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サーよし!2  作者: たらふく
385/413

385 諦めない

                



その後、復活した中川は懸命にボールを追い続けた。

藤波のサーブも何とかミスをせずに返し、ラリー展開に持ち込んでいた。

ラリーとなると藤波にパワーはなく、「屁」でもないドライブやミート打ちなど、中川にとってある意味楽だった。

けれども藤波の送るコースが抜群で、すべてライン際、ネット前と、中川は動かされ続けた―――



ぜっ・・ぜってーー・・

ハアハア・・

挽回してやる・・

ハアハア・・

まっ・・負けてたまるかってんだ・・!

ハアハア・・ハアハア・・


中川の息の上り具合は次第に激しくなっていた。


「中川さん・・大丈夫なんですかね・・」


阿部がポツリと呟いた。

当然、日置も心配していた。


「あの子は止めてもやるよ」


それでも日置はそう言った。

阿部は思った。

ズボールを封印していなければ、こんなに苦しまずに済んだのに、と。

今は追い上げているとはいえ、16-10とまだ6点差もあるのだ。

あの疲れようで、逆転できるのだろうか、と。

運よく2セット目をとれたとしても、3セット目はどうなるんだ、と。


よーーし・・

来た来た~~~~!


フォアコースへ打たれたボールを、中川は全速力で追いかけた。


ハアハアッ・・

走れ・・

走るんだ・・

くっそぉ~~~~!


中川はボールが床に落ちる寸前で、追いついた。

そしてラケットを複雑に動かした。


何度でも食らええええ~~~!


その勢いで中川は転んでしまった。


「ああっ、中川さん!」


阿部が叫んだ。


「中川さん!返ってくるで!」


重富が言った。


「中川さぁん~~!立って、立ってぇ~~!」


森上もそう言った。


「先輩・・先輩・・」


和子は祈るように、両手を顔の前で組んでいた。


「立て!中川、立つんだ!」


それでも中川は立たなかった。

いや、立てなかったのだ。

そして中川はその場でボールを目で追っていた。


立てよ・・

立てよ・・

なにやってんでぇ・・

ハアハア・・くそっ・・

返ってくるじゃねぇか・・


そして中川はやっとのことで立ち上がったが、左に曲げたボールは、藤波が簡単にツッツキで返したあと床に落ちていた。


「よし」


藤波は小さい声を挙げた。

そして中川のことなど気にかけることなく、サーブを出す構えに入っていた。

そう、誰が休ませてやるか、といわんばかりに。


「中川さん!」


日置が呼んだ。

中川には呼ばれた意味がわかっていた。

自分を休ませるために、タイムを取れと言うはずだ、と。


「タイムなんざ、不要さね!」


中川は息を荒くしながら答えた。

日置は思った。

そう、中川が言うことを聞くはずがない、と。

体力はもう残ってないだろうが、集中力は衰えていないのだ。

けれども最後までやらせて倒れたらどうする。

ここは止めるべきだろうが、止めれば中川には後悔しか残らない。


浅野さんの時もそうだった・・

あの子は「素人の意地を通させてくれ」と懇願した・・


浅野はインターハイの4入りをかけた浅草西戦で、体力の限界に追い込まれつつも、最後までやらせてくれと日置に縋ったことがあった。


それは・・中川も同じだ・・

そうなんだよ・・


「よし、中川!ここから挽回だ!何度でも立ち上がるんだぞ!」

「誰に言ってやがんでぇ!あたぼうよ!」


中川はフラフラになりながら、左手を挙げて応えた。

阿部らも、もう何も言わなかった。

そして倒れないでくれ、と願っていた。


「あのさ、ごちゃごちゃ言ってないで構えたらどうなんだよ」


藤波はイラついていた。


「まあ、そう焦るんじゃねぇ・・ハアハア・・」


中川が構えた瞬間、藤波は畳みかけるようにサーブを出した。

藤波のサーブの勢いは、何ら衰えることなく、中川のフォアを襲った。


フォアか・・!


これがバックコースだと、十分とはいえないまでも、中川はバックハンドで返せる。

けれどもフォアだと、フットワークのように動かなければならないのだ。

なぜなら前について構えているとはいえ、体はミドルラインより左側に立っているからである。

そう、藤波は容赦なく中川を徹底的に疲れさせるために、フォアへ出したのだ。


中川はやっとのことで追いついて返球した。

すると藤波は当然のように、バッククロスの端へ打ってきた。


おっ・・おのれぇ~~~!


