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サーよし!2  作者: たらふく
401/413

401 型




―――日置は考えていた。



今のサーブは・・

景浦さんにインプットされた・・

だから・・

同じサーブは二度と通用しない・・

それより・・

どうやってツッツかせるかだ・・

ラリー中にフォアでツッツかせるということは・・

森上が、先にツッツくということだ・・

これはあり得ない・・


森上と景浦のラリーは、全てが上回転のボールだ。

下回転のラリーで考えられるのは、唯一サーブとそのレシーブだけだ。

しかも森上がサーブを持った時だけだ。

なぜなら、今のところだが、景浦は平凡な上回転のロングサーブしか出していない。

となると森上が下回転のサーブを出すしかないからだ。

とはいえ、景浦をツッツかせるようなサーブは、そうそう出せない。

景浦なら、必ずドライブ、或いは前で叩く、という戦法に出ることは目に見えている。


うーん・・

ここは・・

ツッツかせることに拘るよりも・・

やはり・・ラリーだ・・

今しがたの戦法で行くと・・

景浦さんの前での対応は、封じることができる・・

うん・・

これしかない・・


「森上さん!」


日置が呼んだ。

森上は無言のまま振り返った。


「このまま押して行こう!」


森上は「うん」と頷いてコートに向きを変えた。

その実、森上もどうやってツッツかせるかを考えはしたが、これは無理だと思っていた。


先生の作戦を・・

実行するのみや・・

それしかない・・


そして森上は「1本!」と声を発し、サーブを出す構えに入った。

方や景浦は、無言のまま独特の構えに入った―――



その後、森上は日置の指示通り、前で勝負することを避けていた。

となると、試合は当然のようにラリー勝負という展開になっていた。

ラリー勝負では双方とも一歩も引かなかったが、ボールが森上のバックに来た場合、回り込みもしたが、それに対する景浦の容赦ないフォアへの攻撃に、森上は成す術をなくしていた。

