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サーよし!2  作者: たらふく
399/413

399 景浦の作戦




森上は5本目のサーブを出すべく、ボールを手のひらに載せた。


ここは・・

絶対にリードして、サーブチェンジや・・


そう、森上は景浦がどんなサーブを持っているのかを、とても警戒していた。

レシーブミスをしてしまうと、簡単に1点を献上することになる。

この対戦の1点の重みは、とてつもなく大きい。

したがって、レシーブミスだけは絶対にタブーだと。


「1本」


森上はサーブを出す構えに入った。

方や景浦も、レシーブの構えに入った。


さあ・・来い・・

もう1点取って・・

そこから一気に引き離してやる・・


景浦の眼がギラリと光った。

森上はバックコースに立ち、ボールをポーンと上げた。

そして短いフォアの横回転サーブを、景浦のフォア前に出した。

これも、単に横回転とはわからない、絶妙なサーブだ。

見ようによっては、下回転と間違えるほどだ。


横だ・・


景浦は瞬時に見破った。

すると景浦は、またフォアストレートに流し打ちをした。

森上はすぐさま足を動かし、台からはみ出て逃げて行くボールを捉えた。

そして景浦のバッククロスに、目の覚めるようなミート打ちで強打した。


パシーン!


「おおおおおーーー!」


観客席がどよめき、誰しもが決まったと思った。

桐花ベンチからは、今にも声が挙がりそうになっていた。

ところがである。


わかってんだよ・・


景浦はコースを読んでいた。

抜群の脚力を活かした景浦は、あっという間にバックへ移動し、なんとバックハンドでカウンターを食らわしたのだ。

いわば、この手のラリーは、さっきもあった。

けれども景浦のボール捉えるタイミングが、これまで以上に早かったのだ。


なにっ・・


森上は一瞬戸惑った。

そう、戻れない、と。

バックストレートを襲った矢のような返球を懸命に追ったが、ボールはすでに森上の横を通り過ぎていた。

景浦は、まるで何事も無かったかのように、平然とラケットをクルクルと回した。


「洋子ーーー!ナイスボールでーす」


トーマスは相変わらずニコニコと笑っていた。


「よーーし!」

「ナイスボール!」

「もう1本!」

「押して行くよ!」


彼女らは、手を叩きながら張りのある声を挙げた。

景浦は考えていた。


後ろへ下がってのラリーだと、この森上は抜けない、と。

一方で前での勝負にも、森上は長けている。

とはいえ、カウンターならいくら森上といえども完璧に返せるとはいえない。

コースさえ狙えば、必ず抜けるはずだ、と。

そう、景浦の今しがたの流し打ちは、「誘い水」であり、カウンターで返すタイミングを、コンマ数秒早めた。

すると景浦の思惑どおり、森上は全く間に合わなかった。


「どんまい」


森上は冷静にそう言った。


「どんまい、どんまい!」


日置は今のラリーを、さして心配もしてなかった。

なぜならタイミングを早めて打つことが、森上にインプットされたからだ。

よって、送るコースを自ずと考える。

タイミングを早めて打つのは、前での勝負だけだ、と。


「恵美ちゃん、どんまいやで!」

「平気、平気、次1本な!」

「先輩ーーー!どんまいですけに!」

「森上ーーーー!フランク景浦に、同じことやってやんな!」


彼女らも精一杯の声援を送った。


「そうはいかないさ」


景浦は中川の言葉に反応した。

そして「フッ」と笑った。


「サーブチェンジ、スリーツー」


副審がそう告げて、ボールは景浦に渡された。

すると景浦は、森上が構えた瞬間、間髪入れずにサーブを出した。

ところがこれは、なんの「捻り」もない、いわば練習で出すような上回転のロングサーブだった。

そしてボールは、森上のバックコース深くに入った。


えっ・・

なんやこのサーブ・・


森上は一瞬、目を疑ったが素早く回り込み、全力でボールを擦り上げた。


ビュッ!


