・なんとなく・・元気がない気がする・・

私が・・

不甲斐ない試合をしたら・・

もっと・・元気がなくなるけに・・


「さて、郡司さん」


日置が呼んだ。


「えっ」


和子は驚いて日置を見た。


「あはは、郡司よ、えってなんでぇ」

「え・・」

「おめー試合だぜ」

「は・・はい・・」

「おめーが負けても同点になるだけだ。だから心配すんな」

「・・・」

「郡司さん」


阿部が呼んだ。


「負けてもええから、気楽にな」

「は・・はい・・」

「そうやで。ラストは任しとき」


重富が言った。


「郡司さぁん」


森上が呼んだ。

和子は森上を見上げた。


「私のせいでぇ、あんたに――」


そこまで言うと和子は覚悟を決めた。

そう、心配させてはいけない、と。


森上先輩・・

辛そうな顔してはる・・

よし・・


「先輩!」


和子は声を張った。

その様子に彼女らは驚いた。


「私、先輩の分を取り返しますけに!」


その言葉に彼女らはさらに驚いた。


「私だって、桐花の選手ですけに!フランク野郎にも負けませんけに!」

「あっははは!郡司、おめーよく言った!おうよ、そうでねぇとな!」


中川は和子の肩をバーンと叩いた。


「そやそや、郡司さん、その意気やで!」

「ええ根性してる!フランク野郎なんか、屁みたいなもんや!」

「郡司さぁん、精一杯応援するからなぁ、頑張ってなぁ」


彼女らの横で日置は目を細めて見ていた。


郡司さん・・

辛いだろうに・・

よく言えたね・・

それでこそ・・

桐花の選手だ・・


「よし、郡司さん」


日置が呼んだ。


「はっ・・はいっ!」

「ここはチャンスだよ」

「えっ!」

「相手は全国トップの強豪校だ」

「はっ・・はいっ!」

「どこまで通用するか、試すいい機会だ」

「はっ・・はいっ!」

「遠慮は無用だ。徹底的に叩きのめしておいで」


日置は和子の肩をポンと叩いた。


「がっ・・頑張りますけに!」


そう言って和子はコートへ向かった。



―――増江ベンチでは。



「みんな、ごめん」


相馬は途中放棄したことを詫びた。


「なに言ってるんだよ」


藤波は優しく微笑んだ。


「そうだよ、いいんだって」


白坂が言った。


「それより、足はどうなの?」


時雨が訊いた。


「うん・・やっぱり痛い・・」

「そっか・・」

「相馬ちゃん」


景浦が呼んだ。


「なに?」

「医務室へ行くよ」

「え・・」

「このまま放っておくと長引くからね」

「そうだけど、座ってるから平気だよ」

「ダメダメ。油断は禁物、ほら」


景浦は相馬の前でかがみ、おぶされ、という仕草をした。


「かげちゃん・・」

「ほら、早く」


景浦は両腕を後ろへ回し、指先でチョンチョンと催促した。


「うん、わかった」


相馬は景浦の大きな背中に被さり、そのまま医務室へ向かった。


「明美ー」


トーマスが白坂を呼んだ。


「はい」

「向こうの子、まだ1回も出てませーん」

「はい」

「なので、補欠でーす」

「はい」

「遠慮しなくていいでーす。最初からガンガン行きまーす」

「わかってます」


白坂はコクリと頷いた。


「白坂、気を抜かずにしっかりな」


藤波は白坂の肩をポンと叩いた。


「出だしから、押して行くよ」


時雨が言った。


「うん」


そして白坂もコートに向かって歩いた。



―――観客席では。



「ああ・・和子が・・」


節江はコートに向かう和子を見て、今にも倒れそうになっていた。


「おお、出てきたが」


トミは平然としていた。


「おかさん・・なんでそがに、平気なんじゃ」

「あはは、狼狽えたところで、どうにもなりゃせんけに」

「ほなけんど・・」

「わーが、そがなかったら、和子は勝てんけにの」


トミは戦争が終わる寸前、戦地で夫を亡くしていた。

夫を亡くした上、敗戦という失意のどん底に落とされたトミだったが、日本中が混乱しており、食糧不足という最悪の状況下、まだ小学校に上がったばかりの小さな節江を抱え、おまけに姑や小姑の世話を女手一つで(こな)して生き抜いたのだ。

