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サーよし!2  作者: たらふく
37/413

37 緊急事態




―――「よしよし、間に合うたで」



早坂出版の記者、植木は、たった今体育館に到着した。

植木がお気に入りの桐花学園は、近畿大会、インターハイ予選には出てなかったが、この一年生大会ならば、きっと出ているに違いないと思い、慌てて来たというわけだ。

植木は早速、本部で組み合わせ表を受け取り、歩きながら開てい見た。


「えっと~、桐花、桐花っと・・あっ、あった。森上と阿部か」


植木は顔を上げて、桐花のユニフォームを探した。


うーん・・いてへんな・・

日置監督は、どこや・・


植木はフロア内を、歩きながら探した。

するとフロアの隅で、桐花のジャージを着た森上と阿部が並んで座っているのを見つけた。


「あの」


植木は二人に声をかけた。

阿部は、以前、小屋に来た人や、と思い出した。

そう、阿部が素振りをしていた時、植木は日置に報告があって小屋を訪れていた。

二人は、ペコリと頭を下げた。


「日置監督は?」

「それが、まだ来てないんです」


阿部が答えた。


「え・・来てないて・・」


植木は腕時計を見た。


「もう九時半回ってるやん」


植木は独り言のように呟いた。


「来はるんやろ?」

「はい。集合は八時半て、言うてはったんです」

「もう一時間も遅刻やがな・・」


二人がじっと植木を見ていると、「ああ、僕な」と言いながら、名刺を出した。


「出版社で記者やってる、植木です」


そこで二人は立ち上がり、阿部が名刺を受け取った。

植木は、森上の背の高さに驚いていた。

そう、自分よりも高いのだ。


「桐花学園の阿部です」

「森上ですぅ」

「きみ・・めっちゃ背、高いな」

「はいぃ」

「パワーもありそうやなあ」


植木は森上を、上から下まで、まじまじと見ていた。


「ああ、そや、日置監督やがな。どしたんやろなあ」

「私らにもわかりません」

「なんか急用でもあったんかなあ・・。ま、ええわ。きみらの試合、観せてもらうからな。頑張りや」


植木はそう言ってロビーへ出て行った。


「恵美ちゃん、さっきの話の続けやけどな」

「うん」

「1本取ったら、サーよして言うんやで」

「わかったぁ」

「ほんで、点を取られたら、どんまいとか、次1本とか言うんやで」

「うん、わかったぁ」



―――その頃、日置は。



え・・

あっ・・

シャワー・・?


