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サーよし!2  作者: たらふく
400/413

400 景浦の弱点

                   



―――桐花ベンチでは。



ったく・・

かあちゃんったらよ・・

あんなまともなこと言いやがって・・

ひたむきに戦う選手・・か・・

うん・・

そうだ・・

そうじゃねぇか・・

かあちゃんのいう通りじゃねぇか・・

森上は、うちのエースなんだ・・

このまま引き下がってられっかよ・・!


「っしゃあーーー!森上、ここから挽回しやがれーーーー!」


中川は大声で叫んだ。


「そやそや、恵美ちゃん!試合はこっからやで!」


阿部もなんとか気を取り直した。


「森上さん!気持ちを切り替えよ!まずは1本やで!」


重富は中川と同様、「ひたむきに戦う選手」という言葉に心を打たれていた。


「先輩ーーー!1本ですけに!行けますけに!」


和子は森上の心中を思うと、なんとも胸が苦しくなっていた。

そこで中川は日置を見た。

なぜなら、なにも言わずに黙っているからだ。


「おい、先生よ」

「・・・」


日置は真っすぐコートを見たままだ。


「先生よ!」

「えっ・・」


日置は我に返ったように中川を見た。


「おめー、なに考えてんだよ」

「いや・・」

「森上にアドバイスしろよ」

「ちょっと待って」


日置は考えていた。

そう、景浦のサーブと攻撃のことだ。


景浦さんのレベルだと・・

あんな単純なサーブしか持ってないことはあり得ない・・

え・・

ちょっと待てよ・・

あの手のサーブは・・

森上さんじゃなくても、誰でも打ちに行く・・

実際・・森上さんもそうしたし・・

僕もそうすべきだと思った・・

いや・・

違う・・

あれは打たせるためのサーブだ・・

だから・・景浦さんは・・

全く下がらなかったじゃないか・・

うーん・・

考えろ・・考えろ・・


そして日置はあることを思いついた。


「森上さん!」


日置が呼んだ。

森上は黙ったまま振り返った。


「タイム取って」


森上は頷いてタイムを取り、そしてベンチに下がった。


「森上さん」


森上は日置の前で立った。


「はいぃ」

「前での勝負は、分が悪い」

「・・・」

「それを避けるためには速いボールは反って逆効果だ」

「はいぃ」

「ここからは、力を抜いたボールを送ること」

「そうですかぁ」

「それと、ボールは少し高くすること」

「おいおい、先生よ」


中川が口を挟んだ。


「なに」

「それだと、景浦の思う壺だぜ」


中川は、わざわざ打ってくれと言ってるようなもんだ、と思った。


「打たれるってことだよね」

「そうさね」

「森上さん」


日置は森上に目を向けた。


「そんなこと、なんでもないよね」

「え・・」

「景浦さんは前で対処するに違いない。でもね、そこで少し高い返球をすると、スピードが軽減される。その分、動ける時間が稼げる」

「でも、打たれるじゃねぇかよ」

「きみ、森上さんをなんだと思ってるの」

「え・・」

「森上さん」


日置は森上の肩に手を置いた。


「これを頭に入れてラリーをすること。そして絶対に気持ちは引かないこと」

