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サーよし!2  作者: たらふく
369/413

369 計算外 その2

                   



阿部対西井は、20-17で阿部がリードし、いよいよ最終局面を迎えていた―――



「にしちゃん、タイム取って!」


ベンチに着いた前原は、立ったまま西井を呼んだ。

振り返った西井は、小さく頷いてタイムを取り、ベンチに下がった。


「いいかい、にしちゃん」


西井は前原の前で立っていた。


「3点は挽回できる点差だ」

「はい」


西井は無論、まだまだ諦めていなかった。


「で、ここは、ロビングだ」


前原は背の低い阿部なら、ロビングだと打ち抜けないと踏んでいた。

なぜなら阿部が打ちミスをすると、2点差になる。

しかもロビングは「チャンスボール」なだけに、精神的負担が襲い掛かる。

大詰めのこの時点で、そこから挽回できる可能性は俄然高くなる、というわけだ。


「必ず何球目かで、チャンスボールが来る」

「はい」

「それをきみは、カウンターで返すこと」


これは前に踏み込んで打て、ということだ。


「はい」

「ストップもあり得るけど、きみなら取れるよね」

「はい」

「よし。ここは絶対に挽回だ」

「はいっ」


「西井ちゃん・・」


黒崎が力のない声で呼んだ。

西井は黒崎に目を向けた。


「ごめんね・・」


黒崎は負けたことを詫びた。


「なに言ってるのよ」


西井はニッコリと微笑んだ。


「西井ちゃん・・勝ってね・・」

「任せておいて」

「西井ちゃん、頑張って」


芳賀は森上に怯えつつも、何とかそう口にした。


「うん」


西井は力強く頷いて、コートに向かった。



―――桐花ベンチでは。



「千賀ちゃぁん、ラスト1本やでぇ」


阿部はタオルで顔の汗を拭きながら、森上の前に立っていた。


「うん、わかってる」

「でなぁ」

「ん?」

「もしかしてやけどぉ、西井さん、ロビングやって来るかもしれんでぇ」


奇しくも森上は、前原の策を言い当てた。


「ロビング・・」


その実、阿部はロビングを苦手としていた。

それは森上もわかっていた。


「あれやぁん、向こうはぁ、絶対に挽回したいはずやぁん」

「うん、そやな」

「1点も落とされへん状況なわけでぇ、それやったらぁ、一か八かで賭けに出ると思うねぇん」

「なるほど・・」

「でなぁ、ロビングさせんためにはぁ、全部短いツッツキで返してぇ、1発で抜くんがええと思うんよぉ」

「そうか・・」

「打つんはぁ、バックコースやでぇ」

「ああ、バックやとロビングしたくても、難しいもんな」


西井レベルだとバックハンドでロビングも可能だが、フォアで返球するのとでは安定性の違いを阿部は言った。


「それと打つコースは厳しくなぁ」

「うん、そやな」

「頑張ってなぁ」

「わかった!」

「先輩、1本ですよ!」


和子も阿部を励ました。


「よし。絶対にここで終わらせる!」


そして阿部もコートに向かった。


コートに着いた阿部はサーブを出す構えに入った。

方やレシーブの西井も、前傾姿勢を保ちながら体を左右に揺らした。


「1本!」


互いは同時に声を挙げた。

阿部はバックコースから、下回転の小さなサーブをバックのネット前に出した。

西井は阿部に打たせようと、長いツッツキをフォアへ送った。

阿部はそのボールをストップで返した。


なぜ打たないんだ、と一瞬戸惑った西井だったが、再度フォアコースへ長いツッツキで返した。

それを阿部は、またストップで返した。

また不可解に思った西井は、バックハンドでフォアストレートに入れた。

そう、今度こそ打って来い、と。

すると阿部は単に合わせる形で、短くバックストレートへ入れた。

音で表現するとしたら「ポコン」といった緩いボールだ。


なんなの・・

なぜ・・打たないのよ・・

しかもなに・・この緩いボールは・・


西井は試しにバックハンドをバッククロスへ強打した。

そう、阿部は回り込むと思ったのだ。

けれども阿部はショートで対処した。

これもコースはバックだ。

西井は落ち着くべく、一旦カットでフォアへ返した。

けれどもこのボールは、わざと打たせるため、高めに入ったボールだ。


阿部は打つと見せかけてからのストップで返した。

阿部は思った。


やっぱり・・恵美ちゃんの言う通りや・・

西井さんは私に打たせたがってる・・

これって・・ロビングを狙ってるってことやん・・

さすが恵美ちゃんや・・すごいわ・・


一方、前原は阿部の「策」を不可解に思っていた。

なぜ打たないんだ、と。

チャンスボールを何球も与えているんだぞ、と。


もしかして・・

こっちの策を見破った・・?

まさか・・あり得ない・・

だって・・ベンチには日置監督はいないんだよ・・


前原はチラリと7コートを見た。

すると日置は「ここ1本だよ!」と檄を飛ばしており、阿部の試合を気にかける素振りすらない。

しかもカウントは、なんと28-28のデュースというとんでもないデッドヒートになっていたので尚更だ。


もしだよ・・

こっちの策を見破ったとしたら・・

いや・・それよりしぶちゃん・・

なにやってるんだよ・・

絶対に・・絶対に・・取るんだ!


