表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
384/413

384 復活

                



館内では「今のはなんだ」とまだ騒然としていた。

皆藤も三神の彼女らも、「犯人」が中川の母親だということはとっくにわかっていた。

けれどもなぜ、わざわざ放送をかけたのかは理解できなかった―――



「あれ・・中川さんのお母さんだよね・・」


日置も唖然としていた。


「中川さんが、曲を聴かんかったから、放送で喋ってたんですかね・・」


阿部が言った。


「それにしては、ザーッていう雑音みないなのとか、なんか他の人の話し声も聴こえてたで」


重富が答えた。


「なんなんやろうなぁ」


森上にも意味不明だった。


「なんじゃろうか・・」


そして和子にもわけがわからなかった。


「でもさ、中川さんを励ますには、内容が少し変だったよね」


日置が言った。


「ああ・・確かに。なんか独り言のような」

「先生・・厳しいとか言われてましたね」


重富は少し笑った。


「いや・・ああ・・」


そして日置と彼女らは、中川に目を向けた。

その中川といえば、下を向いて肩を震わせていた。


「え・・中川さん・・」


阿部は泣いているのではないかと心配した。


「嘘やろ・・」


重富は、落ち込んでいるところに、いわば「自分勝手」な独り言を聞かされ、中川はますます気が動転しているのでは、と思った。

そして森上も和子も、どうしたものかと気持ちは焦るばかりだった―――



かあちゃん・・

ったくよ・・なにやってんでぇ・・


中川には亜希子の気持ちが痛いほどわかっていた。

自分を励ますためにコートまで来て、曲を聴けといった。

それがダメなら、今度はこれか、と。


ほんと・・どうしようもねぇな・・

プププ・・

ダメだ・・笑いが止まらねぇぜ・・


そう、中川は泣いているのではなく、笑っていたのだ。


確かに・・かあちゃんの言う通りだぜ・・

なんのために・・練習してきたんだっての・・

三神をぶっ倒して・・近畿で優勝して・・

それにあの日・・インターハイで優勝すると・・私は啖呵を切ったじゃねぇか・・


中川は予選リーグで優勝した際、参加選手らに向けて「大阪代表の誇りにかけて優勝する」と啖呵を切ったことを思い出していた。


そして中川は、涙を拭いながら正面の観客席を見上げた。

すると三神の彼女らが「中川さん!頑張りますよ!」と叫んでいるではないか。


おめーら・・

そうだぜ・・

っんなところで・・

やられてたまるかってんだ・・

私は・・おめーらの分まで・・背負ってんだ・・

よーーし!


「中川さん・・」


阿部らは涙を拭った中川を見て、完全に泣いていると勘違いした。


「先輩・・うっ・・」


和子はもらい泣きしていた。


「よーう、フランク藤波よ」


突然、中川はそう言った。

藤波は、戸惑った表情を見せた。

泣いてるやつが、なにを言ってるんだ、と。


「ここからぜってー追いついてやっから、覚悟しな」

「泣いてたくせに、よく言うよ」

「あははは!バカ言っちゃいけねぇってもんよ。誰が泣くかよ!」


さらに阿部らは驚いた。

中川が笑ってるぞ、と。

中川節が復活してるぞ、と。

なにがどうなってるんだ、と。


「主審」


藤波が呼んだ。


「はい」

「今のカウント、どうなるの」

「ああ・・今のはいきなり放送がかかったので、ノーカウントにします。なので9-1から始めてください。そしてサーブは藤波さんです」

「わかった」

「あ、ちょっとタイム」


中川がタイムを要求した。

藤波は、またか、とばかりにうんざりしつつもベンチに下がって行った。

けれども中川は、コートに立ったまま考えを巡らせていた。

そう、ここから挽回するにはどうすればいいか、と。

おまけにサーブは藤波だ。


「中川さん!」


日置が呼んだ。


「なんだよ!」


中川は気を削ぐなとばかりに返事をした。


「こっちへ来なさい!」

「先生よ!ちょっと黙っててくんな!」

「先生」


慌てて阿部が呼んだ。


「なに」


日置は前を向いたままだ。


「あのっ・・中川さん、なんやわかりませんけど、復活してます。せやからここは中川さんに任せましょう」


その実、日置も中川の「復活」に安堵していた。

どう気持ちを切り替えることができたのか、そこは理解不能だったが、亜希子の放送がそうさせたに違いないことは確信していた。


「うん、そうだね」


日置はニッコリと笑った。



―――コートでは。



さあ・・考えろ・・考えろ・・

やつのサーブを普通に受けても・・今の私じゃあ、返球は無理だ・・

となると・・

なんだ・・

なんだ・・

どう取ればいいんでぇ・・

え・・

ちょっと待てよ・・

カットじゃなくてよ・・

前についてだな・・

フォア打ちか、バックハンドで返せばいいんじゃねぇのか・・


中川は、まさしく皆藤が話していたことを思いついていた。


でもよ・・

たとえ返せたとしても・・それは十分じゃねぇ・・

でもだぜ・・

私の返球をやつは打ってくる・・

つまり・・ラリーだ・・

ラリーになると・・少なくともこっちは返せる・・

それによ・・

ここはやっぱり・・ズボールだぜ・・

ズボールを打たれたとしても・・

それは仕方がねぇ・・

ズボールで勝負してこそ・・私じゃねぇかよ!

