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サーよし!2  作者: たらふく
403/413

403 不測の事態


                  



―――観客席では。



「お・・おかさんよ・・」


節江が震えた声でトミを呼んだ。


「なんなら」


トミは平然としていた。


「か・・和子が・・」

「和子がどしたんなら」

「次に・・和子が・・出るんじゃが・・」

「え・・ほんまかいの」


驚いたトミは、桐花ベンチを凝視した。


「あれま、和子、ラケット持って動いとるが」

「つ・・次なんじゃが・・」

「あはは、やっと出られるんじゃの」

「え・・」


節江は呑気に笑うトミに唖然とした。


「ほなかて、出られるんじゃろ?」

「出られるいうても・・」

「なんなら」

「和子・・大丈夫なんじゃろか・・」

「そげな心配やこ、せんでもええ」

「ほなけんど・・」

「和子も選手の一人なんじゃけに、出られん方がいかんが」


節江の心配は当然のことだ。

なぜならこの広いフロアで、試合をしているのは男女合わせて4校だけなのだ。

つまり館内の耳目が、和子に集中するといっても過言ではないからだ。

節江は阿部の試合より、和子のことが心配でたまらなくなっていた。



―――コートでは。



阿部は2球目のサーブを出すべく、バックコースに立って構えた。


ここは・・

焦ったらあかん・・

1点でも多くリードしてサーブチェンジや・・

そやな・・

やっぱり・・

ネット前やな・・


そして阿部は「1本!」と声を発し、フォアのナックルサーブをバック前に出した。

けれども一見すると、下回転に見える抜群のサーブだ。


ナックルだ・・


見破った相馬はボールがバウンドしてすぐに叩きに行った。

バッククロスへ返って来たボールを、阿部は回り込まずにショートで返した。

バックに入ったボールを、相馬はバックハンドで思い切りドライブをかけた。

するとボールはネットに当たり、阿部のコートに落ちた。

そう、ネットインである。


くそっ・・


カウンターで返そうと考えていた阿部はタイミングを外され、足をもつらせながらも懸命にラケットを出した。

なんとか拾って返したものの、当然のようにチャンスボールになってしまった。

中途半端な場所に落ちたボールを、相馬は容赦なく全力でスマッシュを打ち込んだ。

まだ体勢を立て直せていない阿部は、ボールを見送るしかなかった。

相馬はサーよしとは言わずに、左手を挙げてネットインを詫びる仕草をした。


「どんまい」


阿部は仕方がないとばかりに、ボールを拾いに行った。


「阿部さん、どんまいだよ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「今のはしゃあない!」

「千賀ちゃぁん、先1本やでぇ!」

「チビ助ーーー気にするこたぁねぇ!ガンガン行けーーー!」


彼女らが声を挙げる横で、和子は懸命にラケットを振っていた。


どうしよう・・

どうすりゃええんじゃ・・

先生は・・ああ言いよったけんど・・

怖い・・

試合をするんが・・怖い・・


方や白坂はまだアップもせず、「先、1本だよ」と言いながら手を叩いていた。

その様子をチラリと見た和子は、白坂に余裕を感じた。

けれども同時に少しだけ悔しい気持ちが湧いてきた。

そう、舐められているんだ、と。

とはいえ和子にすれば、悔しさが恐怖を凌駕することはなかった。

いや、できなかったのだ。


そして阿部は気を取り直して、3球目のサーブを出そうとしていた。


よし・・

ここは・・必殺サーブで行くか・・


バックコースに立ち、ボールをポーンと上げた。

そしてラケットを複雑に動かした。


あのサーブかっ・・!

どっちだ・・


相馬はボールを凝視した。


くそっ・・!


バックコースの端でバウンドしたボールを、一か八かで叩きに行った。

そう、回転を見破れなかったのだ。

するとボールはネットにかかり、ミスをした。


「サーよし!」


阿部は渾身のガッツポーズをした。


「よーーし、ナイスサーブだ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「よっしゃあーーー!もう1本やで!」

「ナイスサーブぅーー!」

「っしゃあーーーー!チビ助、もう1発食らわしてやんな!」


彼女らもやんやの声を挙げた。


「どんまい」


相馬は自分に言い聞かせるように、首を左右に振った。


「相馬!どんまいだよ!」

「相馬ちゃん、1本だよ、1本!」

「ボールよく見て!」

「挽回、挽回!」


増江ベンチからも大きな声が挙がった。


「智子ー」


トーマスが呼んだ。

相馬は無言のまま振り返った。


「あのサーブは打たなくていいでーす」

「はい」

「ラリーでーす。ラリーラリー」


相馬は「うん」と頷いた。


そうだよ・・

無理して打たなくても・・返せばいい・・

その代わり・・

ラリーは絶対ミスをしない・・


そして阿部は4本目のサーブを出すべく構えに入った。


ここは・・

もう1本必殺サーブや・・

ほんで・・

3球目攻撃や・・


阿部は同じ立ち位置からボールをポーンと上げた。

そしてミドルへサーブを出した。


またかっ・・!