そして前原が渋沢を気にしている間に「サーよし!」という、阿部の大きな声が聴こえた。


「えっ!」


前原は目の前のコートを見た。

すると西井はうな垂れたまま、その場に立ち尽くしていた。

阿部と西井のラリーは、結局、西井がしびれを切らして自ら打って出たものの、あえなくオーバーミスをしたのだ。

そう、阿部は西井が打たせようと「挑発」したことを逆手に取って、わざと高めのボールを送ったのだ。

けれどもその際、阿部は厳しいコースを狙っていた。

バックコースをはみ出すような場所にバウンドしたボールに対し、西井は回り込んだのだ。

スマッシュなら、フォアで打つ方が決まる確率も高いからだ。

けれども西井は少し動きが遅れ、決めることが出来なかったのだ。


勝った阿部は「やったで~~!」と言いながら、ベンチに下がっていた。



―――浅草西ベンチでは。



「すみません・・」


西井は肩を落として前原の前に立った。

前原は唖然としたまま西井を見ていた。


「結局、ロビングは出来ませんでした・・」

「・・・」

「先生・・」


なにも言わない前原に、西井は問いかけるように呼んだ。


「え・・」

「これで・・うちの負けですね・・」

「ま・・まだ、まだ・・」

「え・・」

「しぶちゃんが勝って・・ほうちゃんが勝つ・・」


西井は唖然とした。

芳賀があの怪物に勝てるはずがないだろう、と。


「そんなっ、なぜ一年未満の素人に・・うちが負けるんだよ」

「え・・」

「しぶちゃんだって、あんな中川にデュースだ。なにやってるんだ」

「・・・」

「桐花は!素人なんだよ!」

「素人って・・先生、なにを言ってるんですか・・」


そこで前原は椅子に座り、頭を抱えた。


「なにが一年未満だ・・嘘だ・・嘘に決まってる・・」


西井と芳賀と黒崎は、顔を見合わせて困惑した表情になった。


「西井ちゃん・・先生、変だよ・・」


芳賀が小声で囁いた。


「うん・・」


西井と黒崎もコクリと頷いた。


「ねぇ・・7コート行こうか・・」


黒崎が言った。

すると西井と芳賀は頷いて、三人は7コートへ向かった。



―――桐花ベンチでは。



「千賀ちゃぁん!やったな!」

「先輩!すごかったです~~~!」


阿部は、森上と和子に称えられていた。


「うん!勝ったで!」


阿部の顔は輝いていた。


「恵美ちゃん」


阿部が呼んだ。


「なにぃ」

「さすが恵美ちゃんやわ。西井さんは私に打たせようとしてたもんな」

「そやったなぁ」

「せやけど、ようわかったな」

「わかったって言うかぁ、私ならそうするな、と思たんよぉ」

「え、そうなん?」

「相手の弱点を突いてぇ、そっから挽回するかなぁと思たんよぉ」

「なるほど!」

「森上先輩、すごいですね!」

「そんなことないでぇ」


森上はニッコリと笑った。


「あっ!」


阿部は7コートを見て、カウントが30-29になっていることに驚いた。


「中川さん、頑張ってるやん!」


そう、中川が辛くも1点リードしていた。


「ほな、行こかぁ」


そして三人は急いで7コートへ向かった。



―――7コートでは。



「フーテン渋沢~~!これが最後でぇ!」


中川はボールを手にしていた。

渋沢は何も言わずに構えに入っていた。


「しっかしよー、おめーもしつけーな」

「・・・」

「それでもケリはつけなきゃなんねぇんだ。覚悟しな!」


そして中川はロングサーブをミドルに出した。

渋沢は足を動かし、なんなくバックカットで返した。


「ねーー!」


副審が叫んだ。

ここに来ると渋沢も「ねー」ごときで動じることはなかった。


フォアに入ったボールを、中川はカット打ちで返した。

バックに入ったボールを、渋沢はなんなくカットで返した。


「うしーー!」


次はストップを入れるべきだな・・


こう考えた中川は、チョコンとストップで返した。

そんなことは織り込み済みの渋沢は、急いで前に駆け寄って拾った。


「とらーー!」


こうしてカット打ちとストップを混ぜてチャンスボールを作ろうと、中川は奮闘していた。

ラリーが続いた結果、やがて副審が「いーー!」と叫んだ。

そう、次は「ゴルゴ」なのだ。

同点にさせてなるものかと、中川は一か八かでスマッシュを打って出た。

バッククロスを逃げるようなボールが、渋沢を襲った。

渋沢は「ゴルゴ」に「怯え」つつも、ラケットを出してあてた。


館内の観戦者は、13を何と表現するんだと、7コートを凝視していた。


「ゴルゴーー!」


副審が叫んだ。

すると日置や阿部らも、そして観戦者も唖然とした。

ゴルゴとはなんだ、と。

干支ですらないじゃないか、と。


そして渋沢のカットはネットにかかり、中川は第1セットを先取したのである―――

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