威力抜群のドライブが、景浦のバックに入った。


ほんと・・甘いよね・・


景浦はまた前に着いたまま、ボールがバウンドしてすぐにバックハンドのカウンターで対処した。

猛烈にスピードの乗ったボールは、森上のフォアクロスを襲った。

森上はすぐさまフォアへ移動し、カウンター返しをした。

ボールは景浦のフォアストレートのラインギリギリに入った。

景浦は当然のように追いつき、またカウンターで返した。

そしてボールは、森上のバッククロスの深いところでバウンドした。

回り込みが無理だと思った森上は、ショートで対処した。


所詮・・

それなんだよ・・


フォアクロスに入ったボールに、景浦は少し後ろへ下がった。

これは計算した上での判断だ。

そして全力でボールを擦り上げた。

するとボールは、グィーンと弧を描き、森上のフォアストレートを襲った。

ほとんど動かなくていい位置に落ちたボールに、森上は全力でスマッシュを打った。


パシーン!


「おおおおおおーーーー!」


また館内がどよめいた。

するとその瞬間、景浦は全力で前に走り寄り、バックコースでバウンドしたボールを、バックハンドで絶妙なカウンターを食らわしたのだ。

バックストレートに入ったボールを、森上は懸命にラケットを出し、ショートで対応した。

そう、あまりにも速すぎて、回り込みが間に合わないのだ。


だから・・

それじゃダメなんだよ・・


景浦はそう思いながら、もう一度バックストレートに返した。

すると森上は、今度は回り込んだ。

そして景浦のフォアクロスへスマッシュを打った。


それもわかってるんだよ・・


景浦はすぐさま足を動かし、前に着いたままバウンドしてすぐにフォアストレートへカウンターで返した。

すると森上は動くことができず、その場でボールを見送っていた。


「よーし、洋子ーー、ナイスボールでーす!」


トーマスは嬉しそうに手を叩いた。


「よーーし!景浦、もう1本だ!」

「ナイスボール!」

「さすが、かげちゃんだね」

「さあーー1本、1本!」


増江ベンチは当然のように盛り上がっていた。


「どんまい」


森上はまだ冷静だった。


「森上ーーーー!」


中川が叫んだ。

すると森上は振り向いた。


「おめーー、動かされてんぞ!っんな、フランク景浦ごとき、屁でもねぇって!」

「そうやで!恵美ちゃん、こっから挽回な!」

「森上さん、しっかり!」

「先輩!挽回ですけに!行けますけに!」


彼女らの言葉に森上はニッコリと笑った。

森上は思った。


景浦は、なぜあんな簡単なサーブを出したのか、と。

しかも構えてからすぐに。

その後は、ラリーが続いた。


うーん・・

なんでや・・

さっきのは・・作戦なんやろか・・

わからん・・

せやけど・・

サーブはやっぱり警戒せなな・・


その後、景浦のサーブは森上の心配をよそに、すべて単純なロングサーブだけだったのだ。

それに対し、森上は全力で打ちに行くも、すべてラリーに持ち込まれた。

いや、ラリーは森上も負けていなかった。

けれども景浦は全く後ろへ下がることなく、すべて前で対処、すべてカウンターで返した。

その際、景浦の狙ったコースが抜群だったこともあり、結局、森上は打ち負けていた。


景浦はシェイクの攻撃型だ。

その恵まれた体格と鍛え上げられた筋肉。

たとえバックハンドドライブであろうが、バックハンドスマッシュであろうが、威力は相当なものがある。

一方で森上はペンの攻撃型だ。

森上もいうに及ばず、持って生まれた抜群の身体能力を備えている。

けれどもバックの対処といえば、ショートかプッシュだ。

時にはバックハンドスマッシュも使うが、無論、フォアで打つスマッシュほど威力はない。


景浦が「それじゃダメなんだよ」と思ったのは、実はこういうことだったのだ。

つまり、森上がドライブやスマッシュを打つときは、バックの場合、必ず回り込まないといけない。

それが決まれば問題ないが、フォアコースに返球された場合は、動く範囲が大幅に拡大する。

方や景浦は、回り込まずともバックハンドでいくらでも対処できる。

返球されたとしても、動く範囲は限られているのだ。

よって景浦が前での対処に変えたのは、まさにこれらを頭に入れた作戦だったというわけだ。


現在、カウントは8―2と、景浦が大きくリードしていた。

そう、森上は1本も取ることができなかったのである。


あまりのむごい現実に、桐花ベンチは呆然とする始末だ。

あの森上が、と。

ここまでコテンパにのされるのか、と。



―――観客席では。



「これは・・危ないな・・」