慎重に・・慎重に・・


相馬はボールを凝視したが、やはり回転を見破るのは無理だった。

そして仕方なく、丁寧にツッツキで返した。

するとボールはフォアへ高く返り、絶好のチャンスボールとなった。


よっしゃあ~~~!


阿部は3球目攻撃をするべく、全力で打ちに行った。


パシーン!


フォアクロスギリギリのところへ入ったボールを、相馬は懸命に追いかけたがすでに横を通り過ぎて床に落ちていた。


「サーよし!」


阿部は力強いガッツポーズをした。


「ナイスボーーール!」


日置はパーンと一拍手した。


うん・・

阿部さん・・いい感じだ・・

打つタイミングも抜群だ・・

ここは・・早めに仕掛けて・・

一気に突き放すんだ・・


「よっしゃあーーー!もう1本やでーーー!」

「ナイスボーーールぅ!」

「っしゃあーーー!フランク相馬は必殺サーブにビビッてやがるぜ!」


彼女らはやんやの声を挙げた。


「阿部さん!」


日置が呼んだ。

阿部はそのまま振り向いた。


「ここはもう1本取るよ!」


そして手をパンパンと叩いた。


「はいっ」


阿部は力強く頷いて向きを変えた。


先生・・

次も3球目攻撃しろってことですよね・・

私もそのつもりですよ・・!


そして阿部は5球目のサーブを出すべく構えに入った。

方や相馬もレシーブの構えに入った。


送るコースだ・・

コースを狙わないと・・

おそらく次も・・3球目で来るはずだ・・

そうはさせるかっ・・!


阿部は三度(みたび)同じ立ち位置からボールをポーンと上げた。

そしてバックのネット前でボールがバウンドした。


どっちだ・・


また回転を見破れなかった相馬は、バックハンドで軽く返した。

すると偶然にも回転に「正解」したボールは、バッククロス端の深いところでバウンドした。

阿部はすぐさま回り込もうと動いたが、ボールはイレギュラーして横へ飛んだ。

そう、エッジボールである。


くそっ・・

またかっ・・!


阿部は諦めずにラケットを出したが、ボールは床に落ちていた。

相馬はまた左手を挙げて詫びる仕草をした。


「どんまい」


阿部は少し不満げにそう口にして、ボールを拾いに行った。


「どんまい、どんまい!」


日置は気にするなとばかりに、手を叩いて励ました。


「阿部さん、リードしてるで!」

「千賀ちゃぁん、どんまいやでぇ!」

「おのれ~~~!フランク相馬め。おめーが取った点は、ネットインとエッジだけじゃねぇかよ!」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんだよ」

