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サーよし!2  作者: たらふく
375/413

375 言葉の意味




―――「1本!」



阿部はトーマスが戻って来たことを確認したが、なんら気に留めることもなく気合の入った声を挙げながら森上にサインを送った。

森上は黙ったまま頷いた。

方や白坂も相馬も、鋭い眼光を放ちながら構えに入った。

そして阿部は必殺サーブをミドルラインに出した。


なるほど・・このサーブだね・・


レシーブの白坂はいとも簡単に回転を見破り、鋭いバックハンドで返した。

フォアクロスの厳しいコースを襲った返球だったが、森上はすぐさま追いついて後ろへ下がらずにカウンターで返した。

そして再び、相馬の体を襲った。

焦った相馬は体を詰まらせつつも、なんとかフォアハンドで返した。

ボールはバッククロスに入り、阿部は当然のように回り込んだ。


カウンターだよね・・


白坂はこのボールを待っていた。

そしてボールはバッククロスの厳しいところへ入り、白坂はバックハンドで返すしかないと阿部は思った。


よし・・今度こそ恵美ちゃんが決めてくれる!


ところがコースを読んでいた白坂は、信じられない速さで回り込み、バッククロスの厳しいコースへカウンターで返した。


嘘やろ・・あれを回り込むんか・・


唖然とした阿部であったが、ラリーは続いている。

ボールのスピードからすると、たとえ森上でも合せて返すしかないと阿部は思った。

その実、森上も間に合わないと判断したが、単に返すだけでは相手の思うツボだ。

ここは1点でも先にリードすることが大事だと考えていた森上は、後ろへスッと下がり、体を左方向へ捻ってバックハンドスマッシュを放ったのだ。


その実、森上はバックハンドスマッシュの練習は、あまりやったことがなかった。

なぜなら、バックハンドスマッシュ云々以前の問題で、森上には抜群のフットワークがある。

いくらでも回り込んで、スーパードライブやスマッシュを打てるし、その方が決まる確率も高いからだ。


そして強打されたボールは、相馬のフォアストレートを襲った。

合せただけの返球なら、相馬にとって絶好のチャンスボールだから容赦なくスマッシュを放つところだが、まさかバックハンドスマッシュを打つと思っていなかった相馬は、コンマ数秒遅れて対処したため、苦し紛れの返球しか出来なかった。


今度こそ決める!


