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サーよし!2  作者: たらふく
40/413

40 昔の彼女




―――「そうか・・それで大久保さんが救急車を呼んでくれはったんですね」



話を聞いた浅野は、改めて日置の容態に驚いていた。


「そうなんよ~、もう一時は、死んでるかと思たわ~」

「もっと栄養のバランスを考えた食事を摂らんとあきませんね」

「ほんま、それよ~。体育教師やのに、いけない慎吾ちゃんよ~」

「先生、もう家に帰ってますかね」

「どうなんやろ~。それより、他の子たちは来ぇへんかったんやね~」

「ああ、みんなも行く、言うてたんですけど、全員が練習を放り出して、いうんは、さすがにあかんと思いまして、私だけが来ました」

「そらそうや~、来週は実業団があるからね~」

「大久保さんかて、そうやないですか」


浅野は少し笑った。


「緊急事態発生よ~。私が慎吾ちゃんを放って置けるわけがないわ~」

「確かにそうです。ほんとにありがとうございました」

「ええのよ~ん」


森上と阿部は、改めて大久保の話し方に驚きつつも、二人の会話を笑いながら聞いていた。


「それより森上ちゃん」


大久保が呼んだ。


「はいぃ」

「次も、頑張るんよ~」

「はいぃ、頑張りますぅ」

「恵美ちゃん、私も応援するからな」


阿部が言った。


「うん~ありがとぉ」

「私、先生のマンションに寄ってから、桂山へ戻ります」


浅野が大久保に言った。


「そうか~世話かけるわね~」

「先生のことやから、這いつくばっても来る気がしますので、私が、どついてでも阻止します」

「そうやね~お尻ペンペンしたげて~」

「ほな、森上さん、試合、頑張ってな。阿部さんも、またな。大久保さん、この子たちのこと、よろしくお願いします」


浅野はそう言って、体育館を後にした―――



その頃、日置は。


「日置さん、偏食はいけませんよ」


担当医が、日置の傍らでそう言った。


「はい・・」


日置はベッドで起き上がっていたが、まだ辛そうにしていた。


「今日は、家に帰ってゆっくり休むことですよ」

「お世話になりました」


医者は処置室を後にし、日置は服装を整え、体育館に向かうつもりでいた。



―――ここは病院内の、とある病室。



「それじゃ、おばさん。これで帰るわね」


吉岡が、叔母に言った。


「早苗ちゃん、わざわざ遠い所から悪かったね」

「いえ、いいんです。母もよろしくと言ってました」

「うん、姉ちゃんにも、義兄さんにも、よろしゅうね」


吉岡よしおか早苗さなえとは、かつて日置と恋人同士だった。

日置と同じ大学の二年後輩である吉岡は、日置が卒業後、偶然の再会をきっかけに付き合い始めた。

けれども四年も付き合った挙句、結婚を急いだ吉岡は日置にフラれた。

二人が別れて二年以上になる。


吉岡の母親は、妹が入院している報せを受けたが、どうしても外せない用事があり、吉岡を出向かせたというわけだ。

吉岡の叔母は大阪へ嫁ぎ、市内に在住していた。


ほどなくして吉岡は病室を出た。

そして廊下を歩いている時だった。

日置と吉岡は、バッタリと出くわしてしまったのだ。


「あ・・」

「え・・」


二人は互いに、そう口にした。


「慎ちゃん・・」

「早苗ちゃん・・」

「久しぶりね・・」

「早苗ちゃん・・どうしてここに・・」


日置は、息が苦しそうだった。


「慎ちゃん・・どうしたの?」

「いや・・ちょっと熱があって・・」

「あら、大変じゃない」

「でも、ちゃんと処置してもらったし・・」

「今から、帰るの?付き添いの人は?」

「いや・・今から体育館へ行くの・・」

「そんなのダメよ。私につかまって」


吉岡はそう言いながら、日置に肩を貸した。

日置は「ごめん・・」と言って、吉岡の肩に手を置いた。


「体育館って・・試合なの?」