「はいぃ」

「よし。ここからだ。徹底的に叩きのめしておいで」


そしてポンと叩いた。


「よーーし、森上よ!なんだか知んねぇが、先生がそう言ってんだ。おめー、全力で実行しろよ」

「恵美ちゃん、しっかりな!」

「あんたやったら、なんでもできる!」

「先輩!ファイトですけに!」

「わかったぁ」


森上はそう言ってコートへ向かった。



―――増江ベンチでは。



「オー亜希子~~、いつから本部役員になったんですかー」


トーマスは、すっとぼけたことを言った。


「あの人は本部役員じゃなくて、あそこに座らされてるんです」


藤波は呆れていた。


「どうしてですかー」

「監督、覚えてないんですか」

「なにをー」

「私と中川の試合の時、あのおばさん、放送室からなんか喋ってたでしょ」

「あ・・あああーー、そうでしたー」

「だから、そういうことです」

「でも亜希子、いいこと言いましたー」

「・・・」

「洋子ー」


トーマスが呼ぶと、景浦はチラリと見た。


「今の作戦はバッチリでーす」

「はい」

「このあとも、それで行きまーす」

「わかってます」

「景浦」


藤波が呼んだ。


「いいか、ここはダメ押しだよ」


景浦は無言で頷いた。


「かげちゃん、締まって行くよ」

「撃沈だよ」


相馬はまた、景浦の仕草を真似た。


「かげちゃん、頑張って」


時雨は景浦の肩をポンと叩いた。

景浦は「うん」と頷き、平然としてコートへ向かった。



―――コートでは。



森上は改めてサーブを出す構えに入った。


もう・・なんも無いやろな・・


ある意味、森上は邪魔が入ることを考える余裕があった。


そやな・・

緩めのボールを少し高く返すんやったら・・

やっぱりサーブは、速い方がええな・・


「1本!」


森上は気合いの入った声を挙げた。

方や景浦もレシーブの構えに入った。


ほう・・

気合い・・入ってんじゃん・・


そして森上はバックコースから、バックのロングサーブを景浦のフォアクロスへ出した。

景浦はなんなく追いつき、またバウンドした瞬間、早いタイミングのカウンターで返した。


来たっ・・


フォアストレートに入ったボールに、森上はほんの少し後ろへ下がり、緩めのドライブをかけた。


なんだ・・

このボールは・・


少し山なりに入ったボールは、景浦のバッククロスでバウンドした。

けれども日置が言ったように、ボールが高い分、素早いカウンターができなかった。

つまり、それだけ森上には動く時間が与えられる。

それでも景浦は、ボールがバウンドした瞬間、バックハンドで抜群のミート打ちを放った。

フォアクロスに入ったボールに森上は追いつき、その場からまた緩めの高いボールを景浦のフォアストレートへ返した。


舐めてんのか・・


景浦はすぐさま足を動かし、スマッシュを打ちに出た。


スパーン!


まるで台が壊れんばかりの音を鳴らし、ボールは森上のバッククロスを襲った。


森上さん・・

そこだ・・!


日置の握り拳に力が入った。

そして森上は信じられない速さで回り込んだ。


なんだと・・!


すると森上は、寸でまで全力で打つと見せかけ、ボールが当たった瞬間フワッと力を抜いて景浦のフォアクロスへ流し打ちをした。


抜かせてたまるか・・!


