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サーよし!2  作者: たらふく
39/413

39 森上のデビュー




―――府立体育館の別館では。



今、まさに森上のデビュー戦となる、一回戦が始まろうとしていた。

対戦相手は東今里ひがしいまざと高校の、高須たかすという選手だった。

高須はシェイクのラケットを持って、コートに着いた。

そう、カットマンである。


審判の阿部が「3本練習」と言って、ボールを高須に渡した。

高須がサーブを出すと、森上は普通にフォア打ちをしていた。

この時点では、どのコートにも見られる光景だ。


本来なら森上であれば、練習といえど、もっとパワーのあるボールが打てるはずだ。

けれども森上は、そうはしなかった。

いや、出来なかったのだ。

そう、森上は緊張していたのだ。


せっかく試合に出られたんやから・・

勝たんとあかん・・

小島先輩に・・申し訳ない・・


森上は、こんなことを考えながらラリーをしていた。


コートの後ろで観ている大久保は、さして不思議に思わなかった。

なぜなら3本練習は、フルパワーで打ったりしないからだ。


そしてジャンケンに勝った高須は、コートを選択した。

カットマンの場合、ジャンケンに勝っても、往々にしてコートを選択する場合が多い。


「ラブオール」


審判が試合開始を告げた。

双方は「お願いします」と一礼した。


「森上ちゃ~ん、出だし1本よ~」


森上は「ふぅ~」と大きく息を吐いた。

そして森上は、サーブの構えに入った。

すると大久保は「様になってるやないの~」と呟いた。


森上はバックコースから、上回転のかかったロングサーブを出した。

するとどうだ。

ボールは自分のコートの端にあたって跳ね返り、森上の顔にあたったのだ。


う・・うわあ・・

最初から、サーブミスて・・


森上は、慌ててボールを拾いに行った。

高須は、森上の滑稽な様子を見て、思わず笑っていた。

高須の後ろで立っている監督も、ニヤリとしていた。


「森上ちゃ~ん、どんまいよ~落ち着いてね~」


森上は振り返って、うんと頷いた。

そして「どんまい」と小さな声を発した。


静まれ・・静まれ・・鼓動・・

次は・・下回転かな・・


そして森上は下回転の短いサーブを出した。

すると今度はネットに引っかかり、またミスをした。


「ラッキー」


高須はそう声を発した。


ま・・またや・・

えっと・・短いんを出す時は・・ネット際に落とす・・

今のは、ネット際過ぎたな・・

どうしょう・・次は何を出そかな・・


「森上ちゃ~ん、気にしたらあかんよ~」

「はいぃ・・」


森上は振り向いて、大久保を情けない顔で見た。


「どんまい、どんまいよ~」

「どんまいぃ・・」


そして森上は、その場でジャンプする仕草をした。

足が床に着くたびに、ドスンドスンと大きな音が鳴った。

森上はまた「ふぅ~」と大きく息を吐いた。


よし・・

ミスだけはあかん・・


そして森上は、普通のロングサーブを出した。

そう、フォア打ちの際に送るようなサーブだ。

これは、さすがにミスをせずに、高須のミドルへ入った。


高須は、スッと左へ移動し、フォアカットで返した。

フォアクロスの長いところに入ったボールを、森上はすぐさま足を動かし、ドライブで返した。

これも、なんとも言えない緩いボールだ。

森上の肩は、考えられないほど力が入っていたのだ。


緩々ドライブボールをチャンスと見た高須は、スマッシュを打ちに行った。

フォアへ入ったスピードボールは、高須も監督も、阿部も大久保も、抜けたと思った。

ところがである。

ある意味、本能で動く森上は、すぐにボールに追いつき、なんとカウンターで打ち返した。

高須は、まさか返って来るとは思いもせず、ボールを見送ってしまった。


「サーよし」


森上は低い声でそう言った。

驚いたのが、後ろで見ていた大久保だ。


なんなん・・今の動きと対応の速さ・・

まるで・・チーターのようやないの・・

そうか・・

慎吾ちゃんは、このことを言うてたんやわ・・


「ナイスボールよ~森上ちゃ~ん」

「はいぃ」


森上は1点取ったことで、気持ちは落ち着きつつあった。

そして森上は、グルングルンと両肩を回した。


サーブは・・難しいんやなくてええな・・

確実に入れなな・・


そして森上は同じサーブを、バッククロスへ出した。

高須は、何でもないサーブをなんなく返した。

バックに入ったボールに、森上はすぐさま回り込み、ビュッという音がするほどのドライブを放った。

バッククロスに入ったボールは、高須が動く前に、後方へ転がって行った。

高須は、驚愕していた。

なんなんだ、あのドライブは、と。


「サーよし」


これで2-2の同点になった。



―――本部席では。



「そうですか・・」


5コートを見ていた皆藤は、思わずそう漏らした。


「どうかされましたか」