そう、森上といえども、そのスピードの速さの前では動ける範囲が限られている。

いや、何度も追いつきもしたのだ。

抜群のドライブを放ちもした。

けれども森上のボールを、いとも簡単に返す景浦の技は、まさに妙技というべきものだった。


あまりの(むご)い現実に、桐花ベンチは言葉を失っていた。

これは悪夢じゃないのか、と。

あの森上が後手に回り、動かされ続けた挙句、あざ笑うかのような景浦の決めボール。

日置の作戦で挽回の兆しがあったものの、あくまでそれは「一時しのぎ」に過ぎなかったのだ。

かといって、前での対処に変えるとさらに分が悪い。

ここはどうしたものか、と。

彼女らのみならず、日置もアドバイスのしようがなかったのだ。


そして点差は徐々に開き、現在20―12と大差をつけて、景浦はラストを迎えていた―――



「洋子ーー1本でーす!」


まさに「ご満悦」のトーマスは、ニコニコと笑いながら手を叩いていた。


「ラスト1本だよ!」

「さすが、かげちゃんだね」

「締まって行くよ!」

「さあー1本!」


彼女らにも、余裕の表情が見て取れた。


「ビューティフルガール~、かわいそうだけど、仕方がありませーん」


そう言いながらも、トーマスは笑っていた。


「だから、森上です」


藤波は、また念を押した。


「由美子―」

「なんですか」

「ビューティフルガールね、もったいないと思わない?」

「え・・なにがですか。っていうか、森上です」

「このままだと、もったいないでーす」

「型のことですか?」

「イエース」


確かに藤波もそうだと思った。

ペン型だと、どうしてもバックが不利になる。

もし森上がシェイクの攻撃型だったとしたら、今以上の実力を備えていたであろうことは言うまでもない。

景浦との勝負も、互角、あるいは森上の方が上だったかもしれない、と。


「向こうの監督、今後は考えるんじゃないですかね」

「当然でーす。このままにして置いたら、監督失格でーす」



―――コートでは。



森上は偶然にも、トーマスと同じことを考えていた。

景浦のような実力者の前では、やはりペンは不利だ、と。

そして今の自分では、景浦に勝てない、と。


せっかく・・全国まで来て・・

優勝がかかった大事な試合やというのに・・

成す術がないなんて・・

それにしても・・

この景浦さんは・・別格や・・

でも・・

私が勝たんと・・

桐花は負けてしまう・・

いや・・

いや・・いや・・

違う・・

これは団体戦や・・

私が負けても・・

千賀ちゃんが勝つ・・

ほんで・・ラストでとみちゃんが勝つ・・


森上は、もはや成す術がないとこを悟りながらも、「1本!」と気合の入った声を挙げた。

方や景浦は、余裕の表情でサーブを出す構えに入った。


相変わらず景浦は、単純なロングサーブを出した。

景浦の場合、サーブから三球目という「姑息」な技を使わずとも、いくらでもラリーで勝負ができる。

だからこれまで、ロングサーブしか出していなかったというわけだ。

フォアに入ったボールに森上は、ここへ来ても素早く動き、そして少し後ろへ下がってゆっくりとドライブを放った。

少し山なりに入ったボールに、またか、とばかりに景浦はこれまでと同じラリー展開に持って行った。

グィーンと弧を描いてバックコースでバウンドしたボールに、森上は回り込みに間に合わなかった。

仕方なく森上はショートで対処した。

そう、仕方なく、だった。


そうなんだ・・

あんたさ・・

もう勝つ気を失くしたんだ・・

それでもエースなのか・・


今しがたの森上の「消極的」なショートを見て、景浦は怒りにも似た感情が沸き上がった。

そして何でもないショートのボールを、怒りを込めてフォアクロスへ弾丸スマッシュを打ち込んだ。


スパーン!


激しく台に叩きつけられたボールを、森上は懸命に追った。


あかん・・

間に合わへん・・


そう思った森上は気持ちが引いた分だけ、ボールはラケットから数センチ横を通り過ぎて床に落ちていた。

1セットを取った景浦は表情一つ変えることなく、ペコリと頭を下げてベンチに下がって行った。



―――桐花ベンチでは。



誰しもが無言のままだった。

そう、あの中川ですら唖然としたままだ。


「森上さん!」


まだコートに立ったままの森上を、日置が呼び寄せた。

森上は静かに一礼してベンチへ下がった。

そして日置の前に立った。


「すみませぇん・・」


森上は小さくなって詫びた。


「森上さん」


日置は優しく呼んだ。


「はいぃ・・」

「はっきり言うよ」

「え・・」

「今のきみでは景浦さんに勝てない」


日置の言葉に、彼女らは驚いた。

なにを言ってるんだ、と。

まだ1セットが終わっただけだぞ、と。

ここは監督である先生が、的確なアドバイスをすべきだろう、と。


「おい、先生よ」


中川が口を開いた。


「なに」

「勝てねぇとかよ、それはねぇんじゃねぇか」

「いや、今の森上さんでは無理だよ」

「っんなよ、無理なことは私だってわかってらぁな。だけどよ、おめー監督だろうが」

「うん」

「ならよ、アドバイスってもんがあんだろうがよ」

「いや、もう策はない」

「ないって・・」


中川は唖然とした。


「中川さぁん」


森上が呼んだ。


「なんだよ」

「先生のいわはる通りやと思うよぉ」

「おめーまでなに言ってんだ」

「でもなぁ、勝てへんとしてもぉ、諦めることはせぇへんよぉ」

「なあ、恵美ちゃん・・」


阿部が遠慮気味に呼んだ。


「なにぃ」

「ほんまに勝たれへんのやろか・・」

「わからんけどぉ・・多分・・無理やと思うぅ」


森上の言葉は、途中で投げ出しての「それ」ではなかった。

いつものように、本人は冷静だった。

冷静だからこそ、今の自分が持っているもの、今の自分ができることを客観的に判断ができる。

そのように分析した上での「答え」だったのだ。

そう、日置が言うように「今」の自分では勝てない、と。

あくまで、今は、なんだと。


「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに」

「もう、どう足掻いても無理なんだな」

「うん」

「そうか・・」


そして中川は「森上よ」と言って見上げた。


「なにぃ」

「考えようによっちゃよ、おめー、マジのライバルが現れたってことだぜ」

「え・・」

「おめーは全国王者の三神の野郎どもをぶっ倒した。クチビルゲに至っては、4点と5点だ」

「うん・・」

「ってことはだぜ、三神はおめーの敵じゃねぇってことだ。近畿の野郎どもも大したことなかった。全国もよ、決勝までおめーの敵はいなった」

「・・・」

「これでフランク景浦がいなかったとしたらだせ、おめーのライバルなんていねぇってことだ」

「・・・」

「それってよ、つまんねぇじゃねぇか」

「・・・」

「おめーがここで負けたらどうなる?」

「・・・」

「つまり!それはやり甲斐を見出せたってことさね。わかるか、森上よ。来年、あの野郎に勝つにはどうすればいいか、ぜってー考えるよな。1年かけて死に物狂いで練習すんに決まってるよな」


