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サーよし!2  作者: たらふく
404/413

404 様々なルール

                 



―――桐花ベンチでは。



阿部は日置の前に立ち、不満げな表情を見せていた。


「阿部さん」


日置は至極冷静に呼んだ。


「はい・・」

「ネットインとエッジボールは、仕方がない」

「・・・」

「きみは不満に思ってるだろうけど、ここで怒っちゃいけない」

「せやかて・・」

「怒るってことは自分を見失うってことだよ」

「わかってますけど・・」

「優勝するんじゃないの?」

「・・・」

「何度も言ってるけど、これは個人戦じゃない。チーム戦なんだよ」

「・・・」

「いいね。怒った方が負ける」

「はい・・」


おいおい・・先生よ・・

そんな杓子定規な高説じゃ・・

チビ助の気持ちは収まらねぇぜ・・


「おい、チビ助よ」


そこで中川が口を開いた。


「なに・・」

「おめー、むかっ腹立ってんだろ」

「うん・・」

「だよな、わかるぜ」

「え・・」

「やつの点数の半分がネットとエッジだもんな」

「うん・・」

「おめー、ここで大声で叫べ」

「はあ・・?」

「怒りを吐き出さねぇと、この後に響くってもんよ」

「叫ぶて・・どうやって・・」

「いいか、こうやってだな」


中川は手で口を塞いだ。


「きゃ~~~大河くんっ!朝日が昇ると夕日が沈むのよねっ!」


そして手を離して「な?」と笑った。

日置も彼女らも唖然とした。

なにを言ってるんだ、と。


「あんた、さっきもそんなこと言うとったな・・」


阿部がポツリと呟いた。


「そのまま叫ぶとよ、本部に丸聴こえってもんさね。そうなると没収試合になりかねねぇ」

「・・・」

「だから、口を塞いで吐き出すんだよ」

「なにを言えばええん・・」

「おめーの思ってること、そのまま言いな」

「そ・・そうなん・・」

「ほら、やってみろって」


すると阿部は戸惑いながらも手で口を塞ぎ、顎を引いた。

そして上目遣いで中川を見た。


「あはは、なんだよ、その目は」


ある意味、滑稽ともいえる姿と、下半分が白目になっている阿部の上目遣いがおかしくて、中川は笑った。


「なんやねん、ネットインやエッジボールばっかりしやがって!そのたびに変に左手を挙げてやな!それで許されると思てるんか!もっと正々堂々と来んかい!1本や2本ならあることやし、かめへんわ!そやけど、今のはないで!それでも私は勝つ!ネットインやエッジボールに負けてたまるか!くっそーーーー!」


