4 小島の告白
―――ここは桂山化学の体育館。
「よし、みんなお疲れ」
キャプテンの遠藤が、練習の終了を告げた。
「お疲れっした!」
男性部員がそう言った。
彼女らも「お疲れさまでした」と一礼した。
そして、それぞれ帰り支度を始めた。
「ああ~今日も、ええ練習が出来たわ~。さてさて、この後はお楽しみよ~」
大久保は、ウキウキしていた。
「大久保さん」
安住が呼んだ。
「しゃあないから、あんたも連れてったる」
「日置さん、今日都合が悪いらしいですよ」
「ええ~~!安住っ、もしかしてあんた、手、抜いたんとちゃうやろな」
安住は、日置を誘って飲みに行こうと連絡していた。
けれども、断られたのだ。
「抜いてませんて」
「っんもう~慎吾ちゃん、部員はいてへんのやし、何の用事があるというのや~」
その実、日置と小島は、この後、デートの約束をしていた。
事実を知っている浅野は、半笑いだった。
「なあなあ、どっか寄って帰らへん?」
為所が、彼女らに向けてそう言った。
「ラーメンでも食べに行くか」
外間が言った。
「行く~私も行きたい~」
蒲内もそう言った。
そして小島以外の者が、行くことに賛成した。
「あれ、彩華は?」
杉裏が訊いた。
「ああ、私、用事あんねん」
「なんのよ」
「うん、ちょっとな」
「ちょっと~お嬢ちゃんたち~、ラーメンとか聴こえたんやけど~」
大久保が彼女らの元へやってきた。
「大久保さんも一緒にどうですか」
岩水が言った。
「行くに決まってるやないの~」
「ほな、僕も行きます」
「ほな、わしも行きますけぇ」
安住と高岡もそう言った。
「小島ちゃんが行かへんのは、残念やねぇ~。な、坊や~」
大久保は高岡を見て言った。
まさか日置と小島が付き合ってるとは知らない大久保は、未だに高岡のことを気にかけていた。
高岡が小島に気があることは、彼女らもみんな知っていた。
「いや・・まあ・・」
「ほな、お先」
遠藤や、他の部員たちはそう言って、先に体育館を後にした。
そして彼女らは更衣室に入り、着替えをしていた。
「あのな・・」
そこで小島がポツリと呟いた。
彼女らは、小島に注目した。
「あの・・あんたらには言わなあかんことがあるんや・・」
浅野は、前から小島に相談を受けていた。
日置とのことを、いつ言えばいいのか、と。
秘密にしてるのも変な話である。
早い方がいいと、浅野は助言していた。
「え・・彩華、深刻な顔して、どしたんや」
井ノ下は、何事かと心配していた。
それは他の者も同じだった。
「えっと・・その・・」
「ちょ・・彩華、ほんまにどしたんよ」
為所が訊いた。
「なんかあったん~?彩華~なんでも言うて~私ら、相談に乗るよ~」
蒲内が言った。
「う・・うん・・えっと・・」
「あのさ」
そこで浅野が口を開いた。
彼女らは、浅野に注目した。
「実は、彩華と先生、付き合ってんねん」
彼女らは、何のことか、ピンと来ていなかった。
岩水は「へぇー、ええやん」とわけもわからず、そう言った。
「先生て、なに?」
外間は、先生の意味くらい知っている。
けれども、その「先生」が、まさか日置だとは、ゆめゆめ思わなかった。
なぜなら、日置には貴理子という婚約者がいるからだ。
「誰かおったっけ」
為所は、学園の男性教師を思い浮かべた。
「まさか・・えっ!嘘やん。嫌やで、松尾なんか」
松尾とは、社会の教師である。
髪はベートーベンのように長髪で、くせ毛だった。
そして「きみぃ~~どうしたんだねぇぇ~」と喋り方に特徴がある教師だった。
松尾は四十代で、未だに独身だった。
「いやや~彩華が松尾の彼女やなんて~考えたくもない~」
蒲内は、両手で耳を押さえて、首を横に振っていた。
「誰よ、誰なんよ。もしかして他の学校?あっ、愛豊島の手塚監督?じゃないとしたら、浅草西の前原?」
為所がそう言った。
そして他の者も、徐々に興味を持ち始めた。
「松尾より、手塚監督の方がマシやわ」
「私は前原監督の方がええな」
「なあ~彩華、誰なんよ」
「教えて~」
彼女らは矢継ぎ早にそう言った。
「今、言うた中にいてるで」
浅野は半笑いになりながら、からかい始めた。
「ええええ~~!」
彼女らは一斉に叫び声を挙げた。
「お願い~彩華~、松尾だけは~やめてな~」
蒲内は、もはや縋るようにそう言った。
「蒲ちゃん、実は、その松尾や」
浅野が言った。
蒲内のみならず、他の者も絶句した。
「あ・・彩華・・正気か・・」
「彩華の好みて・・あんなんなんや・・」
「信じられへん・・嘘やろ・・」
「いやや~彩華ぁ~」
「あはは、嘘や、嘘」
浅野は爆笑していた。
「ええ~ほなら、手塚か前原っちゅうことか・・。いつの間に・・」
杉裏が言った。
「あのな、ちゃうねん」
小島が口を開いた。
「なにがちゃうのよ」
井ノ下が答えた。
「うん、実は、日置先生やねん・・」
小島の言葉を聞いた彼女らは、また絶句した。
そして「うぎえええええ~~」という意味不明な叫び声を挙げた。
それから彼女たちは、何がどうなったんだと、質問攻めをした。
小島は彼女らの質問に、一つ一つ丁寧に答えた。
そして「今まで黙っててごめん」と謝った。
彼女らは、最初は仰天したが、色々あったんだと小島を思いやった。
そして「よかったなあ」と祝福していた。
蒲内も、相手が松尾でないことに安堵し、日置に対する小島の気持ちが痛いほどわかっていた。
「ちょっと~お嬢ちゃんたち~」
外で大久保の声がした。
「まだか~」
安住もそう言った。
そう、三人は、待ちくたびれていたのだ。
彼女らは、急いで着替えを済ませ「すみません」と言って更衣室から出た。
その後、大久保ら一行は、駅前のラーメン屋に向かった。
小島はその足でなんばまで出た。
待ち合わせ場所である高島屋の前では、日置は既に待っていた。
「先生」
小島が日置に駆け寄った。
「お疲れさま」
日置は練習のことを言った。
小島はニッコリと微笑んだ。
「さて、彩ちゃん、行こうか」
「はい」
日置と小島は手を繋ぎ、繁華街へ向かった。
「先生」
「なに?」
「その後、入部してきました?」
小島は森上のことを訊いた。
「実はね、その子、バレー部に入っちゃったの」
「え・・そうなんですか」
「卓球には興味がなかったみたい」
「そうですか・・残念でしたね」
「まあ、これも仕方がないよ」
小島は思った。
あの日置が、ああまでも「積極的」になっていた生徒だ。
日置は、きっと期待していたはずだ、と。
例え一人であろうと、再び全国へ向けて頑張るつもりだったに違いない、と。
小島は、日置の心情を思うと、なんとも切なくなるのであった。