景浦は全力で走り、ボールに追いついた。

そしてその場から渾身のドライブを放った。

またもやグィーンと弧を描いて飛んだボールは、森上のフォアストレートを襲った。

森上は全力でスマッシュを打ちに出た。

その瞬時、景浦はバックへ戻ろうとしていた。

すると森上は逆を突き、景浦のフォアストレートに爆弾スマッシュを放った。


くそっ・・


追いかけようとした景浦だったが、ボールは遥か遠くを飛んで行った。


「サーよしっ!」


森上は力の入ったガッツポーズをした。


「よーーーしっ!ナイスボールだ!」


日置はパーンと一拍手した。


「よっしゃあ~~~!恵美ちゃん、ナイス!」

「ナイスボールや!もう1本!」

「きゃあ~~~~!先輩、ナイスですーーー!」

「っしゃあーーーー森上!もう一発、ぶちかましてやんな!」


これでカウントは8―3と5点差になった。

景浦は思った。


なるほど・・

森上は・・

私のカウンター崩し作戦ってわけだ・・

確かに・・ボールが高いと・・

その分・・時間ができる・・

私に打たれることは・・

織り込み済みってことか・・

上等だ・・

相手になってやるよ・・


「洋子ーー1本でーす」


トーマスは全く意に介してなかった。


「景浦!押して行くよ!」

「かげちゃん、どんまいだよ!」

「次1本だよ!」

「リード、リード!」


彼女らに焦りや不安など、微塵もなかった。


そして森上はサーブを出す構えに入った。


次は・・なにがええかな・・

うーんと・・

そやな・・

景浦は・・

アホみたいなロングサーブばっかりやった・・

よし・・

それやったら・・私も・・


景浦もレシーブの構えに入った。

すると森上は間髪入れず、下回転のサーブを景浦のフォアに入れた。


えっ・・


景浦は、一瞬戸惑った。

ボールは台からはみ出るでもない、かといって短いわけでもない。

なんとも中途半端な位置に落ちたボールに、なんと景浦はツッツいたのだ。

いや、本来の景浦なら、なんでもない下回転のサーブなど、前で叩いて対処することなど造作もない。

けれども、まさかこんなサーブを出すとは思ってなかった景浦は、いわゆる「心構え」ができてなかったのだ。

そこでツッツキという「苦肉の策」に出たというわけだ。


「ああ・・」


藤波は、少し焦った声を挙げた。


「うそ・・フォアでツッツいた・・」


白坂が言った。


「まさか・・森上・・見抜いた?」


相馬が言った。


「あり得ないよ」


時雨が答えた。

そう、まさに景浦の唯一の弱点とは、フォアのツッツキだったのだ。

日頃からフォアでツッツくことなど滅多にない景浦は、基本中の基本であるツッツキの練習を怠っていた。

とはいえ、まったく出来ないわけではない。

バックのツッツキは、試合が始まったばかりで出していたし、フォアのツッツキもできることはできる。

けれどもそれが、森上に通用するツッツキではないことは、彼女らはわかっていた。


景浦がツッツいたボールは、コートの真ん中で落ちた。

森上にとっては、いや、並の選手にとっても「おいしい」ボールだ。

森上は半ば唖然としながらも、無論、チャンスボールを打ちに行き、景浦のバッククロスに叩きつけられた。

すると景浦は前に着いたままとはいえ、どっちに打つかわからない森上に対して、両手を挙げたのだ。

そう、降参だ、とばかりに。


「サーよし!」


森上は変だな、と思いつつも、大きな声を挙げた。


「よーーーし!もう1本だよ!」


日置も不思議に思っていた。


「よっしゃあーーーー!もう1本!」

「なんやあれ・・」

「先輩ーーー!行けますよ!」

「おいおい、フランク景浦よ!おめーなにやってんだ!手を抜いてんなら、ぶっ飛ばすぞ!」


中川はツッツキのことを言った。

これでカウントは8―4の4点差と縮まった。



―――観客席では。



「あれ・・」


上田がポツリと呟いた。


「どうしたんですか」

「いや、今のツッツキや」

「はい」

「お前、言うとったな」

「ああ・・はい」


柴田は、「ツッツキを使わないのか」と言っていた。


「いや、まさかあんなツッツキするとは思わんかった」

「そうですね」

「この二人の型からすると、ツッツキなんて、あり得へんのや」

「へぇー」

「さっきも言うたけど、ツッツいた時点で、いかれてまうからな」

「ああ、打たれるってことですね」

「お前にはわからんやろけど、景浦のツッツキな、あれは並の選手レベルや」

「えー、こんなに強いのに?」

「ひょっとして、これが突破口になるんとちゃうか」

「ツッツキがですか?」

「そや」

「いや、でも、どうやってツッツかせるんですか」

「え・・」


上田は思わず柴田を見た。


「お前、わかっとるやないか」

「え?」

「そや。どうやってツッツかせるかや」

「難しいですよね」

「なんか方法がないもんかな」

「そうですねー、私やったら・・」


柴田は「わかっとる」と言われたことに気をよくして、素人なりに考えた。

上田も柴田の言葉を待っていた。


「全部ツッツキでラリーをする。そしたら景浦さんはミスをする」


柴田は「どや顔」をして見せた。


「もうええわ・・」


上田は一瞬でも柴田の答えに期待したことを、死ぬほど後悔していた。



―――桐花ベンチでは。



当然のように、景浦のツッツキが話題になっていた。


「あれ、手を抜いたんじゃねぇのか」


中川は日置に言った。


「いや、違うよ」

「そうなのか?」

「おそらくだけど、森上さんのサーブに意表を突かれたんじゃないかな」

「だとしてもよ、あのツッツキはねぇぜ」

「私もそう思います」


阿部が言った。


「だって景浦さんの実力からしたら、あんなツッツキはあり得ません」

「そこなんだよね」

「あれちゃいますか。ツッツキが苦手とか」


重富が言った。


「苦手?景浦がか?」


中川が訊いた。


「手を抜いてないんやったら、それしか考えられへんやん」

「うーん・・」


中川は腕組みをして考えた。

どうやって景浦にツッツかせるか。

これはなかなかの難問だ。

日置にもその考えが浮かばないでいた―――

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