三善が訊いた。


「あの森上くん・・恐ろしいほどの可能性を秘めた選手です」

「ああ・・桐花ですか」

「はい」

「そんなにすごいんですか?」


三善は雑務に追われ、見ていなかった。

そして三善は皆藤を、チラリと見た。

すると、いつも柔和な皆藤の表情は、見たこともないほど強張っていた。

けれどもその目は「ライバル出現」といったふうな、どこかしら期待に満ちているようにも、三善は思えた。



―――フロアの隅では。



小谷田の監督、中澤も、中井田の監督、日下部も、言葉を失って森上を見ていた。


「今のドライブ・・見ました?」


日下部がそう言った。


「見た・・」


中澤は、5コートを見たままそう言った。


「三神にも、あんな選手いませんよ」

「も・・もう・・もおおおお~~!日下部はん~~」


中澤は、日下部の肩に手を置いて、また泣き真似をした。


「まあまあ・・」


日下部は苦笑した。


「俺、整形しよかな・・」

「えっ・・」

「日置監督の写真を持って・・美容整形外科へ行くんや・・」

「あはは、なに仰ってるんですか」

「せやないと、今後もええ選手、桐花に持って行かれるがな!」

「まさか、そんなこと・・」

「悔しい~~くっそ~~不細工に産んだ母ちゃんを怨むで!」

「中澤さん、ハンサムですよ」

「こんな、丸書いてチョンみたいなん、どこがハンサムやねん」


実際、中澤は、そこそこハンサムだった。

二重瞼の目はパッチリとして、鼻も高い。

けれども、元来の「シャベリ」がハンサムを半減させていた。

ちなみに日下部は、背はすらりと高く、メガネをかけて、いいお父さんといった風貌だ。



―――体育館の入り口では。



浅野が今しがた到着していた。

浅野はその足でフロアへ入り、大久保の姿を探した。


ああ、おった!


浅野は急いで5コートへ向かった。


おお・・あれが森上さんか・・


小島以外の者は、森上の姿を見るのは初めてだった。


「大久保さん・・」


浅野は試合の邪魔にならないよう、小声で呼んだ。


「あらっ!浅野ちゃんやないの~どしたんや~」

「どうしたも、こうしたも。というか、先生はどうしたんですか」

「慎吾ちゃんな~、今、病院で点滴打ってるわよ~」

「ええっ!」

「でも大丈夫。単なる風邪よ~」

「風邪で点滴て・・」

「ほら慎吾ちゃんな、菓子パンばっかり食べてるやろ。偏食が祟ったんよ~、まったくもう~ね~」

「菓子パン・・」

「あ、小島ちゃんには言わん方がええよ~。心配するからね~」

「ああ・・確かに」


「サーよし」


また森上は1本取った。


「ナイスよ~森上ちゃん~」

「おおっ、15-4で大幅リードやないですか」


そう、本来に戻った森上は、あの後も確実に点を取っていた。

高須は、森上のドライブを1本も返せないでいた。


「そうなのよ~ん」

「これは一回戦突破は、確実ですね」

「森上ちゃんね、すごい選手よ」

「そうですか~」

「これは面白くなるわよ~」


大久保は、勝ち抜けば、いずれあたるであろう三神戦のことを言った。

そう、大久保は、山戸辺や小谷田や中井田など、目じゃないと思っていた。


森上は、高須のサーブもなんなく返し、カットも全てドライブで返していた。

しかもドライブ1本で決めていた。

そう、ラリーが続かないのだ。


その後、高須は森上にドライブさせまいと、ツッツキで攻めたが、森上はツッツキも当然のように返し、短いツッッキなど、そう続くものではない。

少しでも長くなると、森上は容赦なくドライブを放っていた。

大きな体をグイッと捻り、そこから腕を振りおろして擦り上げるドライブは、為所の比ではなかった。


「ひえぇぇぇ~~」


浅野は想像以上の実力に、仰天していた。


「な~すごいやろ~」

「す・・すご過ぎます・・あんな女子、インターハイにもいてませんでした」

「三神ちゃん、焦ってると思うわよ~」


そして森上は、2セット目も簡単に取り、ベンチに下がった。


「あんたが森上さんかあ~~!すごいなあ~~」


浅野は拍手で迎えた。


「おはようございます」


審判から戻った阿部が挨拶をした。


「ああ、阿部さん~久しぶり!」

「はい、お久しぶりです」

「あのぅ・・初めましてぇ、森上と言いますぅ」

「初めまして。浅野です」


森上は、この人もインターハイへ行ったのかと思った。


「あんた、すごいわ!もう~びっくりしたわ」

「そうですかぁ、ありがとうございますぅ」

「次も、頑張るんやで」

「はいぃ」

「阿部さんは、どうやったん?」

「私は、三神の菅原さんに、コテンパに負けました」


そう言って阿部は、ニッコリと笑った。


「ええ~一回戦から三神やったん?」

「はい」

「それは、きつかったなあ」


そして四人はロビーに出て、浅野は改めて阿部から日置の様子を聞いたのだった。

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