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サーよし!2  作者: たらふく
391/413

391 信じる




―――桐花ベンチでは。



重富は平然と日置の前で立っていた。


「重富さん」


日置は優しい口調で呼んだ。


「はい」

「きみの戦法って――」


そこまで言うと「あ、先生」と重富は遮った。


「みなまで言わんといてください」


そしてニッコリと笑った。


「え・・」

「このセットは絶対に取りますから」

「でもさ、とみちゃん」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「うん、いや、ええんやけど」

「なにが?」

「今のとみちゃん、めっちゃ集中してるし、すごくええんやけど」


阿部は思っていた。

確かに今の重富は、これまで見たことがないほど集中しているし、なにより冷静だ。

そんな重富だからこそ、ここはもっと板を多用した方がいいはずなんだ、と。

なぜなら時雨は板を嫌っている様子が見て取れる。

このセットはあと1点だから取れたとしても、次のセットはそうすべきだと。

わざわざ裏を多用して、苦しい試合をする必要がないじゃないか、と。


「おい、チビ助よ」


中川が呼んだ。


「なに」

「おめーなにが言いてぇんだ」

「いや、だから――」

「四の五のは、もういい!」

「いや、まだなにも言うてないんやけど」


阿部は呆れていた。


「おい、重富よ」


中川は重富に目を向けた。


「なに?」

「今日の、いやっ、今のおめーは天下一品だ」

「そうかな」

「だから、おめーのやりたいようにやれ」


そこで中川は日置を見上げた。


「先生もよ、戦法とか、しち面倒くせぇこと言ってねぇで、重富を信じろよ」

「え・・」

「え、じゃねぇし」

「いやいや、もちろん信じてるよ」

「なら、黙ってろってんだ」


そもそも中川は、競った試合であればあるほど、なぜかタイムを嫌う。

日置や彼女らがいくら呼び寄せても、全く聞こうともしない。

そう、中川は作戦を考えている時、余計な「ご託」は迷惑以外の何物でもなかった。

そんな中川は、「みなまで言わんといてください」と言った重富の心境が、手に取るほどわかったのだ。


その実、重富は最後まで自分の「作戦」を実行したかった。

ここで日置に違うアドバイスを受けると、考えが揺らぎ兼ねない。

いや、日置が正しいことはわかっている。

けれどもここまで自分の「作戦」が成功しているからこそ、リードを守ってこれた。

そう、重富は増江という強豪校の二番手を相手に、この上なく自信をつけていたのだ。


「いいか、重富」

「ん?」

「ラストとはいえ、相手は何といってもフランク野郎の二番手さね・・」

「うん」

「気だけは絶対に抜くなよ」

「もちろんやで」


重富は力強く答えた。


「よーーし!フランク時雨を奈落の底へ突き落としてやんな!」


中川は重富の肩をバーンと叩いた。


「先生、すみません」


重富は日置の言葉を遮ったことを詫びた。


「ううん、いいよ」


日置は優しく微笑んだ。


「とみちゃん、しっかりな」


阿部も、それしか言わなかった。


「とみちゃぁん、絶好調やでぇ~」


森上はニッコリと微笑んだ。


「先輩、行けますよ!」


和子はとても嬉しそうだった。

そして重富はコートへ向かった。



―――コートでは。



重富はサーブを出すべく、ボールを手にしていた。


さあ・・

ラスト1本や・・

ここは・・サーブで決めるというより・・

ラリーでミスさせる方が・・ええかもしれんな・・


重富は、すでに次のセットのことが頭にあった。

ラリーでミスをさせるということは、いわば重富の粘り勝ちを意味する。

つまり、時雨はそのミスを引きずったまま2セット目を迎えるわけだ。

無論、増江ベンチも策を練るだろう。

けれども重富としては、できるだけ精神的に追い詰めた状態に置きたいというわけだ。


「1本!」


重富は張りのある声を発した。

方や時雨は、無言のまま前傾姿勢に入った。


板で出したら・・慎重に・・

そう・・慌てることない・・

1本ずつ挽回だ・・


時雨はそう考えていた。

そして重富は、裏ラバーでバックの深いところへ下回転と思しきサーブを出した。


よしっ・・!


時雨は「おいしい」サーブが来たことで、バックハンドのミート打ちで強打しようと思った。


いや・・違う・・!


そう、裏で出したサーブだったが、なんとナックルだったのだ。

焦った時雨は、瞬時にバックハンドドライブに変えた。

さほど威力もないドライブは、重富のバッククロスに入った。


そう来ると思たんや・・!