よーーーし!やってやろうじゃねぇか!



―――コートでは。



「さあ~~~~!かかって来やがれってんでぇ!」


声を挙げた中川に、藤波は唖然としていた。

そう、まるで攻撃型のように前について構えているからである。

それは桐花ベンチも増江ベンチも同じだった。


あの子・・なにをしようとしているんだ・・


当然、日置も驚いていたが、下を向いて沈んでいるよりは遥かにマシだ。

ここはやりたいようにやれ、と。


「よし、1本だよ!」


日置はパンパンと手を叩いた。


「中川さん!しっかり!」

「挽回、挽回!」

「ここからやでぇ~~!」

「先輩、いけますよ!」


彼女らも懸命に励ました。


一方、増江ベンチでは「クスクス」と笑い声さえ挙がっていた。

とうとう頭がふれたか、と。


「苦肉の策とは、まさにこのことだよ」

「ほんとだよね」

「なみちゃんも舐められたもんだよ」

「それより、ときちゃん」


景浦が時雨を呼んだ。


「なに?」

「重富もぶっ潰すよ」


景浦は念を押すように言った。


「うん」


時雨は、何を今さらわかりきったことを言ってるんだと思った―――



そして藤波は、また同じ構えからフォアストレートへロングサーブを出した。

そう、藤波はずっとバックサーブばかり出していたのだ。

中川如きに他のサーブなど必要ない、とばかりに。


来たっ!


中川は相変わらず出遅れて動いたが、やはり後ろで構えるのとでは動く範囲が違い、頼りなくも打ち返した。


そうすることは・・わかってるんだよ・・


予測していた藤波は、ミドルに入ったボールを抜群のミート打ちで、バッグの深いところへ送った。


ぜってーー拾ってやる!


中川は全速力で追いかけ、バックカットで返した。

このカットも、これまでよりは遥かに安定したものだ。


さあーーー打って来やがれ!


中川は後ろに下がって構えた。

すると藤波は、ネット前にチョコンと落とした。


っんなもん・・屁でもねぇっての!


中川はまた全速力で前に走った。

そしてフォアへボールを送った。

すると藤波はフォアの深いところへドライブを打った。


それも先刻ご承知ってもんよ!


そして中川はボールに追いついたと同時に、ラケットを複雑に動かした。

増江ベンチは、これが変化球カットか、と見入っていた。

ボールはバックコースに高く返った。


中川のことだ・・

また右へ曲げるに違いない・・


こう思った藤波は、先に右へ動いた。


え・・

フランク野郎・・

おめー・・回転が見えてんじゃねぇのかよ・・


そう、中川は左に曲げたのだ。

そしてボールがバウンドしたかと思うと、ククッと左に曲がった。


くそっ・・左か・・!


慌てた藤波は、懸命に体を戻してラケットを出した。

そしてやっとのことでツッツキで返した。

けれどもこのツッツキは十分ではない。

単に入れただけのボールは、中川のフォアコースに高く返った。


おいでなすったぜ~~~~~!


中川は思い切り前に踏み込んで、バックストレートに叩き込んだ。


パシーン!


矢のようなスマッシュは、藤波がラケットを出す前に後ろへ転がっていた。


「サーよしっ!」


中川はどうだといわんばかりに、増江ベンチに向かってガッツポーズをしていた。


「よーーーし!」


日置はパーンと一拍手した。


「ナイスボール!」

「よっしゃあ~~~~!」

「もう1本やでぇ~~~~!」

「きゃあ~~~先輩~~~~!」


ここで桐花ベンチは息を吹き返した。

それと同時に、藤波は回転など見えてなかったんだと確信した。

そして日置はズボールを封印させたことを、酷く後悔した。


しまった・・

藤波さんの・・あの一球は・・

フェイクだったんだ・・


「先生!」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「ズボール、行けますよ!」

「うん、そうだね」

「よーーし、中川さん!こっからやで~~~!」


阿部は嬉しそうに手を叩いた。



―――観客席では。



「中川くん、立ち直りましたね」


皆藤は、やれやれとばかりに安堵していた。


「前について構える策、先生の仰ってた通りですね」


野間が答えた。


「いえ、私は中川くんでは無理だと思っていました」

「私も同じです」

「でもこれで、わからなくなりましたよ」

「挽回できるってことですか?」

「少なくとも、これまでよりは可能性があります。それにズボールも通用するとわかりましたからね」

「ということは、藤波さんのあれは、一か八かの勘が当たったってことですね」

「そうですね」


皆藤はニッコリと笑った。



―――本部席では。



「私・・トイレに行きたいんだけど・・」


亜希子は本部役員の隣に座っていた。


「さっき行ったじゃないですか」

「あっ・・あのっ・・私・・お腹が痛いの・・」

「嘘はダメですよ」

「そんな・・嘘だなんて・・」

「いいから、黙っててください」

「もうなにもしないってば・・」

「いえ、試合が終わるまで、ここにいてください」

「娘の一大事なの・・」

「いいえ!ダメです」


役員は、机をバンッと叩いた。

すると亜希子はシュンとなった。


そう、亜希子はここに「監禁」されていたのだった―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