中川は懸命に走った。


「頑張れ~~~!頑張れ~~~!」

「あと少しやで!」

「中川さぁん!」

「あああ・・・先輩・・」


彼女らが叫ぶ中、中川はバックカットで返した。


次は・・ハアハア・・どっちだ・・

フォアか・・ストップか・・

ハアハア・・


中川は懸命にコートへ向かった。

けれどもそれは走っているというより、足を床に付けたまま、引きずっているという有様だった。

藤波は余裕でフォアコースへスマッシュを打ち抜いた。


「よし」


これでカウントは18-10になった。


ハアハア・・

ハアハア・・

くっ・・くそっ・・


中川は目を瞑ったまま、天を見上げて息を整えていた。


「構えろよ」


ボールを手にした藤波は、すでにサーブを出す構えに入っていた。


「わっ・・ハアハア・・わかってらぁな!」


そして中川が構えると、また藤波はフォアへサーブを出した。


くそっ・・またフォアかよ・・

ハアハア・・

フランク藤波・・

上等じゃねぇか・・!


中川はフラフラになりながらボールを追ったが、空振りに終わってしまった。


「よし」


そしてボールを受け取った藤波は、すぐにサーブの構えに入った。


「早くしろよ。何度も言わせるなよ」

「わっ・・わかってらぁな・・」


中川の顔色はすでに青ざめていた。


「中川さん・・顔色、悪ないか・・」


阿部が呟いた。


「ほんまや・・」


そこで重富は日置を見た。

けれども日置は中川を見たまま、口を開こうとしない。


「先生・・」


阿部が呼んだ。


「ん?」


日置は前を見たままだ。


「もう・・限界なんとちゃいますかね・・」

「・・・」

「タ・・タイム・・取るべきやと・・」

「最後までやらせるよ」

「え・・」

「あの子は絶対にタイムを取らないよ」


このやり取りの間、中川は藤波のサーブが取れずに、とうとう20-10となっていた。


「中川さん!時間を使って!」


阿部が叫んだ。


「そやで!サーブ、よう考えて!」


重富が言った。


「中川さぁん!しっかり~~!」


森上が言った。


「せ・・先輩ぃ・・」


和子は半泣きになっていた。


「中川!いいか、諦めるな!」


日置は無理だとわかりつつも、そう言った。


先生よ・・

誰が諦めるっかってんだ・・

ハアハア・・

見くびってもらっちゃあ・・困るってもんよ・・

ハアハア・・

ここで諦めたとなると・・

縁起が悪いってもんさね・・

ハアハア・・


そう、中川にも挽回は無理だとわかっていた。

けれども重富にバトンを渡さねばならないのだ。

自分が諦めてしまうと、ベンチの空気が悪くなる。

それだけはできない、と。


そして中川は「フーッ」と大きく息を吐いた。


「試合はまだ終わっちゃいねえ!ナイフが刺さっても倒れなけりゃ、命は続くんでぇ!」


中川は声を振り絞ってそう言った。

そしてサーブを出す構えに入った。

中川は、1点でも多く取ることを考えた。

それが諦めていないという証だ、と。


「行くぜ!フランク野郎!」


そして中川は由紀サーブを出した。

そう、倒れる前に三球目攻撃をしてやる、と。

サーブは藤波のバックコースへ入った。

一瞬戸惑った藤波だったが、バックハンドに打って出た。

するとボールはネットにかかり、ミスをした。


「サーよしっ!」


中川は渾身のガッツポーズをした。


「よーーーし!ナイスサーブだ!」


日置もガッツポーズをした。


「よっしゃーーーー!ナイスサーブ!」

「ええぞ~~~~~!」

「もう1本やでぇ~~~!」

「先輩ーーーーー!」


彼女らも声を振り絞っていた。

一方、藤波は「ふんっ」と言って、全く意に介さなかった。

たかが1本くらい、なんでもない、と。


そして中川は、次も由紀サーブを出した。


ぜってー・・

打ってやる・・ハアハア・・


同じくバックコースに入ったボールを、藤波は回り込んで抜群のミート打ちをバッククロスへ放った。

すると中川は下がるのではなく、バックハンドで対応した。


なっ・・


当然、カットするものだと思い込んでいた藤波は、フォアストレートに入ったボールを追いかけた。

ボールに追いついた藤波は、その場からドライブを打った。

それでも中川は下がらずに、なんとカウンターでバックストレートに叩き込んだのだ。

そう、カットのラリーだと、もう体力が続かなかったのだ。

そして見事に決まったボールは、床でコロコロと転がっていた。


「サーよしっ!」


こうして最後の粘りを見せた中川だったが、後ろへ下がらないとわかった藤波は、すぐにその対処に切り替え、あえなく中川は敗退したのである―――

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