表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
388/413

388 リード

                 



―――観客席では。



「重富くん、板を使いませんね・・」


皆藤がポツリと呟いた。

一つ空けて座る畠山はチラリと皆藤を見た。


そうなんよ・・

なんで板を使わへんの・・

時雨の弱点はナックルなんやで・・

ああ・・重富さん、なんか勘違いしてんのとちゃうかな・・


畠山は焦りにも似た感情を抱いた。

もしかすると、自分が「ヒント」を与えたことが仇になっているのでは、と。

あの時「一番勝てる」という曖昧な表現ではなく、「ナックルが弱点やで」と、なぜ具体的に言わなかったんだ、と。


私のせい・・?

嘘やろ・・重富さん・・


「なぜ、板を使わないんでしょうか」


野間が皆藤に訊いた。

言葉に反応した畠山は野間を見た。


「うーん・・わかりませんね」

「そうですよね・・」

「でも、重富くん、とても落ち着いていますね」


皆藤は、重富が振り返ってベンチに笑顔で応えていた表情を見ていた。

野間はその言葉に頷いた。



―――コートでは。



さあ・・考えろ・・考えろ・・

今は1点リードされてる・・

ここは何としてでも・・

1点でもええから、こっちがリードする形に持っていかんと・・


重富は出すサーブを考えに考えた。


ここでいっちょ・・

板で出してみるか・・

ロングかショート・・

どっちがええやろな・・

うーんと・・

そもそもシェイクの攻撃型って・・

ミドルが弱点の選手も多い・・

よし・・


そして重富は「1本!」と張りのある声を発し、サーブを出す構えに入った。

立ち位置と構えは、さっきと同じだ。

方や時雨は至極冷静にレシーブの構えに入った。

そして重富はボールをポーンと高く上げた。


また変なサーブだね・・

舐めんじゃないわよ・・


時雨はまた打ち抜いてやる、とばかりにボールを凝視した。

重富は必殺サーブと見せかけて、ボールが当たる瞬間にラケットを反転させた。

するとカーンという板独特の音が鳴り、フルスピードのロングサーブが時雨のミドルを襲った。


えっ・・


当然、裏で出すと思っていた時雨は、一瞬焦った。

そして体を詰まらせながらも、なんとかフォアハンドで返球した。

けれども甘く返ったボールは、絶好のチャンスボールとなった。


よっしゃあ~~~!

来た来た~~~~!


重富はどのコースに打とうかと、時雨の立ち位置を見た。

すると時雨はややバック側に立っていた。


よし・・

ここはフォアへ打つと見せかけて・・

バックの端に叩きつけたる!


そして重富はフォアへ打つと見せかけて、時雨がフォアへ動こうとしたときに、素早くラケットを反転させ、瞬時にバックコースへ打ち抜いた。


パシーン!