そこまで言うと阿部は口から手を離した。

すると意外にもすっきりとした表情に変わっていた。


「どうだ、チビ助」

「ああ・・なんかすっきりしたかな」

「そうだろうぜ」

「あはは、変なもんやな」

「困ったときの手塞ぎ叫び作戦さね・・」


中川は以前、大河と出会ってすぐにこの「作戦」を使っていた。

あれは卓球センターでのことだ。

言葉遣いが無礼な中川に対して大河は練習を断っていたが、あまりのしつこさに相手をしたことがあった。

その際、中川は言葉遣いを早乙女愛に変えたため、調子が出なかった。

そんな中川は大河に耳を塞がせ、自分も手で口を塞いで「このじゃがいも!おめーなんざ屁でもねぇ!」など、云々かんぬんを言ってうっぷんを晴らしたことがあった。


日置は思った。


中川さん・・

きみはほんとにすごいよ・・

おかげで阿部さんは落ち着きを取り戻した・・

この子は女優なんかより、教師に向いてると思うな・・


日置はふと、吉住を思い出していた。


「阿部さん、実力はあんたの方が上なんや。だからあんだけされても、リードしてるんやで」


重富が言った。


「うん、そやな」

「千賀ちゃぁん、とみちゃんのいう通りやでぇ。千賀ちゃんは負けへんよぉ」

「うん、わかってる」

「阿部さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「さあ、ここは一気に行くよ」

「はいっ」


阿部は力強く頷いた。

彼女らの横では和子がラケットを振っていた。

そして阿部を見て「先輩・・勝ってください・・」と絞り出すような声で言った。

和子にすれば、順番が回って来るとはいえ、阿部が負けると、自分で終わりになってしまう。

絶対にそれだけは避けたかったのだ。


「うん」


阿部は頷いてコートに向かった。



―――増江ベンチでは。



「相馬」


藤波が呼んだ。


「なに?」

「ネットインとエッジボールは気にしなくていい」

「ああ・・うん」

「それも実力のうちだ」

「そうだね・・」


相馬はそう言いつつも、あまりの多さに少し気が引けていた。


「そうだよ、相馬ちゃん。気にすることないよ」


白坂が言った。


「それだけツキがあるってことだよ」


時雨もそう言った。


「相馬ちゃん」


景浦が呼ぶと相馬は見上げた。


「ネットインやエッジボール以前の問題だよ」

「え・・」

「確かにラッキーだけどさ、それならリードしてないとね」

「うん・・」

「いいね、取られた分は取り返す。これを忘れたらダメだよ」

「うん、わかった」

「智子ー」


トーマスが呼んだ。


「はい」

「ベイビーは怒ってまーす」

「はい」

「いいですかー」

「・・・」

「戦意喪失させまーす」


トーマスはネットインであれエッジボールであれ、ここで阿部が怒ることこそ、戦意喪失につながると思っていた。


「さあさあ、1本でーす」


トーマスは手をパンパンと叩いて、相馬を送り出した。



―――コートでは。



試合は現在、15―14と阿部が一歩リードしていた。


さあ・・ここは絶対に1本取って・・

16―14でサーブチェンジや・・


阿部はサーブを出すべく、バックコースに立った。

方や相馬もレシーブの構えに入った。

阿部はポーンとボールを上げた。

そしてラケットを複雑に動かした。

そう、必殺サーブである。


またか・・


バッククロスの深いところへ入ったボールを、相馬は凝視した。

けれどもまたもや回転を見破れなかった相馬は、軽いツッツキで返した。

するとボールはミドルの中途半端な位置で落ちた。


よーーし・・

今度こそ・・

三球目で抜いてやるっ・・!


阿部は全力でスマッシュを打ちに行った。

すると力が入り過ぎたため、あえなくオーバーミスをしてしまった。


「あああ・・」


館内からこのような声が漏れた。

そう、チャンスボールなのにもったいない、と。

それは皆藤ら三神も同じだった。

これで同点だ、と。


ところが、である。

大きくオーバーミスしたボールは相馬の右腕をめがけて飛んだ。

相馬は慌てて回避しようとした。

そう、ここでラケットに当ててしまうと、ラケットミスを取られるからだ。

けれども回避する余裕がなく、ボールはそのまま相馬のラケットに当たったのだ。


「ミスです」


副審が手を挙げて言った。


「サーよし!」


阿部はこれまでのお返しとばかりに、全力でガッツポーズをした。

ここで黙ってられなかったのが中川だ。


「おいおい、フランク相馬よ!おめーそれはラケットミスといってだな、御法度中の御法度ってもんよ!それを使っていいのは名前を呼んでほしい時だけさね!」


名前を呼んでほしい時だけ・・?