日置はシャワーを出したまま、気を失っていた。

そして、たった今、気が付いたのだ。


しまった・・

どれくらい気を失っていたんだ・・


日置はやっとの思いで、栓を閉めた。

そして、また這いつくばりながら脱衣所に出た。


ダメだ・・

体が鉛のように重い・・

これじゃ・・動けない・・


それでも日置はバスタオルを手にして、なんとか体を拭いた。


どうしよう・・

あの子たちのデビュー戦なのに・・

まだ・・なにもわかってないのに・・

僕が行かないと・・


日置は、また這いつくばりながら、電話台へ移動した。

そしてダイニングの椅子に座り、電話帳を広げて受話器を取り、ボタンを押した。


「はい、府立体育館、別館です」


そう、かけた先は体育館だった。

電話に出たのは事務の女性だった。


「すみません・・あの・・」

「はい?」

「あ・・あの・・」

「どちらへおかけですか?」

「いえ・・あの・・桐花学園の日置と申します・・」

「ああ・・はい」

「すみませんが・・桐花の阿部を・・阿部を・・」

「阿部さん?」

「はい・・阿部を・・呼び出して頂けませんか・・」

「ちょっと待ってくださいよ。試合中かもしれませんので、見てきます」

「は・・はい・・」


ああ・・苦しい・・

これは風邪なのか・・

あまりにも苦しい・・


事務の女性は本部席へ行き、三善に声をかけた。


「桐花学園の阿部さんって、試合やってます?」

「え・・?」

「いや、電話がかかってましてね」

「えっと・・阿部は12コートだから、えっと」


三善は12コートを見た。


「ああ、まだですね」

「そうですか。じゃ、阿部さんを呼び出して頂けます?」

「わかりました」


そして三善はマイクをオンにした。

女性は、そのまま事務室へ戻った。


「桐花学園の阿部さん、お電話がかかっています。至急事務室へ行ってください」


三善はこれを二度繰り返した。


「え・・私に電話?」


放送を聴いた阿部は、驚いていた。


「千賀ちゃぁん、はよ行った方がええよぉ」

「うん、恵美ちゃんは、ここで待っててな」


そして阿部は事務室へ向かった。


「すみません、阿部です」


阿部がドアを開けてそう言うと、事務の女性は「そこね」と電話を指した。

そして阿部は受話器を手にした。


「もしもし、阿部ですが」

「・・・」

「もしもし?」

「・・・」

「あの、誰も出ませんけど」


阿部は受話器を押さえながら、女性に訊いた。

日置はまた、意識が朦朧とし始めていた。


「なんかね、とてもしんどそうにしてはったのよ」

「名前は言うてはりました?」

「ああ、日置とか言うてはったわ」

「えっ!もしもし!先生!」

「・・・」

「先生!阿部です、どうしたんですか!」

「あ・・」

「先生!」

「あの・・阿部さん・・」

「どうしはったんですか!」

「試合・・どうなってるの・・」

「まだです。私は次ですけど、恵美ちゃんはその後です」

「そう・・」

「先生!具合が悪いんとちゃいますか!」

「熱が・・あって・・」

「ええっ!誰かいてないんですか」

「熱が・・下がったら・・行く・・」

「来んでええです!ああ・・どうしたらええんや・・」


阿部は、突然の事態に困惑していた。


救急車、呼ぶいうたかて・・先生の住所もわからへんしな・・


「先生、とりあえず切りますね!」


阿部はそう言って電話を切った。


「あの、電話帳、貸してもらえますか」


阿部は女性に言った。

女性も、緊急事態だと察し、すぐに電話帳を渡した。


「えっと・・えっと・・日置・・えっ!先生の下の名前、なんやったっけ・・」


阿部は電話帳の「ひ」のページを開いて、下の名前を知らないことに気が付いた。


これは困った・・

どうしたらええねや・・

考えろ・・考えろ・・

そやっ!桂山化学やったら、先輩ら練習してるはずや!


そして阿部は、桂山化学をすぐに見つけた。


「あの、電話借りてもええですか」


阿部は事務員に訊いた。


「うん、どうぞどうぞ」

「すみません」


そして阿部は桂山化学に電話をした。

すると取り次いだ男性は、直ぐに部員を呼び出してくれた。


「もしもし~」


電話に出たのは大久保だった。


「あの、私、桐花卓球部の阿部と申します」

「はいはい~慎吾ちゃんの教え子ちゃんね~」


なんや・・この人・・

まあええ・・


阿部はまだ、大久保の「正体」を知らなかった。


「あの、先生が家で倒れてます!」

「えっ・・ええええええ~~~!どういうことなんっ」

「急いで救急車を呼ばんと、危険やと思います!」

「なんやてえええええ~~!わかった、私に任しときっ!」


そう言って大久保は電話を切った。


ちょっと待って・・

救急車、呼んだかて・・鍵が開いてへんかったらどないすんのよ・・

あかん!はよ行かな!


「ちょっと、悪いんやけど」


大久保は事務室の男性に、そう言った。


「なんですか」

「ちょっと、お金貸して」

「え・・」

「後で返すから。ほんでタクシー呼んで!すぐやで!」


そして大久保は、男性から金を借り、タクシーに乗って日置のマンションまで行った。

日置の部屋の前に到着した大久保は「慎吾ちゃん!」と言いながら、ドアをドンドンと叩いた。


ガチャガチャ・・


ああ・・やっぱり鍵がかかってる・・


「ちょっと、慎吾ちゃん!私よ~~」


返事がない・・嘘やろ・・


そこで大久保は、台所の窓を開けた。


「あああああ~~!」


そう、日置はダイニングの床に、バスタオルを巻いたまま倒れていたのだ。


「慎吾ちゃん!慎吾ちゃん!返事して!」


どうしょう・・

ここの管理人さんて・・どこやの・・


「どうしはったんですか」


そこへ、騒ぎに気が付いた隣人の主婦が声をかけてきた。


「中で倒れてるんです!早く救急車を呼ばんと、大変なことに!」

「え、日置さんとこ?」

「そうです!」

「鍵が閉まってるんやね・・ほな、うちのベランダから入ってください」

「ええっ!いいんですか。これは恐れ入ります」


そして大久保は部屋に入ってベランダに出た。

その際、家人が大久保を見て仰天していた。

誰だ・・このアラブの国王は、と。


やがて大久保はベランダ伝いに、日置側のベランダの前に立った。

幸い、扉に鍵はかけられてなかった。


「慎吾ちゃん!慎吾ちゃん!」


大久保は、慌てて日置に駆け寄り、頬を叩いた。

日置は汗びっしょりになり、ほんの少しだけ目を開けた。


「慎吾ちゃ~~~~ん!」

「こ・・虎太郎・・」

「あっ、こうしてられへんわ。電話よ電話っ!」


そして大久保は、慌てて救急車を呼び、日置は病院へ運ばれた。

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