そんなトミにすれば、たかが試合ごとき取るに足りないことだったのである。



―――コートでは。



「3本練習」


審判が白坂にボールを渡した。

受け取った白坂は、平然とサーブを出した。

すると和子は緊張のあまり、空振りをしたのだ。

ついさっきまで、「私が取り返しますけに!」とカラ元気にせよ意気込んでいたものの、空振りするほど緊張が襲っていたのには理由があった。

そう、つい今しがた、男子の決勝戦が終わったばかりで、観衆の目が和子のコートに注がれていたからである。


ど・・どうしよう・・


和子はまた、怯え始めた。


「郡司ーーー!おめー手を抜くなんざ、相手さんに申し訳ないってもんよ!」


中川は空振りのことを言って、精一杯励ました。


「はあ?」


反応したのは白坂だった。


ガチガチに緊張してるじゃん・・

なに言ってるんだよ・・


そして今度は和子がサーブを出した。

するとボールは台の端に当たり、和子の顔に跳ね返った。


「うっ・・」


和子は思わず顔をしかめた。


「大丈夫ですか・・」


主審が気にして声をかけた。


「だっ・・大丈夫ですけに・・」


和子はボールを拾って、サーブを出した。

すると白坂は平然と打ち返した。


パシーン!


とても速いボールに和子は戸惑い、また空振りをしたのだ。


うわあ・・

ど・・どうしよう・・


焦る和子をよそに、館内では「素人・・?」や「なに、あれ」など、批判的な声が挙がっていた。

そしてまだ始まってもいないのに、勝負あったとばかりに、館内はザワザワと緊張感が失せつつあった。


「ああ・・和子よ・・」


節江は祈るように両手を顔の前で組んでいた。

その横でトミは、黙って和子を見ていた。


「ジャンケンしてください」


主審が促すと、二人はジャンケンをした。

その際、和子の手は少し震えていた。


「サーブで」


ジャンケンに勝った白坂はサーブを選択した。

そして和子は自分が立っているコートを選択した。


「ラブオール」


いよいよ試合開始の声がかかった。


「お願いします」


白坂は冷静に頭を下げた。


「お・・お願い・・します・・」


和子は小さくなってペコリと頭を下げた。

白坂はサーブを出すべく、ボールを手にして構えた。

方や和子は、足も震える始末で体は硬直していた。

それでも何とかレシーブの構えをした。

そして白坂がサーブを出そうとした時だった。


「たっ・・タイム・・」


なんと和子は思わずタイムを取ってしまったのだ。


「え・・」


主審は耳を疑った。

まだ始まってないぞ、と。


「タイム・・って、ほんとにタイムですか?」


主審が訊いた。


「あ・・ああっ・・いえ・・違います・・」


和子は慌てて否定した。

すると白坂はほんの少しだけ笑っていた。

そう、緊張するにもほどがあるぞ、と。


「それじゃ、もう一度。ラブオール」


主審は改めて試合開始を告げた。


が・・頑張らんと・・

頑張らんといけんけに・・


そして和子が構えたとたん、白坂はバックコースにスピードの乗ったロングサーブを出した。


うわっ・・


和子はラケットを出すことすらできず、ボールは横を通り過ぎて行った。

白坂は半ば唖然としながら、和子を見ていた。

なんなんだ、と。

まったくの素人じゃないか、と。


「うう・・ど・・どんまい・・」


和子はとても小さな声でそう言った。


「郡司さん!」


日置が呼んだ。

和子は情けない表情で日置を見た。


「まだ始まったばかりだ!下を向いちゃダメだ!」


その言葉に和子は頼りなく頷いた。


「郡司!怖れるこたぁねぇ!ここからだ!」

「1本やで、1本!」

「リラックスして!あんたやったらできる!」


彼女らが励ます横で森上は何も言えないでいた。

そう、自分のせいで郡司を苦しめている、と。


「おい、森上よ」


不思議に思った中川が呼んだ。


「なにぃ」

「おめー、なに黙ってんだよ」

「そやかてぇ」

「おめー、まさか自分のせいだなんて思ってんじゃねぇだろうな」

「え・・」

「郡司があんなになってるのは、てめーのせいだと思ってんだろうがよ」

「う・・ん・・」

「かっ、森上よ、おめーそれを言うなら、私も同じってもんさね」

「え・・」

「私も負けてんだ。っていうかよ、おめー郡司を舐めんじゃねぇぞ」

「・・・」

「おめー郡司の保護者か?」

「えぇ・・」

「あいつも選手の一人だ。てめーのケツはてめーで拭くんだよ」

「・・・」

「わからねぇか?一人前に見てやれっつってんだよ」

「確かにぃ・・そやなぁ・・」

「わかったなら、応援しろってんだ」

「うん、わかったぁ」


この会話を聴いて日置はまた思った。


やっぱり・・

中川は・・教師に向いている・・

この子は・・ほんとに人の心を見抜く力がある・・


「和子ーーー!」


そこで観客席から大声で叫ぶ者がいた。

観衆は何ごとかと、声のする方へ注目した。

するとそこには、席を立ちあがってコートを見つめるトミがいた―――

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