そう思った阿部は、台にピッタリと着いたまま、バウンドしてすぐにスマッシュを打った。

けれどもボールは数センチ台からはみ出し、なんとオーバーミスをしてしまったのだ。


あ・・


阿部は絶好のチャンスボールをミスしたことで、半ば呆然としていた。


「よし」


白坂と相馬は特に喜ぶでもなく、軽くガッツポーズをした。


「ごめん・・」


阿部は情けない表情で森上に詫びた。


「どんまいやでぇ」


森上は相変わらず余裕の笑みを見せた。


「阿部さん!どんまいだよ!」


日置は気にするなと言わんばかりに、パンパンと手を叩いた。


「チビ助~~~!あんなもんなんでもねぇやな!いいからガンガン行け~~~!」

「そうやで!どんまい、どんまい!」

「先輩~~!次、1本ですよ!」


彼女らも懸命に阿部を励ました。



―――増江ベンチでは。



「ベイビー、力が入り過ぎてるねー」


トーマスはニコニコと笑っていた。

ベイビーとは阿部のことである。


「そうですね」


藤波が答えた。


「明美~智子~レッツゴ―!」


トーマスはパンパンと手を叩いていた。


この様子を見た中川は思った。


バカめ・・トーマス・・

おめー・・呪文が怖くねぇのかよ・・


そこで中川は口に手を当てた。


「笑ってんじゃねーー!ぞ!」


中川はトーマスに聞こえるように、「ねー」を強調してわざと大声で叫んだ。

するとトーマスは大声で「ねーうしーとらー!」と返したのだ。


「えっ」


中川は唖然とした。

なにを口走ってるんだ、と。

おめー、わかってるのか、と。


「中川さん、またそんなこと言って」


日置は呆れていた。


「おのれ・・トーマス・・」


中川は呆然とトーマスを見たままだ。


「あやつ・・呪文に怯えてたはずだ・・」

「なに言ってるの」

「それを・・言い返しやがった・・」

「だからなに」

「ということはだぜ・・」


中川は確信した。

もう十二支は通用しない、と。

けれどもこの短時間で、なにがどうなって克服したんだと、そこは不可解だった。


「先生よ・・」


中川は前を向いたままだ。


「なに」

「もう呪文は通用しねぇぜ・・」

「呪文?」

「こうなったら真っ向勝負しかねぇ・・」

「最初からそのつもりだけど」

「先生」


重富が呼んだ。


「なに?」

「なんかようわかりませんけど、呪文て、おそらく十二支のことなんちゃいますかね」

「ああ・・なるほど。そう言えばトーマスさん、ねーうしーって叫んでたね」

「中川さん」


重富が呼んだ。


「なんでぇ・・」

「もういらんこと考えんと、試合に集中な」

「言われねぇでもわかってらぁな・・くそっ・・」

「ほな先生、私ちょっとトイレ行ってきます」


重富はそう言って、ロビーに向かって歩いた。

ほどなくしてトイレで用を済ませた重富は、蛇口をひねり手を洗った。

すると個室から出てきた一人の女子が、重富の横で手を洗い始めた。

二人は何気なく顔を見合わせた。


「あ・・」


二人は同時にそう言った。


「重富さん・・」

「畠山さん・・」


この畠山とは、同じ大阪代表として出場している小谷田高校の選手だった。

重富と畠山は、昨年の一年生大会で対戦していた。

とはいえ、当時の重富は、演劇部員としてずぶの素人で出場しており、結果は言うに及ばず1点しか取れずに完敗していた。


「決勝まで行くやなんて、すごいね・・」


畠山の態度は、昨年対戦した時の「それ」ではなく、明らかに重富の実力を認めたものだった。

いや、認めたというより、自分たちより遥か上を行く「強者」に対する態度だった。


「ああ・・うん」


重富も畠山の「変化」に戸惑った様子だ。


「私ら・・二回戦で負けてしもたし・・っていうても私は補欠やけどな」


畠山は苦笑した。


「そうなんや・・」

「重富さん、三番とラストやね」


畠山はオーダーのことを言った。


「うん・・」

「頑張ってな」

「うん、ありがとう」


そして重富が出て行こうとすると「あの・・」と呼び止められた。


「なに?」

「重富さん、増江の試合観てた?」

「ああ・・一回戦と三回戦だけ」


そこで畠山は、やっぱり、という表情になっていた。


「私な・・いや、私ら小谷田な・・」

「うん・・」

「真城のブロックに入ってたから、増江の二回戦観てたんやけど・・」


そこで重富の顔色が変わった。

フランク野郎の試合を観ていたのか、と。


「この決勝のオーダー、間違うてるて・・先生が言うてはってな・・」

「え・・」

「増江のオーダー、二回戦では景浦と時雨がダブルス出てたんよ・・」

「え・・」


重富は思った。

確か先生も「このオーダー間違ってるんじゃないかな」と言っていたぞ、と。


「ほなら、向こうのエースは誰なん?」

「景浦・・」

「そうなんや・・」

「ほんで二番手が時雨・・」

「時雨・・」

「あのな・・」

「うん・・」

「増江って、みんな強いけど、景浦は別格やで・・」

「・・・」

「森上さん、景浦と当たるよな・・」

「どんな感じなん」


重富は「型」を訊いた。


「景浦は左のシェイク」

「攻撃?」

「うん。増江って、みんなシェイクの攻撃型で、ほんでみんな裏裏」

「相馬さんと白坂さんて、何番手なん?」

「おそらく、四番手と五番手」

「えっ」


重富は思った。

下位の者であるにもかかわらず、いつもは抜けるはずの森上のボールを返していた。

となると、エースである景浦は、当然返球する。

いや、それだけで済むのか、と。


「畠山さん」

「なに?」

「決勝戦やのに、向こうはなんで間違ったオーダーを組んだんやろ」

「それはわからんわ・・」

「そうか・・」

「だから先生、言うてはった」

「なにを?」

「この勝負は絶対に桐花が勝たなあかん、て」

「うん、そう思う」


本来、オーダーの組み方は様々である。

相手チームの特徴に合わせて、いつもとは違うオーダーを組むこともある。

エースの者がシングルに2回出る、というのもよくあることだ。

けれども試合というのは、まず先取点を取りたい。

それがトップのダブルスだ。

ダブルスを勝って、それを足掛かりとして一気に流れをこちらに引き寄せる。

無論、トップのダブルスが負けても、6シングルで逆転するということも可能だし、そういうチームも実際に多いことは確かなのだ。


「畠山さん、教えてくれてありがとう」


重富はニッコリと笑った。


「いやいや、そんな」


畠山は照れ笑いをしていた。


「ほな、私、行くわな」

「重富さん」

「ん?」

「私な、この決勝戦、桐花で一番勝てるんは、重富さんやと思てるねん」

「え・・」

「森上さんでもなく、阿部さんでもなく、中川さんでもなく、重富さんやと思てる」


重富は、畠山の言葉の意味がわからなかったが、このあと、その意味を知ることとなるのである―――

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