中川は、自分と森上が重なっていた。

そう、藤波に負けた悔しさが、思わずそう言わせていた。

それは日置も彼女らも、十分にわかっていた。


「森上さん」


日置が呼んだ。


「はいぃ」

「でも試合はまだ終わってない。きみは桐花のエースだ。最後までエースとしての誇りを胸に、堂々と戦うこと」

「はいぃ」

「よし。徹底的に叩きのめしておいで」


日置は森上の肩をポンと叩いて、いつも通りの言葉を発した。


「うん、そうや。恵美ちゃん、しっかりな!」

「森上さん、もうここはあんたのやりたいようにやればええで!」

「先輩、ファイトですけに!」


阿部らも無理だとわかりつつも、必死に励ました。


「うん、わかったぁ」

「よーーし、森上よ!桐花の意地を見せてやんな!」


中川はそう言って、森上の背中をバーンと叩いた。

そして森上はゆっくりとコートへ向かった。



―――増江ベンチでは。



「洋子―、ナイスゲームでーす」


トーマスは手を叩きながら景浦を迎えた。


「景浦、次も今の調子でな」


藤波は景浦の肩をポンと叩いた。


「かげちゃん、さーすが!」


相馬も手を叩いて迎えた。


「森上、成す術なしって感じだね」


白坂は嬉しそうに言った。


「ほんとだよ、かげちゃんの作戦に見事に嵌ってたね」


時雨も嬉しそうだった。

けれどもそんな景浦は、不満げな表情を浮かべたまま無言だった。


「景浦、どうした?」


不思議に思った藤波が訊いた。


「いや、なんでもない」

「かげちゃん、どうしたの」


時雨も訊いた。

そして白坂も相馬も、どうしたのかと景浦を見上げていた。


「別にいいんだけどさ」


景浦は静かに答えた。


「なにが?」


相馬が訊いた。


「いや、途中まではさ、森上に一目置きもしたけど」

「ああ・・そうだね」

「まあいい。とっとと終わらせるよ」


景浦はそう言って、早々とコートに向かった。


「監督、どう思いますか?」


藤波が訊いた。


「なにがですかー」

「いや、今の景浦ですけど」

「日本に敵はいないと思ったのでーす」

「え・・」

「だから、楽しくないのでーす」

「ああ・・なるほど」


藤波も彼女らも、景浦の意を察した。


「そうだよね・・かげちゃんなら、そうだよ・・」


時雨は、もしかすると景浦はスウェーデンに戻ることが視野にあるのでは、と心配した―――



ほどなくして第2セットが始まったものの、戦況が変わることはなかった。

どこまでも諦める気持ちを忘れてなかった森上は、とことんボールに食らいつき応戦したが、やはり最後は打ち負けていた。

途中、苦肉の策であるツッツキも考えたが、もはやそれは愚策でしかない。

そのことを頭から消した森上は、正面突破であるラリー勝負に出るしかなかった。

試合はどんどん進み、大きくリードを許したまま森上は懸命にコート狭しと動き回っていた。


「おい、重富よ」


前を見たまま中川が呼んだ。


「なに」


重富も前を見たまま答えた。


「森上が負けると、その時点で2―2だ」

「うん」

「チビ助の相手はフランク相馬だから、チビ助がぜってー勝つ」

「うん、そやな」

「郡司は気の毒だが、話にならねぇ」

「うん」

「するってぇと、3―3でラストのおめーが、あの野郎と対戦だ」

「うん・・」


重富は少し消極的な返事をした。

そう、景浦に勝てるはずがない、と。


「おい、おめー」


そこで中川は重富を見た。


「なによ・・」


重富も中川を見た。


「おめーよく聞け」

「なにをよ」

「今日のおめーは神がかってんだ」

「え・・」

「おめー、フランク時雨にあれだけの試合ができたんでぇ」

「ああ・・うん」

「だから、フランク景浦にも、おめーなら勝てる」

「・・・」

「これ、マジで言ってんだぜ」


重富は唖然として、答えに窮した。

無茶を言うな、と。

そして少し時間を置いて口を開いた。


「そうやろか・・」

「なにがだよ」

「私・・勝てるんやろか・・」

「勝てる。おめー板だしよ、景浦であろうと戸惑うに違げぇねぇんだ」

「うーん・・」

「いいか、勝負はラストのおめー、重富だ」


そう言われ、重富は考えた。


ほんまやったら・・

勝てへん相手に私は勝った・・

もう一回勝て、言われても・・

多分、勝たれへん・・

けど・・

それは・・

景浦に対しても同じとちゃうんか・・

森上さんはパワー勝負やけど・・

私は・・ある意味真逆や・・

勝機があるとしたら・・そことちゃうか・・

あっ・・

そういえば・・

景浦は・・ツッツキが変やった・・

これは・・使えるんとちゃうか・・


全く勝ち目などないと思っていた重富は、ラストまで回って来るとなれば、そうも言ってられない。

優勝という栄誉を手にするには、全てが自分の肩に伸し掛かってくる、と。

これは大変だが、やり甲斐もある。

そう、もう一度奮起しよう、と。

やってやろうじゃないか、と。


「わかった。私、考えてみる」


重富は真剣な表情で答えた。


「おうよ、そうでねぇとな」


中川はニッコリと笑った。


そして試合は21―13と森上は景浦に敗北し、これでゲームカウントは2―2のイーブンとなり、五番の阿部対相馬の試合を迎えようとしていた―――

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