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サーよし!2  作者: たらふく
390/413

390 迷い




―――観客席では。



「節江よ」


和子の祖母、トミが呼んだ。


「なんなら」

「和子は何番に出るんじゃろうの」


トミは、全く試合に出ていない孫を気にかけた。


「えっと・・阿部さんのあとやけに、6番じゃったと思うよ」

「どうやら4点を先に取ったもんが勝ちじゃの」

「そうじゃ」

「ほなら、和子は出んと終わるが」

「ああ・・」


節江も確かにそうだと思った。

なぜなら、ここまで桐花は4-0か4-1で勝ち進んできた。

この増江戦もそうなるだろう、と。

したがって和子の出番はないであろう、と。


「順番が回ってこなんでも、優勝に変わりはないが」


節江が言った。


「そらそうじゃ。それにしても桐花は強いんじゃのぉ」

「ほんまよのぉ」


二人は全国優勝が目前の桐花と、そこの選手である和子を誇りに感じていた―――



―――別の観客席では。



「野間くん」


皆藤が呼んだ。


「はい」

「今の重富くんのレシーブ、どう見ましたか」

「やっと板を使いましたね」

「はい」

「それを時雨さんは、甘いツッツキで返しました」

「ええ」

「ということは、時雨さんは板に苦手意識があるということですか」


二人の会話を聞いていた畠山と本多は、思わず顔を見合わせていた。

そうだ、時雨の弱点はナックルなんだ、と。


「まだはっきりとは言えませんが、その可能性はありますね」

「はい」

「抜群のミート打ちを持っているのに、あのツッツキはあり得ません」

「はい」

「重富くん、粘りは見事なものですが、もう少し板を使うべきです」

「確かに・・このままでは苦しいですよね」


皆藤は思った。


日置くん・・

板を使えとアドバイスしてないのでしょうか・・

なぜ裏で勝負させているのでしょう・・

なにか考えがあるのですか・・


「あの・・」


畠山が皆藤に声をかけた。


「はい?」


皆藤は少し驚いて畠山を見た。

同時に野間も三神の彼女らも畠山に目を向けた。

そのことに圧倒された畠山は、気持ちが引いた。

自分の考えが間違っていたらどうしよう、と。

そして皆藤は、畠山が何も言わないことに「どうしたんですか?」と訊いた。


「あ・・はい・・」


畠山はチラリと彼女らを見た。


「遠慮なく話してください」


畠山の気持ちを察し、皆藤は優しく微笑んだ。

すると畠山は遠慮気味に口を開いた。


「あの・・えっと・・二回戦の時雨さんなんですが・・」

「はい」

「ナックルのミスが目立ってたんです・・」

「え・・」

「それで私、トイレで重富さんに会って言うたんです・・」

「なにを?」

「桐花で一番勝てるんは重富さんやと・・」

「なるほど」


皆藤は、すぐさま畠山の意を察した。


「でも私・・ナックルが弱点やと具体的には言うてないんです・・」

「そうですか」

「だから・・重富さん、勘違いしてるんやないかと・・」

「勘違い?」

「板を使ってないんで・・」

「ふむ」

「だから私・・後悔してるんです・・ちゃんと言えばよかったな・・と」


皆藤は思った。


この試合の重富くんは・・

まるで別人のようです・・

これほどまでの粘りと集中力は・・見たことがありません・・

なるほど・・

そうでしたか・・

畠山くんに「勝てる」と言われたことが・・

彼女を発奮させていたのですね・・


「畠山くん」

「はい・・」

「おそらくですが、重富くんの頑張りの原動力は、きみの言葉によるものです」

「え・・」

「よく言ってくれました。ありがとう」


皆藤は優しく微笑んだ―――



その後、試合は一進一退を繰り返した。

重富の「執念」ともいうべき粘りは、観戦者らを圧倒した。

なぜなら板の選手が殆どいなかったこの大会で、いわば「本物」を目の当たりにしたわけだ。

とはいえ、重富は板を多用したわけではなかった。

これまでの試合運びと変わることなく裏を使い、板はここぞという時に1球2球と混ぜていた。


一方で時雨は得意のミート打ちで決めるも、「忘れたころ」に板を混ぜてくる重富の戦法に、なんともいえない気持ち悪さを感じていた。

時雨自身に不調という自覚はない。

けれども「調整」が不備なまま対重富戦を迎え、若干ではあるものの、微妙にラケットコントロールが狂っていた。

そんな時雨は徐々にミスが目立ち始めたのだ。

いつも通り打っているつもりが、数センチずれてオーバーミス、あるいはネットミスもした。

こうなると本人は「あれ・・」と、少し焦りを感じる。

不調ではないのに入らない。

なぜなんだ、と。