上田がポツリと呟いた。


「ほんまですね・・」


柴田も成す術がないと思っていた。


「せやけど、この景浦っちゅうやつ、とんでもない怪物やな」

「確かに・・」

「あー、なんかええ作戦、ないんかな」


上田は苛立ちを解消するように、頭をグシャグシャと掻いた。


「先生」

「なんや」

「私、思うんですけど、これって、上回転?いうんですかね」

「は?」

「いや、ラリーのボールことですけど」

「ああ、そうや。上回転や」

「なんでそればっかりなんですかね」

「なんでって。そらドライブやカウンター、スマッシュなんやから、上回転に決まっとるがな」

「なるほど・・」

「お前、なんやねん」

「ツッツキとか、全くしないんですかね」

「ツッツいたら、いかれてまうやろ」

「いかれてまう?」

「先に打たれるってことや」

「ああ・・」

「ああーー、日置くん、ここでなんとかせな、取り返しがつかんぞ」


上田はため息をつきながら、また頭を搔いた。



―――コートでは。



張りつめた空気の中、森上はボールを手にしてサーブを出そうとしていた。


こっからや・・

こっから挽回や・・

よし・・


方や景浦もレシーブの構えに入った。

そして森上がボールを上げようとした、その時だった。


「えー」


突然館内に、このような声が流れた。

森上は思わず、手を止めた。

景浦も何ごとかと、一旦背を伸ばした。

主審は「なんだ・・」と言って、本部席に目をやった。

そして慌てて「タイム」と告げた。


「えー」と言ったのは、役員長の竹田だった。

竹田はそう言ったまま、なにやら手にしている紙を見ていた。


男子チームの選手や監督も試合を中断し、驚いて本部席を見ていた。

それは桐花ベンチと増江ベンチと、そして観客席も同様だった。

なにごとだ、と。


この場にいる全員が、竹田の次の言葉を待っていた。

けれども竹田は紙を見たまま、なにも言わない。

どうしたんだ、と。

するとどうだ。

隣に座る亜希子が、なんと竹田からマイクを奪ったではないか。



―――遡ること五分前。



「あの」


本部席に事務室の男性がやって来て、竹田に声をかけた。


「はい」


竹田は振り向いて男性を見た。

その際、亜希子も振り向いた。


「試合中、申し訳ないですが、えっと・・」


男性は手にしていたメモを見た。


「えっと、如月第一高校の斎藤さんを呼び出して頂けませんか。お電話です」

「え・・今ですか」


竹田はチラリと男子側のコートを見た。

試合中だぞ、と。


「はい、急用みたいで」

「ああ・・そうですか。わかりました」


竹田はメモを受け取り、マイクに手を伸ばした。

そしてスイッチをオンにした。


「えー」


竹田はそう言ったままメモを確認し、目を細めていた。

そう、竹田は老眼だったのだ。

亜希子は思った。


なにやってんのよ・・

そこはすぐに・・試合中、恐れ入りますでしょ・・!

えーってなんなのよっ・・!


竹田は老眼鏡に手を伸ばした。

すると亜希子は業を煮やした。

なぜなら、試合が中断しているからだ。


もう・・

なにやってんのよ・・!


そして亜希子は、まごつく竹田からマイクを奪ったのである―――



「選手の皆様、ご観覧中の皆様、試合中のところ誠に申し訳ございません。急用のお電話がかかっておりますので、お呼び出しいたします。如月第一高校の斎藤さま、至急、事務室までお越しください。繰り返します――」


亜希子はメモなど見ずに、完璧な放送をかけた。

しかも判で付いたような滑舌の良さと声の美しさに、本部席の者らは口をあんぐりと開けていた。

その実、亜希子は過去にホテルの受け付け嬢として働いていた。

客の団体名や個人名を覚えることなど朝飯前であり、滑舌の良さと美しい声も、まさに訓練の賜物だった。

そんな亜希子は、即座にして「仕事」モードにスイッチが入ったというわけだ。


そして亜希子は、スイッチを切らずに更にこう続けた。


「決勝戦を戦っている選手とチームの皆様、試合を中断させて申し訳ありませんでした。それとご観覧の皆様、ひたむきに戦う選手たちに、どうぞ温かい応援を最後までよろしくお願いします」


そして亜希子はスイッチを切り、マイクを置いた。

すると館内は大きな拍手に包まれた。


唖然とする役員をよそに、亜希子はコートを見ていた。


森上さん・・

負けちゃダメ・・

頑張れ・・

頑張れ・・


亜希子が本当に伝えたかったのは、この言葉だったのだ―――

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