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サーよし!2  作者: たらふく
380/413

380 藤波のサーブ

                



今しがたのサーブを見て、驚いたのは桐花だけではない。

無論、観客席にいる皆藤と三神の彼女ら、上田と柴田、大河と森田もそうだった。

あんな速いロングサーブ見たことないぞ、と。


藤波のサーブは、まず自分のコートのライン際にバウンドさせ、中川のバッククロスの一番深い端のところでバウンドした。

しかもそのスピードたるや、光よりも速いのではないのか、と思わせるほどだ。

このようなサーブは、出そうと思ってもなかなか出せるものではないのだ。


おいおい・・

今のサーブはなんだってんでぇ・・

ダブルフランク野郎も、ロングサーブを出してやがったが・・

こんなもんじゃなかったぜ・・

こいつぁ・・桁違いだ・・


中川はある種の戦慄を覚えていた。


「い・・今の・・なんなん・・」


阿部が呆然と呟いた。


「信じられへんスピードや・・」


重富も愕然としていた。


「あ・・あ・・あんなんやこ・・」


和子も言葉が続かなかった。


「中川さぁん!様子見は、1球だけでええよぉ~~~!」


けれども森上だけは、すぐに声を挙げた。

すると中川は振り向いた。


「かっかっか!森上よ。みなまで言うんじゃねぇぜ」


そういって中川は、コートに向きを変えた。


「よーう、フランク藤波よ」


中川は何ごともなかったかのように、そう言った。

藤波は不敵な笑みを浮かべていた。


「おめー、味な真似するじゃねぇか」


藤波は「フッ」と鼻で嗤った。


「おうよ!そうでねぇとな。倒し甲斐がねぇってもんよ!」


日置は思っていた。

今しがたのサーブを見せられたら、中川は容易に動けないぞ、と。

なぜなら、藤波のサーブのレベルからすると、きっと同じフォームから出すコースが狙えるはずだからである。

それに加え、前に落とすこともできるはずだ、と。

運良く拾えたとしても、動きが一歩出遅れての対処に過ぎない。

するとどうなる。

藤波はなんなくチャンスボールを決めるだけだ、と。


ここは・・

どうしたものか・・

なんとしてでも・・

ズボールに繋がるラリーに持っていかなければならない・・

でも・・

まだ始まったばかりだ・・


「中川!なにやってるんだ!足を動かせ!」


日置はそう叫んだ。


「誰に言ってやがんでぇ!」


中川は振り向いて答えた。


うん・・

そうだよ・・中川さん・・

絶対にメンタルで折れちゃダメだよ・・


そして藤波はサーブを出すべく、ボールを手にした。

当然、中川にはさっきのサーブがインプットされている。


こいつぁ・・バックだけじゃねぇはずだ・・

フォアへ来ることも考えとかねぇとな・・


藤波はさっきと同じ立ち位置、同じ構えからボールを上げた。


どっちだ・・

どっちだ・・


中川は藤波のラケットを凝視していた。

すると藤波は、再び同じサーブを同じコースへ出した。


バックか・・!