そう、まさに時雨は重富の「作戦」に翻弄されていたのだ。


そして第1セットも大詰めを迎え、18-17で重富が一歩リードしていた。

互いのベンチでは、ここが踏ん張りどころとばかりに、大声援が送られていた。

桐花としては、重富が勝つと次の森上も勝つ可能性はけして低くない。

となると3-1で桐花は王手となる。

5番の阿部は、すでにダブルスで対戦済みの相馬が相手だ。

阿部も勝てる見込みは大いにあるのだ。

その意味で、この重富が優勝のカギを握っているといっても過言ではないのだ。


「重富さん!ここ1本だよ!」


日置は口に手を当てて叫んだ。

当然ながら、日置の頭にもその「画」が描かれていた。

優勝するためにも、まずは第1セットを取って時雨を追い詰めるんだ、と。


「とみちゃん!1本やで!」

「サーブ、考えるよぉ~~~~!」

「先輩~~~!リードですけに!」

「よーーし!重富よ!フランク時雨はビビッてやがるぜ!ここは徹底的にぶちのめしてやんな!」


彼女らもやんやの声援を送った。



―――増江ベンチでは。



「真由美ーーー!」


トーマスが叫んだ。

時雨は複雑な面持ちで振り返った。


「大丈夫でーす。いつも通りでいいでーす」


トーマスはニッコリと笑った。


「ときちゃん」


景浦が呼んだ。

時雨はそっちへ視線を移した。


「タイム取って」


その言葉に時雨はトーマスを見た。


「洋子ーー、今はタイムの時じゃありませーん」


トーマスは前を向いたままそう言った。


「監督」


藤波が呼んだ。


「なんですかー」

「タイム取りましょう」

「由美子まで、なに言ってるのー」

「いえ、このセットは大事です」

「そんなこと、わかってまーす」

「時雨は迷ってます」

「由美子」


トーマスは一転して厳しい表情で藤波を見上げた。

藤波は一瞬だけたじろいだ。


「迷ってる?それがどうかした?」

「え・・」

「こんな試合で迷ってどうしますか」

「いや・・だから」

「まったく・・仕方がないです。真由美ーー!」


呼ばれた時雨は、またトーマスを見た。


「なにか迷ってますかー!」

「え・・」

「打つべきボールを打つ。それだけでーす!」


時雨は思った。


そう・・

私は迷ってた・・

でも・・

そうだよ・・

打つべきボールを打つ・・

重富の妙な戦法なんて・・関係ない・・

私には誰も取れないミート打ちがあるんだ・・


そして時雨はコクリと頷いた。


一方で重富は思った。


やっぱり時雨は迷ってるんやな・・

ニコニコスマイルのトーマスの表情が・・

めっちゃ怖い顔になってた・・

ということは・・

余裕なんかないってことや・・

よーーし・・

このセットは死んでも取る!


そして重富は「1本!」と声を発し、サーブを出す構えに入った。

方や時雨は無言のまま前傾姿勢になった。


ここは・・絶対に必殺サーブや・・


重富はそう考え、ボールをポーンと高く上げた。

そしてラケットを複雑に動かした。

鋭い回転がかかったボールは、バッククロスの奥深くでバウンドした。


どっちだ・・


時雨は左右どっちの回転なのかと凝視したが、見破ることができなかった。


くそっ・・


時雨は一か八かでバックハンドで対応した。

するとボールはあえなくネットにかかりミスをした。


「サーよし!」


重富は渾身のガッツポーズをした。


「よーーし!ナイスサーブだ!」


日置もガッツポーズをした。


「よっしゃあ~~~~!」

「もう1本やでぇ~~~~!」

「きゃあ~~~~!ナイスサーブですーーー!」

「っしゃあーーーー!どうだーーフランク時雨よーー!伝家の宝刀、必殺サーブとはこのことでぇ!」


これで19-17と重富がさらにリードした。

重富が必殺サーブを出した理由はこうだ。

まだ回転を見破れてない時雨に、ここはサーブで攻めるべきだ、と。

そう、時雨は必殺サーブに対して、うまく返せたレシーブもあったが、ミスもしていた。

ミスをするということは、回転を見破れていないことを意味する。

この大詰めで、しかも1ポイントリードされている時点で、いわば一か八かの賭けに出ないといけないわけだ。

これは相当なリスクになる、と重富はそう踏んだのだ。


下回転も入ってたんだ・・


時雨は今のレシーブを悔やんでいた。


「ときちゃん!どんまいだよ!」

「挽回するよ!」


白坂と相馬は口に手を当てて声を挙げた。

景浦は思っていた。


この重富って子・・

板のはずなのに・・8割が裏だ・・

板を使うのは2割だけど・・

まさにここぞという時に使ってる・・

このこと・・ときちゃんは気が付いてないんだよ・・

今のレシーブだって・・ちゃんと回転を見たのか・・?