吉岡は歩きながら訊いた。


「そう・・」

「でもこんな状態じゃ、行けないじゃない」

「いや・・行く・・」

「ダメだってば」

「早苗ちゃん・・悪いんだけど・・玄関まで連れてってくれるかな・・」

「当たり前じゃない」


ほどなくして二人は、病院の玄関を出た。


「早苗ちゃん・・ありがとう。僕はタクシーで・・」

「私も一緒に行くわ」

「なに・・言ってるの・・」

「慎ちゃん、一人で歩けもしないのよ。放って置けるわけがないじゃない」


そこで吉岡は、タクシー乗り場まで、日置を連れて歩いた。


「慎ちゃん・・大丈夫?」

「うん・・」

「乗り場、もう少しだからね」

「うん・・」


タクシーの運転手は、二人の様子をバックミラーで見て、車をバックさせた。


キキーッ


タクシーは、二人の前で停車した。


「大丈夫ですか!」


運転手は車から下りて、吉岡に手を貸した。


「すみません、助かります」

「ご自宅まで、行きましょうか」


運転手はそう言いながら、日置を後部座席に座らせた。


「ぜひ、お願いします」


そして吉岡も日置の隣に座った。

日置はまだぐったりとしている。


ああ・・慎ちゃん・・大丈夫なのかしら・・


そして吉岡は行き先を告げ、タクシーは日置のマンションに向かった。



―――その頃、浅野は。



それにしても先生・・

不養生すぎるやろ・・

ちゃんと食わんかいっちゅう話やで・・


浅野は日置のマンションの階段を駆け上がった。

そして305号室の前に到着した浅野は、呼び鈴を押した。


ピンポーン


浅野はしばらく待ったが、なんら返答がない。


まだ帰ってへんのかな・・

まさか・・体育館へ行ったんとちゃうやろな・・


浅野はもう一度、呼び鈴を押したが、全くの無反応だった。


うーん・・どうしょうかな・・

ここで待つか・・桂山へ戻るか・・


浅野がそう考えていた時だった。

なんと日置と吉岡が、歩いて来るではないか。

しかも、日置は吉岡の肩を抱いているではないか。

そう、浅野にすれば、肩を借りているのではなく、抱いていると見えたのだ。


う・・嘘やん・・

あの女の人・・先生の昔の彼女やん・・

先生・・なにやってんや・・


浅野は咄嗟に身を隠した。

そう、隣人の洗濯機の横に隠れたのだ。

やがて二人は玄関の前に到着した。


「慎ちゃん、鍵は?」

「ああ・・閉めたのかどうなのか・・」


そう、日置は救急車で運ばれた時は、意識が朦朧としていたので、鍵のことなど知るはずもない。

吉岡は、ドアノブを捻った。

すると鍵はかかっておらず、ドアは開いた。


「かかってなかったんだね・・」


日置は安心したように言った。


「慎ちゃん、早く寝ないと」

「うん・・」


そして二人は、中へ入って行ったのだ。

ガチャンと閉まるドアの音が、浅野にはとても「いやらしく」く響いた。


先生・・

今回のは・・勘違いでもなんでもないで・・

昔の彼女と・・別れてなかったんや・・


浅野は怒りが爆発しそうになった。

しばらく浅野は、洗濯機の横で座ったまま、あれこれと考えを巡らせていた。


冷静になれ・・自分・・

なんで先生は・・彩華と付き合ったんや・・

先生は・・少なくとも二股かけるような人やない・・

せやけど・・実際に、昔の彼女の肩を抱いて・・部屋に入れた。

これは・・どういうことや・・


うん・・私の誤解かもしれん・・

これには・・何かわけがあるに違いない・・

絶対に先走りしたらあかん・・


するとそこで、ドアが開いた。


「じゃ慎ちゃん、行って来るね。ちゃんと寝ててね」


そう言って吉岡が、外に出てきてドアを閉めた。


どこへ行くんや・・

直接先生に訊くと・・誤魔化すかもしれん・・

あの人に訊くべきやな・・


そして浅野は、吉岡の後をつけたのだった。

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