中川は懸命にボールを追った。

そしてやっとのことでラケットに当てたが、なんと体は横を向いたままだ。

つまり、追いかけたそのままの姿勢で返すしか術がなかったのだ。

中川はすぐにコートに目を向けつつ、懸命に戻ろうとした。

ところがである。

チャンスボールが返ってきた藤波は、中川が戻る前にフォアの端に強打していた。

無情にも、ボールは中川の手の届かない、はるか遠くで転がっていた。


「よし」


藤波は小さくガッツポーズをした。


「由美子ーーナイスボール!」


トーマスはニコニコと笑いながら手を叩いていた。

増江の彼女らも、それぞれに「よーし」と言うだけだった。



―――桐花ベンチでは。



「どんまい、どんまい!」

「こっからやで~~~~!」

「中川さん~~しっかりぃ~~~!」

「先輩、1本ですよ!」


彼女らは懸命に声を挙げた。


「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ!」


中川は振り向いて答えた。


「タイム取って」

「まだ始まったばかりじゃねぇか!」

「ダメだ」

「なんでだよ!」

「中川さん、タイムや、タイム!」


言うことを聞かない中川に、阿部が慌ててそう言った。


「っくたよー」


中川は不満に思いつつも、タイムを取ってベンチに下がった。

そして日置の前に立った。


「なんだってんだよ!」

「藤波さんのサーブは桁違いだ」

「っんなこと、わかってらぁな!」

「おそらく同じフォームから、フルコートで出してくる」

「むっ・・」

「そこでなんだけどね」

「なんだよ」

「この3点は落としてもいい」


日置は5-0でサーブチェンジすることを言った。


「は・・はあ?」

「その代わり、藤波さんのフォームをよく見て」

「それがなんだってんでぇ」

「同じフォームからといっても、必ず送るコースにラケットが向く」

「そうだろうぜ」

「まあ、見分けるのはギリギリになるけどね」

「おうよ」

「少しでも見分けられると、その分、早く動ける」

「おうよ」

「いいね、このまま引き下がることは許さないよ」

「誰が引き下がるってんでぇ!舐めてもらっちゃあ困るってもんよ!」

「よし、その意気だ」


そして日置は肩をポンと叩いて送り出した。

日置は思っていた。

サーブが取れないと、ズボールもなにもあったもんじゃない、と。

ここは、なんとしてでも食らいつけ、と。



―――コートでは。



よし・・

先生の言う通り・・

やつのフォームを見るんだ・・


中川はそう考えながら「さあ~~~フランク野郎、来やがれってんでぇ!」と言って構えに入った。

藤波は全く意に介さず、サーブを出す構えに入った。

これもまた、立ち位置はさっきと同じだ。


さあ、来い・・

どっちだ・・

どっちだ・・


そして藤波は同じフォームから、今度はフォアストレートに出した。

これもコートの端に入り、スピードの乗った抜群のサーブである。


くそっ・・フォアか・・!


中川はフォームを見るはずが、やはりボールを見ていたのだ。

そのため、また動きが遅れた。

それでも中川は懸命にボールを追った。


くっそ~~~~!

ぜってーー返してやる!


中川は、また横を向いて拾うしか手がなかった。

そして寸でのところでボールを捉えた。


うっ・・

これじゃ、ズボールが出せねぇ・・!


中川は苦し紛れのカットで返すしかなかった。

そしてすぐにボールを目で追った。

ボールはポーンと高く上がり、ミドルでバウンドした。


「戻れ!中川、戻るんだ!」


日置が叫んだ。


「戻れ~~~~!」

「走れ~~~走れ~~~!」

「中川さぁん~~~!」

「きゃあ~~先輩~~~!」


彼女らも絶叫していた。


言われねぇでも、わかってらぁな!


そして中川は全速力でコートへ向かった。

ところがどうだ。

まるで藤波は、あざ笑うかのようにフォアへ強打し、中川は完全に裏をかかれたのだ。


なっ・・!


そしてボールは、はるか遠くを転がっていた。


「よし」


藤波はどうだと言わんばかりに、蔑んだ目で中川を見た。

さすがの中川でも唖然とするばかりで、言葉を発することができなかった。


こ・・こいつぁ・・なんなんだ・・

アンドレですら・・ここまでじゃなかったぜ・・


そう、藤波と向井の差はサーブにあった。

少なくとも向井のサーブはここまでではなく、だからこそラリーに持ち込んでズボールでかく乱させることができた。

けれども目の前の藤波はどうだ。

その威力とスピードは、ラケットに当てるのが精一杯だ、と。

今更ながら中川は、サーブが試合を左右するものだと感じていた。


でもよ・・

先生も言ってたけどよ・・

ここは5-0で構わねぇとしてだな・・

こっちがサーブを持った時がどうかだ・・

やつにパワーはねぇ・・

さっきのスマッシュも、別に大したこたぁねぇ・・

よし・・

ラリーに持ち込んでからが勝負だ・・


中川は度肝を抜かれつつも、一歩たりとも引くつもりはなかった―――



一方で重富は考えていた。


藤波さんって・・三番手やよな・・

このレベルで・・三番手・・

私の相手は二番手の時雨さんや・・

畠山さんは・・私が一番勝てるとか言うてたけど・・

何を根拠に・・

なんでや・・

なんでなんや・・

もしかして・・単なる思い付き・・?

いや・・

そんなはずない・・

考えろ・・

考えろ・・


そして重富はアップを始めた。



―――観客席では。



「しぶちゃん」


浅草西の監督、前原が渋沢を呼んだ。


「はい・・」


渋沢も試合を観て唖然としていた。


「明日のシングル、あの子も出てくるよ」


前原は藤波のことを言った。


「そうですね・・」

「あのサーブを取らないと勝てないよ」

「わかってます・・」

「このままだと、中川さんは叩きのめされて終わりだね」

「でも中川さんは、このまま引き下がるとは思えません・・」

「しぶちゃんなら、どうする?」

「私ですか・・」


渋沢は考えを巡らせたが、すぐに策など浮かぶはずもなかった。

それに増江は景浦と時雨という主力がいるのだ。

さらには三神には、野間と山科と仙崎がいるのだ。

団体戦の優勝を逃した分、何としてでも勝たなければならないと、そう思う渋沢であった。


一方でコート近くの最前列に座る亜希子は、なんとも複雑な思いで試合を観ていた。


愛子・・

なにやってんのよ・・

ボールに食らいつくのよ・・

お守り持ってんの・・?

ああ・・私が代わってあげたいくらいよ・・


「愛子!」


亜希子はまた、突然声を挙げた。

けれどもその声は中川には届いてなかった。

そう、中川はこのあとどうすれば追いつけるかと、考えている最中だからである。

そして亜希子はこう言った。


「あんたはここへ何しに来たのよ!勝つためでしょ!3点差がなによっ!大阪代表の誇りを思い出しなさいよっ!」


それでも中川は気が付かず、代わりに「亜希子ーー」と言ってトーマスは余裕の笑みを見せていた。

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