いつものときちゃんなら・・あんなミスしないよ・・

鈍ってる・・腕が鈍ってるんだよ・・


「ときちゃん!しっかり!」


景浦も声を挙げた。

すると時雨は振り向いた。

景浦は、左腕で力強く素振りをして見せた。

そう、迷わずに振り抜け、という仕草だ。

時雨は「うん」と頷いてコートに向きを変えた。


一方、重富は出すサーブを考えていた。


もう1本・・必殺サーブで行くか・・

いや・・

ここは必殺サーブと見せかけて・・

板でミドルにロングサーブや・・

ほなら・・必ず時雨は迷うはずや・・


「1本!」


重富は大きな声を挙げた。

そして時雨も前傾姿勢に入った。


どんなサーブでも・・打ち抜いてやる・・


重富はボールをポーンと高く上げた。

そして落ちてきたと同時にラケットを反転させ、カーンという音を鳴らしてボールはミドルに入った。


板か・・!


時雨は迷いを振り払い、思い切りバックハンドスマッシュを打ち込んだ、つもりだった。

そう、なんと時雨は力が入り過ぎて空振りをしてしまったのだ。


「サーよし!」


おおっ・・

まさか、空振りするとは思わんかった・・

ラッキーやで!


重富は渾身のガッツポーズをした。


「よーーし!ナイスサーブだ!」


日置はこれでラストとばかりに、パンパンと二拍手した。


「よっしゃあ~~~~~!ナイスサーブ!」

「いいぞぉ~~~~~とみちゃん~~~!」

「ラスト1本ですよーーー!」

「おいおい、フランク時雨よ!おめービビり過ぎだっちゅうの!」


彼女らは蜂の巣をつついたようになっていた。



―――増江ベンチでは。



「どんまい、どんまい、気にすることないよ」


藤波は手を叩きながらそう言った。


「ここから挽回だよ!」

「ときちゃん、力抜いて!」


白坂と相馬も懸命に励ました。


「真由美ーーー!」


トーマスは立ち上がって「タイムでーす」と言った。

藤波と景浦は思った。

今頃かよ、と。

頷いた時雨はタイムを取ってベンチに下がった。


「真由美」


時雨はトーマスの前で立っていた。


「はい・・」

「いつも通りでいいでーす」

「・・・」

「好きなボールだけ打つ。さっき言ったよねー」

「ときちゃん」


そこで景浦が口を挟んだ。

時雨は景浦に視線を移した。


「重富は、ときちゃんの弱点を見抜いてるよ」

「弱点?」

「ナックルだよ」


そう言われ、時雨は納得がいかなかった。

なんでナックルが弱点なんだ、と。


「2回戦でナックルのミスが多かったよね」

「え・・あ・・ああ・・」


時雨はそういえばそうだった、と思った。

そう、2回戦でのミスなど気にしていなかったのだ。


「それが尾を引いてるんだよ」

「・・・」

「だから、板のボールは慎重に返せばいい。コース狙ってね」

「うん・・」

「ときちゃんの得意なボールだけ、思い切り打てばいい」

「そうだね・・」

「時雨」


藤波が呼んだ。


「なに?」

「景浦のいう通りだ。板なんて無視すりゃいいんだよ」

「無視・・」

「そう。板を決めなくていい。裏だけ狙えばいい」

「うん、わかった」

「オーノー!僕が言いたかったこと、由美子と洋子が言うんだもーん」


トーマスはおどけた表情を見せた。

すると時雨はクスッと笑った。


「よし。時雨、しっかりな」


藤波は時雨の肩を軽く叩いた。


「撃沈だよ」


景浦はまた親指を下に向けた。


「頑張るよ」


白坂も時雨の肩を叩いた。


「そう、挽回だよ」


相馬は優しく微笑んだ。


「うん」


時雨は力強く頷いて、コートへ向かった―――

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