重富はすぐさまラケットを反転させ、板で対処した。

そして重富は、すさまじいプッシュで返した。

バッククロスに入ったボールを、時雨はショートで対処するしかなかった。

そう、1本たりともミスが許されないラリーで、おまけに板のボールだ。

時雨は慎重にならざるを得ず、今のショートしか出来なかったというわけだ。


すると重富はまたラケットを反転させ、裏でもう一度プッシュで攻めた。

ミドルに入ったボールに押された時雨は体を詰まらせ、苦し紛れのバックハンドで返した。

フォアクロスへほんの少し浮いて入ったボールに、重富はすぐさま足を動かしつつ、またラケットを反転させた。


カコーン!


板の音が鳴り、ボールはバックストレートの端を襲った。

時雨は懸命に足を動かし、なんとかバックハンドで対処したが、ボールは高く返った。

そう、ロビングである。


くそっ・・ロビングか・・


重富もロビングは得意ではなかった。

けれども絶対に落とせないこのセット。

重富は打ち抜いてやる、と覚悟を決めた。


「重富ーーーー!ロビングなんざ屁でもねぇ!思い切りぶちかましてやんな!」

「とみちゃんーー!ゆっくりでええで!」

「コース、狙うよぉ~~!」

「先輩~~~!1本ですーーー!」


彼女らも懸命に励ました。

そして重富は、全力で打ちに行った。

これは裏ラバーだ。

フォアクロスの端に入ったボールに、時雨は余裕のロビングで返した。

再び高く返ってきたボールに、重富はまた裏でスマッシュを打った。


フォア、バックとコースを打ち分けて打つも、時雨はなんら焦りを見せなかった。

そしてこのラリーは5球続いた。

埒が明かないと思った重富は、1球だけ前にポコンと落とした。

すると時雨は全速力で前に走り寄り、その勢いのまま抜群のスマッシュを打ち込んだ。


パシーン!


バックを襲ったボールに、重富は一歩遅れてラケットを出した。

するとボールは後ろへ飛んで行った。


「よしっ!」


時雨は、初めて気合いの入った声を挙げた。


「よーーし!真由美ーーー1本1本!」


トーマスは嬉しそうに手を叩いていた。


「ナイスボール!」

「ときちゃん、もう1本!」

「さあーー挽回だよ!」

「行けるよ!」


彼女らも大きな声を挙げていた。


「どんまい」


重富は全く気にしていなかった。

そう、重富にすればロビングのミスなど、なんでもない、と。

最後は打たれたが、あれはチャンスボールを送ってしまったからだ、と。

大事なのは「本来」のラリーなんだ、と。


「重富さん、どんまいだよ!」


日置も今の1点は気にしてなかった。


「とみちゃん、どんまいやで!」

「そうそうぉ~気にすることないよぉ~~!」

「先輩~~~!1本ですけに!」

「重富ーーーー!とっとと引導を渡してやんな!」


これで20-18の2点差となった。


そして重富はサーブを出すべく、ボールを手にした。


時雨は・・やっぱり裏のナックルも・・慎重になってたな・・


重富は今しがたのレシーブのことを思った。


ほんまやったら・・ミート打ちで攻めるべきを・・

ドライブで返しとったもんな・・

うーん・・次のサーブ・・

ここは・・やっぱり・・

ナックルしかないか・・

いや・・1本だけ・・切ってみるか・・

ほなら・・時雨はどう出るか・・


「1本!」


重富は張りのある声を発した。


「1本!」


なんと時雨も声を挙げたのだ。


おお・・

気合い・・入ってるやん・・


重富はチラリと時雨を見た。

すると時雨の眼光は、重富の視線を跳ね返した。


フランク時雨よ・・

上等じゃねぇか・・


思わず重富は「中川節」を心で唱えた。

そしてボールをポーンと上げた。

裏で出した下回転のサーブは、バックのネット前に落ちた。


さあ・・どう来るんや・・


重富は時雨のレシーブを凝視した。

すると時雨は舐めるなよ、とばかりに手首を使って抜群のミート打ちを放った。

思い通りのレシーブをしたことで、重富には驚きも焦りもなかった。

ここで時雨がツッツキのレシーブをしていたら、重富はスマッシュを打ってやろうと考えていた。

けれどもそうなると、またロビングに持っていかれ兼ねない。

その意味で、今しがたの時雨のレシーブは重富にとってよかったとも言える。


抜かせてなるものかと、重富は懸命にラケットを出した。

この時点では裏ラバーだ。

そして抜群のショートが時雨のミドルを襲った。

ナックルではない、前進回転のボールを、時雨は躊躇なくラケットを振り抜いた。

するとどうだ。

ボールはネットの上部に当たり、どちらのコートに落ちようかと迷っているかのように、コンマ数秒止まったように見えた。


落ちろ・・落ちろ・・


時雨はネットインを願った。

方や重富は懸命に前に出た。


ポトン・・


ボールは重富のコートに落ちた。


絶対に取る!


