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サーよし!2  作者: たらふく
381/413

381 屈辱

               



―――「なあ・・大河」



観客席に座る森田が呼んだ。


「なに」

「お前・・このままやったら、中川さん、なんもできんと終わるぞ・・」

「・・・」

「声、かけたったらどうや」

「いや・・」


その実、大河も森田と同じことを考えていた。

あの尋常ではないスピードのサーブ、いや、それだけではない。

きっと同じフォームから、ネット際にも出すだろう。

そうなると中川は、まさに雁字搦めになる。

どうするんだ、と。


「え・・かけたらへんのか」


森田は大河を見た。


「あの子がこのまま終わるはずがない」

「そやろけど・・」

「中川さんなら、絶対に何とかするはずや」


そやろ・・中川さん・・

僕が知ってる中川さんは・・

どんなピンチになっても・・

いつも乗り越えてきた・・

向井さんとの時がそうやったやん・・

1セット目は0点で負けたけど・・

逆転して勝ったやん・・

そうやんな・・中川さん・・


そして大河は、バックに付けたペンギンのキーホルダーをギュッと握り締めた。



―――コートでは。



藤波は4球目のサーブを出すべく、また同じ位置で構えていた。


今度こそ・・

フォームを見るんでぇ・・

ボールを追いかけるのは、そのあとだ・・


中川は前傾姿勢を保ちながら、藤波のラケットを凝視していた。

そして藤波が上げたボールがラケットに当たった。


どっちだ・・

どっちだ・・


中川の目には、まるでスローモーションにように藤波のラケットが動いて見えた。


右を向いてやがる・・

よしっ・・!


右ということは、フォアコースだ。


今度こそ、ズボール出してやる!


こう思った中川は、先にフォアへ動いた。

ところがどうだ。

ボールはフォアのネット前でバウンドしたのだ。


なにっ・・!


体を戻して慌てて前に走ろうとしたが、ボールはすでに台上でツーバウンドしていた。


「おおおおお~~~~~!」


館内から歓声が挙がった。

なんと上手いサーブなんだ、と。

これはすごいぞ、と。


「よし」


藤波はまた小さくガッツポーズをした。


「お・・おのれ・・」


中川は思わずそう呟いた。

いや、それしか言えなかった。


「なんだよ」


藤波は横目で睨んだ。


「もう落ち込んでるのか」


続けてそうも言った。


「なにっ・・」

「これまでの言動、私が悪うございましたって謝れば、手を緩めてやるよ」


そして「フッ」と嗤った。


「なっ・・なに言ってやがる・・」


中川が握る右手のラケットが、小刻みに震えていた。


『屈辱』――


まさに今の中川は、身がよじれるほど屈辱感に襲われていた。



―――桐花ベンチでは。



「中川さん・・」


阿部は声のかけようもなかった。

それは重富も森上も和子も同じだった。


日置は思った。


ボールが離れる瞬間・・

ラケットはフォアへ向いてた・・

でも・・

ロングかショートかを見極めた後では・・

対処が間に合わない・・

どうしても、出遅れる・・

これは・・きつい・・

想像以上だ・・


「中川!」


日置が叫んだ。

中川は黙って振り向いた。


「なにやってるんだ!ボールを追え!」


中川は何も答えずに唇をかみしめていた。


ダメだ・・

中川さん・・

メンタルでやられちゃ、ダメだ・・


「どれだけ練習してきたと思ってるんだ!なんだ、その情けない顔は!」

「・・・」

「たかがサーブ如きに、うろたえるんじゃない!」


阿部らもそうだと思った。

自分たちまで呆然として、どうするんだ、と。

ここは檄を飛ばさなければ、と。


「そやで!中川さん!あんたはそんなもんやないやろ!」

「そやそや!あんたが勝って、私にバトンを渡してくれなあかんやろ!」

「中川さぁん!何度でも立ち上がるんやろぉ~~~!」

「先輩~~~!試合はここからですけに!」


日置と彼女らの言葉に、中川は我に返った。


先生・・おめーら・・

そうさね・・

たかがサーブ如き・・屁でもねぇよな・・

何度でも立ち上がるんでぇ・・

そうだよな・・


「おうよ!っんなことろで、もたもたしてられっかよ!」


中川は左手を挙げた。


「よーーし、こっから、こっから!」

「挽回やでぇ~~~!」

「いつもの中川さんで、ええよぉ~~~!」

「先輩!ファイトですけに!」


そうだよ・・

中川さん・・

頑張れ・・

頑張れ・・


日置は力強く頷いた。



―――コートでは。



「よーう、フランク藤波よ」


中川の言葉に、藤波はまたカチンときた。

まだ言うか、と。

唖然としてたくせに、手が震えてたくせに、どの口が、と。


「こちとら、手を抜かれちゃあ困るってもんよ」


藤波は黙ったまま睨んでいた。


「おめーも全力、私も全力。これで戦ってこそ真の命のやり取りでぇ。おめー如きが手を抜くなんざ100年早ぇぜ」


中川はそう言ってレシーブの構えに入った。


「上等だ」


眼光鋭く、藤波はサーブの構えに入った。

そして藤波は5球目のサーブを出すべく、ボールを上げた。

これも同じ立ち位置からのサーブだ。


どっちだ・・

どっちだ・・


中川は再びラケットを凝視した。

するとラケットは、ボールが離れる瞬間、左に向いていた。


バックだ・・!