なによ、それ・・


相馬は意味がわからず呆れていた。


そう、団体戦の予選の際、ラケットミスを知らなかった中川は、向井がオーバーミスしたボールを追いかけたことがあった。

日置や小島らは必死になって止めたが、中川は聞く耳を持たなかった。

そんな時、これはいかん、とばかりに観客席で見ていた大河は立ち上がって「中川さん!」と叫んだ。

すると中川は大河に呼ばれたことで観客席を見上げたため、ボールは寸でのところで床に落ちて難を逃れたことがあった。

もしこの時、ラケットミスをしていたら、インターハイ出場も泡となって消えていたのだ。


「よしよし、ラッキーだ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「よっしゃあーーー!もう1本!」

「千賀ちゃぁん、押して行くよぉ~~!」


彼女らの横では和子が「先輩・・頑張って・・」と心の中で呟いていた。


「相馬!今のは気にしなくていい!」


藤波が叫んだ。


「こっちがサーブだよ!」

「相馬ちゃん、強気だよ!」

「さあ、1本だよ!」


彼女らの檄に、相馬は「うん」と頷いた。

これでカウントは16―14と2点差になり、阿部がさらにリードした。


サーブチェンジとなったものの、相馬のサーブはそれほど怖くはなく、これまで阿部はなんなく返球していた。

その後はラリー展開になり、双方とも一歩も引かない戦いになった。

阿部は、またいつやられるかわからないネットインやエッジボールを警戒しつつも、懸命に応戦した。

方や相馬も「正面突破」とばかりに負けじと応戦し、とうとうカウントは19―19の同点となっていた―――



「ベイビー、戦意喪失しないでーす」


トーマスは意外だと言いたかった。


「ほどよいモチベーションでやってますね」


藤波が答えた。


「まあいいでーす。智子ー!」


呼ばれた相馬は振り返った。


「1本でーす!」


トーマスはパンパンと手を叩いた。

相馬は「うん」と頷いて向きを変えた。


さあ・・ここからだ・・

そうだな・・

ここは・・

意外性を突いて・・

三球目で行くか・・


これまで相馬は三球目攻撃は出していなかった。

トーマスの指示通り、ラリー展開で勝負していた。

そして相馬はサーブを出す構えに入った。

方や阿部もレシーブの構えに入った。


絶対に先1本取る・・!


そして双方とも「1本!」と気合いの入った声を挙げた。

バックコースに立った相馬は、ボールをポーンと高く上げた。

そう、投げ上げサーブである。

そして落ちてきたタイミングで手首を素早く動かした。


フォアの斜めや・・


阿部は回転を見破った。

バッククロスの深いところでバウンドしたボールを、阿部はすぐさま回り込んだ。

そう、三球目攻撃などさせるものか、と。

そして阿部はフォアストレートへミート打ちを放った。

攻撃を封じられた相馬は、その場からドライブをかけた。

バックストレートギリギリを狙ったボールを、阿部は打ちに行った。


よし・・

ここは・・

バッククロスへ打ち抜いたるっ・・!


意気込んだ阿部だったが、なんとボールは台の横に当たり下へ落ちたのだ。


「ええええーーー!」


館内からまた声が挙がった。

ここでエッジボールか、と。

阿部も唖然としていた。

まさかこの場面で、と。

けれども少し違和感を覚えた。

なぜならボールが下に落ちたからだ。


相馬は何ごともなかったかのように、左手を挙げて詫びる仕草をした。


「タイム!」


日置は血相を変えて手を挙げた。

その様子を彼女らは、半ば唖然として見ていた。

どうしたんだ、と。

ここに来てのエッジボールに、ついに怒りが爆発したのか、と。


「おい先生、やめなって!」


中川は思わず止めた。


「審判、今のはサイドだ!」


日置は中川を無視してそう言った。


「サイド」とは、ボールが台の横に当たったことを言い、エッジボールとは違ってこれはオーバーミスと同じ判定になる。


「サイドってなんでぇ」


中川は重富に訊いた。


「いや・・私も知らんで」


そう、中川も重富も「サイド」を知らなかった。

それもそのはず、サイドボールというのは滅多に入らない。

なぜなら、ボールが落ちるとき、台の横に当たらないといけないからだ。

いや、台の横を「(こす)る」と言った方が正しいかもしれない。

これは確率からいって、エッジボールとは比較にならないくらい低いものだ。

だから中川も重富も、サイドボールの経験がなかったのだ。


「サイドってなぁ」


そこで森上がルールを説明した。

すると中川は「なにーーーっ、そんなルールがあったのかよ!」と驚いた。

そしてすぐに「サイドだ!サイドだ!」と叫んだ。

なぜなら、ここで1点取られるのと取るのとでは、天と地ほどの差があるからだ。


「審判!判定はどうなってるの」


日置が訊いた。

審判の女子高生二人は、きちんと見ていなかった。

というより、はなからエッジボールだと決めつけていたのだ。


「今の、サイドでしたよ」


阿部はそう断言した。


「そうですか・・」


主審はそういいつつも、確信が持てないでいた。


「エッジですよ」


相馬はエッジボールだと思っていた。


「そうですか・・」


困り果てた審判はどう判定しようかと、二人で話し合っていた。


「どう思う・・?」


主審が訊いた。


「私・・きちんと見てなかったというか・・」

「私もなんじゃ・・」

「ほなら・・ノーカウント?」

「それがええように思う・・」


そして二人は元の位置へ戻り、主審が「今のはノーカウントにします」と言った。

すると日置は「ちょっと待って」といい、主審のもとへ向かったのだ―――

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