完全に逆を突かれた時雨は、あえなくボールを見送るしかなかった。


「サーよしっ!」


重富は力強いガッツポーズをした。


「よーーし!ナイスボールだ!」


日置もガッツポーズをした。


「よっしゃあ~~~~ナイスボール!」

「とみちゃぁん~~ナイスサーブ!」

「きゃ~~~先輩~~~!ナイスボールです~~!」


彼女らも声を張り上げた。

これで2-2の同点だ。


「やるじゃん」


時雨は苦笑しながら重富にそう言った。


「そうですかね」


重富はニッコリと笑って、わざと謙虚に振舞った。

なぜなら、ここで中川のように「こんなもんやないで。フランク野郎、覚悟しぃや!」などと言おうものなら、時雨に火をつけかねないからだ。


ふーん・・

この子・・

中川と全然違うね・・


時雨は態度のことを思った。


「よし、重富さん、ここ1本だよ!」


重富は日置の声に振り返ってニッコリと笑って頷いた。


そうですよね・・先生・・

この1本は絶対にとらんとあきませんよね・・

常にこっちがリードし続ける・・

たとえ1本でもええからリードするんや・・

ほならフランク時雨は・・必ず焦るはずや・・



―――増江ベンチでは。



「ときちゃん」


景浦が時雨を呼んだ。

時雨は黙ったまま振り返った。


「タイム取ろうか」

「え・・」


時雨はなんでタイムなんだ、と納得できなかった。

今の1本はやられたけど、押してるのはこっちなんだぞ、と。


「洋子ーー」


トーマスが景浦を呼んだ。


「なんですか」

「タイムなんて必要ないでーす」

「え・・」

「そうだよ、必要ないよ」


藤波もそう言った。

なぜなら、タイムを取るということは、こちらが不利な状況に追い込まれ、作戦を立て直す場合に使われるのが殆どだからだ。

実際、藤波と中川の試合では桐花ばかりがタイムを取っていた。

そう、トーマスも藤波もプライドが許さなかったのだ。

同点になったとはいえ、押しているのはこっちだ、と。


そんな中、景浦だけは時雨を心配していた。

その実、時雨はナックルボールが不得意なわけではない。

けれども2回戦の時雨はナックルボールのミスが目立っていた。

その後の試合はすべて後輩が出ており、時雨はいわゆる「調整」が出来ないまま、板というナックルが持ち味の重富と当たった。

だからこそ景浦は、何度も時雨に「重富も撃沈だよ」と念を押していたのだ。

そう、甘く見るなよ、ということだ。


「ま、監督がそういうなら、いいですけど」


景浦は仕方なく納得して、「ときちゃん、撃沈だよ」とまた念を押した。

時雨は少々戸惑いながらも「うん」と頷いてコートに向きを変えた。



―――コートでは。



「1本!」


重富はサーブを出す構えに入った。


よし・・

ここも必殺サーブと見せかけて・・

もう一回・・板で出そか・・

コースは・・

そやな・・

バックの端がええな・・


方や時雨は何も言わずにレシーブの構えをした。

そして重富は三度(みたび)同じ立ち位置、同じ構えからボールをポーンと高く上げた。


どっちだ・・

板か・・裏か・・


この時点で重富のラケットは、裏ラバーで打つ格好だ。

そしてボールが当たる瞬間、ラケットを反転させた。

するとカーンという音を放ち、スピードが乗ったロングサーブが時雨のバックコースを襲った。

舐めるなよとばかりに、時雨は鋭いバックハンドで対応した。

けれどもボールはネットにかかり、あえなくミスをした。


「サーよしっ!」


重富は渾身のガッツポーズをした。


「よーーーし!ナイスサーブだ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「よっしゃあ~~~!とみちゃん、ナイスサーブ!」

「もう1本やでぇ~~~~!」

「先輩~~~~ナイスです~~~!」


彼女らもやんやの声援を送った。


「どんまい」


時雨は初めてそう口にした。

そして自分を納得させるように、うんうんと頷いた。


「真由美ーー!気にすることはないでーす」


トーマスは余裕の笑みを見せた。


「そうだよ、ときちゃん、次1本だよ!」

「挽回だよ!」


白坂と相馬も檄を飛ばした。



―――その頃、トイレでは。



中川は手洗いで顔をジャブジャブと洗っていた。

そして蛇口を捻り、水が滴り落ちる顔を鏡に映した。


情けねぇ顔だな・・


目が真っ赤になった自分を見て、中川は「フッ」と笑った。


でももういい・・

あれだけ泣いたんでぇ・・

フランク藤波は来年返り討ちにあわせるとして・・

重富の応援しねぇとな・・

よーーし!


そして中川は、ゴシゴシとタオルで顔を拭いた。


「おのれ~~~!フランク野郎ども!ぜってー桐花が優勝するって決まってんだ!」


中川が突然叫ぶと、個室から「うわあ~~~!」と怯えた声がした。

すると中川は「あっはっは!すまねぇ!」と笑いながらトイレを後にしたのだった。



―――桐花ベンチでは。



日置も彼女らも、中川がベンチに向かって歩いているのを確認した。


「よかった・・先輩・・やっと戻ってきたけに・・」


和子は安堵したようにそう言った。

それは日置も阿部も森上も同じ気持ちだった。


「よーう、おめーら待たせたな」


中川はベンチに着いたとたんそう言った。

そしてタオルを首にかけ、「おおおーーー!重富、リードしてんじゃねぇかよ!」と声を挙げた。

けれども日置も彼女らも、中川の目が真っ赤になっていることに気が付き、なにを言えばいいのか戸惑っていた。


「重富ーーー!フランク時雨なんざ、蹴とばしてやんな!」


そこで中川は彼女らの方を見た。

そう、なぜ黙っているんだ、と。


「おめーら、なんだよ」

「なにて・・」


阿部は戸惑いながら答えた。


「おめー、まさかこの私が泣いたとでも思ってんじゃねぇだろうな」

「せやかて・・」

「見くびってもらっちゃあ、困るってもんよ」

「・・・」

「いいか、チビ助」

「なによ・・」

「朝日が昇ると1日が始るんでぇ・・」

「・・・」

「そしてっ!夕陽が沈むとその日が終わる・・」

「なに言うてんのよ・・」

「つまり・・そういうことさね・・」

「まったくわからんのやけど」


そして中川は「あはは」と笑った。

そう、大河に励まされたことが、今更ながら嬉しくてたまらなくなっていたのだ。


「おら、おめーもおめーも、声出しやがれってんでぇ!」


中川は森上と和子にそう言った。


「で、おめーもな」


そして日置にも言った。


「おめー・・」


日置は半ば呆れていた。

けれども日置にも彼女らにもわかっていた。

中川は泣くためにフロアを出て行ったのだ、と。

気持ちを切り替えるためにそうしたのだ、と。


「さあー重富さん!レシーブしっかり!」


日置が手を叩きながら声を挙げた。


「とみちゃん!リード1本な!」

「しまっていくよぉ~~!」

「先輩!もう1本ですけに!」


彼女らも大きな声を挙げた。

そして試合は3-2と重富が1点リードしたところから、また動き出すのである―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