ロングか・・ショートか・・


そしてボールはコートの一番奥深くでバウンドした。

これは1球目のサーブと同じだ。

ラケットを見ていた中川だったが、やはり見てから動くにはどうしても出遅れる。

それでも中川は懸命にボールを追った。


くっそーーーー!

ぜってー返してやる!


「走れーーーーー!」

「取れぇぇぇぇーーーー!」

「頑張れぇ~~~~!」

「ああああーーーー!」


彼女らが叫ぶ中、中川はラケットに当てた。

そして苦し紛れのバックカットで、なんとか返した。


「戻れーーーーー!」


阿部らはすぐさま叫んだ。


わかってらぁな!

くっそーーーー!


そして中川は全速力でコートに向かった。

ところがである。

藤波は絶好のチャンスボールを、なんとネット前にチョコンと落としたのだ。

そう、まるでスマッシュだけだと思うなよ、とばかりに。

唖然とした中川は一歩も動けずに、ボールは台上でスリーバウンドしていた。

そう、ツーバウンドではなかったのだ。

それほど藤波のストップの技術が、ハイレベルということだ。


「よし」


藤波は手応えがないとばかりに、ガッツポーズすらしなかった。

そしてラケットに「ハーッ」と息を吹きかけ、手でゴシゴシと拭いていた。


なんなんだ・・今のストップは・・

あんなのありなのかよ・・

いや・・ラリー中のストップなら・・

あんなもん・・屁でもねぇ・・

けどよ・・

コートからだいぶ離れたとこからじゃあ・・

いくらなんでも・・とれねぇ・・


中川が思ったように、全速力でボールを追いかけ、そのあと再び全速力でコートに戻る。

それだけでも大変なのに、前に落とされると取るのはほぼ不可能といってもよい。

まだ打たれるほうがマシなくらいだ。


これで5-0と藤波がリードした。

まだ試合は始まったばかりだが、桁違いの実力を見せられた中川や桐花ベンチは、まるで大差がついたような錯覚に陥っていた。



―――観客席では。



「中川くん・・苦しいですね・・」


皆藤はポツリと呟いた。


「あのサーブさえ、返せたら・・」


野間も呆然としていた。


「野間ちゃんなら、簡単に返せるよな」


山科が言った。


「簡単かどうかはわからんけど、返せると思うよ」

「うん、野間ちゃんなら返せる」


向井もそう言った。

皆藤もそう思っていた。

いや、野間に限らず、山科も向井も磯部も返せる、と。

けれども仙崎や須藤はどうだろう。

彼女らはカットマンだ。

構えるのは、どうしても下がったところが「定位置」になる。

だから中川も悪戦苦闘しているのだ、と。


「中川くんに、前で対処というのは無理でしょうしね」


これは攻撃型のように、台について構えるということだ。


「そうですよね・・」

「それにしても、藤波くん、並の選手ではありませんね」

「中川さん・・大丈夫なんでしょうか・・」


野間はメンタルのことを言った。


「あの子はこのくらいのことで、へこたれることはありません」

「はい・・」

「いえ、へこたれてもらっては困ります」

「そうですね・・」


中川くん・・

ここは踏ん張り時ですよ・・

ラリーに持ち込んでからが勝負です・・

今こそ・・きみの個性を発揮しなさい・・



―――別の観客席では。



亜希子は気が気じゃなかった。


愛子・・

なにやってんのよ・・

三島くんの歌を思い出しなさいよ・・

何度も立ち上がって・・

何度でも立ち向かうんじゃなかったの・・

あっ・・

そうだわ・・


そこで亜希子はバッグからウォークマンを取り出した。

そう、これはうるさい亜希子を黙らせるため「これでも聴いてな!」と中川が渡したものである。


今こそ・・

これを聴かせてやりたい・・

でも・・コートへ行くわけにはいかないし・・

私がここで歌うのも変だし・・

でもさ・・

タイムって取るわよね・・

その時に少しでも聴かせてやることができたら・・

そうよ・・

そうだわっ!


こう考えた亜希子は、席を立ちあがってフロアへ向かったのである―――

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