「ネットインとエッジボールは仕方がない」

「っんなこと言ってもよ」

「ここまで阿部さんが押してる。サーブも効いている」

「そうだけどよ」

「有利なのは阿部さんだよ」

「くそっ。ネットとエッジがなけりゃ、5―0でチビ助がリードしてたはずだってのによ」


試合ではとかくこのように、ネットイン或いはエッジボールが入ることはよくあることだ。

特に競った試合や勝負どころでこれをやられると、モチベーションが下がる場合もある。

メンタルが弱い選手などは特にそうだ。

そう、ここでそれかよ、と気落ちしてしまうのだ。

かといって、ネットインやエッジ―ボールをした選手は、けして狙っているわけではない。

あくまで偶然に過ぎない。

だからこそ、された方の選手は文句も言えないし甘んじて受け入れるしかないのだ。


これで3―2と阿部が一歩リードして、サーブチェンジとなった。



―――ロビーでは。



皆藤はトイレへ行くため、ロビーを歩いていた。

するとそこで、皆藤の横をとある女子が通りかかった。


「おや、田丸くん」


そう、真城高校エースの田丸だった。


「あ・・皆藤先生、ご無沙汰してます」


田丸は立ち止まって丁寧に頭を下げた。


「一年ぶりですね」


皆藤はニッコリと笑った。


「はい」

「きみたちの試合を観ることが出来なくて残念です」

「そうですか・・」

「増江はどうでしたか」

「コテンパにやられました」


田丸は苦笑した。


「シングル、きみは誰とあたったのですか」

「景浦さんです」

「そうでしたか」


皆藤は気の毒そうな表情を浮かべた。


「点数はどうでしたか」

「7点と6点でした・・」

「7点と6点・・」


皆藤は田丸をもってしてまで、二桁取れなかったのかと唖然とした。


「三神は出てないようですが、やはり桐花ですか」


田丸は予選のことを言った。


「そうです」

「そうですか・・」

「森上くんにしてやられました」

「彼女、頑張ったと思いますよ」


田丸は点数のことを言った。


「そうですね」

「では、これで失礼します」

(いぬい)くんに、よろしく伝えてください」


乾とは、真城高校の監督である。


「はい」


田丸はニッコリと笑ってこの場を後にした。


そうですか・・

田丸くん・・7点と6点でしたか・・


田丸の実力は野間に及ばないまでも、三神にいたとしたらレギュラーになっても不思議ではないほどだ。


第1シードの誇りがある真城が・・

二回戦という緒戦も緒戦で・・

エースが・・大差をつけられて負けた屈辱は・・

想像に難くありません・・


皆藤は複雑な心境を抱えながらトイレへ向かった―――



その後、試合は一進一退を繰り返し、互いに一歩も引かない展開になっていた。

その理由は、阿部がここで一気に引き離す、と意気込んだと思いきや、相馬はネットイン、或いはエッジボールと、阿部の腰を折っていた。

そのたびに追いつかれてはまた引き離し、を繰り返すうち、阿部は次第に苛立ちを覚えていた。


「どんまい!」


阿部は不満を伝えるかのように、怒りの声を挙げた。

そう、今もネットインで点を取られたのだ。

現在、試合も中盤を迎え、15―13で阿部がリードしていた。

今のネットインがなければ、16―12で4点差がつくはずだった。

後半に差し掛かる際の2点差と4点差では、大きな違いがある。


「こらあーーーー!フランク相馬!てめーわざとやってんじゃねぇだろうな!」


中川は怒りの声を挙げた。


「中川さん!」


日置が怒鳴った。


「なんだよ!」

「きみ、没収試合にするつもりなのか!」

「むっ・・」

「ネットインとエッジは仕方がないって言ってるだろう」

「でもよ!こう多くちゃ、やってらんねぇぜ!」

「それも仕方がない」

「そうですけど・・なんかなあ」


重富が口を挟んだ。


「きみまでなに言ってるの」

「阿部さんも、腹立ってると思います」


日置は阿部を見た。

すると重富のいう通り、阿部は怒りの表情を浮かべていた。


「阿部さん!」


日置が呼ぶと阿部はベンチを見た。


「このままリードして行こう!」

「はい」


阿部は冷静に返事をしたが、怒りの表情は消えなかった。

そもそも阿部の性格は、追い込まれるとメンタルの弱さが露呈しがちだ。

けれども一方で、挑発されたり焚きつけられると、必要以上に闘志がむき出しになる場合もある。

そう、浅草西戦でのダブルスがそうだったように。

そんな阿部は、調子がいいにもかかわらず、引き離すことのできない状況に苛立った。

それもこれも、ネットインとエッジボールのせいだ、と。


くそっ・・

ほんまにネットインとエッジが多い・・

いや・・多すぎる・・

わざとやないことは・・

わかってるけど・・

ええ加減にせぇよ・・


そして阿部はサーブを出すべく、「1本!」と怒りにも似た声を挙げて、相馬を睨んだ。

方や相馬は冷静に「1本!」と声を挙げ、睨み返した。


「相馬!挽回だよ!」


藤波が手を叩いてそう言った。

そして阿部は、ここはまた必殺サーブだと考え、バックに立ちボールをポーンと上げた。

歪な回転を保ったままのボールは、バッククロスの深いところでバウンドした。


どっちだ・・


回転を見破れなかった相馬は、バックハンドでドライブをかけた。

するとボールはフォアストレートでバウンドした。

その時だった。

ボールはコートの端に当たり、まだイレギュラーしたのだ。

そう、エッジボールである。


なにっ・・!


既にフォアへ動いていた阿部だったが、ボールを返すことができずに空振りに終わった。

さすがの相馬も左手を挙げながら「すみません」と詫びた。

そして不思議そうに自分のラケットを見ていた。


「ああああああ・・」


館内からこのような声が挙がった。

そう、またか、と。


「どんまい!」


阿部はまた怒りを露わにした。

そしてドスドスと足音を鳴らしながらボールを拾いに行った。


「またやん!」


さすがの重富も思わずそう言った。


「多いなあ・・」


森上はそう呟いた。


「なんだよ、これ!」


中川も怒り爆発といった状態だ。


「阿部さん!」


日置が呼んだ。

阿部は無言のまま日置を見た。


「仕方がない。ここは気を取り直して」

「・・・」


阿部は何も答えず、表情も変わらないままだ。


これはダメだ・・


「タイム取って」


日置はそう言った。

すると阿部は無言のまま頷いてタイムを取り、ベンチに下がった―――

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