腕を伸ばし、ラケットを出した重富だったが、一歩間に合わずボールはコロコロとコート上で転がっていた。

時雨は左手を挙げて詫びる仕草をした。

そう、ネットインやエッジボールで点を取った場合、「すみません」と声にして謝る者もいるが、時雨のように仕草でそうする者もいた。


これでとうとう、20―19と1点差になってしまった。


「重富さん!ここ1本だよ!」


日置はパンパンと手を叩いていた。


「今のはしょうがねぇぜ!さあーーー重富、ここで決めてやんな!」

「どんまい、どんまい!」

「1本取るよぉ~~~!」

「ここでネットインかーー、ずるい~~~」


和子は思わずそう言った。

重富は思った。


今のネットイン・・

ほんまやったら・・ネットインじゃなくて・・

ナックルやなかったんやから・・普通に入ってるはずや・・

ってことはやで・・

時雨はやっぱりラケットのコントロールが・・

微妙に狂ってるに違いない・・

よし・・これはええで・・


重富は2セット目のことを考えていた。

今のネットインは、次のセットに繋がる、と。


そして重富は、時雨を見てニヤリと笑った。

その様子を見た時雨は、不気味さを感じた。


なに笑ってるんだよ・・

追い上げてるのは・・こっちなんだよ・・

余裕と見せかけた芝居かなにか・・?


重富は元演劇部だったが、今のは芝居ではない。


さあ・・ここはほんまにラストや・・

デュースになんかさせへんで・・


重富はボールを手にした。


「1本!」


二人は同時に声を挙げた。

そして重富は必殺サーブと見せかけて、ボールが当たる寸前でラケットを反転させ、板でサーブを出した。

目の覚めるようなロングサーブが、時雨のフォアストレートを襲った。


板か・・!


1本たりともミスが許されない時雨は振り抜くことができず、「様子見」のフォア打ちで対処した。

ボールは重富のバックに入った。


ここは・・

よし・・っ!


そう、なんと重富は回り込んだのだ。


「おおおおおおーーーーー!」


重富が回り込んで打つなど見たことがない桐花ベンチでは、思わず大きな声が挙がっていた。


「行け行けーーーー!重富ーーーー!」

「とみちゃんが・・回り込んだ・・」

「とみちゃぁ~~~ん!しっかりぃ~~~!」

「きゃあ~~~~!先輩~~~!」


今しがたの時雨の返球は、まさにそういうことだった。

つまり、回り込みなど無いと踏んだ時雨は、バックへ返すとスマッシュはないと決めつけていたのだ。

そして重富はラケットを反転させて、裏ラバーでバッククロスへ全力でスマッシュを打ち込んだ。

時雨は全速力でボールを追った。


絶対に返す!


時雨は懸命にラケットを出した。

けれどもあざ嗤うかのようなカーブを描いて逃げていくボールは、すでに床に落ちた後だった。


「サーよしっ!」


重富は渾身のガッツポーズをした。


「よーーーーしっ!」


日置もガッツポーズをした。


「よっしゃあ~~~~~!とみちゃん、1セット取ったあああーーー!」

「とみちゃぁん~~~!ナイス~~~~!」

「やったあああーーー!きゃあーーー重富先輩ーーー!」

「っしゃあーーーー!重富ーーー!よく取った!よく取ったぜ!」


彼女らもやんやの声を発し、飛び上がって喜んでいた。


一方、時雨は1セットを取られたことで肩を落としていた。

なぜだ。

なぜなんだ、と。

いわば、時雨にとっては完璧な不完全燃焼だった。

わけがわからないまま点を取られてリードされた。

それを覆せないまま、とうとうセットまで落としてしまった。


「真由美ーー!」


トーマスは手招きした。

時雨はトボトボとベンチへ向かった。

そしてトーマスの前に立った。


「真由美」


トーマスは時雨の肩に手を置いた。


「落ち込んじゃダメでーす」

「・・・」

「自分を信じなさーい」

「・・・」

「いつもの真由美なら、半分の点数で勝てる相手でーす」


時雨もそうだと思った。

だが、そうならなかった。

不調でもないのに、なんだ、この気持ち悪さは、と。


「時雨」


藤波が呼んだ。

時雨は無言のまま、藤波を見た。


「監督のいう通りだよ」

「うん・・」

「ここはリセットだよ」

「リセット・・?」

「あんたと重富じゃ、絶対にあんたの方が上なんだよ」

「・・・」

「ときちゃん」


景浦が呼んだ。

時雨は景浦を見上げた。


「なみちゃんも言ったように、ここはリセットだよ」

「・・・」

「このセットから始まるんだよ」

「うん・・」

「さあ、しっかり。大丈夫、大丈夫」


景浦は時雨の肩をポンポンと叩いた。

そして白坂と相馬も「ここからだよ」と励ました。

時雨は思った。


そうだよ・・

今のセットは忘れて・・

次のセットから・・ここから始まるんだ・・


時雨は精一杯、自分にそう言い聞かせた―――

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